第23話 勇者、小さな冒険をする

 今さら言うまでもないことだが、アルフレッドは元々武官志望体育会系ではない。

 勇者になる前から一応貴族のたしなみとして剣を習ってはいたが、お世辞にも熱心だったとは言い難い。そもそも運動神経も良くないし、将来は父のように宮中に文官として出仕したいと勉強してはいた。

 安定して出世しやすいのはやはり政務にかかわる役職だし、武官で出世と言えばどうしても命のやり取りが必要になる。そして当然ながら戦場に出るだけではなく、他人を押し退けて功績を立てなければならない。

「騎士になんかなったら、偉くなる前に死んでしまう」

 アルフレッドはそう思うのだけど。


「だいたいアル。あんたこれだけ実戦経験積んでも、どうにも臆病なところが抜けないのよね」

 酔いに任せてズバッと言うエルザの意見に、珍しくも(アルフレッド以外の)全員が同意した。

「もうちょっと……どころか、もう三、四歩は積極的に出ても良いのではと歯がゆいですわよね」

「今日だって、ゴブリンごときに間合いが遠いのを笑われていたではないか! まったく、体当たりするつもりでぶつかって行かないか!」

「でも腰が引けてなかったらアルフレッドじゃないだろう」


 なんで若い女というのは、実利よりカッコよさで男に価値を付けるのだろう……。


「まあ待て」

「なによ」

 アルフレッドは無駄と思いつつも、しかめっつらのエルザに待ったをかけた。ただ臆病なのではないという事を、せめて主張しておく必要がある。

「何事も命あっての物種だろう。出来るだけ危険を押さえて、慎重にだな」

「一緒に戦ってるんだから、あたしたちだって命かけてんのよ。その中で攻撃の主軸のはずの勇者が、へっぴり腰でものの役に立ってないの。おかげで無駄に戦闘が長引いて、こっちも危険が倍増してるのよ。お分かり?」

「あ、はい……そうですね」

 正論で殴り返され、アルフレッドは小さくならざるを得なかった……。 


   ◆


「とは言えど、これが俺の生まれ持った性格だしなあ……」

 安息日をニッポンで迎え、異郷の街をぶらついているアルフレッドはため息をついた。

 エルザ魔術師の言う事も分かる。

 戦闘が長引けばそれだけ全員の体力が消耗する。魔法を撃つエルザなど、疲れるだけでなく魔力の枯渇の危険もある。何とか切り抜けて休めればいいが、危険な地域だとすぐに連戦もありうる。

「サクッと終わらせるのが一番なのは俺も分かってはいるんだが……」

 とはいえ。


 殺すつもりで襲い掛かってくる相手と、わずか数歩の距離で向かい合う恐怖。

 これは言葉で言い表せるほど簡単なモノじゃない。


「だってさ……当たったら死んじゃうんだぞ? 俺はバーバラほど頑丈じゃないんだ」

 当たったら死ぬのはバーバラも一緒。

「なんていうか、こう、当たって砕けろの精神でぶつかっていくのが大事なのは分かるんだが……そのチャレンジを実戦でやるのは、怖いな」

 もっと安全に、度胸を鍛える方法は無いものだろうか。


 ──命をかけずに、度胸を試す……。


「……このあいだの喫茶…………ダメだ、あそこは絶対負け戦しかありえない」

 二回登って、少し賢くなったアルフレッドだった。


   ◆


 どうにも答えの出て来ない難題を持て余しながら、アルフレッドは喉が渇いたのでコンビニに入ってみた。コンビニはスーパーに比べてお高め希望小売価格なのだが、ジュースが良い感じによく冷やされているのだ。

シュワシュワするヤツ炭酸系にするか、フルーツにするか、どうしよ……ん?」

 壁に並んだガラス戸を開けようとして、アルフレッドは陳列棚の目立つところに置かれている商品に気がついた。

「見たことないカップラーメンだな」

 カップラーメンにはたびたびお世話になっているが、このデザインは見たことがない。定番商品ではないようだ。

 店員が手書きしたらしい広告POPに、“新発売! 期間限定商品です! 今だけ半額!”と大きく書かれている。

「へえ……今だけしかない物か」

 手に取って眺めてみると、確かに値札を一度消して半額に下げてある。

「ふむ。気にはなる。だけど、味はどうなんだろうな……」

 初めての物って、はずしそうでちょっと怖い。

 ──そう考えた勇者はハッとした。


「これを試すのも、勇気と言えるんじゃないか?」

 ショボい勇気もあったものである。


 だが。

 安定志向で冒険が苦手、おまけにニッポンでは慢性的に金欠。

 そんな三重苦を抱えるアルフレッドにとって、カップラーメン一個と言えど身銭を切るには覚悟がいる。

 たかがカップラーメン。

 されどカップラーメン。


(これはこれで、チャレンジと言えるのではなかろうか……)


 ──と己をごまかし、アルフレッドはこのせせこましい挑戦をひとまずやってみる事にした。

「さて、この『アボカド&マンゴーたっぷり! シーフードラーメン(ニョクマム味)』とやら……どんな味がするんだろう?」


 もう少し、勇者が思慮深かったら。

 なぜ期間限定で新発売の商品がいきなり半額になっていたのか、きっと気がついたに違いない。

 ……無理かな? アルフレッドだから。


   ◆


「これは……凄い!」

 コンビニのイートインコーナーでさっそく食べてみた勇者は……わずか二口でグロッキーになっていた。

「なんで……なんでラーメンの中で、魚介類の塩気とフルーツの甘みが喧嘩してるんだ? 生臭い筋っぽいものカニかまぼこジャリジャリした甘いヤツマンゴーを同時に口に入れちゃって、そこにやたらとんがった魚の臭いニョクマムが……うっぷ!」


 今までにも、ニッポンの食べ物で期待をはずした物はある。

 マズくて食べるのがつらかった物もある。

 しかし……ここまで生理的に受け付けない物は初めてだ……。


 アルフレットは口に合わなくてもお金がもったいなくて、いかなる物もすべて無理やり完食してきた。だが、コレばかりはダメだ……。

「うぅ……いったいどこのバカが、こんなモノが売り物になると思ったんだ……!」

 製品化するまでに、誰か止めるヤツはいなかったのだろうか。どこにいるかさえ分かれば、開発者を殴りに行きたい。

 勇者は涙ながらにそう思った。


 二口だけで胃がでんぐり返る思いをしたアルフレッドは、それ以上は命にかかわると判断して残りを泣く泣くゴミ箱に捨てることにした。

 まさに断腸の思い。だが、無理して食べたらリアルに腸が千切れそう。

「まさか、命大事にって言葉を……ニッポンのコンビニで使うことになるとは、な」

 ガックリうな垂れる勇者の背中には、はっきり敗者の哀愁が漂っていた。


   ◆


「仕方ない。何か口直しに、飲み物を買って来よう……」

 口に残った後味だけで、いつ吐いてもおかしくない。

 この内臓がメチャクチャになった気分で、このまま街なんか歩けない。


 アルフレッドはいらない出費にショボンとしながら、もう一回売場に戻って飲料棚を眺めた。

「何がいいかなあ……なにか、さっぱりするヤツ……」

 一瞬コーラを手に取りかけたが、あの濃厚な甘みは今の腹具合では重すぎる気もする。

「そうすると……コーヒーとかどうだろう?」

 喫茶店でなくとも、コンビニにも冷やした瓶詰めペットボトルのコーヒーが売っている。それなら口の中がさっぱりするに違いない。

「コーヒーなら……他に何も入ってない、ブラックとかいうヤツが良いな」

 アルフレッドは砂糖と乳がたっぷり入った“コーヒー牛乳”とかいうのも好きだけど、今の口の状態なら甘みは余計。

「うん、あれなら必ずあるはずだし、ど、れ、に、し、よ、う、か……あれ?」

 ガラス戸の中を念入りに眺めていたアルフレッドは、コーヒーの並ぶ列の中に一つだけ、派手な枠に囲まれたペットボトルを見つけた。


 またもや付いている手書きの広告札POPに、“清涼感爆発!”という文字が躍っている。注目の新製品らしい。

 清涼感が爆発するとかいう売り文句にひかれ、今まさに清涼感が欲しいアルフレッドは思わず手に取ってみる。

「これもコーヒーか? えーと……『超炭酸 コーヒー・サイダー』ねえ」


 ────なんとなく、ゲテモノの臭いがする。


「しかし、コーヒーとサイダー……合う、のか? 物が何だか分からなかったさっきのアボカドやマンゴーと違って、これは両方とも単品では知ってるんだけど……」

 なんというか、判断が難しい一品だ。


 コーヒーはサッパリする。

 サイダーもサッパリする。

 どちらもアルフレッドは好きなヤツだ。

 ただ、その二つを合わせた味となると……サッパリ味が思いつかない。


「サッパリとサッパリを足したら、さらにサッパリ……? だけど味の方向性が全然別方向な気がしないか? でも、誰かが売り物になる味と判断したから並んでいるんだしなあ……」

 その論法はさっき引っかかったばかりだ、アルフレッド。


 さんざん悩んだ末。

「よし、これも物は試しだ! チャレンジしてみよう」

 決断したアルフレッドはレジへ持っていく事にした。

「さてさて、さすがにコーヒーとサイダーなら、あのカップラーメンみたいな酷い事にはならないはずだが……ん?」

 レジ待ちの列に並びかけたアルフレッドは、ふと横のデザートの棚を眺め……またもや、余計な物を見つけてしまった。

「『チョコいちご』……?」


 手に取って説明を読んでみると、新鮮なイチゴをそのまま溶かしたチョコでディップして固めた物らしい。

「分かるような分からないような……」

 

 イチゴはアルフレッドも好きだ。干したヤツよりみずみずしい採りたてのほうが好ましい。

 チョコも日本で味わって好きになった。ケーキやクリームに隠し味で溶かしこんであるのも良いが、ぎゅっと味わいを濃縮したような塊のままもイケる。

「しかし、この二つを合わせるのか……これもまた、持っている味が全然別のほうを向いてないか?」

 想像してみるけど、同じ甘味でも全く逆に向かって走っているような……。

「でも、“大人気”と書いてあるな」

 大人気なら、少なくとも多数の客が「美味い!」と認めたという事。

「値段も下げてないし、そもそもフレッシュなイチゴなんだからダメならすぐに入荷を止めるはず……本当に、美味いという事か?」

 

 コーヒー・サイダーに続いて、これも試してみる?


 眉間に皺を寄せて悩み、厳しい顔で考えた末……アルフレッドは前へ進む前に“チョコいちご”を手に取った。

「まあ、全部合わせても数百円だし……“まさか”の事態も今から想定しておけば、そんなにショックを受けることも無いだろ」

 そんな事を今から自分に言い聞かせている辺り、すでに心は負けている。


 アルフレッドは一抹の不安を拭いきれないまま、コーヒーとスイーツをレジへと差し出した。


   ◆


 再び戻って来たイートイン。

 神妙な顔つきで机上に二つの品を並べたアルフレッドは、意を決してまずチョコいちごに手を伸ばした。

「どれ……確かにイチゴの形で、チョコだな」

 取り出したブツを見て、何か頭の片隅に引っかかるものがある。

「なんだ? なんだろう……」

 チョコいちごを摘まんだまま、じーっと眺めて……アルフレッドはハッと気がついた。

「柿の種チョコ!」


 縁起でもねえ。


「あのおかしな物体と発想が同じか!」

 辛くてしょっぱい柿の種と、とにかく甘さが濃いチョコを合体させた異形のお菓子。そしてその違和感を最後まで解消することなく評価を食べる人間にぶん投げたおかしな逸品。

 アレと一緒かと思うと……なんか、余計に期待が持てなくなってきた……。

「でも、もう買っちゃったしな」

 金を払ってしまったからには、食ってみないともったいない。


 アルフレッドは覚悟を決めた。

「ちょっと口に入れるのに勇気がいるが……えい!」

 チョコいちご、勇者の口へ!

 

 アルフレッドは大きめの一粒を一口で頬張ると、勢い良く何度か噛んでみる。そして舌と上あごで押し潰して、じっくり味わうとゆっくり飲み下した。

 しばし目を閉じて余韻にふけり、

「…………うん。これは……」


 ──柿の種チョコ、超えたな。


 あの珍品を、こいつは軽々飛び越えやがった……。

「おまえらお互い、まったく歩み寄る気が無いだろ!?」

 イチゴ、あるいはチョコ単体なら美味しい物だったかもしれない。

「だけどこれ、ジューシーで酸味のあるイチゴと硬くて舌に残るダダ甘のチョコがまったく別モノじゃないか。一緒に食べてる意味がまったく無い」

 なんで企画を通しちゃったんだ案件、その二。

「うーん、食えないというほどじゃないけど」


 “別に食った方が美味い”

 アルフレッドはそう位置付けた。


「この商品、“ミリアとエルザ水と油”とでも名付けたらどうだろう」

 ニッポン人に全く分からない感想を漏らすと、アルフレッドは買って来たもう一つに目を向けた。


   ◆


 コーヒー・サイダー(超炭酸)。


「なんとなく、チョコいちごよりマシな気がするけど……でも、やっぱり組み合わせに疑問を感じるな」

 なら買うなと言いたくなるつぶやきを漏らし、アルフレッドはペットボトルの蓋を開けてみた。


 プシッ! という空気が噴き出す音がして。

 一拍遅れて鼻腔をくすぐる、コーヒーのクセのある匂い。


「コーヒーからサイダーみたいな音がするの以外は、一応おかしくはないけど……」

 瓶の口から匂いをかいでも、コーヒーの匂いしかしない。

「まあ、これなら大丈夫かな? どれ……」

 アルフレッドは瓶をくわえて、飲んでみた。


 口の中にいきなり広がる、きつめの苦み。

 それがコーヒーのものだと認識する前に、そんな物を吹き飛ばすほどに舌をチクチク刺すサイダー炭酸の刺激。

 口のなかでシュワシュワが爆発して頬を押し上げるほどに空気が膨らみ、思わず口と鼻から逃がすと、食感はサイダーなのになぜかコーヒーの豊潤な香りが鼻いっぱいに広がる。

 そして追いかけるように押し寄せて、全てを台無しにするとにかく甘いサイダーの味……。


 アルフレッドは理解した。

「うん……今日は三連敗だな」


   ◆


 コンビニを出てから足早に“あるもの”を探していたアルフレッドは、街中でソレを見つけてパッと顔を輝かせた。

「良かった、あった!」

 “ソレ”。すなわち牛丼屋の扉を押して入ったアルフレッドは、カウンターに座るなりメニューも見ないで注文する。

「牛丼大盛り、生卵。それと生野菜サラダを」

「ドレッシングはどうしますか?」

「ゴマで!」


 待つほども無く出てきたご馳走を受け取ると、アルフレッドは急いで食卓の準備を整える。

 ざっくり荒くかき混ぜた卵に少しだけ醤油を落とし、大盛りの牛丼の上に万遍なく回しかける。サラダは逆に胡麻ドレッシングをかけたら丁寧に掘り返し、全体に馴染むようにする。

 そこまで終わったアルフレッドは箸を持ち直しかけ……その前に湯呑を手に取って、熱いお茶を一口すすった。

「はぁ……この渋さが、イイ!」

 牛丼屋で出てくる、このニッポンの茶。

 どうやら決して品質の上等なものではないらしいけど、牛丼を食べる前には絶対必要なのだ。

「あー……さっき食べたイカレた連中の後味を、この渋さが消し去ってくれる……」

 この一口の茶。これには牛丼に手を付ける前に、口の中をリセットしてくれる効果がある。

「まるで毒消しのポーション治療薬みたいだな。今まではなんとなくだったけど、コレがどれほど効果があるか、今日はっきりと思い知った」

 うん。やはり牛丼屋で出てくるものには無駄がない。

 改めて感心すると、いよいよアルフレッドは牛丼に取り掛かった。


 ただでさえうまい、甘辛く煮た薄い牛肉が。

 卵をまとうことで、濃厚に旨味を増し。

 さらにコメという最良の受け皿と合わさって、口いっぱいに広がれば……。

「牛丼、最っ高……!」

 最高の取り合わせ。

 最高のマリアージュ。

 喉を通る時の馥郁ふくいくたる香りさえ、満足感に悶えさせてくれる。

「一口でこれなんだから……俺、この一杯を食べ切った頃にはダメになってしまうかもしれん……!」


 チャレンジを三連続ではずしてからの、牛丼卵かけ天上の美味

 涙が出るほど美味い。というか、すでにアルフレッドは涙ぐんでいる。


「そして牛丼の合間にこのサラダを食べると、口の中が爽やかにリセットされて次の一口も新鮮に食べられる……そうだよ。爽快感っていうのはこういう事だよ!」

 無我夢中で間違いのない美味さを追いかけ、半分食べたところでハッと気がついて紅ショウガもたっぷり盛り付ける。

「これがまたピリッとして、味が変わるんだよなあ」

 慣れ親しんだ、だけど食べ飽きることのない一椀。

 牛丼もサラダも一気呵成に食い尽くし、アルフレッドは満足の吐息をつきながら静かに卓上へ箸を置いた。


   ◆


 店員が入れてくれたお代わりのお茶をじっくり飲みながら、アルフレッドはしみじみ思った。  

「なんというか……うん、アレだな」


 そもそも選択眼の無い俺が、余計な冒険をするのが事故の元だな。


 エルザやミリアが何を言おうと。

 自分なりにじっくりゆっくり頑張って行こう。


 アルフレッドは己の分をわきまえ、再び決意を新たにした。

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