第28話 勇者、旅の味わいを知る
片側に土手。反対側は住宅街。勇者は人通りのない道を歩きながら、途方に暮れていた。
「変なところに来ちゃったな……」
アルフレッドは途中で道を間違えたらしい。
どこでも歩いて行く生活の為、彼は無駄に健脚だ。迷子になったと気が付いた時には、もうどこまで戻ればいいのか分からないほどに行き過ぎてしまっていた。
「
ベッドタウンという物を知らないアルフレッドは、周りの景色を興味深そうに眺めた。
付近に並んでいる住宅は、一戸建てに庭が付いているものばかり。邸宅街と言ってもいい。そんなに敷地は広くないようだが、それぞれの家に
きっとこの辺りは、裕福な町人層の家が並んでいるのだろう。勇者はそう見当をつけた。
アルフレッドは建売住宅が並ぶ一帯を眺め、つぶやいた。
「都市部にこれだけの家を持っているのに、使用人の気配もない……もしや、この付近は別宅ばかりで、本宅はもっと街の中心地に持っているのかな?」
だから貴族や富裕層以外は、町で一戸建てなど望むべくもない。庶民はみんな一部屋だけの長屋に住んでいた。
「
この家の持ち主は、どんな商売をしているヤツなんだろう。
二階建ての家を見ながら、アルフレッドは家主の人生に想いを馳せた。
異世界人とはいえ、アルフレッドはれっきとしたお貴族様。
そんな人間を驚かせたと知れば、共働きで三十五年ローンを返している鈴木さんもきっと建てて良かったと感涙するに違いない。
◆
「しかしニッポンには、どこにも城壁がないとは思っていたが……」
アルフレッドは家の立ち並ぶ側の反対の、小高い土手を眺めた。
「緑が多い景観に配慮したのかな? 石積みの城壁じゃなくて、土手なんだな」
実際に太閤さんがやっているので、間違いではない。
「のはいいんだけど……このずっと聞こえている『ゴォゴォ』いってる音は何なんだろう?」
ばらつきはあるけど、そんな感じの騒音がずっと聞こえている。
どこから音がしているのか不思議だったけど、どうもこの土手の向こうから聞こえている感じがする。
「なんか、土手の周りは入れないようになっているし……城壁の外は何が起きているんだろう?」
気になる。
当初の目的を忘れ、アルフレッドは土手に沿って歩き始めた。
(このニッポン式都市城壁の、外側をひと目見てみたい)
その一心だ。
「蛮族やモンスターが攻めてきている……とかって感じの音じゃないんだよな。土手の上も全然慌てた様子とかないし。土手の向こう側に大河でも流れているのか? でも、水音でも無さそうな……」
なんだか分からないからこそ知りたいと、手がかりを求めて歩いているうちに……三十分ほど歩いた辺りで、アルフレッドはついに出入り口のようなものを発見した。
「お、あそこから入れるのか」
土手が低くなっているところに階段が作られ、その手前は馬無車が止められるようにマス目を描いた舗装がされている。実際に何台かそこに小型の馬無車が停まり、石段を上がっていく人の姿も見える。
「ふむ……」
ちょうど看板が付いていたので、アルフレッドは何の施設か確かめてみた。
“
アルフレッドは看板を読んで頷いた。
「きっとニッポン語が難し過ぎるんだな」
勇者は最近、
とにかく、意味だけを拾えばここはアルフレッドも入っていい場所らしい。
「よし、それなら遠慮はいらないな。気になって仕方ないとはいえ、さすがに立ち入り禁止のところに入り込むのはマズいものな」
無断で学食利用もアウト寄りのグレーゾーンだぞ、アルフレッド。
◆
石段を上ったアルフレッドが見たのは、小ざっぱりした
「屋台がずいぶん出ているな。見た感じ、本館はあの
どうも食べ物屋が多いみたいで、昼時をいくらか過ぎているはずなのに人がたくさん群がっていた。
その辺りは良いのだが。
アルフレッドはいったん店舗から視線をはずし、横を見た。
「なんで、馬無車置き場がこっちにもあるんだ?」
店の前には、広大な車置き場が広がっていた。それこそ、視界いっぱい。
土手の下にも十台か二十台を止められる広さがあったのだけど、こちらの広さはそれどころじゃない。
「これ、何台停められるんだろう。えーっと……百台じゃきかないな……」
クルマと言うのは馬が付いている・いないに関わらず、道がなければ走れない。それで考えると道に直接つながっている下よりも、なぜ土手の上の方が駐車台数が多い……?
そこまで考えて、アルフレッドは自分の思い違いに気が付いた。
「もしかして、この土手……城壁じゃないのか?」
目の前を見るだけでも、賢者の学院より広いんじゃないかという面積を使っている。土手の横幅がこんなに必要だと思えない。
答えを探すと、なぜかトイレの前に説明書きが貼ってあった。
「こうそく、どうろ……?」
高速道路。
速く走るための道路。
ちょっとアルフレッドの世界には無い概念だ。
「いや、待てよ……ウラガンの馬車に比べて、馬無車ってずいぶん速く走るんだぞ? あれで全然本気じゃなかったってことか!?」
街中の道路は歩行者や横から出て来る車がいて、どうしても本気で速度は出せないらしい。それはそうだ。
しかし遠くへ行く道路では早く着くため、馬無車を邪魔を気にせず走らせたい。だから土手の上にまっすぐ走るだけの道を通していると……。
「なんてこった……」
よく見れば広大な車置き場の向こう側を、とんでもない速さでさまざまな馬無車が駆け抜けている。瞬きすると車の位置がずれているほどだ。
「あのゴォゴォいう音は、馬無車が全速で走ってる音だったのか」
つまり、この
どんどん通過していく馬無車を見送りながら、アルフレッドはほっこりした。
「馬無車をどんな動物が
◆
アルフレッドの疑問は解決した。
となれば、次はさっきから鳴きっぱなしの胃袋の苦情を解決してやるべきだろう。
「いやいや、ここは食べ物屋台が多いみたいだからな。ちょうど俺も昼にしたいと思っていたところだし、助かった」
これだけ店の数があれば、食べる物には困らない。
「きっと俺好みの食い物も何かあるに違いない。やっぱり塩が利いていて、食いでのある物がいいな」
ここは初めて来る場所だ。
珍しいモノもあるかもしれないと、アルフレッドはちょっとワクワクしながら一通り覗いてみることにした。
十分後。
期待に満ちていた勇者の顔は、困惑に変わっていた。
「なんだ、ここ……品揃えが珍し過ぎるだろ!?」
屋台で売っているものが、片っ端から知らないものばかりだ。
「分かるのはタコ焼きと、ソーセージっぽいフランクフルトとか言うヤツぐらいか……牛串焼きとかは聞かなくたって分かるけど」
名前に聞き覚えがないどころか、見た事さえないものも多い。
「ニッポンにもずいぶん来ているのに……ここは知らないものばかりだ」
これはどういう事なのか……。
人混みの中で眉間に皺を寄せて考え込んだ勇者は、しばらく考えて大事なことに気がついた。
「よく考えたら、そもそも」
俺が謎を解決しなくたって、別にそんなのどうでも良くないか?
「そうだった。大事なことを忘れるところだった……俺が今欲しているのは、謎の答えじゃなくて昼食だ」
それに比べれば疑問なんて、
“初めて”が多い屋台にウキウキしながら、アルフレッドはもう一度最初から巡回し始めた。
「これ、なんだろう?」
ソーセージが売っている。
確かにソーセージと見えるのだが、なぜかそのソーセージに白っぽいモノが上から下まで巻きつけてある。
値札を見ると……。
“
「コメ?」
確かに色は似てるけど。
「豚肉はたぶんこのソーセージのことなんだろうなあ。固めたコメ……固めたって感じじゃないけど……まあ、コメを加工した何かと思えばいいのかな」
直訳をさらに意訳して、アルフレッドはなんとなく理解した(気になった)。
「まあ、見ていたってなんだか分からない。食ってみるか」
この“豚コメ”なるものを一つ買うと、アルフレッドは他の物も探してみる。
なにやら混ぜ物をした白っぽい塊を売っている店がある。
何種類かあるみたいで、アルフレッドは一番人気と書かれた値札を見てみた。
“
チーズ、枝豆、までは分かる。
「魚のプディング!?」
どうみてもこの円盤状のかたまり、魚に見えない。魚よりもさっきのソーセージに巻きついていた、コメ製品の方が見た目が近い。
もしや誤訳じゃないかと思ったので、アルフレッドは屋台の店員に聞いてみた。
「あの、これ……魚なのか?」
「はい!」
自信ありげに返事をもらってしまった。
「本当に?」
念のためにもう一回、アルフレッドは確認してみた。
「はい! そうらしいですよ!」
威勢だけはいいアルバイトも、よく知らないのにもう一回元気に返事をした。
「やっぱり魚なんだ……何をどう加工したら、こんなかたまりになるんだろう?」
「なんか、おろして練って、蒸すらしいです!」
「おろして、練って、蒸す」
店員の説明を聞いたアルフレッドは、魚を大根のようにすりおろして、そのままこねて、サウナに持って入るところまで想像した。
「……うん、たぶん俺の勘違いだな」
「はい?」
これもさっぱり分からない。
分からないならば。
「これも、食って確かめてみるか」
◆
なんだかよく分からないものを立て続けに買ってしまった……。
「どうしてこうなったんだろう? まあ、考えていても仕方ないか」
とにかく腹が減っている。どうせ答えなんて出ないのだ。勇者は割り切ることにした。
「食べ物には間違いないんだし、まずは食べて評価してみよう」
アルフレッドとて歴戦のニッポン探訪者。この世界のアレコレは、説明されたって理解できないことをすでに知っている!
取りあえずアルフレッドは、最初に買ったポーク餅にかぶりついてみた。
「む!」
やっぱり芯になっているのはソーセージだった。
ちょっと粗挽きで、塩っ気のある肉が口の中ではじけるようにほぐれて、美味い。
だけどそこに不思議な柔らかさと、モチモチ食感を持ったよく分からないものがからんでいる。そしてこの二つを一緒に食べると……。
「すごく美味い! なにこれ!? 食べてる今でもどこがコメなんだって感じだけど……えええ、なにこれ!?」
説明できない味わいに、アルフレッドは食べる手が止まらない。あっという間にポーク餅を食べ終えると、もう一つのかまぼこも続けて食べてみる。
「本当に不思議な代物だよな……この白い円盤、油で焼いてあるのか? でも、そんなに念入りに焼いてある感じでもないな。どれ」
これも、何に例えていいのか分からない不思議な食感だ。
表面は固めに焼いた目玉焼きのように少し焦げたパリパリ感。だけどその下は柔らかく、もにゅもにゅと言うか、クニクニというか……どう例えたらいいのか、形容が難しい。
先日の自分作のうどんよりも硬くてさっくり噛み切れて、でも揺らせばふるえる程度に柔らかい。味は淡白。だけどほんのりした塩味と、何かの旨味が感じられる。そしてところどころに混ざっていて、自己主張が強いチーズの粒と枝豆。
「コレはコレでいいな。何て言ったらいいのか、いまだに言葉が出て来ないが……でも、たぶんこれは……」
両方とも、ビールに合う!
「うおお……口の中に味が残っているうちに、この後口でビール飲みたい!」
急いで探してみるけど、並んでいる屋台街にビールのマークはない。
「何でこれだけ店があって、ビールがないんだろう?」
サービスエリアだから。
「ニッポン人には、この二つが素晴らしい酒の友だというのが分からないのか!? 何たる不見識だ!」
分かっていてもできない理由があるなんてことは、異世界人には想像できないし関係ない。
◆
こんなに合うモノばかり売っているのにビールを置いてない。
そんなニッポン人の失態に憤っている勇者は、そこで一つの可能性に気がついた。
「ハッ!? もしかして、屋内のほうには売っているかも?」
無いのだが。
あくまで今ここで飲みたいアルフレッドは、ビールを探してサービスエリアの本館にも入ってみた。
「おっ、こっちには座って食べられる食堂街が……こっちはコンビニっぽい売店か? 色々揃っているんだな」
五、六軒の店がカウンターを並べていて、客は好きな店で買って共通の客席で食べている。
「へえ、これは良いな……例えばあそこのラーメンと、こっちの牛丼を一緒に買ってきて食ってもいいわけか」
剣のコツはなかなか覚えられないのに、フードコートの仕組みはすぐに理解するアルフレッド。
「まあ、食堂は後でじっくり見るとしよう。今はビールだ!」
アルフレッドは食堂の探検はいったん置いておいて、売店部分に急いだ。ビール捜索は急務だ。
売店のほうも色々珍しいモノが並んでいた。
「……なんだ、ここ?」
珍し過ぎた。
この売店。スーパーに似ているけど、なぜか肉や野菜は売ってない。
陳列台を埋める商品のほとんどは、綺麗な包み紙をかぶせた平べったい箱で占められている。
「この見本からすると、ここに並んでいるのはどれも菓子か?」
ほとんどが甘い菓子のようだ。時々思い出したように煎餅も。
「なんでこんなに種類があるんだろう?」
よく見れば、ところどころに地名っぽい札が下がっている。その辺りはどの土地の菓子がある、と言うことなのだろう。
それにしたって……。
「何種類あるんだ、この菓子の箱。百……ありそうだな」
アルフレッドは一つ手に取ってみた。
『箱根に行ってきました』
「……そんなことを俺に言われてもな」
菓子に旅行先を申告されて、自分はどうすればいいのだろう。
「ん? 旅行先?」
今の自分の発想に、アルフレッドは引っかかるものを覚えた。
「旅行……旅行か」
アルフレッドは週に一回ニッポンに来るのを楽しみにしている。
見たことも無いものを見て、知らないものを食べてみる。これが楽しい。
「もしかして、ここに並んでいる菓子は……」
こんなに種類がいるのかと疑問に思う菓子も。
なにでできているかよく分からない屋台の食い物も。
街で見たことがないというのは、そこに理由があるのかも知れない。
「そうか。もしかして、この旅の休憩場所でしか買えないのがステータスなのか?」
いつでもどこでも買えるものだと、あえてこんな時に買おうと思わないかも知れない。でも、旅行の時にここに立ち寄らないと買えないものだとしたら……?
「……希少価値を保つためか!」
そこに思い至ったアルフレッドは、納得の唸りをあげた。
特別な時だけ、というのは大事だ。
きっとこの立ち寄り公園とやらを運営しているギルドは、製法を秘匿して他の町で真似されないようにしているに違いない。
「ここでしか買えないなら、誰もが寄りたくなるし買いたくなる。しかも滅多に手に入らないと皆が思うなら、同じ物をいつまでも末永く売ることもできるな」
もしそうなら、この施設の繁栄を約束する巧いやり方だ。
誰が始めた商売か分からないが、頭がいい。
勇者は頭が回る発案者に感心した。
◆
「それはともかく、なんでビールを売らないんだろう? 絶対売れるのになあ」
屋内でもビールは売っていなかった。
「仕方ないな。それぞれもう一個買って、街に持って帰って飲もうかな」
諦めきれないアルフレッドがまた外に出たら、なにやら制服を着た人間が車置き場と歩道の境で叫んでいるのを見つけた。
「十三時半発の博多行き、もう出発の時間です! すでに遅れています! 早くお戻り下さい!」
後ろに大型のバスが待機している。すでに(エンジン)音を立てていつでも出発できるようにしているのだが、出発できないらしい。
「どうやらあの乗り合い馬無車、客が足りないみたいだな」
ウラガン王国の乗り合い馬車でもよくある。
隣町まで行くような長距離の乗り合い馬車は、定員が揃わないと空きスペースが無駄になるので発車しないのだ。どうやら約束していた客が来ていないらしい。
アルフレッドはちょっと考えた。
「あの凄い速さを体験できるのなら、乗ってみるのも面白いかもな」
そのハカタなる町に特に用事は無いのだけど、向こうも困っているみたいだから自分が乗ってやってもいい。
アルフレッドは安易にそう考え、
「あー、すまないが……」
「あ、お客様! 急いでください」
「はいはい」
ニッポンの高速バスの“長距離”が隣町どころではない事とか。
関東から博多に向かうバスが、どれだけ時間がかかるかとか。
そもそも高速路線バスは事前予約システムだとか。
単純に客が集まらないのじゃなくて、トイレ休憩から戻らない客だったとか。
そういう諸々は、高速道路も高速バスも初めてのアルフレッドの知識にはない。
アルフレッドを積み込んだバスはすぐに扉を閉めた。
そして。
気軽に乗り込んで帰還時刻までバスに閉じ込められるアルフレッドと。
人数しか確認してなくて客の特徴を覚えていなかった粗忽な乗務員と。
のんびりお土産を物色していて戻ったらバスがいなかった間抜けな客の。
からみあった運命を載せたバスは速度を上げて、平和な景色が広がるサービスエリアを出ていった。
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