「ブラックブック」 監督:ポール・バーホーベン 後編

 任務についているうちに、エリスは次第に、穏やかな人柄のムンツェにかれていきます。ムンツェもエリスを愛おしく思い始め、彼女がユダヤ人であることに気付いていながらも、誰に密告することもない。

 このかんに、エリスはフランケンの愛人ロニーと親しくなり、地区本部で秘書として働くことに成功します。

  

 このロニーこそが、イスラエルの農場を訪れて、教師をしているラヘルに気付く観光客の女性です。

 彼女はいつも陽気で、少し抜けているところがあるものの、愛情深い。

 だからフランケンの下品なジョークを笑い飛ばしたり、愛想よくなだめたり出来るわけですね。


 エリスは、公証人のスマールから盗聴器を手渡され、それをフランケンのオフィスに仕掛けます。ナチスの内部情報を手に入れるために。

 そこでレジスタンスのメンバーは、裏切者の正体をさとってしまう。

 ラヘルとその家族、そして他の多くのユダヤ人をだまし、フランケンと共謀きょうぼうして、貴重品を手に入れていた裏切者の正体を。


 そいつの悪事をあばくために、医師のアッカーマンは、カイパースの命令にそむいてまで、裏切者の誘拐を決意します。

 しかし、その試みは上手くいかないばかりか、何者かの手によって、裏切者が暗殺されてしまう。


 裏切者は、一人ではなかったのです。


 物語の後半になって、ようやく出てくるという単語。

 果たして、それは何を意味するのか。

 黒い本? だとしたら、中には何が記されているのか。


 ご存じの通り、第二次世界大戦で、ナチスは敗北します。

 すると連合国軍によって、オランダはドイツの支配から解放される。

 と同時に、ナチスの高官であるムンツェはどうなるのか。 


 ナチスの協力者、つまり国に対する反逆者として、エリスは告発された他の者たちと共に、収容されてしまいます。

 その際、看守たちが行う、エリスや他の囚人たちに対するはずかしめが凄まじい。

 高いところから唾を吐きかけて嘲笑あざわらったり、暴力をふるったり、とにかくとにかくやりたい放題です。

 いい気味だ、と。

 というのも、この看守たち、反ナチ主義者で構成されているんですね。


 第一次世界大戦中、オランダは中立の立場にあり、当時のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が亡命した際に、彼を保護さえしました。

 そもそも、それ以前にオランダは、ドイツとほとんど戦ったことがなかったため、イギリスやフランスよりも、ドイツ軍に好意的だったそうです。

 そのため第二次世界大戦でも、オランダはあくまで中立の立場を守り、自分たちは戦争を回避しようとする。

 しかし、それではすべてが遅かった。


 ドイツ軍は、あっという間にオランダに侵攻し、南西部の都市ロッテルダムを爆撃します。そしてオランダは降伏。

 オランダでは、ユダヤ系でなくとも、500万の国民がドイツへ移送されて、強制労働を課せられました。

 レジスタンスは処刑され、後に絞首刑となるルトゥル・ザイス=インクヴァルトが、オランダの国務弁務官(ナチスの占領地行政担当)になってからは、処刑されたオランダ人の数は、実に4万1000人。餓死者は5万人だそうです。


 多くの者が飢える中で、エリスやナチスに協力していた者たちは、衣服や食料に困ることがなかった。

 だから恨まれ、責められる。


 イスラエルで平穏な日々を送るまでに、エリスはどんな経験をしてきたのか。

 裏切者は、一人残らず見つかったのか。

 ムンツェとは、再会出来たのだろうか。



 この映画は、イギリス人作家トム・ロブ・スミスの、「チャイルド44」を好きな方に、ぜひ観て頂きたいです。

 ちなみに「チャイルド44」は、ウクライナの猟奇的な殺人者アンドレイ・チカチーロをモデルにした、ソ連が舞台のミステリー作品です。









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