「デザート・フラワー」 監督:シェリー・ホーマン

 上映時間127分。


 2009年にヴェネチア国際映画祭で初上映された、ドイツとオーストリア、それにフランス製作の映画です。


 ホーマン監督は、日本ではあまり知られていませんが、実際に起きた『オーストリア少女監禁事件』の被害者ナターシャ・カンプッシュの自叙伝じじょでんもとにした、「3096 days」で知られています。

 監督はニューヨークで生まれ、6才のときにドイツに移っています。


 「デザート・フラワー」の原作は、ソマリア出身の世界的トップモデル、ワリス・ディリーの自叙伝じじょでん。1998年に出版されました。

 一見、華やかなイメージの題名にかれて鑑賞すると、とんでもないことになります。


 題名のデザートというのは、食後のお菓子や果物(dessert)ではなく、砂漠(desert)の方です。

 は、ワリスという名前の意味なんです。


 ワリスを演じるのは、エチオピア出身のトップモデル、リヤ・ケベデ。

 彼女は、「鑑定士と顔のない依頼人」にも出演しています。


 ワリスは1965年、ソマリア中部の内陸都市ガルカイヨで、遊牧民の子としてせいを受けました。

 ソマリアという国は、東をインド洋とアデン湾に面していて、アフリカのつのと呼ばれる、地図で見れば、東に突き出た地域を領域としています。


 13才になったワリス。彼女は5頭のラクダと引き換えに、60代の男性と結婚させられそうになります。しかも、4番目の妻として。

 彼女の意志なんて関係ない。

 貧しい家に生まれ、弟は幼くして餓死している。


 ですが、どうしても受け入れられなかったワリスは、家を出て、親戚のいる首都モガディシュを目指します。

 そのためには、南に広がる砂漠を越えなければならない。 

 たった1人で。


 ガルカイヨからモガディシュまでは、車でも14時間半はかかる距離。

 命からがら、彼女は母の妹である、叔母おばの元へ辿たどり着きます。

 しかし、長くはそこにいられない。

 父親が、金づるである娘を必死に連れ戻そうと、方々ほうぼうに連絡を取っていることを、知ってしまったからです。

 親戚のもとを、点々とするワリス。


 最初の転機が訪れたのは、叔母の夫である駐英ソマリア大使が、母国に一時帰国したこと。それも、ロンドンの大使館で働いてくれる、メイドを探して。

 ワリスは彼の目にまり、4年間、ロンドンで暮らすことになります。

 ただし、彼女に給料は支払われません。


 4年後、大使である叔父の任期が切れ、同時にソマリアで内戦が勃発ぼっぱつします。

 本来なら、ワリスも叔父と一緒に帰国せざるを得ません。

 しかし、彼女は考える。

 叔父の帰国当日になって、パスポートを紛失したと嘘をつくのです。


 ロンドンに残ったワリス。

 しかし、大使館を出た彼女に、行くあてなどありません。

 路上暮らしが始まり、後にキリスト教青年会(YMCA)の世話になります。

 マクドナルドの清掃係の職を得てからは、ようやく夜間に英語を学べるようになる。


 マクドナルドで働き始めたことが、彼女の第2の転機となります。

 イギリスで活躍する、ファッション写真家に見いだされ、モデルになるよう説得されるのです。

 周囲の助けもあり、1987年にデビューした彼女は、あっという間にトップモデルに上りめます。


 シャネルやリーバイス、ロレアルやレブロンなどの、トップブランドの広告にり、ロンドン、ミラノ、パリやニューヨークのコレクションで、ランウェイを歩きます。

 端役はやくですが、映画に出演することも。


 そんな彼女のキャリアが絶頂だった、1997年。

 女性ファッション誌Marie Claireマリ・クレールのインタビューを受けた際に、子供時代に受けたFGMについて、初めて話します。


 FGM、つまりFemale Genital Mutilation。

 女性器切除せつじょのことです。


 割礼かつれいという言葉なら、聞いたことがあるでしょうか。

 割礼は、男子の性器の包皮ほうひの一部を切除せつじょする風習で、現在でもアフリカだけでなく、世界各国で行われています。その主な目的は、宗教上の理由か、もしくは通過儀礼として。


 女性器切除が、男子の割礼と違うのは、性感帯を失うことで、女性が性行為で快楽を得ないようにすれば、彼女たちは自発的に性行為をすることがなく、結婚まで処女をたもつと信じられているから。

 だから現在でも、激減したとはいえ、アフリカで、それが結婚の条件とされているところがあるそうです。

 特に、ワリスが生まれ育ったソマリアでは、切除後の縫合ほうごうによって、用を足すにも人一倍時間がかかるようになる。性器を横に縫い付けるんです。


 ロンドンで病院に行ったワリスが、産婦人科にかかり、男性医師2人に陰部を診察される場面があります。

 その際、うち1人の医師が、運の悪いことにアフリカ出身者だった。ソマリアかどうかは描写されませんが、もう1人の医師が分からない言語で、彼はワリスに吐き捨てる。

 「男にまたを開いて、恥を知れ」


 性器の縫合がかれるのは、結婚して、夫となった男の手によって。

 それが、当然とされているからです。


 男子の割礼と違い、女性器切除は体に負担が大きいため、長期に渡って苦しんだり、命を落とすこともあるそうです。

 実際に、ワリスの姉は、FGM後に命を落としています。

 麻酔や鎮痛剤ちんつうざいが使われず、土地の助産師によって、剃刀かみそりやナイフ、鋭い石などが使われる。暴れないように、押さえつけるのは親族の女性たち。

 止血には、泥や灰などが用いられることもあるそうです。

 

 こんな風習が、赤道沿いのアフリカの広い地域で、2000年にも渡って行われてきたそうです。

 だから、そう簡単に消えることがない。


 映画には出てきませんが、2002年に、ワリスはデザートフラワー基金という、女性器切除廃絶の運動を始めます。

 そんなワリスが、1999年に発表したデータによると、1日あたり5500人近く、年間では200万人の少女が、アフリカ各地で性器切除を受けている。


 欧米にアフリカからの移民が増える中、各地で摩擦まさつも起きています。

 性器切除を、傷害罪として、法律で規定する国が現れたからです。

 イギリスでは、全面的に禁止になりました。


 それでも、故郷の風習を、捨てられない人たちはいます。



 映画「デザートフラワー」では、ワリスの恋や友情も描かれます。

 自分にとって当たり前だったことが、ここでは違う。


 雑誌のインタビューで、ワリスに質問していた女性編集者は、あまりのことに涙します。

 最初は、砂漠越えで既に有名だったワリスに対し、その話をするようせがむのですが。


 自分とは違う国、場所、文化、宗教。

 そんなあらゆる違いを、主人公の身になって考えさせられ、感じることの出来る映画という媒体ばいたいの強さ。

 この作品の魅力は、そこにあると思います。





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