第18話 魔術師、身の振り方を考える

 男爵家というのは微妙な立場だ。

 王国の民の中ではほんの一つまみしかいない貴族ではあるので、民衆から見れば雲の上の存在と言える。しかし貴族の中では一番の下っ端に過ぎず、パーティーでは到着の告知さえされないような背景モブ扱い。狭い領地の収入では外で貴族の見栄を張るのにギリギリで、普段の生活は商人よりも質素なぐらい。華美なドレスなど、社交界に出る時ぐらいしか着たことも無い。

 だからエルザは、自分の魔法の才能が人並み以上と分かった時に思ったのだ。


 父や兄のオマケではなく、自分の力でのし上がってやる! と。


 その思いはとても強い。

 元来生まれ持った気の強さに加え、見た目の良さが広まるにつれて増えてくる縁談にうんざりしてからは特に。

 とにかくエルザはただの男爵令嬢政略結婚要員ではなく、自分の名前で一旗揚げたいと日々特技魔術研鑽けんさんはげんでいた。


   ◆


(そういう点では、魔王討伐の勇者パーティに選ばれるなんて最高のチャンスなんだけど)

 エルザはたきぎに使う枯れ枝をへし折りながら、今の境遇を思った。

  

 現在のエルザは王立魔法院を離れ、魔王討伐の旅の上。もちろん王都に帰ると家や魔法院にも顔を出すが、最優先は魔王軍と戦う勇者の支援だ。

 選ばれし勇者や聖女と肩を並べて戦うなんて、魔術師として最高の栄誉……なのだけど、実際問題不満はある。なにしろその、肝心の勇者と聖女が……。


「なんで勇者が隣家の洟垂れ坊主アルフレッドで、聖女がお姫様ミリアなのよ……!」


 こんな宮中ふだんの関係を引きずったパーティでは、実力を見せるも何もあったもんじゃない。

 なお、ガキ扱いされているアルフレッドの方が二歳年上。

  

 エルザの希望を言わせてもらえば、勇者はもっと頼りがいのある大人で紳士でちょっと苦みばしったタフガイであるべきだし、そこに持って来られたのが散々情けない姿を見てきたアルフレッドとは……拍子抜けもいいところだ。

 さらに聖女が自国の王女! 社交界の序列最上位トップを持って来るとか、もう神様が立身出世したい自分へ嫌がらせしに来たのかと勘ぐってしまう。

(姫様にヘコヘコしながら魔王討伐だなんて、王宮で侍女をするのと変わらないじゃないのよ……!)

 戦っている時はさすがに無我夢中で、そんな立場のこととか考えている余裕は無い。

 けれど宿営の準備中とか、気が抜けるとそういう宮仕えの不満をついつい考えてしまう。

(私、勤め人とか向いていないのかなあ……)

 最近、そうも思ってしまうエルザだった。


 そこへ声がかかった。

「エルザ、水を汲んできて下さらない?」

 エルザは振り返りもせずに冷たい返事を返す。

「見ての通り薪を集めてるのよ。手が空いてる人間が行ってちょうだい。どうせヒマでしょ」

「……」


(特命の任務中とはいえ、姫様相手にあの態度なんだからスゴイよな……)

(あいつ、そもそも人に頭を下げる商売に向いてないんじゃないか? ミリアの方が討伐達成の為に言いたいことも我慢してるとか、笑っちゃって笑っちゃって)

(笑い事じゃないんだぞ!? 姫がいつ忍耐の限界を迎えて上意討ちしゅくせいを言い出さないか、私なんかいつも冷や冷やしてるんだからな!?)


   ◆


「だいたいですね」 

 ジョッキを卓に叩きつけたミリア姫の目がわっている。

「言いたくはないですけど、クラス身分を抜きにしてもエルザの態度はないんじゃないかしら!?」

「言いたくないとか言いながら、言ってるじゃない」

「あ゛?」

「あらあら姫様、綺麗なお顔が二目と見れない面白さになっていらっしゃいますわよ?」

「……誰のせいだと……!」

 煽られて激昂するミリアに、開き直った態度のエルザ。この二人の舌戦がこの程度で済むとはとても思えず……飲み始めたらいつも通りの展開に、嫌な予感がしていた騎士は頭を抱えた。

「今日は二人とも不機嫌だったから、飲むのは止めたかったんだよなあ……」

「おまえだって同意したじゃないか。あの二人だって飲みたいって言ってたんだし」

「それはそうだが。だがフローラ、それはおまえが二人の抱えているモヤモヤを発散させた方が良いって言うから……」

「だから発散させているだろう。今」

「直接殴りあう方向で発散させるな! 全然予定通りじゃないじゃないか!」

「大丈夫、予定通りだ。面白い」

「貴様は一回スライムに頭をぶつけて死んでこい!」

 間違った相手に相談してしまったバーバラは、反対側で飲んでいる勇者を振り返った。

「おいアルフレッド、貴様もなんとかあいだに割って入って場を収められないか⁉」

「そんなこと言ったってバーバラ」

 ジョッキを置いたアルフレッドは、鼻下にエールの泡を付けたまま真顔で答えた。

「おまえができないのに俺にできると思うか?」

「おまえ勇者だろ⁉ 何を情けないこと言ってるんだ!」

「勇者ってのは魔王と戦うのが仕事だろう。そっちならともかく、あの二人の仲裁だなんて荷が重すぎる」

「普通は逆だ」




 やっぱりどうしようもないのか……バーバラが再び気を揉み始めたところで、急に明るい顔になったフローラが手を叩いた。

「いい手を思いついたぞ!」

「相当にひどい作戦だな?」

「何を言うバーバラ。これはかなり確実な手だぞ」

「本当か……?」


「と言うわけでぇ」

 楽しそうなフローラが五つの盃に酒を注いだ。

「ここから先は一回発言する前に、一杯飲み干すって事でいいな?」

「何が“と言うわけ”ですの」

「話のはじめを聞いてないんだけど」

 思いっきり不審物を見る目の少女二人に、ウキウキしているダークエルフが趣旨を説明する。

「おまえらがさっきから喧嘩ばかりで酒をマズくしているって、バーバラがキレてるからな?」

「おい、また勝手に私に責任を押し付けるな⁉」

「ここから先は一言ごとに強制的に乾杯させれば、要点をまとめて手短に話をするようになるんじゃないかって事になったわけだ! うむ、それじゃ私から……カンパーイ!」

 “またかよコイツ……”という視線を四方から浴びながら、何にも考えて無さそうなダークエルフは楽しそうに乾杯の音頭をとった。


   ◆

 

 アルフレッドが呆れたようにつぶやいた。

「……相当に溜まっていたみたいだな。ちょっと予想外だ」

 二人の舌戦は律儀に飲み勝負をしながら、まだまだ続いている。

「酒の勢いで口がまわるのもあるだろう。ミリアなんか歳のわりに口数が少ないほうだからな」

「うむ。確かに姫は発言の重みを気にして、あまり思っても口に出されないからな」

「だろうな。あいつがゴキゲンで滑舌が良くなるのは、エルザと怒鳴りあっているかアルフレッドを怒鳴り散らしているかの時ぐらいだろう」

「それは全然ゴキゲンじゃない!」

 アルフレッドは自分も飲み干したカップを振ってみた。

「この勢いじゃ、まだまだ続きそうだぞ? フローラ、次の手はあるのか?」

「それは大丈夫。そろそろ終わるだろ」

「分かるのか?」

「これかなり強いから、もう二人とも朦朧となってるだろう。どっちも酔っぱらってうやむやになる」

「またそれかよ⁉」


 ダークエルフはチラリと口論中の二人を見た。

 相当に出来上がっている。

 自分と一緒に離れて座っている二人も視界の端で確認する。

 舌戦を見守っていたこちらは、さすがに飲む量が少なくて正気を保っている。

(ふっふっふ、これでいつぞやのリベンジができるな)

 以前も一回、勇者の前で女どもに本音を言わせようと酒宴に仕込みをしたのだが……あの時は残念ながら、アルフレッドが真っ先に潰れてしまってところが見られなかった。

 何より娯楽に飢えているダークエルフは、その失敗が悔しくてたまらない。一番面白かったはずだったのだ。


 その失敗を挽回する為に今飲ませた酒は、ただ強いだけじゃない。

 口が軽くなるよう精神が高揚する成分と、情欲を刺激する成分がたっぷり混ぜてある。この二つの効果が合わされば、当然聞き出せる本音は……。

(ククク、今日はアルフレッドのヤツも意識があるからな。さてさて、泥酔している二人にもらおうじゃないか)


 腹黒ダークエルフ監修の泥沼酒宴、盛り上がるサプライズはここからが本番。

 フローラは笑みを深くしながら、怒鳴りあっている二人に猫なで声で話しかけた。


   ◆ 


(あれ? なんか今の話、さっきもしたような……)

 エルザはミリアの悪いところをあげつらっているうちに、なんだか同じ事をすでに指摘していたような既視感をおぼえた。

 おぼえたけど、まあいいか……と言う気にもなった。

(このアホ姫様も同じことを三回もほざいてるもんね)


 そうだ。バカには繰り返し言ってやらないと分からないのだ。


(うん、だから私は何もおかしくないわね)

 そう結論付けたエルザは、三回目を繰り返し始めた。


 この時本当にエルザの頭が正常だったら、そもそも自分の思考手順に違和感を感じただろう。

 それに気づかないほど飲んでいる事にも、当然気づいていない。そして、そういう人間は正常なつもりでも、普段より考える力が落ちている。

 ──そんな状態のところへ、妙に愛想のいいダークエルフが近づいてきた。


「おいおいエルザ、ネタ切れか? その話はもう五回もしてるじゃないか」

「…………え?」

──五回目? 三回目でしょ?

「ミリアもそれ、四回目だろ。おまえたちはホント、相性が悪いなあ」

──あひゃひゃ、やっぱりミリアも酔っぱらってるわね!


 姫ともあろうものが、なんと情けないことやら。

 エルザがミリアの失態を内心せせら笑っているところへ、フローラがグイッと顔を近づけて囁いてきた。

(ミリアもエルザも、やっぱりアレか? 愛しのアルフレッドに手を出すライバルが気に食わないってか? ん?)


 “愛しのアルフレッド”

 なんだか知識に無い概念がいねんを聞いた。

(愛しぃ~?)

 なんだか妙に重たくなった頭で、エルザは今言われた言葉を反芻はんすうしてみる。

 あのボンクラアルフレッドに愛しいとか、どうにも似合わない言葉な気がする。

(まあでも、悪くないって言えば悪くないかも……)

 あいつが勇者に選ばれた今でも、男爵令嬢下っ端だからと馬鹿にしてこないし。

 自分が綺麗になったと言われる今でも、急に態度を変えてくるわけでもないし。

 気が利かなくてどんくさいけど、地道にできる事から努力するのは好感持てるし。


「まあそう考えると、ぐうたらでドジを踏むところも可愛げと言うかぁ……何よ?」

 考えていただけのつもりだったのに、いつの間にか口に出していたらしい。聞こえていた様子のフローラが、なんだかむかつく笑顔でしきりに頷いている。

「なるほど、なるほど。エルザもミリアも普段からこれぐらい正直になればいいのに!」

「あ? あんた何言ってんのよ?」

「ほら、その辺りをもうちょっと大きな声でさ。そうしないと聞こえてないみたいだからな? ささ、もう一回!」

「あ゛あ゛!?」


 なんだか分からぬ。

 何言ってるんだか理解できない。

 だが取りあえずはこの訳知り顔が不快極まりない。


(何なのコイツは……)

 どうしてアルフレッドがどうだのって話を聞きたがるのかしら……とエルザは回らない頭で苛立った。

 見てると同じく顔をしかめているミリアにもしきりに話しかけている。ダブルでムカつく顔だ。

 並べて見比べているうちに、ハッと理由に思い当たった。


 コイツまさか……アルフレッドを狙ってる……?


「テメエもか、泥棒猫がぁぁぁああ!」

「え? なんだ⁉」

「クソお嬢と無駄乳オークに続いてあんたまで色目使ってんの!? アレに!? あんなのに!?」

「あ、おい、エルむぐぉぅ!?」

 エルザは豹変した魔術師に驚いているダークエルフの前髪を掴むと、酒瓶を口に押し込んでガンガン説教かます。

「このフェロモンエロフめ、ごまかそうったってそうはいかないわよ⁉ なんでこう、どこでも男が群がりそうなヤツに限ってアルに目をつけるわけ? 今そんなに地味なのが流行りなの⁉ それともイケメンのあいだのいったん休憩!? ふざけんな!」

「プハァッ! 誰もそんな事ムゴォ!?」

 空になった酒瓶を無理やり口から吐き出したダークエルフが、暴行犯エルザに抗議しようとした途端にもう一本。いや、二本。

「んん?」

 自分はやってないエルザが瓶を掴む腕の先を見ると……お姫様。

 こちらもエルザに負けず劣らずのヤバい目つきで、フローラの口に酒瓶を差し込んでいる。

「危険と報酬が見合わない魔王討伐なんて、よく傭兵が引き受けたと不思議でしたが……そういうことでしたのね⁉ まさかアレが狙いだっただなんて! 生涯何もかもままならない身の私には、せめて同年代のささやかな希望なのに……自由気ままに生きてるくせに、横から掻っ攫おうなんて許せないわ!」

「ブハッ、ちょっと待て二人とも! 私は別に……」

「どう見ても狙ってるでしょ!」

「僅かでも興味がないとか言わないでしょうね⁉」

「いや、僅かでもと言われちゃうとそれはまあ……」

「エルザ、あと二、三十本追加よ!」

「鼻ふさいで口開けさせて!」

「おまえたちなんでこんな時だけ連携良いん……グムォオオオ!?」


 仲良くダークエルフを暴行している二人の姿に、ハラハラしていた騎士はホッと安堵のため息を漏らした。

「良かった……なんとか今日も殺し合いまで行かなくて済んだ」

「それはいいが……アレどうするんだ、おい。後始末して部屋まで担いでいくの俺たちだぞ?」

「私が姫様をお運びするから、後は適当にゴミ箱へ捨てておけ」

「バーバラ、実はおまえもかなり酔ってるだろ」

 

「こいつら、起きたら全部覚えてないんだろうなあ……」

 惨状を眺めまわしたアルフレッドは、うんざりと首を横に振った。 

「なんで俺、真っ先に酔い潰れておかなかったんだろう……酒乱のこいつらと酒盛りするの、ホントやだ。酒は綺麗に飲もうぜ……」

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