ルールにはまだ続きがあって、それを一方的に淡々と語っていた謎の音声は説明を終えるとすぐに途絶え、気配を完全に消した。

 残りも含めた、このゲームのルール内容を簡潔に説明すると、こうだ。


 カップルにならなければ部屋から脱出できない。

 カップル成立は一対一のみ。

 ただし、恋人を決めるための性交渉は、無制限でおこなってかまわない。

 自力で脱出をしようとするな。

 自傷行為の禁止。

 お互いを傷つけてもダメ。

 いくら飢えても糞尿を口にしてはいけない。

 もちろん、共食いも。


 そして──不成立で省かれた者は、何人でも、死ぬ。


 これらの決まり事は、はじめのルールも含めて冗談にしては笑えないし、とても悪質だと思う。

 みんなが無言のまま、時間だけが流れていく。

 こうしてるあいだにも、部屋の酸素は減っていた。


「密室型デスゲーム系百合活サバイバル・バトル……」


 ボソリとつぶやいたのは、言動が少しおかしな彼女。

 眼鏡の女性はそれを鼻で笑うと、


「これって、テレビよね?」


 隣に並び立つカッコいいお姉さんに賛同を求めた。


「残念ながら、これは誘拐事件だと思います。その証拠に……ボクには、ここに連れて来られた時の記憶がいっさいありません」


 表情に暗い影を落としながらの発言に、ふたたび誰もしゃべらなくなってしまった。


 やっぱり、みんなも覚えてないんだ。

 これは現実。

 全員が密室に閉じ込められ、何者かに弄ばれていた。


「あの……すみません」


 小さく手を挙げながら立ちあがったのは、わたしだ。


「なによ? 学校じゃないんだから、普通に意見を言いなさい」

「あっ、はい。あのう……とりあえず、みなさん自己紹介をしませんか? 呼ぶ時に困りますし、カップルになれっていうのなら、なおさら必要だと思うんですよ」


 わたしの意見に、眼鏡の女性が深いため息をく。

 えっ、なに? わたしなにか今、変なことを言ったかな?


「そうね、お互い名前くらいは……」


 言いながらジャケットの胸ポケットに指を差し込んだ彼女は、また深くため息を吐いた。いったいどうしたんだろう?


「あたしはさかきひかり。好きなように呼びなさい。職業とか肩書きは、この際いいでしょ?」


 ひーちゃんと同じ名前だ。ほんのちょっぴり、妹の未来の姿を想像してしまった。こうはならないと信じたいけれど……わたしがちゃんと育てれば、絶対大丈夫だいじょうぶに違いない。


「榊さん……あらためまして、どうも」


 ペコリと短く御辞儀を終えて頭を上げたわたしに、カッコいいお姉さんが笑いかけてくれた。


「ボクのことは、おりって呼んでよ」

「唯織さん……お名前もカッコいいんですね」


 なにがいけなかったのか、榊さんに鼻で笑われた。

 嫌な感じがしたけど、気にせずにわたしも目の前の三人に自己紹介をする。


「わたしは綾倉あやくら加奈子です。えーっと、見てのとおり学生です」

「よろしくね、加奈ちゃん」


 唯織さんに名前を親しげに呼ばれ、反射的に頬がにやけてしまった。キモい女だって思われたかもしれない。

 気を取り直して、今度は髪の長い女性の顔を見る。

 一瞬のうちに視線を逸らされてしまった。少し待ってみたけど、口を開いてくれる様子がないので、こちらからたずねる。


「すみません、お名前をいてもいいですか?」


 唯織さんに負けないくらいの輝く笑顔で話しかけたつもりだったけど、こっちに見向きもしてくれなかったので無意味だった。

 しばらくの沈黙のあと、


「ミリアム・アンジェリカ・ザッパーランド・ジュニア」


 視線を逸らしたまま、そう彼女はつぶやいた。

 絶対に偽名だ。

 それに、ジュニアって性別が変わっちゃってるし、意味がまるでわからない。


「あなたねぇ……まあいいけど。あたしは〝ザッ子〟って呼ばせてもらうから」

「ふぬぬ?! 誰が〝ザコ〟だぁああああ!? 吾輩を公国軍の量産人型機動兵器みたく下等扱いするなよ、このデカ尻眼鏡女めっ!」


 突然威勢よくキレはじめた彼女だったけど、無言で歩み寄る榊さんに恐れおののき、あわてて遠くの壁際に向かって走りだした──そのとたん、足をもつれさせて勝手に転んだ。


「うおお……おのれ……まだだ、まだ終わらんよ……」


 なんだろう、この人。


「ミリアム、大丈夫か?」


 放っておくのもかわいそうだから、唯織さんと二人で、起きあがろうとしている彼女を手伝う。自称ミリアムは、なんの御礼を言うわけでもなく「ノープロブレム」とだけ、流暢な片仮名の発音で答えた。


「唯織さん」

「ん?」


 ロリータドレスのあの子が、わたしたちをじっと見ていた。

 最初に気づいた時と変わらず、同じ姿勢でこちらの様子をうかがっている。


「ああ……彼女、話しかけても笑顔を返してくれるだけで、ずっとなにもしゃべらずにすわっているんだよ」

「そうなんですか……」


 ミリアムを唯織さんに任せて、女の子に近づく。

 わたしと同世代だとは思うんだけど、実際のところはまだわからないから、無難に敬語を使うことにする。


「こんにちは。あなたのお名前も教えてくれませんか?」


 彼女の手前でしゃがみ、笑顔で挨拶。

 やっぱり返事はくれなくて、今度は素敵な笑顔も返してはくれなかった。


「さっきの声、聞いてましたよね? おかしなゲームに参加させられてしまって……どうしたらいいのか、よくわからないですけれど……その……とりあえず、みんなで協力しませんか?」


 話しかけている最中、あることに気がついた。

 ミリアムとは違い、真っ直ぐ顔を向けてくれてはいたけれど、見ていたのはわたしの目じゃなくて、唇だった。


「……もしかして、耳が聞こえないんですか?」


 言葉の最後まで読み取った女の子は、こくりと小さく頷くと、わたしの右手を掴み、手のひらに指先で文字を書きはじめる。


〈ご、め、ん、な、さ、い〉


 このとき自分でも、ハッとして大きく両目と口を開けたのがわかった。


「ううん、全然悪くないよ! どうして謝るの!?」


 かぶりを振って大声を出したわたしに、女の子はニッコリと笑いかけてくれてから、なにかをまた書きはじめた。


〈な、ま、え、は、ヤ、ス、カ、で、す〉

「ヤスカちゃん……」


 指先の行方を追いかけながら、思わずつぶやく。そんな唇の動きが見えていたみたいで、ヤスカちゃんは続けざまに〝はい〟と返事を書いてから、これまで以上の満面の笑みをみせてくれた。


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