「ウインド・リバー」 監督:テイラー・シェリダン


 上映時間107分。


 原題の「Wind River」は、という意味ですが。

 アメリカ西部ワイオミング州に実在する、河川の名前であり、ウインド・リバー盆地やウインド・リバー山脈もあります。

 この作品でのウインド・リバーは、ワイオミング州の中西部に位置する、インディアン居留地きょりゅうちを意味します。


 映画「ウインド・リバー」は、2017年の1月にサンダンス映画祭で公開されて、同年のカンヌ国際映画祭で、シェリダン監督が、カメラ・ドール新人監督賞にノミネートされ、ある視点部門で監督賞を授賞しました。

 ある視点部門の監督賞は、2015年に、黒沢清監督が「岸辺の旅」で授賞されています。


 「ウィンド・リバー」の配給権を購入したのは、ワインスタイン・カンパニー。

 2017年10月に、ハリウッドのセクハラ問題で有名になった、ハーヴェイ・ワインスタインと彼の弟ボブが、2005年に設立した会社です。

 兄弟は、ニューヨークで1979年に、映画会社ミラマックスを創業。


 ハーヴェイは、プロデューサーとしては、やり手もやり手で。

 アカデミー賞請負人うけおいにんなんて異名がつくくらいでした。

 

 なぜなら彼が製作をって、アカデミー賞作品賞を授賞したものだけでも、「イングリッシュ・ペイシェント」に「恋に落ちたシェイクスピア」、「シカゴ」、「英国王のスピーチ」、それに「アーティスト」まで。

 カンヌ国際映画祭でパルムドールを授賞した、クエンティン・タランティーノ監督の「パルプ・フィクション」や「キル・ビル」、「華氏911」も彼が手掛けています。


 こうなると、もう誰も逆らえない。

 しかし、トップの悪事が露見したことにより、ワインスタイン・カンパニーの経営は悪化。 

 翌年の2018年3月には、連邦破産法の適用申請手続きが行われました。

 そして同年5月に、彼はニューヨーク市警によって逮捕されます。



 さて、映画「ウインド・リバー」の物語の舞台は、前述したアメリカ西部の山岳地帯にあるワイオミング州。

 北と北西に接するモンタナ州は、カナダと国境を接しています。

 州の西側3分の2が、ロッキー山脈東部の山岳地帯と丘陵の牧草地帯のため、全米50州の中で最も人口が少なく、人口密度はアラスカ州に次いで2番目に低い。


 ウインド・リバー・インディアン居留地の、インディアン居留地とは、アメリカ先住民のインディアン部族が土地を領有していて。

 1820年代に設立された、アメリカ合衆国内務省BIAインディアン管理局の管理下にあります。

 全米各地にあるインディアン居留地の数は、300を超えていて。

 建前上、それぞれの部族に一定の自治権が認められ、「部族評議会」や「部族議会」が組織されているわけですが。

 かつて部族で行われていた儀式のほとんどは、キリスト教的でないとして、入植者の白人によって禁止され、狩猟も禁じられました。


 クリストファー・コロンブスが、大西洋を横断し、サン・サルバドル島に到達したのが1492年10月12日。

 16世紀になり、当時ヨーロッパの国々では、カトリックが国教だったのですが。

 ドイツでマルティン・ルターらによって、カトリック教会の改革を求める宗教改革運動が起きると。カトリックとプロテスタント新旧両派が対立する、宗教戦争が勃発ぼっぱつ

 多くのプロテスタントが迫害されて、1620年、メイフラワー号に乗ったイギリスのプロテスタントピューリタンが、イギリス南西部のプリマスから、新天地アメリカの東部マサチューセッツ州プリマスに入植します。

 入植というのは、開拓などのために、移住すること。


 その後、アメリカ大陸への入植者が相次ぎ、東の大西洋岸から次第に開拓されていくのですが。

 事態を変えたのが、1848年に、カリフォルニア州で発見された金鉱の存在。ゴールドラッシュの始まりです。

 太平洋岸も開拓されて、開拓はアメリカの東西両岸から、内陸に向かって進められることになります。


 ゴールドラッシュ以前、インディアンの部族の中には、自分たちの土地を通る入植者たちから、通行料を取る者もいたそうです。

 しかし白人の数が激増し、彼らが圧倒的な武力も持っているとなると。

 インディアンの立場は悪化し、肥沃ひよくな土地の割譲かつじょうを迫られ、強制的に荒野に移住させられた部族もいます。その途上で亡くなった数は、実に数千人。

 それでもあらがう部族もいましたが、、主要な食料であるバッファローを絶滅させられ、平原にいた部族は飢餓状態に。

 わずかな年金と引き換えに、部族は農民として、居留地に住まざるを得なくなります。


 ウインド・リバー・インディアン居留地があるのは、南北に80キロメートル、東西に97キロメートルと広がる、ウインド・リバー盆地。

 総面積は9,147.86平方キロメートルですが、鹿児島県の総面積が、およそ9,187.01平方キロメートル。

 米国で7番目に大きなインディアン居留地であり、人口は5番目に多いそうです。

 居留地の東部に暮らすショショーニ族と、北部に暮らすアラパホ族が共有していて。非インディアンも住んでいる。

 居留地内の人口は、2010年時点で26,490人。


 ここでの暮らしは、現在も決して楽ではありません。

 何しろ石油採掘以外に殆ど産業がなく、ろくな働き口がない。

 若者は学校を中退し、麻薬や酒におぼれ、自殺未遂まで。

 病院や薬局などほとんどない。


 そんな居留地で、実際に起きた事件をもとに、この映画は製作されました。



 FWS(合衆国魚類野生生物局)に所属する、地元の熟練ハンター、コリー・ランバートは、雪上のおおかみの足跡を追っていて、山々に囲まれた雪原に横たわる、ネイティブ・アメリカンの少女の遺体を発見します。

 彼女はナタリー・ハンソン、18才。

 コリーの親友の娘でした。

 

 ナタリーはネイティブアメリカンで、白人であるコリーの元妻も、ネイティブアメリカン。

 コリー自身も、過去に娘を失っています。


 ナタリーの遺体は凍り、上着を着ているものの、極寒のこの時期にしては薄着です。手袋はつけておらず、なぜか裸足。

 周囲は、数キロに渡って建物がなく。彼女の額と脚の付け根には、血痕が。

 彼女の身体には、少し、狼が食べたあともある。

 果たして彼女は、どこからやって来たのか。

 何かを追っていたのか。それとも狼から逃げていたのか。


 コリーが無線で通報したことで、BIA(インディアン部族警察)の署長は、FBI連邦捜査局に捜査を依頼します。居留地を管轄する署の警官は、たったの6人。

 やって来たFBI捜査官は、新人のジェーン・バナー、ただ1人。

 南国出身の若い彼女は、寒さや雪に慣れておらず、署長はあからさまに失望の色を見せます。


 ジェーン・バナーを演じるエリザベス・オルセンは、日本でもNHKで放送されたドラマ「フルハウス」で知られる双子、アシュレー・オルセンとメアリー=ケイト・オルセンの3つ年下の妹です。

 確かに、言われてみれば納得できるほどには、似ています。


 居留地に来た翌日、ジェーンはナタリーの父親から、ナタリーには新しい交際相手が出来ていたことを告げられます。

 ただし父親は、その男の名前も、住んでいる場所も知りませんでした。


 検死の結果、打ち身やレイプこんが見られたものの、他殺とは断定されず。

 というのも、直接の死因は、荒い呼吸をして、0度以下の冷気を大量に吸ったことにより、肺が出血。その血液による窒息死でした。

 他殺とされなかったため、ジェーンは応援の捜査官を呼ぶことが出来ません。

 そこで彼女は、地元の地形や人間関係に詳しいコリーに、捜査協力を依頼します。


 捜査中、移動に使うのはスノーモービル。

 コリーは、ナタリーの新しい恋人が、マット・レイバーンという石油採掘場で働く、年上の男だと突き止めます。

 ナタリーの遺体発見場所から、彼女の足跡をさかのぼって辿たどっていくと。

 木々の間を抜けて、スノーモービルでのぼった先に、裸の男の遺体が。動物に食われ、損壊そんかいした様子から、今日死んだものじゃない。

 

 一体、何があったのか。

 この居留地で、何が起こっているのか。

 鑑賞後、胸に突き刺さるのは、「ここには運などない」と言い切るコリーの言葉。


 コリーがハンターであるという、配役の妙にうならされます。





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