第20話 勇者、異界の書庫を訪れる

 ニッポンにも当然ながら、いくつもの街が存在する。

 勇者が休暇で訪れる際、特に希望しなければどこに行くかはランダムだ神次第。初めての街に行くこともあれば、懐かしい思い出の地に出ることもある。

「そう考えると、まあこういう事も想定しておかなければいけなかったよなあ」

 深夜の街で、アルフレッドは苦笑しながら頭を掻いた。


 ニッポン世界に来てみたら……泊まれるところが、空いてない。


 何軒か見つけた(予算内の)ビジホは満室。

 探してみたけどこの街には、蚕棚カプセルは見当たらない。

「来た時に次の予約を入れるわけにも行かないからな。いつかこうなってもおかしくはなかったが……それにしても参ったな」

 一応、空いてそうなホテル自体はあったのだけど……。


 巨大な建物に、だだっ広い敷地。

 豪奢ながら落ち着いた雰囲気のエクステリア。

 その車寄せには、制服姿で立つ客待ちの従僕ドアボーイが……。


「見るからに俺の財布で泊まれそうなところじゃなかったな、あそこ……」

 ニッポンに来るとき、アルフレッドの持っているお金は一万円。神様がポケットに入れておいてくれるおこづかいだ。

 正直この金額、丸一日の滞在費としては少々キツい。自分の世界で持っている金を足す事ができたら……なんてアルフレッドは思ってしまったりもするのだけど。

「それも含めても……無理だろうなあ……」

 見つけたホテルはその制限がなくても、男爵令息アルフレッドごときの経済力では無理そうな宿だった。 


 さて、ソレはソレとして。

 現実問題、アルフレッドは今すぐ身の丈に合った宿を探さなければならない。

「野宿……は無理そうだものな」

 考えはしたけれど、残念ながら今は季節が悪い。

「この外にいるだけで茹で上がるような暑苦しさ……もう夜だっていうのに、とんでもないぞ。公園で一夜を過ごしたら、朝には腐った死体になっているかも知れん」

 死んじゃうのは大げさとしても、いるだけでバテてしまいそうなのは本当だ。

「せめて、ひんやりした冷房の効いた屋内で寝ておきたいよなあ」

 そうしないと明日観光にまわる元気が残っていると思えない。観光する程度の力も残っていないのでは、晩に楽しく飲めるだけの余力もないということだ。

「それだけは避けたい! せっかくニッポンに来ておいて、飲めないんじゃ何の為に来たのだかわからん!」

 飲みクズ勇者にとって、これは死活問題だ!

「かといって、涼しければいいという物でもないしな……一晩コンビニで立ち読みしているのも、ソレはソレで足が死にそうだ」

 アルフレッドの狭い行動パターンでは他に良い候補が出て来ない。


 綺麗で快適なビジホの部屋は諦めるとしても。

 横になれる涼しい所は、(可能な範囲で)どこかにないものだろうか?

 

「牛丼屋に一晩中居座っているのも迷惑だろうしな……」

 そんなふうにアレコレ対策を考えながら歩いていると。

「ん?」

 ふと見た看板に、アルフレッドは違和感を感じて立ち止まった。


 ──今、なんかおかしな看板が無かったか?


 一回通り過ぎたのを、もう一度戻ってよく見てみる。

 まばゆいほどのライトに照らされたデカい看板には、大きく店名と、やけにこと細かな宣伝文句が入っている。

 いわく。


 “二十四時間営業”

 “まんが・雑誌二万冊が読み放題”

 “お食事メニューも充実”


 この辺りはまあ、分かる。

 ニッポンの飲食店にはコンビニみたいに、本当に一日中開いている店がある。そして料理ができるまで本を読んで待っていろという、なぜか蔵書数を誇るラーメン屋とかもある。

 だが、問題はその後。


 “鍵のかかる個室もあります”

 “シャワー完備”

 “朝食無料”


 これが分からない。

「なんだこれ? まるで宿屋みたいなうたい文句だな……」

 前半だけ見れば、飲食店。

 後半を見れば、宿泊施設。

「そもそも“鍵のかかる個室”ってなんだ? 逆に、かからなかったら個室ではないのでは……?」

 おかしなことばかり書いてある。


 異世界の勇者は、あごを撫でながら看板を睨んだ。

「見ただけでは、さっぱり意味が分からない。これは体験してみる必要があるな」

 せっかくのニッポン異世界体験。

 ウラガン王国では見ることもできない珍しい習俗を楽しんでこその、神様にもらった休暇と言えるだろう。知らない商売の店に出会ったのなら、それはぜひとも見ておかねばなるまい。


 まあそれは置いておいても、実際問題アルフレッドは今泊まる場所に困っている。これが宿の一種だとしたら、実にいいタイミングだ。

「ビジホも蚕棚も見つからない今、これは今夜の宿に困った俺への神のお導きかも知れない」

 とにもかくにも今は、涼しい部屋で横になりたい。 

「よし、物は試しだ。さっそくどんな店なのか、確認してみよう……特に」


 “朝食無料”ってヤツをな!


   ◆


「いらっしゃいませ」

 店員の挨拶を受けながら店の中に入ると、まず受付があった。エントランスにはお菓子や小物を売っている陳列棚が少々。本棚や客席の類は見当たらない。

「入口周りはビジホに似ているな」

 フロントの雰囲気はどちらかというとホテルよりカラオケに近いけど、アルフレッドは残念ながらカラオケ未体験。ただ、この段階で飲食店には見えなくなった。


 やっぱり観察しただけでは、なんの商売なんだか分からない。

 アルフレッドはとりあえず、受付に立っている店員に話を聞いてみる。

「すみません。外の看板を見て来たんだが」

「あ、初めての方ですか」

「ここは飯を食う店なのか? それともホテルなのか?」

「は? いえ、漫画喫茶です」

「マンガ……きっさ……」


 ──マンガキッサ。

 新しい言葉が出てきた。

(さすがニッポン異世界だ……!)

 いきなりアルフレッドの理解力を軽々飛び越えた答えをぶっこんできやがった。


 漫画で喫茶。

 “漫画なんとか”なら本を読むところだし、“なんとか喫茶”なら茶を飲むところだろう。

 確かに、食事中にも本を読むニッポン人は何度も見た。だがそれにしても、店のほうでみずから合体させて売りにしているというのは……。

(なんだ? 漫画を読みながらじゃないと利用できない食事処なのか?)

 それにしてはそもそも、店内の見通しが悪くて客の姿が見えない。


 アルフレッドはもう一つ、気になった単語を思い出した。

 店員に聞いてみる。

「あと、看板に書いてあった“ネットカフェ”というのは……?」

 “カフェ”は“コーヒーを飲む店”だとなんとなく分かるけど、頭の“ネット”が神の御業じどうほんやくでも“あみ”としか表現されない。

 網とコーヒーが結びつかないので聞いてみたのだが……。

「あ、そうとも言います」

「“そう言う”!?」


 待って? 漫画喫茶と網のコーヒー店は同義語なの? 結局ここは何の店なわけ?


 異世界の勇者には、さっぱり理解が追いつかない。

「えーと……?」

 頭痛がしそうなアルフレッドが手掛かりを求めてフロントを見回すと、人間くらいある大きな立て看板に楽しく遊んでいる写真が描いてあった。

 そしてその看板に踊る、大きなあおり文句。


ビリヤード球突き

ダーツ投げ矢

カラオケ独りで歌う

お友達と! ご家族と! グループみんなで楽しくエンジョイたのしく


「…………」


 つまりここは。

 飲食店で?

 宿屋で?

 まったく競技の分からない遊戯施設?

 そして“たのしく”を二重に重ねているのはなんで?


「…………うむ。そうだな」

 全てを悟ったアルフレッドは何とも言えない笑顔になり、店員に振り向いた。


「すみません。何をやる店なんだかさっぱり分からないので、一から説明してもらっていいですか?」


   ◆


 ここは席を時間単位で借りて、そのあいだ店内に置いてある本や雑誌を好きに読んでいい店らしい。

「なるほど」

 アルフレッドは納得した。


 本は高価な物だ。以前エルザが欲しい魔導書の金を工面くめんできずにのたうち回っているのを見たことがある。小金を払うだけで読ませてもらえるなら、確かに客は来るだろう。


 店員に案内されてエントランスから奥に入ると、確かに書架が並んでいた。

「おお、確かに本がたくさんあるな」

 なるほど、民間の有料図書館なのか。

 どういう店なのか理解出来て、アルフレッドは深く頷いた。


「で、こちらがドリンクバーです」

 言われて振り向いたら、大量に積まれたコップと小さな機械が二つ、三つ。

「……そう言えば、“喫茶”と言ってたな」


「こちらのソフトクリームもお好きに食べて下さい」

 店員が指し示した機械には、確かにあの冷たいクリームの絵が描いてある。

「……ソフトクリームも、食べ放題?」


「トイレとシャワールームはこの奥です。使ったタオルは回収カゴに入れて下さい」

 細い通路から、今まさにひと風呂浴びた様子の若者が出てきた。

「……確かにシャワー完備とあったな」


 看板のうたい文句を思い出し、アルフレッドはためしに聞いてみた。

「あの、食事メニューが充実と言うのは……?」

「こちらがメニューになっております。飲食スペースまでお持ちしますので、注文は内線かフロントで直接注文お願いします。朝食は朝六時から、同じく飲食スペースでパンとポテトをお出しします」

「……ここ、席を借りて本を読む店なんですよね?」

「そうですが」

「ジュースとアイスが飲み食べ放題で」

「そうです」

「食事もできて風呂も入れる」

「そうですね」

「何屋なんですか?」

「ですから漫画喫茶です」


 ──俺は、何をする所にいるのだろう?

 有料図書館は分かる。

 サービスが良過ぎるとは思うが、ジュースなどもいくら飲んでも料金に含まれているというのはありがたい話だ。

 だが、風呂と食堂を兼ねているのは図書館に期待されるサービスか……?


 そこまで考えたアルフレッドは、エントランスの看板を思い出した。

「えーと……あの、ダーツとかビリヤードとかいうのは……」

「あ、そちらはまたそれぞれ別料金ですが、二階のプレイルームでお楽しみいただけます」

 どんな遊戯か分からないが、三種類の“何か”を別料金で遊べるらしい。


 つまり、このマンガキッサなる店は。

 蔵書を読み、無料のジュースを飲んで、ひと風呂浴びて、飯を食って、何かのゲームで汗を流すのを楽しめる商売と……。


「ニッポンに来て、これほど意味の分からない店も初めて見た」

「全部同時にやる人はいませんよ。その中から皆さん好きなことをしているわけで」

「あ、そういうものなのか……」

「中には何もせず、ホテルがわりに泊まって寝るだけの方もいらっしゃいます」

「それだッ!」


   ◆


「なんだ、難しく考えることも無かったな」

 アルフレッドはコップに氷を入れながら苦笑した。

 

 “漫画喫茶”と聞いて、本を読むのをメインに考えたからよく分からなくなるのだ。

 店は席料を取り、滞在中客が好きに過ごせるように各種の娯楽を提供していると。

 だから客が何をしていようと構わないし、何もしなくても構わない。居心地を良くして、できるだけ長時間利用して欲しい……そういう事らしい。


「そう言うことなら、そう書いておけばいいのに……さて、ジュースは何を飲めるのか」

 並んだポットの飲み物を好き放題に飲むのは、朝食バイキングで何度もやっている。だがこの漫画喫茶なる店では、まるでハンバーガー店に置いてあるような機械から自分で汲むらしい。

 業者しか扱えないはずの機械を操作できるのは、オトコノコ心に訴えるものがある。

「自分で入れるって、面白いよなあ。俺にもちゃんとできるだろうか……む?」

 アルフレッドがジュースを選ぼうと、選択ボタンをよく見たら。

 

 コーラがある。

「これ、コーラだよな?」

 ハンバーガー屋とかコンビニとか、スーパーでもよく見る紋章ロゴの物だ。

「よくよく見たら、その他のジュースも……どれもこれも見たことがあるぞ⁉」


 おいおいおい、ちょっと待てよ⁉

 良いのか? これ居酒屋で飲んだら、ジョッキ一杯四百円はする代物だぞ⁉


 見間違いかと、おもわず目をこするアルフレッド。

 スーパーで買えばそれよりはグッとお得だが、それにしたって一本いくらで買うものだ。単体で金を払わねばならないはずのブランド物のジュースをいくら飲んでも良いだなんて……。


 だが、何度見返したって間違いない。

 慌てて隣の機械を見ても、そちらも見覚えのあるものばかりが並んでいる。

「これ、本物なのか……!? 紋章の詐称は縛り首だぞ⁉ 居酒屋価格で考えれば、これジョッキ六杯分飲めば宿代の元が取れるのに……信じられん!」

 確かに信じられない……だが。

 

 ──そういうサービスなら、好きなだけ利用させてもらっても良いんじゃないか?


 アルフレッドは奮い立った!

「ジョッキ1杯って、このコップだと何杯だ? ん-と、倍ぐらいか⁉ ええい、とにかく腹が裂けるまで飲んでやる!」

「お客様!? 皆さんで利用していただいておりますので、サーバーに張り付いて私物化するのは止めて下さい!」


   ◆

 

「うーん……あまりのことジュース飲み放題に錯乱して、思わずみっともない姿を晒してしまった……」

 お高いジュースを好きなだけ飲める事に我を忘れて、ついさもしいしみったれな真似をしてしまった。

「いかんな……タダだからとガッツくなんて、ウラガン貴族として恥ずかし過ぎる」

 本当に恥ずかし過ぎる行いである。

「ここがニッポンで良かった……俺が勇者だなんて、誰も知らないものな」

 良くはないが、勇者のプライド的には知人に見られてなければOKらしい。


 取りあえず満足するまでジュースを飲んだアルフレッドは、今は自分の借りたブースを楽しんでいた。

衝立ついたてじゃなくて壁で囲まれた個室もあるらしいけど……まあ、寝るだけだから俺はこれでいいかな」

 なにしろ自分の世界と違い、今は手荷物を全く持っていない。置き引きの心配をしなくていいから、別に料金を上乗せして鍵付きの個室にしなくてもいい。

「個室だと、料金高くなるしな……」

 予算の厳しい勇者には、防犯性よりそこだった。


「それにこれでも、俺には十分だな」

 椅子席シート床席フラットとあると言われ、アルフレッドは横になりたいので床席にした。固い床を覚悟したが、クッションがきいていてベッドみたいだ。

 空調・クッション・個人のスペース。これだけ揃えば、野宿に慣れた身には天国みたい。


 自分のブースの居心地に満足すると、アルフレッドは借りてきた数冊の本に手を伸ばした。入る前に、“今話題!”と書いてあった棚から抜いてきた本だ。

「ふむ、これは……コンビニに置いてある雑誌から、続き物の漫画を抜き出して一冊にした物か」

 雑誌に掲載された断片途中の一話だとまるで話が分からなかったが、ちゃんとそれだけで本にしてあれば面白い物語だ。ニッポンの漫画に全く馴染みのなかったアルフレッドだが、頭から読んでみれば面白くて引き込まれる。

「だが、それ以上に……」

 アルフレッドはだらしなく寝そべって本を眺めている、己の姿を見渡した。


 繰り返すまでもなく、自分の世界ウラガン王国では書物は貴重品だ。

 だから本を読むときは姿勢を正し、貴重な本に負担をかけないように机に本を置いてめくらねばならない。貴族子弟の教育の初歩の初歩だ。

 だからニッポンの風習に倣い、軽い内容の本を軽い態度で遠慮も礼儀もなく眺めているのは……。

「うーん、この“本を雑に読む”という行為は……」

 

 人に見られていないからと、イケナイことをしている後ろめたさと背徳感……公序良俗に敢えて反するという暗い愉悦に、背筋が快感でゾクゾクしてくる。


「やばい。クセになりそうだ」

 闇堕ち勇者はあっという間に手元の分を読み終わり、続きを借りようと起き上がった。


   ◆


 面白い漫画を最新刊まで読みきり。

 快適な涼しさの中でのんびり惰眠をむさぼり。

 トイレに起きたついでに、たっぷりジュースを飲み放題。

 意外な場所漫画喫茶で思わぬ快適な宿泊体験をした勇者は、実に爽快な気分で起床した。

「うーん、やっぱり? ところで寝るのは気分がいいな」

 この漫画喫茶なる店の床席、ウラガンの田舎宿よりもよほど快適な寝床だった。


 そして気分良く起きた理由がもう一つ。

「ほうほうほう。なるほど」

 飲食スペースに向かったアルフレッドは、皿を手に頷いた。

「この四角いパンと揚げたポテトが食べ放題と言うわけか」

 漫画喫茶は蚕棚より安いくらいの料金(寝るだけなら)なのに、無料で朝食が付いてくるのだ!

 金欠勇者には、大事な評価ポイントである。


「さて、さっそくいただくとしようか」

 そう思ってアルフレッドが皿を手に取りカウンターを見たら、先に来ていた老人が揚げ芋をせっせと自分の皿に盛っていた。

「……先にパンをもらうか」

 アルフレッドがパンを数枚取っても、まだ老人はモタモタしている。

(……長いな)

 老人だから動作が遅いのかも知れない。

 そう焦ってもいないので気長に待ち、やっと老人がどいたのでトングを手に取ったら……ポテトが無くなっている。

「グッ!?」

 横目でチラリと見ると、老人がとんでもない山盛りの芋をせっせと食べている。

(……全部掻っ攫うくらい美味いのか⁉ クソッ、出遅れたか……)

 後悔先に立たず。アルフレッドは歯噛みしたが、無料朝食の事で他の客に噛みつくのも見苦しい。

 店員が状況を確認してポテトの補充をするみたいだったので、取り乱したりはせずにひとまず椅子に座って待つことにした。




「これは、サンドイッチとかにも使うパンだろうか」

 アルフレッドは一口食べてみて、たぶんそうだろうと推測した。

 あまり味の付いていないパンだけど、そのぶんバターマーガリンを塗れば麦の味がよく分かる……気がする。

「ふむ。コレはコレで美味いな」

 そんな感じでアルフレッドがパンを味わっているうちに、店員がやって来てポテトを補充した。

「よし、取りに行くか!」

 パンの最後のひとかけらを口に放り込み、アルフレッドが勢い良く立ち上がったら……。

「またか⁉」

 いつの間にか老人がすでに皿に盛り始めている。


 アルフレッドは慌てて駆けつけたが、またもやポテトは空になっていた。

「ぐっ……!」

 

 ──何度も根こそぎ食いつくすとは……このジジイ、他人様への気づかいも無いのか⁉


 モラルのない老人の行いに、アルフレッド卵を食いつくす男は思わず大声で叱りそうになる。

 ……が、すんでのところで叫ぶのを堪えた。

(まあ待て、アルフレッド。ここでキレたら自分の方が意地汚く見えてしまう)

 別にポテトにアルフレッドの名前が書いてあったわけでもない。無料朝食は弱肉強食の場でもあるのだ。

(次こそは……うん、次こそは真っ先に駆け付けてやる)

 思えば呑気に手元のパンを最後まで食べていた、自分の判断ミスでもある。

 次の補充は見逃さない。あのジジイもすでにたっぷり食べていることだし、他に競合相手もいなさそうだ。


 そんなわけで。

 アルフレッドが控えめに次のパンを取り、厨房を常に警戒しながらモソモソ食べてじりじりと待っていると……。

(よしっ!)

 店員がまたポテトを持って来た。

 カウンターの大皿に中身を移した店員が引っ込んでいくのを見ながら、すでに立ち上がっていたアルフレッドはいの一番に駆け付け……そこなって、また老人の後ろになった。

 せっせとありったけのポテトを取り皿に移し始める老人に、もう恥も外聞もなくアルフレッドは叫んだ。

「あんたさっきから、どれだけ食うつもりだよ⁉」

「うるさい若僧! きさまに何が分かる!」

 そうしたらなぜか、老人に怒鳴り返された。

「え? なんで!?」

 みたびポテトを自分の皿に積み上げたジジイは、うろたえるアルフレッドに向かって傲然と胸を張る。

「いいか、若僧! 糖尿病だの高血圧だの医者に難癖付けられて、家の者に厳しく見張られているワシはな! 犬の散歩の振りをしてここに来て、揚げたてポテトをコーラで流し込むのだけが生きがいなんじゃ! 呑気にパンなど食っておるきさまなんぞとは、ポテトにかける覚悟が違う! 身の程を知れい!」

「な、なんと……」

 よく分からないが、この老人はポテトの奪取に命を懸けているようだ。

「凄いな、ニッポン……どんな分野にも練達者がいるとは……」

 

 バンッ! バタバタ!

「やっぱりお爺ちゃんここにいた!」

「くそぅ、見つかったか!」

「お隣の奥さんに聞いたのよ! ここだとフライドポテト食べ放題だって! コタローの散歩だって言うわりにはあの子あんまり疲れてないし、もしやと思ったら!?」

「あっ、何をする! まだそのポテト食いかけなんじゃ!」

「イヤァァァ、コーラまで飲んでる!? お爺ちゃん、自分の数値知らないわけじゃないでしょ!? もう先生に言われた通り入院しかないわね!」

「イヤじゃー!? あんな人を病人扱いする牢屋になんか誰が入るか!」

「本当に重度の病人なんだから仕方ないでしょ! キリキリ歩きなさい!」




 その道のが家族に連行されるのを見送ったアルフレッドは、再度補充されたポテトを皿に盛った。

 まだ熱いポテトを何本かつまみ、コーラを飲む。

「……うむ」

 、塩っ気の強いポテトは甘くてシュワシュワしたコーラとよく合った。


「まあ、なんだ」

 アルフレッドには“トーニョービョー”とか“コウケツアツ”が、どれほど重い病気なのか分からないが。

「ご家族の怒り具合から見て、あのジジイはもう街には出られないかも知れないな」 

 

 以前“自然食のお店”とやらに行った時はピンとこなかったけど、今の騒ぎを見た後ならなんとなく分かる。 

 アルフレッドはポテトをツマミにコーラをキメながら、つぶやいた。

「この楽しい生活ジャンクな食生活を満喫したければ、病気を抱えないように節制も大事だな」

 

 ニッポンでの休暇ではっちゃけるのも大事だけど。

 それをいかに楽しむのかも、大事な気がする。


「漫画喫茶か……」

 本が好きに読めて、ゆったり寝られて、簡単な飲食もできて料金も安い。

 そしてもできた。

「たまたま入ったおかげで、なかなか勉強になった」


 今後の宿泊手段として、ここも候補に入れて良いかも知れない。

 それと取りあえず、健康には気を付けよう。


 勇者は今日学んだ大事なことを心に書き留め、ポテトを口に放り込んだ。

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