第27話 勇者、異次元の技術を手に入れる
魔王討伐の旅というと、たいていの人は延々野宿を続ける旅を想像するようだ。
「実際のところ、半分は宿に泊まるか農家で間借りしてるわよね」
「だよなあ」
勇者パーティは都にこそ滅多に帰ってこないけど、そうそう荒れ地ばかりを歩いているわけでもない。
久しぶりの都で会った友人がそう思い込んでいたという、エルザの話。
街に住んでいる人間にはそもそも“旅”というもの自体が想像できないらしく、ずいぶん荒唐無稽な誤解をしていたらしい。
その一般人の認識に、パーティの皆は納得しかねる顔で首をひねった。
「テント暮らしのイメージも間違いではないが、逆に探索の拠点を街に置いて探し回ることもあるしな」
バーバラの指摘に、皆うんうんと頷く。
「被害に遭った現地の住民に状況を訊いてまわってるから、人里離れた場所ばかり行ってるわけでも無いし」
「そもそも、野営の道具から食料まで全部メンバーで持ち歩いているのですもの。消耗品の類を大量には持ち運べないわ」
素人のとんちんかんな質問攻めに遭ったエルザは、思い出しただけでうんざりしているようだ。
「物語だと冒険者パーティは、なんでも入れられる魔法のカバンに全部詰めてるから身軽なんですって。しかも生肉でも氷でも、鮮度が落ちないようにそのまま保管してくれる親切設計」
「そんな便利な魔道具あるのか?」
「あるわけないでしょ、都合が良すぎるわ。魔術舐めんな」
「魔術には代償が必要だからなあ。そんな機能を実現して性能を維持できるとしたら、見返りに何を捧げればいいものか……」
「突っ込んだ物を全部消化されそうだな」
旅の食料品は特に難しい。
軽くてかさばらず、日持ちするもの。
そしてできれば調理がいらず、付け加えるなら……美味しいもの。
……そう。
味は一番最後の条件。“可能なら”レベルの要望だったりする。
「材料のままなら荷物のスペースは最低限で済むけれど、炊事中に敵に襲われたら目も当てられないわ……穀物とかは調理に水も必要だし」
「かといって、調理無しにすぐに食えて軽いとなると……堅パンやビスケット、干し肉、ナッツぐらいか。十日も連続すれば喉を通らなくなるぞ」
料理も一日ぐらいなら持ち歩けるけど、それを過ぎたらさすがに腐る。
毎日料理するのは敵が多い地域じゃまず無理だし、焚き木が集まる保証もない。野営中の煮炊きなんてウサギや鳥、キノコがたまたま採れた時だけの贅沢だ。
それにプラスして、飲める水がどこでも手に入るとは限らない。
「結局は携帯食糧に拒絶反応が出る前に、街に入ってまともな食事を取らないと身体がもたないのよね」
「荷物を減らすために生活必需品も削っている有り様だからな」
皆の意見を聞き、ちょっと考えたダークエルフが宿の前に繋がれている馬を指した。
「馬を荷物係として連れて行くのは?」
「あー、あの頃はフローラはいなかったんだっけ? 最初は馬に乗って、道具一式も背負わせてたんだけどな。魔物と戦闘が始まると、馬は逃げるか食われるかしちゃって……」
「……それもそうか」
「馬が使えればなあ……皆が大好きな酒も、旅先で切らさずに済むのに」
「それを願っているのはお前だけだ」
◆
ニッポンに来たアルフレッドはカップラーメンを手に取りながら、その時のことをしみじみ思い出していた。
「ニッポンならこんな良い物が手に入るから、野宿もしやすいんだけどなあ」
調理なんかしなくたって、湯だけ沸かせばいい。
しかも軽い。長期間保存できる。器も付いてる。良い事づくめだ。
まさに旅の為に作られたとしか思えない。
「味も色々あるから、毎日食っていたってそう簡単に飽きないしな!」
勇者に“栄養バランス”と言う概念はない。
まあ、今日はカップラーメンという気分じゃない。これはもっと、酒よりメシ! って気分の時だ。
アルフレッドはカップラーメンを棚に戻すと、空のカゴを揺すって歩き始めた。
「遅くに来たからスーパーで“宅飲み”のご馳走を……と思ったんだが。
今日は
「ポテチとかチョコとか……もちろん買って行くつもりなんだけど、もうちょっと重めの酒のアテがないかな」
わりと無茶を言う。
他に何か、ちょうど良いモノがないものか……。
キョロキョロしていると、
「ん? あいつら、さっきカップラーメン売場ですれ違った人間だな」
アルフレッドが普段寄り付かない辺りで、何やら騒いでいる。
『おまえ、レーショクなんか買ってどうするんだよ』
『事務所にレンジなんかないぞ?』
仲間に忠告されている一人のカゴをそっと覗くと、すぐ横の平台に並んでいる商品が入っていた。
(あ、アレを買うつもりなのか)
アルフレッドもひんやり冷気をまとった売場から、一つ取り出してみた。
ポテチに似た四角い袋にいろんな料理の絵が描いてある。売り場の表示によれば、“冷凍食品”とかいうカテゴリーだ。
「確かに凍っているみたいなんだよな。冷凍食品とは、言い得て妙だ」
袋は実にたくさんの種類があって、書いてある物もさまざまだ。生野菜や芋みたいな素材そのものから、“定食”が丸ごと描かれたものもある。中にはアルフレッドの大好きな唐揚げや焼き鳥なんかもあったりして、彼も気にはなっていた。
ただし。
食べ方が分からない。
「これ、どうやって食べたらいいのか分からないから買ったことがないんだよな」
触ってみると明らかに凍っている。冷たくてカチコチだ。
裏を見ると食べ方が書いてある物もあるのだけど、「火にかけろ」とか「油で揚げろ」とか言われてもアルフレッドにはどうしようもない。
「せめて
ニッポンでは、キッチンを借りるような
だから気にはなっていたけど、いままで縁がないものと思って素通りしていたのだった。
どうやら彼らも、
だが仲間に止めろと言われた男は、全然気にしていないようだった。
『頭を使えよ。そのままレンジにかければいい物もあるからさ、買ったらそのままイートインのレンジで温めて会社に持って帰りゃ、ちょうどいい熱さになってるんだよ」
イートインのレンジ。
(なんだかまた、俺の知らない言葉が出て来たぞ!?)
最近
どうやら最近の新造語には対応していないみたいなので、次回のアップデートが待たれるところである。
「とにかく。その“イートインのレンジ”とかいうものを使えば、調理場が無くても食えるのか?」
これはちょっと耳寄りな情報を仕入れたと、勇者の目が光る。
冷凍食品を戦力に加えることができたなら、勇者の味方は激増する。ざっと見ただけでも一品料理系の顔ぶれが相当数、並んでいる。
「料理売場に売れ残りが無かった時でも、こっちを買うという手ができるしな! これは是非とも、その方法を覚えておかないと……」
アルフレッドはさりげなくを装い、わいわい楽しそうな男たちの後ろをつける。彼らはレジを通り、
「あいつか!」
確かに他の店にもあった!
正面にガラスがはまった小さな箱。
以前他の店でこういう休憩場所を利用した(無料でお茶が飲める機械があったりするのだ)時に、気になって触ったことがある。
「中に何も入ってないし、ボタンがやたら付いているけどどうしたらいいか分からないし……あれは冷凍食品を温める機械だったのか!」
取りあえず以前調べた時は、箱の大きさのほとんどが空洞だと分かった時点でアルフレッドは興味を無くしていた。
「自動販売機じゃないと分かったので、あとは気にしなかったんだが……なるほど。置かれているからには、きちんと何かの役に立つと言うわけか!」
当たり前だ。
見ていると冷食男は買った冷凍食品の包装の一部を破り、“
すぐに機械が「ウィーン」という音を立て始めた。見た目は全く変わらないが、一応は何やら動いている様子。
『最近はそのまま袋調理も増えて来たし、温めボタンを押せば時間はレンジのほうで判断してくれる。アルミ使った銀色のパッケージだけ気をつければ、たいがいの物はこれでイケる!』
『そういうもんか?』
『温まればいいんだからさ。袋から皿に移せって書いてある物も、蒸気を逃がす穴だけ開ければ大丈夫だよ』
『本当かよ……』
「なんか、微妙に手順が怪しそうな会話をしてるけど……あれだけで食えるようになるのか」
冷凍食品は思っていたよりも、かなり簡単な方法で食べられるようになるらしい。
「やるべきことは、アレで終わりか?」
いくつかレンジで温めた男は、また手提げ袋に元通りしまって店を出ていく。
そこまで見届けたアルフレッドは、思わずニヤリと笑みを浮かべながら頷いた。
「よし、やり方はおぼえた!」
アルフレッドの記憶力でも一度で覚えられるぐらい、簡単なことだった。
となれば、やるべきことは決まっている。
冷凍食品売場に戻るのだ!
◆
それまで興味がなかった(冷気のおかげで)寒々しい一角が、急に綺麗な花畑のように見えた。
「唐揚げ……チキン南蛮……チャーハンもあるのか!」
アルフレッドは冷食売場を丹念に見て回った。
どうせ今日はもう惣菜は売り切れている。ポテチ類はいつでも買える。ならばここで、“初めてのお供”を探し出そうという腹積もりだ。
「なるほど、この定食みたいなのは、本当に皿一枚に全部盛ってあるのか……これは貝!? それに果物もあるだと!? 信じられん!」
マジメに見たら冷凍食品、凄かった。
海沿いの街に行った時に貝は食べたことがある。
果物も全部が全部知っている物じゃないが、イチゴはアルフレッドの世界のベリーと似たようなものだ。
だから分かるのだが……。
「どれもこれも、獲ったら二、三日で食べないとダメになるものばかりじゃないか!」
ところが、書いてある製造年月日を見ると……店に貼ってある今日の日付から、何か月も前になっているのだ。
「もしかして……凍らせることで、食い物を長期間保存できるのか!? これは凄い発見だぞ!?」
なお冷凍保存はアルフレッドの世界でも、自然に氷が張るような国なら誰でも知ってる話だったりする。
「まあ、そんな話は今どうでもいい。今晩の一品を何にするかだ」
いまいちアテにされないのはそういうところだ、アルフレッド。
「食ったこと無い物も試してみたい気持ちはあるけど……まずは絶対外さない物かなあ」
アルフレッドは並んでいる袋をじっくりと眺め、売場を二往復してやっと狙いを定めた。
「よし、やっぱり一品目は唐揚げにしよう!」
数種類並んでいる中から、“ニンニクを効かせた名店の味”とかいう煽り文句が付いた品をチョイス。
「唐揚げならニッポンで散々食べて来たしな。店で出される物とスーパーで買う物、そしてこの冷凍食品と味を比べることができる!」
次は何か腹にたまる物……と探した勇者が見つけ出したのが。
「こいつを試してみるか! コメ料理なら、まずハズレはないだろうし」
アルフレッドはチャーハンを掴み上げた。
なお彼が選んだ製品には、“お徳用1キロ入り”と書いてある。
「値段も店で食べるのに比べると安いし、腹いっぱい食べてみたかったんだよ」
一キロの袋がそのまま電子レンジで加熱できるかは、彼の知ったことではない。
他にも居酒屋で食べたことがあるフライや小鉢料理などを選んで、大満足のアルフレッドは次に酒を選ぼうと売り場を移りかけた……その途中。
「ん? これは……」
ポテチなんかを売っているコーナーの柱に、小さな袋をたくさん貼り付けた板がぶら下がっている。
そんな物、いつもだったら気にもしなかったんだけど……今日“レンジ”なる便利な機械を覚えたばかりの勇者は、
「これは何だろう? こんなところにぶら下がっているから、冷凍じゃないし」
小袋を見てみると、どこかで見たような絵が描いてある。
「えーと、ぽっぷこーん……ポップコーン! あれか、映画を見に行くときに買うヤツだ!」
別に買わなくてもいいのだが。
「へー、これを買うとポップコーンがレンジで作れるのか」
確かに街中では見たことがないお菓子だと思っていたけど、出来上がったものを買わずに家で作るものらしい。
「たしかに、かさばるから持って帰るのもめんどくさいのか……うん、俺も試してみよう!」
ポップコーンなら味も分かるし、たぶん映画館で買う物とそんなに味は変わらないだろう。
アルフレッドはそう考えると、これも一つ取ってカゴの中に放り込んだ。
◆
イートインに帰って来たアルフレッドは、買ってきた要レンジ食品をテーブルの上に並べてみた。
「……全部温めると、結構時間がかかりそうだな」
宿まで行くのにも多少の時間がかかる。
「となると、レンジに入れる順番も大事だな……さめても構わないものから温めていかないと」
そう考えると、まず温めるべきは……。
「うん、まずはコイツをやるか」
アルフレッドはポップコーンを最初に手に取ると、レンジの中に入れてボタンを押した。
数分後、けたたましい破裂音で店中パニックになるのを知らずに。
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