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「あ、不破。LINEは読んだ。事情はだいたいつかめた。で、預かってほしいものって、何」

「三原。非常に言いにくいんだが、これだ」


 カバンの中から取り出した紙袋を手渡され、その中に詰まっている物を袋の隙間から見た和希は卒倒した。


「だっ、ばっ! えっ、ええ!? ……っ、はぁあ!?」

「三原。すまない。その本だけ、引き取り手が見つからなかったんだ」

「じゃあ捨てたらいいじゃん! てか捨てろ!」

「俺は本を捨てられない人間だ。本を捨てたらバチが当たる。それはごめんだ」

「自分の代わりに迷惑をこうむる人間のことはおかまいなしか!」

「すまない」

「謝るくらいなら持ってくんな!」

「ひょっとしたら興味あるかもしれんと思ってだな」

「ねーよ!?」

「そうか」

「そうだよ!」

「鬼馬場の持ち物検査があるのは明日だ。一日だけ預かってもらえればいい。触るのも嫌だって言うなら俺のカバンごと持っててもらってもいい」

「てめー他人のハナシ聞いてなかったのか!? 自分で捨てろよ!」

「だから言ったろ。俺は本を捨てるのは嫌なんだ。誰かに読んでもらえる可能性がある限り、俺は本を自分の手で捨てることはできない」

「古紙回収に出せばいいじゃないか!」

「残念ながら今月の回収日は先週に終わっている」

「馬場があと一週間早く来てくれていれば!」

「その本の所有権は三原に譲る。その手の本が好きそうな友人に渡してもいい。捨ててもらってもかまわない。俺は文句は言わない」

「こっちの文句は聞く耳持たずなの!?」

「すまない。こんなことを頼める相手は他に思いつかないんだ」


 このようなやりとりの後、不承不承、和希は秀一から厄介なものを預かることになったのだった。


 その後の寮はどうなったかというと、馬場の持ち物検査は不徹底に終わった。翌朝の職員会議で馬場は寮の全個室の徹底した持ち物検査をするように主張したが大した賛同は得られず、その日の放課後に進路指導部の後輩教師を一人引き連れて寮にやってきた。全部で五十ある個室を馬場一人で調査するには手がかかるため、後輩教師と二人で手分けをして部屋の持ち物検査をおこなった。


 馬場が調べた部屋は机やクローゼットまでひっくり返された場合もいくつかあったが、後輩教師はほとんど部屋の中を見渡す程度で済ませていた。前夜の決死の搬出作業は効果てきめんで、馬場は日ごろの素性が悪く目をつけていた生徒の部屋からすらも、何一つ怪しげな物品を見つけることはできなかった。いまいましげに寮を退出する馬場とその後ろをついて行く後輩教師を見届けると、ひとしきり寮内は勝利の歓声に沸いたのだった。


 その数時間後、日が落ちた河原の土手には犬の散歩をしている数組の老夫婦の他に、和希と秀一の二人の姿があった。


「……というわけで、俺たちは鬼馬場の襲撃をかいくぐることができたんだ。ありがとな」

「ふーん。で、不破の部屋には馬場先生が来たの?」

「いいや、俺の部屋を調べたのは鬼馬場に連れられてきた数学の北村だった。室内の私物には手も触れなかった。部屋の中には入られたけど、それだけで済んだ」

「じゃあなに、昨日の晩に寮の人たちが友達に押し付けたテレビやらゲーム機やらのアイテムは、不破の部屋の机とかクローゼットとかに詰め込んでおけば、馬場にバレることなくやり過ごせたかもしれないってこと?」

「結果から言えばそうなる」

「……じゃあ昨日、あの本を受け取る必要もなかったってこと?」

「預かってもらえて本当に助かった」

「なかったんだな! 受け取る必要は!」

「むしろ驚いたよ、ぶん殴られる可能性もあると思っていたから」

「今ここで殴ってやろうか?」

「よしてくれ。殴られたら痛い。ところであの本はどうした?」

「ぜーんぶ捨てたわ、ばーか!」


 ところが和希がそのセリフを口にした時点で例の代物は、実際には一つも捨てられないまま和希の部屋の押入れにしまわれていたのだった。


 捨てていない、どころか和希はその内の一冊に手をつけていた。で、一言でいうと、「ハマった」のだった。以前から和希はこの手のジャンルに嫌悪感を抱きつつも関心を捨てきれないでいた。そしてこのたび、秀一からブツを押し付けられて、捨てる前にどの程度の醜悪さなのかを一度くらい確かめてもよかろうと思ったことが事件の始まりだった。これまでたびたび興味が湧くこともないではなかったが能動的に自らの手にすることは決してなかった類のモノだが、いいだろう、心の奥底にある邪悪な欲望と今生の別れを告げる良い機会だ、最後に二、三ページをめくってみて、ああやっぱり汚らわしい、こんなものは二度と手に取りたくない、と確信してから処分しよう。

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