「いやっ……やめ……ろッ!」


 二人のキスは合意の上かと思っていたけど違ったようで、胸の愛撫が始まったとたん、ミリアムは唯織さんを突き飛ばして部屋の隅まで走って逃げた。

 そしてそのまま、背中を向けた三角ずわりの姿勢で丸まって動かなくなってしまった。


「まいったな……彼女もOKしてくれたものかと思っていたんだけど……ボクの勘違いのようだ」


 困り顔に見つめられ、一応わたしも苦笑いを返す。唯織さんてLGBTQだったんだ……

 今はヤスカちゃんに腕を掴まれていないから、自由に身動きがとれる。気まずい空気が充満するこの場を、ほんの少しのあいだだけでも離れたかった。

 わたしもあの二人のように、壁際まで移動しようかな──言い訳を考えてはみたものの、そのどれもが不自然すぎて、よけいに気まずくなること請け合いだ。


「えーっと、ちょっと様子を見てきますね!」

「あ……うん。ありがとう加奈ちゃん、頼んだよ」


 ヤスカちゃんには悪いけど、結局ミリアムへの気遣いを口実に、わたしも部屋の隅っこへ移動した。

 わざと遅めに歩きながら、なんて声をかけるべきかを考える。〝元気を出して〟もおかしいし、唯織さんの悪口を言って共感する素振りをみせるのも、自分的には後味がよろしくない。


「ミリアム……」


 呼んでも返事はなかった。

 顔を伏せて丸めた身体も、ぴくりとも動かない完全無視。

 やっぱりまだショックが相当大きいみたいだから、そっとしておいたほうが良さそうだ。

 早々にあきらめて、対角線の隅っこにすわる榊さんを見る。

 顔は上げていたけど、どこか遠くを見つめているようで、近寄りがたい負のオーラを全身から存分に放っていた。


(あっちもダメか)


 現状は、室内のいたる箇所が個性豊かな被害者たちの独特の雰囲気に蝕まれており、わたしの居場所が見つからない状態になっている。


 とらわれの身のわたしたちが、生命いのちの危機よりも人間関係に悩み苦しむだなんて。お互い助け合わなきゃいけないはずなのに……これもある種の生存本能なのかな?

 こんなんじゃカップル成立なんて無理だし、むしろ、酸素が無くなって五人全員が死亡という最悪の結末でゲームが終わる可能性のほうが高いだろう。

 ただ、犯人の思惑どおりに進めたとしても、一人が必ず死んでしまうデスゲームでもある。犯人の言葉を借りれば、〝揺るぎないルール〟のもとでおこなわれるこの不可解な恋愛デスゲームを、わたしは無傷のまま生き残れる自信なんて正直なかった。


 …………ゲーム?


 そうか! これは、ゲームなんだ!

 ゲームよ、ゲーム!!


「ねえ……ちょっと、ちょっと!」


 縮こまっているミリアムに近づき、傍らにしゃがみ込む。

 そして、誰にも聞かれないように小声で話しかけた。みんなにも、犯人にも。


「ゲームなのよ、ゲーム! これはカップルになるゲームだったのよ!」

「……おいJK、気を確かにもて。吾輩はいま、けがされてしまった肉体と魂を極限にまで高めた自己再生能力を使ってきよめているところなのだ。もっとも、あと数千年はかかるがな」

「ミリアム、わたしは真面目に話してるのよ!? この恋愛デスゲームは、本当にゲームなんじゃないかな?」


 ようやく顔を上げてくれたミリアムの目つきは、春先に現れる特殊な人種を見るような、とてつもなく冷たいものだった。


「ゲームはゲームだろう? それ以上でも以下でもない。哲学的に話したいのなら、瀕死のかわいそうな吾輩ではなく、地球を管理する女神様を相手に死後思う存分──」

「あーっ、もう! 違うんだってば! 携帯アプリとかオンラインとかのゲームと同じって意味なの!」

「…………なぬっ?」

「カップルを決める基準がわからなかったけれど、わたしの仮説が当たっていれば、恋愛ゲームと同じなんじゃないかな?」

「その根拠はなんだ? 無意味な接吻なら、もうこりごりだぞ。愛のないスケベはしたくない……このまま処女と心の童貞を守り抜いて、歴史に名を刻む大魔法使いになってやる!」

「あはは……根拠のひとつはね、これが〝ゲーム〟ってことよ。ゲームだからプレイヤーがいる。そのプレイヤーは、わたしたち五人。これは、カップル成立をめざして生き残るゲーム。単純に、ただそれだけ。深く考え過ぎないで、ゲームのプレイヤーらしく、恋愛ごっこをすればいいだけなのよ」

「う~む……たしかに、そう解釈もできなくはないが……う~む……」

「とにかくさ、ミリアムってそーゆーゲームに詳しそうだよね?」

「うみゅ。ギャルゲー・乙女ゲー・エロゲーといえば、日本人の嗜みとして通るべき道。大抵の有名ソフトなら、メーカーの開発秘話だって知ってるぞい♡」


 わたしの短い人生のなかで、これほどまで片目を閉じた笑顔のサムアップがとても頼もしく感じられた瞬間はなかった。


「だが──」


 ミリアムがみんなを気にしつつ、よりいっそう声を潜めて真顔に変わる。


「仮に、だ。仮にだぞ? その仮説が正しかったとしても、誰か一人が死んでしまう。そいつは誰だ? JKは誰を選んでカップルとなる?」

「それは……」


 痛いところを突かれてしまった。

 わたしが真っ先にこの考えをミリアムに伝えた最大の理由は、もしかしたら恋愛ゲームに詳しくて、カップルになる手助けをしてくれるんじゃないかなって、そう算段したからだ。

 でも、死ぬ人間を決めることなんてわたしには出来ないし、絶対にしたくない。

 わたしはただ、助かりたかった。

 生きてこの部屋を出たかった。

 自分が犠牲になるから、みんなは生きて──思いつくけど、実際に口に出しては言えない言葉だと思う。


「まあいい。吾輩とカップルになる……それで良いのだな?」


 いつもは視線を合わさないくせに、こんなときだけ真っ直ぐ見つめてくるなんて──

 即答できなかったことを返事として受け取ったミリアムは、


「わかった。教えてくれてありがとう」


 そう言い残して部屋の隅から立ち去った。


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