「殺人の追憶」 監督:ポン・ジュノ

 

 上映時間は130分。


 2003年に韓国、それに東京国際映画祭でも上映されて、その後、各国の映画祭で作品賞や主演男優賞を授賞するなど、高い評価を受けた作品です。


 監督のポン・ジュノは、カンヌのパルムドールとアカデミー賞外国語映画賞を授賞した「パラサイト 半地下の家族」で一躍いちやく時の人となりましたが、2006年に発表したモンスターパニック映画「グエムル-漢江ハンガンの怪物-」やアカデミー賞外国語映画賞の韓国代表作品に選ばれた、ウォンビンの主演作「母なる証明」を覚えていらっしゃる方もおられるでしょう。


 実はポン・ジュノは、2008年から2013年まで続いた保守派で右派の李明博イ・ミョンバク政権、また2013年から2017年まで続いた朴 槿恵パク・クネ政権下では、として、大統領直属で設置された情報機関〈国家情報院〉のブラックリストに入っていました。


 本作品で、主演の刑事をつとめるソン・ガンホは、韓国の国民的な俳優で、「パラサイト 半地下の家族」では半地下アパートに住む一家の父親ギテクを演じ、「グエムル-漢江ハンガンの怪物-」では、娘がグエムルに連れ去られた露天商のパク・カンドゥ役を演じています。



 さて、「殺人の追憶ついおく」は、1986年から1991年にかけて実際に韓国で起きた未解決事件(通称 華城ファソン連続殺人事件)をもとにしています。

 未解決といっても、2003年当時の話で、公訴時効こうそじこうは過ぎたものの、犯人は2019年に特定されました。


 首都ソウルから南南東にある華城ファソン市の中心部までは、電車とバスを乗り継いで1時間弱の距離。

 農村地帯の田舎で、10代から70代までの10名の女性が、似たような手口で強姦殺人されたのです。

 実際の華城ファソン事件と違い、映画の被害者たちは、みな若く田舎にいるにはもったいないほどの美人ばかり。


 時は、全 斗煥チョン・ドゥファンが大統領だった軍事独裁政権下。

 夜間は訓練とはいえ、空襲警報が鳴り響き、砲撃ほうげきの目標とならないよう灯火管制とうかかんせい(減光、遮光、消灯をすること)が行われることも。

 そんな夜には、警察署も例外ではないため、刑事は懐中電灯で資料を照らすはめになる。


 市民が警察に対して向ける目は、決して温かいものではなく。

 というのも、警察が事件の容疑者を拷問ごうもんした上で、誘導尋問ゆうどうじんもんすることを知っているからです。皮肉ともとれるのですが、署の洗面台の鏡の上には、と書かれた張り紙が。

 事件現場に向かうまでに、エンジントラブルなのか、何度も故障するパトカー。

 そのパトカーを、数人がかりで後ろから押す刑事たち。

 容疑者の監視を続け、肝心なところでエンジンがかからず、取り逃がす場面さえある始末。

 

 作品の冒頭で、ソン・ガンホ演じるパク・トゥマン刑事は、子供たちにさえヤジを飛ばされます。威厳いげんなんてあったのもじゃない。

 殺人事件の現場だというのに、現場保存さえなっておらず、近くで子供たちは走り回り、野次馬も寄ってくる。

 そんな中、舗装ほそうされていない田んぼ道で、パク刑事は犯人のものと思われる足跡を発見しますが。

 何と、土をすき起こすのにもちいる耕運機こううんきが、その上を通って踏みつぶしてしまいます。


 そんな第1の事件が起きるのは、10月20日。

 パク・ポヒの遺体が、用水路で発見されます。首をめられ、自身のパンティーをかぶせられた無惨むざんな姿で。

 後日、この場所のわきにはカカシが立てられ、その胴体どうたいには「自首しなければ お前は地獄行きだ」の文字が。


 第2の事件は、2か月後の12月19日。

 パク・ポヒと同様の手口で殺されたイ・ヒャンスクは、ある青年から付きまとわれていたことが分かり。それは焼き肉屋の息子、ペク・グァンホ。

 グァンホには、左頬と両手の指にやけどあとがあり。

 気が弱そうで挙動不審。

 

 そんなグァンホを疑う刑事たち。

 捜査課長は、体面重視で事なかれ主義。

 刑事たちは、グァンホを山へ連れて行き、おどして証言を録音します。

 「線路近くの田んぼ。ヒャンスクの首を彼女のブラジャーでめた。次はストッキング。バッグのひも。頭にかぶせた。ヒャンスクのパンツ。服をまた着せた」

 と、刑事は確かに誘導尋問はしたものの、犯行の順番まで証言していて、どう聞いても自白じはくにしか聞こえない。


 そこでパク刑事は、グァンホの靴を盗み出し、パク・ポヒ事件の現場で耕運機が踏みつぶした場所に、その靴で足跡をつけて写真を撮ります。

 証拠の捏造ねつぞうですね。


 捜査が進展するのは、警察の拷問による自白の強要が表面化して、新しい課長が赴任ふにんしてから。

 共通するのは、犯行手口だけでなく。

 被害者はどちらも

 犯行が行われるのは、

 そして決まって、犯行前と思われる夕方のラジオ番組で、視聴者からリクエストされる「憂鬱ゆううつな手紙」という歌が流れていた。


 その歌をリクエストしていた者が、犯人なのか。

 そいつは見つかるのか。

 それがグァンホでなければ、なぜあんな証言を?


 増える被害者。

 エスカレートする犯行の残忍ざんにんさ。 

 

 情けないことに、パク刑事は犯人の姿を霊媒師れいばいしに求めます。

 陰惨いんさんな現場を目の当たりにして、同僚の刑事にが起こり、パク刑事は変わります。


 公開当時には、未解決だったこの事件。

 果たして、作中では犯人は見つかるのか。

 見つかるとしたら誰なのか。どんなやつなのか。



 ロングショット(被写体とカメラの距離が遠く、被写体の全体が見える場面)の撮り方が、実に上手い作品です。

 光と影の使い方がたくみで、動く絵画のように思われる構図も。

 それは「グエムル-漢江ハンガンの怪物-」でも撮影監督をつとめた、キム・ヒョングのせる職人のわざだと思います。

 


 





































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