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 最初の順番を断ったわたしは、みんなの様子がわかりやすいように壁を背にしてすわっていた。二組のカップルは、両側の壁近くで向かい合ってすわり雑談を交わしている。

 いや、違った。榊さんとヤスカちゃんは指文字のやり取りをしているから、正確には……交流? コミュニケーションでいいのかな? 互いにかわりばんこで手のひらに言葉をなぞっては、ときたま笑顔で唇も動かしているのがこの距離からでもハッキリとわかる。怖そうな感じがしてて近寄りがたい榊さんも、笑うと素敵な大人の女性で好感がもてた。

 その一方で、ミリアムは両耳を人差し指でふさぎ、両目も閉じたポーズのまま動かなかった。

 意思の疎通を完全に拒否られてしまった唯織さんは、しばらくのあいだじっと見つめていたけれど、突然前のめりになってコンクリートの床に手を着けた直後、なんと無防備なミリアムの唇にキスをした。やっぱり、唯織さんのほうが一枚上手のようだ。


「ブフォ?! うぱぁああああああっ!!」


 驚いたミリアムが、奇声を発しながら大きく後ろに仰け反って倒れる。そのときに後頭部を打ちつけたのか、両手で頭を押さえたまま右へ左へ何度もゴロゴロと往復して身悶えた。


「フフッ、大丈夫かい? そんなに驚くとは思わなかったよ。ごめん」

「ぷっ、ぷっ、ぷーっ! ぺっぺっ! 一度ならず二度までも……キス魔か!? 貴様はキス魔かっ!?」

「うーん、キス魔ってほどじゃないけど──」


 寝転がったままで抗議するミリアムに、唯織さんが四つん這いの格好で近づいてゆき、そのまま覆い被さって見下ろす。そして、ゆっくりと顔を近づけた。


「──挨拶がわりに、よくするかな」

「ななな……お、おい……やめ……て……」


 あ。またキスされてるし。

 ジタバタと激しく両足をばたつかせて抵抗するミリアムを、部外者たち三人はただ静かに遠くから見守っていた。



     *



「ミリアム、大丈夫?」


 いくら気遣ってみても、憔悴しきった彼女からはなんの返事もなく、わたしは仕方なしにもう一組のカップル・榊&唯織名人ペアの様子をうかがう。

 先ほどと打って変わり、榊さんは大きな身ぶり手ぶりをしてなにやら熱弁を揮っているようだった。そういえば、プレゼンテーションがどうとか言ってたし、きっとバリバリのキャリアウーマンなんだろうな。もしかしたら、唯織さんを丸め込んでカップルになる可能性だってあるかもしれない。

 唯織さんも聞き上手な様子で、なにかひとつ質問をするたびに、榊さんがその倍くらいを返しているようにも見える。

 もしも本当に恋人同士になるのなら、奇行が目立つミリアムと天秤にかけた場合、例えキス魔でも、唯織さんのほうが頼りになるし、長続きすると思う。


(榊さんと唯織さんのカップルかぁ……ある意味、最強かも)


 ふと、ミリアムが話していた〝終わりの始まり〟って言葉が頭に浮かぶ。

 この密室から出たあとに待ち受けているもの。それは自由なのか、あるいは──


「おい、JK! 聞いてるのか!? スカートをめくるぞ!」

「……へ? わたし?」


 いつの間にか正気を取り戻していたミリアムが、怒り顔でにらみつけていた。


「えーっと、ごめん。全然聞いてなかった」

「フン! まあいい。ウサギにツノ・・・・・・、吾輩は榊を嫁にするぞ。貴様はもう決めたのか?」

「あっ……その話ね」


 さっきまでわたしがすわっていた場所にはヤスカちゃんが居て、横ずわりの姿勢で退屈そうにツインテールの枝毛を探していた。

 すぐ気づいてにっこりと可愛らしく笑いかけてくれた彼女に、わたしもつられて笑顔をみせる。


「JK、いいか? 感情だけで決めるなよ。同情はするな、損得だけで考えろ、心を無にするんだ。事実だけを選んで道標みちしるべを作りだせ」

「うん……それはわかってるけど……」


 でも、いいのかなそれで? ヒトとしてどうなんだろう。

 弱者を救うのも人間だし、自己の有益を望んで非情になれるのも人間だ。

 わたしは──聖人になりたいのか、悪人になれるのか?

 その答えに、間違いも正解もない気がする。


「迷うのは当然だ。命の選択なんて誰だってしたくはないし、吾輩だって同じ気持ちなのだぞ? だがな、これはゲームなのだ。ルールに従ってこそ、ゲームが成立する。不本意でも参加している以上、キチガイルールを守るしかあるまい。ムッ? 榊がデカ尻を犬っころのように振ってこっちにやって来るぞ……もうそんな時間なのか。早いな」


 ミリアムが立ちあがる。 


「なんかさ、時間が経つのが早いよね。全然楽しくないのに……」

「元気を出せ、JK。この逆境をいつの日か笑い話にしたいものよのう」

「ははは……無理だよ。でも、ありがとう」


 今度はミリアムが一人になる順番なんだけど、ヤスカちゃんとは真逆の壁に向かって歩いていった。

 

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