一人だけ離れてすわっていたヤスカちゃんだったけど、今はわたしの右腕に抱きつく格好でそばにいる。

 そんなわたしたちを、ミリアムはニヤつきながらチラ見を繰り返しては「てぇてぇ」と謎の言葉を静かに発していた。いろいろと不気味で、なんか怖い。

 昼光色の照明の下、みんなで知恵を絞ってはみたものの、やはり最大の問題点はルールだった。

 正気ではない犯人が考えた規則にみんなが惑わされてしまい、抜け道を見つけるどころか、メインストリートすら見失っていた。


「ルール厳守でいくなら、なにをどうやっても平和的な解決法なんて望めないじゃないの。最低一人が死ぬってこと自体、クレイジー過ぎて不愉快なのよ」

「それでも、ボクらはゲームを拒否する立場にはありません。手駒は手駒として、その範囲内しか動けないように、巨大な手に操られて盤の上を進むしかなさそうです」

「えっ、そんな……きっとなにか方法がありますって!」

「もはやこれ、無理ゲーの極みなり。なんの答えも見いだせないまま、勇者パーティーは酸素がなくなるバッドエンドHへ。そして、ニューゲームで新たに別ルートが解放されると、四人の聖なる乙女騎士たちと一匹のデカ尻眼鏡女はようやくトゥルーエンドへ……ぐぼぉ?!」


 デカ尻眼鏡のくだりで榊さんはミリアムの背後にすばやく回り込み、スリーパーホールドでいとも簡単に締め落とした。

 穏やかな寝顔のミリアムは、頭を両腕で捕らえられたまま、静かにコンクリートの床へと転がされてから解放された。


「ふん! 痴漢撃退用の護身術がここで役に立つとはね」

「榊さん……なんてことを……!」


 ひどく動揺する唯織さんの様子に、腰に手を当てた姿の榊さんが口角を上げてなにかを言いかけた直後、耳鳴りのような音が天井から聞こえてきて、あの声がふたたび部屋中に響きわたる。


『ルール違反だ。ペナルティとして、おまえたち五人のなかで一人を平手打ちにしろ』

「は? 平手打ち? なにそれ?」

「ルールですよ。お互いを傷つけるな……それを榊さんが破ったんです」

『これは、おまえたちがルールを破った罰だ。おまえたち五人のなかで一人を平手打ちにしろ。繰り返す、おまえたち五人のなかで一人を平手打ちにしろ。さもなければゲームは中断され、酸素が無くなって窒息死するだけだぞ』

「えっ、嘘でしょ!? ちょっとした乙女の・・・戯れ合いじゃないの!」


 そんな……ペナルティがあるだなんて聞いてない!

 事態を理解できないヤスカちゃんが、わたしの右手に〝どうしたの?〟って書いたけど、今のわたしには、首を左右に振ることくらいしか思いつかなかった。


 そして──


『10……9……8……』


 問答無用でカウントダウンが始まる。

 これが終わるまでに誰かを犠牲にしなきゃ、全員が、死ぬ。

 榊さんと唯織さんは、お互いを見たまま動かない。

 そんな二人を、わたしも固唾をのんで見守ることしかできない。

 ヤスカちゃんもなにかを察したみたいで、腕を掴む手がわずかに震えていた。


『5……4……3……』


 迫るカウント・ゼロ。

 すると突然、榊さんが動く。


「榊さん!」


 唯織さんが叫ぶ。

 榊さんが馬乗りになる。

 無防備なミリアムの寝顔を見下ろす。



 パァチィィィン!



 強烈な平手打ちに、失神していたミリアムが目覚めた。


いたっ?! ……ぬほぉ!?」


『2…………ペナルティが実行されたので、ゲームを再開する。さあ、隣人を愛すのだ』


 カウントダウンが止まり、密室に静寂が訪れる。

 命の危機は、なんとか回避されたみたいだ。


「よーし、問題解決!」


 もう一度頬っぺたを、今度は優しく指先でペチペチとたたいてから立ちあがった榊さんは、


「で、なんの話をしてたっけ?」


 と、何事もなかったかのように堂々と言いきってみせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る