第29話 勇者、勝負飯で験を担ぐ

「……やはり。思った通りだったか」

 よく味わったアルフレッドは予想が当たり、深く何度も頷いた。


 “かつ丼”にしてない“とんかつ”も、単品でも美味い!


 以前アルフレッドは牛丼以外の丼物を探索して“かつ丼”なる美味に出会っていた。

「アレはアレでとても贅沢な一品だったが……あの汁に浸かっていないサクサクな上半分を一口食べて思ったんだ。こいつには絶対煮込まない料理法があるはずだと!」

 あたりまえの事を今まで検証してなかった勇者は、今日初めてとんかつ定食を食べた。

 ──正確には『お昼のサービスランチ(御飯・味噌汁・キャベツお代わり自由)』を食べた。

「店員さんには、この特製ソースの他に塩もイケると教えてもらったが……」

 一枚を七本に切ってあるとんかつを一つ箸で摘まみ上げると、アルフレッドは端っこの一、二センチだけかじった。

「この甘いソースでもシンプルな塩でも、美味すぎて一口一かじりでコメが茶碗一杯イケるな」

 結局アルフレッドにとって、味付けはどっちでもいい。

「……しかしこのペースで食ったらさすがに、このとんかつが尽きる前に腹がコメでいっぱいになりそうだ」

 その前に店の炊飯器が空になりそう。


   ◆


「まさか、細切れの葉っぱ千切りキャベツまで美味いとは……」

 脂身たっぷりの豚肉をたっぷりの油でフライにした関係で、とんかつはなかなかにオイリーだ。それが淡白なコメに合うのだけど、代わりに独特のソースをかけた葉っぱをモリモリ食べても美味しかった。

「あの茶色いソースゴマドレッシング酸っぱいソースオニオンドレッシングがウラガン王国にもあれば、野菜をむりやり喰うのに困らないのに……ん?」

 アルフレッドはそんな事を考えながら渋いお茶緑茶を飲んでいて、ふと壁に貼ってあるポスターに気がついた。


『受験に最適! ロースカツ&ステーキ コンビ二個セット定食』


 ロースカツはたぶん今食べたものだ。

 ステーキはアルフレッドの世界にもある。


「そこまでは分かるが、なんでそれが試験に最適なんだろう?」

 武術の昇格試験の前に栄養をつけろということか?

「でも、それなら他の物でも良さそうな……肉物、しかも重めの主菜を二品まとめて食べることに意味があるのか?」

 よく分からないので、アルフレッドは空の皿を下げに来た店員に聞いてみた。

「ああ、あれは語呂合わせですよ」

「語呂合わせ?」

「『ビフにとん』と二つまとめて、『敵に勝つ』に引っかけてあるわけで」

「あー、そういう意図か……」

 思ったよりも簡単でくだらない理由だった。

「まあ受験ともなりますと、そういうゲン担ぎに頼ってでも受かる確率を上げたいって皆さん思うんですよ。うちのお店も期間限定で、この『テキにカツ定食』で頑張る受験生をささやかながら応援しようと! そういう考えでフェアを始めたんでございます、はい」

「なるほど」

 納得してお茶を飲みかけたアルフレッドは、湯呑を持つ手を止めてもう一つ訊ねた。

「これもしかして、受験に便乗して一皿の単価を上げようという企みなのでは……」

「もうイヤだわ、お客さまったら冗談ばっかり! オホホホホホ!」 


   ◆


「ああいう発想もあるのだな。単純に面白いなどと思ってしまったが、やはり必死だとなんでもいいからすがりたくなるんだろうなあ」

 先週のことを思い返しながら、ぶらぶら歩くアルフレッドは文化の違いに思いを馳せた。

「まあその点、正直俺も他人のことは言ってられないな。力不足なのに勇者なんかやってるからなあ……確かにゲン担ぎ? とかいうのをしてでも無事な討伐を祈りたい気分だ」


 アルフレッドの場合、何かの試験どころではない。

 武術に関してド素人なのに、魔王を倒さなければならない立場にあるのだ。  

 語呂合わせだろうが何だろうが、勝利の可能性を少しでも気のせいでも上げたい気持ちはニッポンの受験生どころじゃない。


「…………急に気になって来たな」

 ちょっと真顔になったアルフレッドは周囲を見回す。

 繁華街の中でも飲食店が多い一角で、この辺りなら食べ物屋でも居酒屋でも色々な店がありそうだ。

「なにか、そういう食い物はないだろうか」

 “テキにカツ”より、もうちょっとちゃんとした理由付けも欲しいところだが。


 そんな事を考えながら異世界の勇者は、一帯の食べ物屋を端から確認していく。

「さすがに、そんな商売はなかなか無いか……」

 あのとんかつ屋が商魂たくまし過ぎるのかも知れない。

 だいたい見て廻って、特にこれと言う店は見当たらなかった。

 ……その代わり、別の意味で気になる店を見つけた。


   ◆


 恐る恐る店の中に顔を出したアルフレッドを、カウンターの中に立っていた太っちょの店主が目ざとく見つけた。

「いぃらっしぇい!」

「あ、いや。客ではないというか、ちょっと看板が気になって……」

「へい? うちの看板が何か?」 

 歯切れの悪い不審者アルフレッドの言葉に、店の主人は店の外まで出てきた。 

 アルフレッドは確認に来た彼に、看板に書かれたイラストを指す。

「どうも飾り窓ショーウィンドゥを見ると飲食店に見えるのだが……なんで看板が裸のデブなんだ?」


 アルフレッドの指さした看板には、なぜかパンツ一丁でカッコつけたポーズを取っている太った巨漢が描かれている──フルカラー写真で。

 はいてるパンツが普通のモノじゃなくて、なにかぶ厚い素材でできた儀式用の物らしいが……だからといって、食欲が減退する絵ヅラであることには変わりがない。


 看板を見た店主は、アルフレッドの疑問を豪快に笑い飛ばした。

「あぁ、これでごわすか! これは現役時代のおいどんでごわす」

「あー……」

 アルフレッドもそう言われて理解した。


 なるほど、あれか。

 ラーメン屋とかに時々ある、店主の等身大の絵写真パネルと同じものか。


「……自分を売り出したい気持ちは分からないでもないが、客に入って欲しかったらせめて服を着たものにしたらどうだ」

「はっ?」


「いやいや、これはまわし正装パンツ姿だから意味があるんでごわす」

「意味」

「元力士戦士がやっているちゃんこ屋と見て分かるように、おいどんのハレ姿を看板に使ているんでごわす」

「はー……」

 なんかわからないが、元の職業を知らせることに意味があるらしい。

「……ただ単に自慢のハレ姿を見せたいだけってことは……」

「細かいことは気にしちゃいけないでごわす!」


   ◆


 “ちゃんこ”という料理は初めて聞いた。


相撲神の格闘技はなにより身体づくりが大事でごわす。その為にはただ稽古するんじゃなく、食べるものにも気を使う必要があるんでごわす」

「うむ。確かにその通りだな!」

 その為にアルフレッドもニッポンで、唐揚げやカレーや牛丼やラーメンを喰いまくっているのだ。

 決してうっぷん晴らしの為だけに暴飲暴食しているわけじゃないぞ! ということは主張しておきたい。神様スポンサーの手前。


「ちゃんこは力士の食事全般を指すんでごわすが、その中でも一番大事なのがうちで出しているちゃんこ鍋でごわす。肉野菜を美味しく煮込んで大量に食えるようにして、効率よく身体を作るんでごわす」

「ほほう」

 どんな競技なのか見たことがないので分からないが、アルフレッドは理論的に身体作りから始める“相撲”という格闘技に興味を持った。

「確かに身体作りは大事だな。戦っているあいだに息切れしてしまってはそこでおしまいだ」

「そうでごわす! 長丁場長時間になっても耐えきれる身体が大事なんてごわす」

「なるほど! これは(ちゃんこに)興味が出て来たな。よし、ランチを食べていくか」

「(相撲に)興味がある! それは良いことでごわすな。ささ、どうぞ!」


   ◆


「ほう……これはすごい!」

 大量に食えるように、という言葉に偽りはなかった。


 普段アルフレッドたちが旅で使うのと、同じくらい大きい鍋が運ばれてきた。

 ただし、勇者パーティはその鍋で五人分のスープを作っているのに対して……こちらはあふれんばかりに山盛りの肉野菜がきれいに詰め込まれている。

「コレは鶏肉? 肉団子も一緒に入っているな……野菜もずいぶん種類が入っているし、こっちは豆腐か? 具材の種類が多い!」

「それがちゃんこ鍋でごわす。肉も野菜も美味しく煮込んで、たっぷり食べるでごわす」

「それは良いんだが」

 アルフレッドは水面も見えないくらいに盛り盛りの鍋を眺めた。

「すごく多くないか? これ、一人分の量に見えないんだが……」

「ふふふ……おまけにおまけして、サービスで三人前にしといたでごわす」

「なんと!?」

にいさん、本格的に(相撲を)やりたいようでごわすから……ま、先輩(力士)のおいどんからの花向けと思ってもらえればでごわす」

「そこまで見抜かれていたとは……うむ、期待に恥じない戦士力士になれるよう、ありがたくいただこう!」

「その意気でごわす!」


 アルフレッドはまず、煮え立ってやっと存在を見せたスープをすくって飲んでみた。

「ほう、これはうどんや蕎麦のスープとはまた違うな」

 風味は近いが、大量の鶏のおかげか肉の旨味がしっかりと出ている。

「ちゃんこ鍋は鶏ガラをしっかり煮込んでソップスープを取るんでごわす」

「元の出汁をとる段階で鶏骨を使っているのか。それでこんなに深い味が出ているのか」

 この美味しいスープで煮込んだならば……。

 アルフレッドはいつもなら肉ばかりだけど、くたっとし始めた野菜も食べてみた。

「おおう! この四角いヤツカット白菜丸いヤツぶつ切りねぎも、味がしみていて、いい!」

 肉の良い味付けになっているだけではなく、野菜も複雑な旨味をすっかり吸い込んでいる。これならいくらでも食べられそうだ。

「これなら、先日のとんかつと葉っぱキャベツに近い関係なのかもしれないな」

 アレはとんかつの脂っこい美味しさをキャベツがさっぱりさせてくれるので気持ち良く量を食べられた。

 このちゃんこ鍋とやらも、肉を少しかじって野菜を大量に食べられる。

「もしかして、カレーや牛丼のコメ料理とも近いのか?」

 

 ちょっとの肉を米や野菜で補完する。それがニッポン料理なのかもしれない。


「ニッポン人も肉の値段には苦労しているんだな……」


   ◆


 正直最初はとてもじゃないと思った鍋いっぱいの野菜を、アルフレッドは食べ切ってしまった。鶏肉や肉団子も、けっこう量があったように思う。

「自分で食べといてなんだが……食えるもんだな、あの量」

 本人はビックリしているが、彼がバイキングで無双した時を考えれば意外でも何でもない。

 

 アルフレッドは最後に、鍋に残ったスープをちょっとすくって飲んでみた。

「このスープが美味い……残すのがもったいないな。でも、これだけ飲むのも……」

 どうしようかとアルフレッドが悩んでいるところへ、店主が何やらザルに山盛りの白い物を運んできた。

「具を食べ終わったら、コイツでシメでごわす」

「これは、うどん? いやいや待て待て、この残り汁にうどんなんか入れたら……」


 ──絶対、美味いヤツじゃないか!


「良いのか!? そんな、このスープをうどんに吸わせるなんて……!?」

「出汁や具から溶け出した栄養を無駄にしない為に、うどんで全部からめとるんでごわす。これをまた一煮立ちさせて、飴色になったのが……すごく美味いんでごわす」

「さっそくいただこう」


 鍋で満腹になっていたはずのアルフレッドは、うどんもしっかり三人前食べた。


   ◆

 

「さすがに……動けん」

 元々一人前が多いちゃんこ鍋を、店主の厚意でうっかり三人分も食べ切ってしまった。

力士戦士はこうやってしっかり栄養を取って、しっかり休んで身体を作るんでごわす」

「休む方も必要なのか?」

「当然でごわす」

 店主は当たり前のように頷いた。

「相手に当たり負けしない為には、なによりしっかり食べた物を必要があるでごわす。だからよく食べ、よく休んで、立派なアンコ型ぽっちゃり体形に育てるのが大事でごわす。婦女子にはソップ型細マッチョのほうが受けがいいでごわすが、どんな当たり攻撃にも動じないならアンコ型でごわすな」

「なるほど! うん、俺も(パーティの)婦女子どもに受けが良いより、(魔物の)攻撃に耐える身体の方が良いな!」

「それでこそ勝負師勇者でごわす!」 


   ◆


 もりもり昼食を食べたアルフレッドは、食休みだと言って隅のほうで横になった。最近は危険地帯でもない限り、毎回そうしている。

「アル、あんた急に昼寝するようになったわね?」

 不思議そうな魔術師エルザに聞かれ、ちょっと得意そうにアルフレッドは答えた。

「いや、先日格闘技の練達者に極意を聞いてな。身体を作る為には食事を目いっぱい食べて、すぐには動かず栄養を身体中に回すのが良いらしい」

「そういうもの? そんな理論聞いたことも無いけど」

「魔術師と格闘家では方法論が違うんだろう」

「そうなの?」

 エルザは怪訝そうに首を傾げた。

 いまいち納得できないけれど、かといって反論する論拠も持ち合わせていない。


「私には、ただ食っちゃ寝しているようにしか見えないが……」

 ちゃんと理論に基づいているんだと言われてしまうと、苦々しく見ている剣術師範バーバラも𠮟るわけにいかない。

「先達の言うことだ。間違いあるまい」

「うーん……」

 なにか、どこか変な気はバーバラもするのだが……。


 そんな話をしているのを横で見ていたダークエルフは、目を細めてアルフレッドの気の流れを透かして見た。

 どこかの能力がめざましく進歩している、とかはない。

「……なんだ? ただ肥満になるように過ごしているようにしか見えないんだがな」


 それが目的だと、この中に理解できている人間はいなかった。

 ──実践しているアルフレッドも含め。

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