「イル・ポスティーノ」 監督:マイケル・ラドフォード


 上映時間は108分。

 1994年にイタリアで公開された、イタリア、フランス、ベルギーの共同製作作品です。

 コメディードラマに分類されていますが、くすりと笑える場面があるくらいに思っておいた方が良いかと。腹を抱えて笑うようなものではありません。


 原題は、「Il Postinoイル・ポスティーノ: The Postmanザ ポストマン」。

 どちらも便という意味ですね。


 本作は、1995年のアカデミー賞で作曲賞を授賞して、作品賞、監督賞、主演男優賞、そして脚色賞にノミネートされました。


 本作品で脚本家の1人にも名を連ねている、監督のマイケル・ラドフォードは、1946年にインドで生を受け、イギリスで教育を受けました。

 彼が卒業したNathional Film and Television School(国営映画&テレビ専門学校)は、2018年に、 アメリカの週刊エンタメ雑誌「ハリウッド・リポーター」で、アメリカ国外における映画学校トップ15に選ばれています。

 実際に、学生の製作したいくつかの短編作品が、アカデミー賞などにノミネートされています。


 NFTSを卒業後、ラドフォード監督は、イギリス国営放送BBCでドキュメンタリー映画を手掛け、SF小説が原作のディストピア作品「1984」で、国際的に名が知られるようになりました。

 2004年に公開された、アル・パチーノが主演を務めた「ヴェニスの商人」の監督でもあります。



 さて、「イル・ポスティーノ」の舞台は、1950年のイタリアの島。

 その島の辺境へんきょうには、パブロ・ネルーダという詩人が住んでいます。彼は世界的な詩人で、南米チリからの亡命者。

 

 実は、このパブロ・ネルーダという詩人は実在し、1971年にはノーベル文学賞を授賞されています。

 そしてご本人も、イタリア南西部のナポリ湾にあるカプリ島に、身を寄せていた時期がありました。

 バスク系チリ人として生まれた彼は、30才のときに外交官としてスペインに赴任ふにん。そこで1936年から1939年に起きた、スペイン内戦をの当たりにします。


 スペイン内戦とは、共和国派主権者は人民と呼ばれるマヌエル・アサーニャ率いる人民戦線政府と、後に長期独裁政権をく軍人、フランシスコ・フランコを中心としたナショナリスト派の争いでして。

 政府側の共和国派は、共産主義国家のソビエト連邦とメキシコの支援を。

 反乱軍側は、隣国ポルトガルと、当時ファシスト国家だったドイツとイタリアの援助を受けて争います。


 パブロ・ネルーダは、共産主義の共和国派を支援をするわけですが。

 というのも、バスク系チリ人の彼は、当然バスク地方の人々に共感を抱くわけで。

 バスク地方は、スペインとフランスの国境になっている、ピレネー山脈の東西両麓りょうろくに位置し。バスク人は、独自の言語であるバスク語を話し、独自の文化を持っています。


 そんなバスク地方の、スペインでの議事堂があったのが、ピカソの絵で有名なゲルニカ。

 1937年4月、ナチスドイツによって、ゲルニカの街は史上初の無差別爆撃、つまり空爆を受けます。

 支配領域を総て失ってしまったバスク自治政府は、亡命政府となりました。


 チリに帰国したパブロ・ネルーダは、1945年に上院議員に当選すると同時に、チリ共産党に入党。

 1946年にチリの大統領に就任しゅうにんしたのは、ガブリエル・ゴンサレス・ビデラ。この親米ビデラ政権によって、1948年に、チリでは共産党が非合法化されました。


 そこでパブロ・ネルーダは、国外逃亡するわけです。

 

 タイトルになっている郵便配達員、マリオ・ルオッポロを演じるのは、脚本家で映画監督でもマッシモ・トロイージ。

 彼は元々心臓が弱かったのですが、本作品の撮影のために手術を延期して、撮影の12時間後、ローマにある彼の姉妹の家で、心臓発作を起こして亡くなりました。

 享年きょうねん41才。

 このことを知った上で、作品を鑑賞すると、胸を打つものがあると思います。

 せた姿も、痛々しく思えてきて。


 漁師を父に持つマリオは、父と同じような人生を歩みたくありません。

 そこで見つけた仕事が、臨時の郵便配達員。

 届け先は、高台に住む、亡命詩人パブロ・ネルーダただ1人。


 ここから、接点を持つはずのなかった、2人の交流が始まります。

 毎日、舗装されていない道を行き、自転車で郵便物を届けるマリオ。

 彼は文字が読めますが、聡明そうめいさとは程遠い。

 かといって粗野ではなく、どちらかというと物静かでシャイ。


 好きな女性が出来ても、まともなアプローチなんて出来ません。

 毎日のように顔を合わせるようになった、パブロとマリオ。マリオは知識の泉とも言えるパブロから、多大な影響を受けるようになります。

 詩を読み、詩について話すようになるまでに。


 時が経ち、パブロ・ネルーダは島を出ます。


 マリオが郵便を届けに行くという同じような描写が多く、後半は飽きを感じられる方もいらっしゃるかと思いますが。

 ラストシーンに胸をかれることだけは、心にめておいて下さい。

 正直、たった1人との出会いが、ここまで人の人生を左右するものかと胸が熱くなります。

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