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 勉学と官能の黄金サイクルをフル回転させた結果、和希の成績は上向いた。二学期の期末考査では三十位代に戻し、三学期末の試験では二十位代にまで復帰した。学年が上がり、高校三年生となった後も和希は走り続けた。一学期の成績は学年で十位に入り、見事にトップクラスに返り咲いた。一時は有名私大の推薦入試で手を打とうと考えていた和希だが、難関の国立大学を目指さないのはもったいないという教師の後押しもあり、軌道修正して国立大の一般入試を目標に据え直した和希はいっそう勉学と官能に熱をあげるようになっていった。


 しかし受験勉強も追い込みに入った高校三年の十二月、センター試験を間近に控え、教室の空気に張り詰める緊迫の度合いが高まってゆくなか、和希もまたこれまでにも増して勉強に集中した。年末には本番前の最後の模擬試験があり、年が明けた一月の半ばにはセンター試験があり、その後は滑り止めの私大入試があり、騒乱の最中に卒業式があり、そして二月の終わりには和希が志望する国立大の前期試験があった。その過程のどこかで、あるいは徐々に、和希の視界から官能の世界が零れ落ちていった。本人はそのことに自覚的ではなかったが、耽美な妄想をふくらませる時間は確実に減少していった。前期試験を終え、その合否が発表されるまでの期間は後期試験に向けた勉強を続けた。気分転換の役目は友人との雑談と犬の散歩がもっぱら請け負い、押入れのダンボール箱は意識の内側に入ってこなくなっていた。


 そして三月の上旬、前期試験の合格発表があり、和希は自分の受験番号が合格者一覧に掲示されているのを大学のWEBサイトで確認した。晴れて大学に合格し、進学を決めた和希を待っていたのは入学にかかる諸般の手続きだった。現在の住所から遠く離れた県外の大学に通うためには引っ越しをしなければならず、そのためにはまず宿探しをする必要がある。祖母や両親、学校の友人や先生たちに合格の報告をした後は、大学近辺にまで赴いて下宿先を決め、入居の契約を結ぶや否や、とんぼ返りをして祖母宅の最寄りの市役所窓口に出向き転出の手続きを済ませた。


 合格発表以来、日々はあわただしく過ぎていった。そしてあっという間に、入居日まであと二日を残すのみになった。引っ越しを明後日の朝に控えた夜、祖母宅一階の居間で、祖母との団欒をしみじみと噛みしめていた。家具や日用品の類は、新居に備え付けられている物以外は全て新調するつもりでいた和希は、ほとんど最小限の荷造りしかしていなかった。必要な物は向こうで買い揃えばいいと思い、もともと私物も多くはないことも手伝って、自室の整理は後回しになっていた。夕食を終え、二階の自室に戻った和希は名残惜し気に押入れの扉に手をかけた。


 その瞬間、ダンボール箱が現実的な重みをもって和希の目の前に出現したのだった。


 たった今、祖母と交わしたばかりの会話が耳によみがえる。一人暮らしを始める和希を気遣ってくれた祖母、病気やケガをしないように心配してくれた祖母、大きく育てと励ましてくれた祖母、将来を期待してくれた祖母……。

大好きな祖母を、悲しませたくはない。


 痛恨のミスだった。資源ごみの回収日は先週にあった。もしも引っ越し日があと一週間早ければ、押入れの中の負の遺産に気付くのも一週間早かったに違いない。そうであったなら古紙回収に間に合ったのに。不毛な焦燥が脇の下から首筋を這い上がる。


 明後日の朝までに、このダンボール箱を処分しなければならない。頭を抱える和希をそのままにして、夜は更けていった。

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