第24話 男爵令息、将来設計を思い悩む
ウラガン王国の勇者アルフレッド。
彼には勇者という立ち位置の他、王国貴族ラッセル男爵家の嫡男という本来の立場もある。
といっても現状両親ともに健在なので、別に男爵位を継いでいるわけではない。そちらの方はあくまで、後継ぎ予定の息子というだけだ。まもなく成人なので本来ならばアルフレッドも、父の仕事を手伝ってだんだん学んでいく年頃ではある。
ただ、アルフレッドの場合は魔王討伐の勇者に選ばれるという
王の命令に従っている結果とはいえ、たまに王都に帰ってきた時だけしか家の事を見てやれない。
それがアルフレッドには、どうにも申し訳なく思えていた。
「と思っていたのだが」
王都に帰って来た報告に父の書斎へ顔を出したアルフレッドは、うんざりした顔で積み上げられた諸々の書状を見下ろした。
「そもそも父上、俺が居ようが居まいが全然片付けておりませんね!? 前回戻って来てから、山積みの状態がまるで変っていない!」
「何を言うか、アルフレッド」
キレる息子を、屋敷の主であるジョナサン・ラッセル男爵がたしなめた。
「ちょこちょこは片付けておるぞ」
「ちょこちょこ?」
「ちょこちょこ」
「それは量がですか? 内容がですか?」
「それはもちろん」
不肖の父が胸を張った。
「両方だ」
「自慢するな!」
◆
「まったく……父上がこんなんだから、旅に出ていても不安で仕方ないんだ」
緊急のもの、もしくは手遅れのものがないか。溜まった手紙類にざっと目を通しながら、アルフレッドはため息をついた。
なにしろこの父ときたら、なんだかんだ言って全然仕事をしない。最近では家のことなど、帰ってきた時にアルフレッドがやればいいと思っている。
「そうは言ってもな、アルフレッド。ワシも王宮で官吏としての仕事で疲れておるのだ。家で多少仕事が溜まってしまっても仕方ないだろう」
「それを言うなら、魔王討伐に行っている俺はそれどころじゃないのですが!?」
アルフレッドはぶ厚い紙束を掴み、もう片方の手で嫌味ったらしく叩いて見せた。
「督促や期限切れだけでも、これだけあるんですよ。ラッセル家は最低限の事さえできないと噂になったら、我が家の信用は地に落ちますよ」
「そうならないように、おまえももっと家に帰ってこい」
「じ・ぶ・ん・で・か・た・づ・け・ろ!」
どうにも父男爵には、日々の代わり映えしない仕事を軽視するという悪癖がある。もっと言えば、一攫千金を夢見るというか……今の立場では落ちこぼれでも、自分が輝ける世界が別にあると別天地を夢見る甘いところが抜けないというか……。
「要するに、ダメ人間なんだよなあ……」
そこが
男爵家などは貴族の末端であり、領地もわずかでまともに生活できるほどの税収はない。だから収入は官吏としての父の給料頼みなのだが……。
「このぶんでは、今年も昇給は絶望的だな」
「なぜそんなことが分かる」
「家の事務仕事程度でさえやる気がなくて積み上げる父上に、役所で評価されるような仕事をできるとは思えません」
「ふん、どうせ下らん近所付き合いだの慣例通りだの、退屈でつまらない話ばかりだ。ワシの
「そんなものが実際に廻ってきたら、めんどくさがって投げるくせに……」
プライドと自己評価は高いくせに、実務能力がやたらと低い。
そんな父のやる気のなさに、家にいるだけで頭痛がしてくるアルフレッドだった。
「それはさておき」
アルフレッドの冷ややかな視線に気がついているのかいないのか、父は引き出しの中から何かの書状を取り出した。
「たしかに我が男爵家の評価がいまいちパッとしないのは、ワシも常々気にしているところではある」
「ならば働いて下さい」
「だが! これはワシの才能が発揮されるような場面が廻って来ないせいだ! そのあたり、おまえにも分かるだろう」
「発揮するような才能が無いのを、分かってないのはあなただけです」
「そこでだ!」
広げた書状を
「ワシの才能は、やはり勝負勘の確かさにあると思う。そこでどうだ、これ! フェイガン地方の肥沃な土地に、皆で出資して広大な農場をやろうという誘いがあってな」
「父上……」
投機の才能を主張する父に、アルフレッドは……全く感銘を受けていない目で、その
「奥深い山林ばかりのフェイガン地方に、肥沃で広大な農地なんて余っていません。それ、価値のない土地を売りつける典型的な詐欺です」
「なんだと!?」
愕然としている父には悪いがアルフレッドとしては、なぜ儲け話を聞いたらすぐ裏付けを取らないのかが不思議で仕方ない。
「しかし、コレは間違いのない話なのだぞ!?」
「なぜそんなことが分かるんですか」
「だって、『絶対確実』『みんな乗り気だ』『有名投資家が発起人』『早くしないと枠が埋まってしまう』とまで言っておったのだぞ!」
「誰がですか」
「ミューズリー子爵」
アルフレッド父と同様、威勢がいまいちな下級貴族だ。
「の家に出入りしている商人の知り合いの耳寄りな話を持ち込んでくれる口入れ屋の友人の友人がそう言っていたって。せっかくの儲け話だからと、子爵に一緒にどうだと誘われたんだ」
「詐欺師に騙されるなら、せめて直接会ってからにしてくれませんかね!? まさか手付金とか払っていないでしょうね!」
「おう、それそれ」
ラッセル男爵は何かを思い出した顔になった。
「その金が、いささか我が家の家計から捻りだすには難しい金額でな。だからおまえのツテで借りられないか相談しようと、おまえが帰って来るのを待っておったんだ」
「俺のツテで誰に借りるつもりだったんだ!? そもそも種銭も用意できないのに投資話なんかに乗らないでくれ!」
「こういう時の為の、“勇者”の肩書だろう」
「まったく違う」
◆
父と話していると、毎回これ。
アルフレッドが会話しているだけで疲れを感じていると、後ろから女性の声がかかった。
「あらアルフレッド、帰っていたの」
「母上。いま戻ったところです」
カーラ・ラッセル男爵夫人は挨拶もそこそこに、かしこまる息子に向かっていつもの話題を口にした。
「アルフレッド。仕事だと年中飛び回っているけれど、あなたもう二十歳になるのよ? そろそろお嫁さんを見つける方も真剣にやらないと。同じ年くらいの良い娘は、もうどんどん婚約が決まって行ってしまっているのよ?」
「またその話ですか……」
親の前にもかかわらず、アルフレッドははっきりと嫌そうな表情を表に出した。
「そうは仰られましても、俺も魔王討伐が最優先で嫁探しどころでは……」
「そう、それです」
母も頬に手を添えると、聞こえよがしに大きなため息をつく。
「いいこと、アルフレッド。あなたももう二十歳、成人ですよ? それがこの歳になって、まだお友達を集めて勇者ごっことか……いいかげん、そろそろ子供の遊びは卒業しても良い頃よ?」
「あのですね……!」
アルフレッドは脱力する思いを感じながら、それでも母の認識に異論をぶつけた。
アルフレッドにとって母も、父とはまた別の方向で悩みの種ではある。
と言うのもこの母、嫁を探せとか言いながら息子への認識が十歳かそこらで停まっている。いや、母親にとって息子というものは、だいたいそんなモノなのかも知れないが。
「良いですか、母上。いつも言っていますが俺が勇者になったのは神託によるもので、魔王討伐の旅に出ているのも王陛下の命令に従ってなのです。これは子供の遊びではなくて、ちゃんと国に命じられた仕事なんです!」
「ええ、ええ、何度も言わなくても分かっているわよ」
前にも言われたことは覚えているらしく、ふくれっ面になるアルフレッド母。
「でもね、それはそれとしてアルフレッド。そんな子供の遊びみたいな事はもうやめて、いいお嫁さんを探してくれないと母も心配でしょうがないのよ。そろそろ孫の顔を見せて、私を安心させてちょうだい」
「あああああ、だーかーらーぁ!?」
なぜ母と言う生き物は、論理が破綻してエンドレスな会話を続けることに疑問を持たないのだろう……。
アルフレッドはそのあたりの思考が、もう不思議で不思議で……。
「ですから! これは世界を救うために国が決めた事ですので! 俺の一存で止めるだとか言えないんです!」
「はいはい、分かってますよ。でもねアルフレッド。あなたももう適齢期なんだから、そろそろ仕事優先より身を固める方を優先しても良いと思うのよ」
いったいこの母は、何を分かっているというのか……。
いい加減不毛な言い争いを打ち切りたいアルフレッドは、もうひとつ論点を思い出した。
「母上。だいたい子供の遊びと申されますが、魔王討伐は毎日のように魔獣と戦う危険な任務なんです。常に危険と隣り合わせなんですよ。これが大人の仕事でなくて何でしょうか!」
息子にそう言われた母親は、あらあらと言いながら眉間の皺を深めた。
「アルフレッド、そんな危険なお仕事なら」
「なら?」
「誰かに代わってもらいなさい」
「誰と!?」
「きっと誰か適任者がいるわよ。あなたは
──この理屈が通用しない母を、
一瞬遠くなった意識で、アルフレッドはそんな事を考えてしまった。さすがのパワハラ姫様も、まさかの保護者からのクレームには目を白黒させる事だろう。
そんな事を考えたところで、アルフレッドは関連したことを思い出した。
「そう言えば母上。陛下のお話ですと魔王を討伐できたあかつきには、褒美としてミリア姫との縁談もあるとか言ってませんでした?」
たしか勇者任命の儀の時に、王はそんな事を約束していたような気がする。
…………。
息子の話に一瞬黙り込んだ両親だったが。
「ワハハハハ! アルフレッド、そんなの真に受けていたら勤め人なんか務まらんぞ!」
「ないわー。それはまずないわー」
だいたい同じような反応を見せた。
「良いか、アルフレッド。ミリア姫と言えば、王が目に入れても痛くないほど可愛がっている一人娘だぞ? いくら大きな功績を立てたと言っても、男爵家ごときに下賜されるわけがないだろう」
「それにお姫様でしょう? 生活水準が違うわよ? とても
なぜか“嫁にもらう”前提で話している父母だけど、王が約束していたのは姫との結婚&王家への婿入り。ただ言われたアルフレッドも特に違和感を持たなかったので、この家族は似た者同士ではある。
「まあ、そうだよなあ」
「当たり前だ。アルフレッド、権力者がピンチの時にした約束など本気にしたらダメだ。喉元過ぎればというヤツで、解決してしまえば
珍しく下級役人らしい正論を吐く父に、アルフレッドもうんうんと頷く。
「確かに。そもそも、俺は姫に嫌われているしなあ」
「相性の悪い相手はよろしくないわねえ。見た目や家柄も気になるでしょうけど、やはり嫁を取るなら長続きするかどうかね」
「宮仕えしている者なら、あちらがその話を切り出して来たら『そんな! 滅相もありません!』とへりくだるくらいでないといかん。それで一回白紙にすれば、王陛下も安心して身の丈に合った褒美を下さるだろう」
「なるほど!」
◆
「という会話がこのあいだ王都に帰った時にあったんだ」
ちょうどミリアがいなかったのでアルフレッドは暇つぶしに、先日の家での一件をパーティの仲間に聞かせてみた。
三人の反応は様々だった。
「きさま……絶対間違っても姫様に言うなよ!?」
「アッハッハ、ザマア!」
なぜか
「なるほど、下っ端には下っ端なりの理屈があるんだなあ」
どういうわけか、一番笑いそうな
「それでアル、実際問題どうなのよ、あんた自身は」
「俺か?」
エルザに聞かれて、アルフレッドは自分がどう受け止めているかを考えた。
「まあ、俺としては」
「しては?」
「そもそも魔王討伐が成功するまで生き残れるかが心配で、そんな先の事なんて考えてもいない……てところかな」
「あたしたちの命もあんた次第だっていうのに、勇者が頼りないこと言ってるんじゃないわよ……」
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