第22話 勇者、作法について考える

今週27日にこちらのコミカライズ版「勇者はひとり、ニッポンで」が載っているコミックREX11月号が発売です。

コミック版もよろしくお願いします!(/・ω・)/


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 勇者アルフレッドは(一応)ウラガン王国の貴族、男爵令息である。

 なので当然(滅多にないけど)社交の場に備え、ひと前で恥ずかしくないようマナーは習得している。


 そんなアルフレッドから見て、ニッポンには不思議なものがある。

「ラーメンって、庶民の食事に見えるんだがなあ……」

 アルフレッドは横に並ぶ若者グループの会話を聞きながら、ぼんやりとそんなことを思った。


『いいか、ここのオーナーは職人気質で頑固だからな? 機嫌を損ねるようなドジをするなよ?』

『ルールはちゃんと覚えたか? ギルティな事ルール違反をしたらつまみ出されるぞ』


 この辺りは分からないでもない。

 長年この道一徹に打ち込んできた職人てのは偏屈なものだし、客とはいえ守らなければならないローカルルールというものはある。

 ──なのだけど……。


『まず、スープだけを一口味わう。それから麺だけ一すすり味わって、山を崩していいのはそれからだからな? いきなり麺をほぐしたりしたら怒鳴られるぞ』

『ラーメンができるまではとにかく集中。手持ち無沙汰でもテーブルの壺ニラなんか食べたらダメだぜ。ほら、味変アイテム先に食ったら舌が刺激で麻痺するだろ? それギルティなんだなあ。最初の一口はスープの研ぎ澄まされた味わい、これ絶対ね。それを守らないと食べる前に追い出されるからな』


 なんて話まで飛び出してくる。


 庶民的な料理に、そこまでの厳格なマナーが要求される。しかもどうやら、それはこの店オリジナルらしい。少なくともアルフレッドは初めて聞いた。

(庶民向けの店で、なんでそこまで言われるんだろう?)

 それが今、アルフレッドが不思議に思っているニッポン文化だ。


(そこまで行ったら、もう客の勝手じゃないのか?)

 理屈は分からないでもないが、店がマナーで縛れる話でもないような……。

「店が客に注文つけられるとしたら、『他の客の迷惑になるな』とか、『残すような量を注文するな』とか、その程度じゃないのかなあ……」

 そう考えてしまう。


 売れている店では店主の方が偉くなってしまい、客の方が下手に出る……これは確かにある。アルフレッドの世界でもそうだ。

 例えば王室御用達の店に注文を出すのは貴族にとってステイタスでもあるし、正直男爵家ごときでは恐れ多くて出来やしない。そういう店は応対は丁寧であるものの、主導権が向こうにあるのを匂わせて来るというか……いわゆる“慇懃無礼いんぎんぶれい”という態度なことも、しばしばある。

 店と客の力関係と言うのは、相手と場合によって変わるもの。そこまではアルフレッドでも分かっている。


「でも、それにしたって……」

 そういうのは上下関係にセンシティブ細心の注意が必要な階級で求められるものであって、一般庶民が気楽な店で食事をする場面で要求されるものではないような。

 上流階級と平民の社会が大きく隔絶している世界から来た勇者には、庶民の生活に堅苦しいマナーがあるのが不思議で仕方ない。


 窓越しに店内を覗いてみる。

 ごくごく普通のラーメン屋の店内で、客が遠慮がちにお行儀よくラーメンをすすっている。その真ん中で店主が誰に聞かせるわけでもなく、作業をしながら自慢げに熱く語っていた。

 いわく。

 自分の作るラーメンが、どれほど精魂込めた繊細な一杯なのか。

 これを食べさせてもらえるのが、どれほどありがたい事なのか。


「ラーメンを食べるのにも、あるじの講釈を聞かないとならないのか……気楽に喰えないのも、なんだかな……」

 待ち列の先頭まで来たアルフレッドは、食券を買いながら首をかしげた。




 なので。

 食べ終わって感想を聞かれた時、アルフレッドはしがらみのない身異邦人として正直に答えてやった。


「じっくり味わってみたんだが……俺はちょっとこれに、八百円の価値は見いだせなかったな。オヤジ、能書きを磨くよりまず腕を磨け」


   ◆


「先日のラーメン屋。適当に当たりさわりのないことを言っておけば良かったのかなあ……」


 客への注文が多いラーメン屋でアルフレッドがズバッと指摘したら、なぜか店主が支離滅裂にわめいて暴れ始めたので大騒ぎになってしまった。

「あれだけ泣き喚くということは、自分でも欠点に気づいて内心気にしていたんだろうな……だとしたらナイーブなオヤジに追い打ちをかけてしまった。悪かったかな」


 あんなに取り乱すとは思わなかった。向こうから聞かれたとはいえ、他に人がいる前で正直な感想を言うべきではなかったかもしれない。


 ちょっとデリカシーの無いことをしてしまったと、アルフレッドは大いに反省した。




「さて、それは置いておいて……今日の昼ご飯は何にしよう。先週のいまいちな一食を思い出しちゃったから、口直しにラーメンをリベンジしたい気がするな」

 となると、正統派の白い豚骨ラーメンがいいだろうか……。


 どうしようかなと店を探しながら歩いていると、何かを売っている店家電量販店の店先に大きいテレビが置いてあった。

「うわっ、コレは大きい!」

 店が見せびらかしたい逸品なのだろう。アルフレッドが両手を広げて、何とか両端を掴めるほどに横幅がある。

「ビジホのテレビの何倍ぐらいあるんだろう? 映っている人間の姿も、まるで本物と同じくらいあるじゃないか!」

 大きくてもくっきり映っているし、まるで窓越しに本物の景色を眺めているようだ。

「なるほど、これがもっと大きくなると映画のアレになるのか」

 ちょっと方式が違う。


 巨大テレビを感心してアルフレッドが眺めていると、何やら薄暗い部屋に何人か座っている様子が映し出された。別の演目番組に切り替わったらしい。

 数人の老人がおかしな並びで座っている。どうやら一人が仕切り役で、他の数人はゲストのようだ。

「なんか、この人数が入るには小さい部屋だな? それに、あの司会者はどんぶりを持って何をやっているんだろう?」

 何をやっているのか気になって、アルフレッドはその手元に注目してみた。


 老人はどんぶりを丁寧に拭き。

 その中へ小さな容器から、何やら緑の粉を一さじ。それもスプーンを使わずに、何か木の棒の先端で掻き出しているのが呪術っぽい。

 横に置いてある火にかけたままの釜から、柄杓ひしゃくで湯を汲んでどんぶりにチョロッと流す。

 そして小さな泡立て器で、シャカシャカシャカシャカ……。


「なるほど」

 そこまで見て、アルフレッドはやっと何をやっているのかを理解した。

魔法薬ポーションの調合であったか」

 見た感じ一種類しか薬を入れていないけど、司会者はそのまま客にどんぶりを出している。

 客も何も違和感がないみたいで、そのまま不思議な手順を踏みながらどんぶりに口をつけていた。おそらく魔術効果を高める為のしぐさ手印なのだろう。

「今から戦いに赴く様子でもないけど、なんでポーションなんか回し飲みしているんだろう?」


 秘密結社の入団儀式か?

 それならあんなに狭い一室で、膝を突き合わせてこそこそ儀式をやっているのも理解できる。

 でも、それを広く一般に見せちゃっていいのか?


 疑問がつのるアルフレッドがよく見ようと身を乗り出した所で、テレビから解説者の声ナレーションが流れ出した。 

『このように“新茶を楽しむお茶会口切りの茶事は……』

「お茶会ッ!?」


   ◆


「いやー、びっくりしたなあ。俺の世界とはあまりに違い過ぎだと思った……」

 テレビが見せた“お茶会”は、アルフレッドのニッポン体験でもとびっきりのビックリになった。

「よくよく聞けばティーパーティーと言っても、やっぱり儀式の一種なんだな。あー驚いた」

   

 あれは皆で茶を飲みながら楽しくおしゃべりする行事ではなく、届いた新茶を検品する儀式らしい。

 てっきり女性陣がやるガーデンパーティーの類かと思い、あまりに雰囲気が違い過ぎてひっくり返りそうになった。


「しかし、なかなか参考にもなったな。なるほど、アレがニッポンのマナーの基本なのか……」

 一通り薄暗い部屋でのイベントを見せたあと、画面はもっと明るく広い場所テレビ局のスタジオに切り替わった。

 そこの真ん中に同じようなセットが組まれていて、もっと初心者に分かりやすいように一々説明を入れながら儀式の手順を説明してくれた。

 その中で教導役師範が一連の話を総括して言ったのが、「どんな場面でも役に立つ、礼儀の基本です」という言葉だ。

「なるほど。確かに所作しょさが美しく見えた。俺も貴族と言う立場の手前、人にどう見られるかは気を付けなければいけないな」


 ──基本となりうる、と言う意味で言ったのであって、そのまま使えるとは言ってないのだが……そこを聞き落とすのが、勇者アルフレッドと言う男である。 


   ◆


 番組を思い返しながら歩いていたアルフレッドは、ちょうどあった一軒のラーメン屋で足を停めた。

 昼食の時間帯をちょっとはずしているせいか、客の入りは三分の一ほど。看板も内装も派手さはなく、店主も寡黙な様子で静かにラーメンを作っている。

 やたら掛け声が響く家系豚骨ラーメン店と、ただよう雰囲気がだいぶ違う。先週の我が強い店主の店と比べたら、なおさらだ。

「なるほど」

 アルフレッドは感心した。

「これがワビサビの世界か」

 たまにはこういう落ち着いた店もいいかもしれない。

「看板にある“喜多方ラーメン”とやらも食べたことは無いし、今日はここにしてみるか」


 他人の顔はなかなか覚えられないが、食べたラーメンは覚えている。アルフレッドは初めての店に心躍らせながら、暖簾をくぐって扉に手をかけた。

 

   ◆


「ほおー……」

 無口な店主に注文して出てきたラーメンは、一見中華そばのように見えた。

 だが、同じような真っ黒なスープでもこちらの方が色が薄く澄んでいるような気がする。それに渦巻きが描いてある柔らかいのなるとが載っていない。肉も薄くて固い赤身じゃなくて、たっぷり脂がのっているバラ肉っぽい。

 何より一番違うのは、麵の太さが倍ぐらい太いということだ。これはハッキリ分かる。

「うむ、これは……」


 “何かが違う”


「それが分かるようになったあたり、俺もニッポンに馴染んで来たな」

 よく分かってないことが分かっていない勇者は、己の成長に満足しながらどんぶりを手に持ち、箸を取ろうとして……。

「おっと、そうだった!」

 どんぶりをうやうやしく両手で持つと、テレビで見た通り二度回す。

 しかる後に箸を押しいただき、そっと麺をすくって口に入れ……勢いよくすする!

 このあたり、以前見た蕎麦屋飲みの番組も混じっている。


「うーん、初めて食べたが……喜多方ラーメンも、イイな!」

 基本はそんなに中華そばと違うわけじゃない。

 だけど、この強い塩加減はじつにアルフレッド好みだ。塩辛いというほどキツイわけじゃないけど、まさに“塩分補給”と言う感じにアクセントになる濃さ。

「そこへこの肉厚のとろとろの肉も合ってるし……の太さがまた、この味付けにぴったりだ」

 具も麺も、スープと実にマッチしている。

 元々もったいなくてスープも全部飲むのだけど、この醤油っぽいメリハリの効いた塩気の強いスープは残せない。

 夢中ですすり込んでいるあいだに、どんぶりの中身は全部消えていた。


 アルフレッドはコクのある一杯に、大いに満足した。

「うん、これぞラーメンだ!」

 思えば、あの店のは独特ではあったけど……捻り過ぎていた気がしないでもない。

「あれだな。店主の“俺が! 俺が!”という意識が、ラーメンにまで出過ぎてしまっていたのだな」

 自己主張が強すぎて、どこかバランスが崩れていたのだろう。

 今さらながらその点に気がつき、アルフレッドは一人納得した。


 チェーン店の万人受けする味こそ至高と思う勇者には、尖ったセンスの創作系はまだまだ理解の範囲外にあった。


   ◆


(さて)

 満足の一食を美味しく食べたアルフレッドだが、テレビによればまだやるべきことが残っている。


 アルフレッドは洗ったどんぶりを積み重ねている店主に声をかけた。

「ご亭主ていしゅ。大変美味しゅうございました」

「ありがとうございます」

 褒められた店主は、一旦手を止めて軽く頭を下げてくれる。

(うむ、やはり“ちゃんとした”店の主は謙虚だな!)

 あの番組で言っていたように、きちんとした人ほど礼儀がなっているということだろう。

 アルフレッドは食べ終えて空になったどんぶりを持ち上げた。

「お道具拝見」

「ごゆるりと」

「こちらのどんぶりは、じつに美しい青色をしていますね。いずこかの銘品ですか」

「青磁の高台丼こうだいどんに、特注で店の名をプリントしてもらった物になります」

「そのような逸品でしたか!」

 アルフレッドはスープを飲み干したら現れた、底に書かれた文字を見た。

「こちらの“一期一会いちごいちえ”というのは?」

「この一杯を作るのは、一生に一期一度の機会一会。そのような思いを込めて、一杯一杯に全力で取り組むという決意をしたためました」

「なるほど!」


(うん、やはりは覚悟が違う!)

 心も腹も満足させてくれる一杯に、アルフレッドは感じ入った。

(これぞ玄人プロというものだな)


 自分も勇者として恥ずかしくないよう、頑張らねば。


 この一杯のラーメンに背中を押されたような気分で、アルフレッドは清々すがすがしく頭を下げた。

「結構なお手前でございました」

「お粗末さまでした」

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