第17話 勇者、勝機を狙い定める

 時計の見方はいまだに分からないアルフレッドだけど。シャッターの目立つ街並みを見れば、すでに夜遅いのは一目で理解できた。

「あー……やっぱりか。向こう自分の世界で宿に着いたのが深夜日没後だったからなあ」


 早くニッポンに行きたくて、無駄に時間を捨てる選択をしてしまった。

「町並みがこうなっているとなると、居酒屋もそんなに長くは店を開けてないだろうなぁ……」

 楽しくなり始めたところで店が閉まってしまうかも知れない。

「いっそ、向こうで寝てから来ればよかったか……気が急いていたばかりに、初歩的なミスをした」

 中途半端な時間になるのは分かっていたのだから、一晩寝て身体を休めてからの方が良かった。

 だが、今から悔やむのも無駄な時間だ。それならそれでくよくよせずに、前に進むべきである。

 それにアルフレッドはニッポン通。こういう時の対処法もお手の物だ。


 異世界の勇者は薄暗くてなんとなく寂寥せきりょう感のある街並みの中、そこだけ煌々と灯りの付いた建物を頼もし気に眺めた。

 あれこそ時間配分を間違えたアルフレッドの頼りになる味方。


「これは久しぶりに、スーパーで買い出して“宅飲み”だな」

 



 もちろんアルフレッドとてニッポンに来た以上、居酒屋で作り立ての料理と多種多様な酒を楽しみたい。

 だが今日みたいに、それが無理な場合もある。

 そういう時はスーパーで小分けの料理や手軽な軽食スナック菓子を買い込み、同じく缶や瓶に入った酒を持ち帰ってホテルで呑む。これが“宅飲み”だ。

 店で飲むほどの満足感は得られないけど、その代わりに飲み代は安く済む。

「久しぶりに歌舞伎揚げやポテチで飲むのも悪くない。よし、居酒屋でのお楽しみは明日まで取っておこう」

 アルフレッドは堂々とした足取りで、昼間より明るい店内へと踏み込んだ。


   ◆


「このスーパーの紋章ロゴも、すっかりおなじみだな」

 それだけドジを踏んだ回数が多いという事は考えない。

 アルフレッドは入り口付近に積まれたカゴを、常連の手つきで手に取った。

「今日の組み立てはどうしようかなあ……」

 ビール発泡酒は二本くらいに抑えて、缶チューハイとかいう果実酒を多めに買おうか。明日に飲み代を残すため、出来るだけツマミも安く上げたいが……。 

塩味のクッキースナック菓子とかもいいけど、どうせなら売れ残りの料理惣菜パックがないかな」

 日持ちのする菓子類もいいけど、せっかくだからその日作られた料理も食べたい気はする。


 ただ料理があるかは、今日売れ残りが出ているかどうかに左右される。

「ああいうのは、あんまり遅い時間だともう残ってないからなあ……」

 作ったその日のうちに売り切らないとならないので、店も閉店まで残っていれば勇者の期待通りに値下げしてくるはず。


 その点で言うと今日は、微妙な時間に来てしまった……ちょっと料理類は望み薄かもしれない。


 それで一回はスナック売場に歩きかけたアルフレッド、だったが。

「……うん、念のために惣菜売場は見ておこうか」

 運に左右されると自分で言っておきながら、やっぱり期待してしまうアルフレッドであった。


   ◆


「おっ!」

 空のカゴを下げたアルフレッドは、平台の上を見て目を見開いた。


 勇者店舗にはさいわい不幸なことに、惣菜売場にはまだ売れ残りがたっぷり並んでいた。

「おお、まだ唐揚げもあるじゃないか!」

 唐揚げだけじゃない。

 お好み焼きに、枝豆、フライ盛り合わせ……単品料理のほか、弁当とかいう一食をまとめて箱に詰めた物もある。


「素晴らしいぞ! これは、よりどりみどりじゃないか!」

 予想外の思わぬ収穫に、異世界の勇者もニコニコしてしまう。

(今夜の宅飲みは、豪華なメンバーが揃いそうだ)

 気を良くしたアルフレッドはすでに、できるだけケチろうという基本方針が頭からすっ飛んでいる。


 そしてそんな勇者にまさかの事態が起こったのは、買い物を済ませてしまおうと商品を手に取った瞬間であった。




 並んでいるパックをじっくり眺めたアルフレッドは、さっそく欲しい料理を手に取りかけ……貼ってあるシールに気がついた。

「む? 割引シールが……混在している?」

 

 ニッポンのスーパーでもウラガン王国の市場と同じく、閉店時間に近づくにつれて売り切り品の値段が下がっていく。違うのは店員が大声で新しい値段を叫ぶのではなく、商品の包装に割引シールを貼ることだ。

「なんで呼び込みをしないんだろうなと思っていたが……料理によって値引きが違うのでは、確かに口で説明するのはめんどうだな」


 枝豆は半額になっているのに、豆腐ハンバーグは三割引き。焼きそばは二割引きで、唐揚げにいたっては無印値引無し


「この違いは何だろう? 店が把握している人気の度合いか?」

 値引きの大きさは、だいたいアルフレッドの認識好みと合っている。はじめアルフレッドは、売れ筋ランキングにより差別化かな……と思ってハッと気がついた。

「でも、運よく閉店間際に残っていた時はどれも半額だったよな?」

 

 日にちにもよるのか? 

 だがアルフレッドがニッポンに来るのはいつも同じ曜日だ。


 それとも作り過ぎたら?

 だったらこれだけ余っていれば、余計に値引きしそうなものだが。


 まるで訳が分からず。考え込んでしまうアルフレッド。

 そうしたらら検品に来た店員が、目の前で野菜の加工品勇者の食わないヤツに値引きシールを貼り始めた。

(ん?)

 

 今コイツ、おかしなことをしたぞ?


(すでに値引きシールが貼ってあるのに……)

 元々貼ってある物も手に取って、何かの機械を当てて確認している。

 何をするのか観察していると……彼はなんと元のシールの上に、もう一枚値引きシールを貼り始めた!

「なにいッ!?」

「どうしました、お客さん!?」

「あ、いえ……こっちの話」

「?」


 不審に思われたので、ちょっと距離を開けて作業している店員の手もとを見る。 

(あれは……値引きの大きさを変えているのか⁉)

 よくよく見ていれば、二割引きの商品に新しく三割引きのシールを貼っている。

「これは……」


 閉店が迫るにつれて、店も売れ残りに焦り始めるということか?


「ふ、ふふ……そういう事か!」

 かつてこの店では、大人気のはず(アルフレッド調べ)の焼肉弁当が半額で売られていたことがある。

 その事実と店員のシールを貼り直す姿が……アルフレッドの鋭敏な頭脳の中で今、一つに結びついた!


 この先、閉店ギリギリに向かって値段はどんどん下がっていく。

 少しでも高く売りたい店はギリギリまで値下げの頃合いを見計らうだろう。

 一方の客は少しでも安く買いたいから、すぐには手を出さずにもう一段の値下げを待つ。


 “閉店時刻”。

 全てを無に帰するその終末の瞬間に向けて、店と客とがギリギリまでせめぎ合う……恐れて手前で停まれば損をする。だがどこまでも強情を張ったら“売り残し”という名の崖から転落してしまう。


 思わず異世界の貧乏勇者は身震いをした。

「まさか深夜のスーパーで、そんな熱い戦いが人知れずニッポンの夜を彩っていたとは!」

 これはどちらが怖気づくか、まさに戦士の勇武を競う度胸試し!

「ク、ククク……異国の地でそんな戦いに、知らず知らず立ち会ってしまうとは……これも勇者の宿命か!」

 

 ならば、参加せずにはいられまい!


 何のことはない。見栄も外聞もなく半額見切り品が欲しいだけである。




 幸せな頭を持つ勇者は腰を据え、店が負けを認める値下げするまで我慢比べ待機することに決めた。


   ◆


 ずっと横で立って待っているわけにもいかないので、店内で買い物するふりをしてタイミングを見計らう。

 ここまでするからには、狙うは当然完全勝利半額ゲットだ。

 ……だが。


「だが、コレはコレで……キツイな」

 待ち始めてから、わずか一時間弱。その間に憔悴しきったアルフレッドは、力なくつぶやいた。


 よその売り場を一周して帰ってくると、惣菜・弁当売場のパッケージがごそっと減っている。実際にはそんなに売れていないけど、アルフレッドの目には見るたびに半減しているように見えた。

 アルフレッドは他の挑戦者ハイエナの根性の無さが、情けなくて仕方ない。

「ニッポン人、勝負に弱すぎだろ! なんで二割引きにさえなってないのに、どんどんそのまま買っちゃうんだ! くー……なるほどこれでは、店がタカをくくって値下げする様子も見せないわけだ!」

 彼は気がついていないが。

 普通の客が定価で買っているだけである。




 思いがけない事態だ。

「くそっ、これはまさかの三すくみ!」


 戦う敵は、店員だけではなかった。

 店とのチキンレース我慢比べに耐えられない、ひ弱なニッポン人客の掻っ攫いとも戦わなければならない。

「ああ、どんどん減ってっちゃうじゃないか……」

 そういう自分こそプレッシャーに弱い勇者は、閉店前に全部売れてしまうのではないかと気が気ではない。

「なんてことだ……俺の、俺の唐揚げが……」

 四度目くらいに見に行ったら、唐揚げの単品パックが全滅していた。

「そんな……俺の近衛騎兵とっておきが全滅、だと……!」

 ここですでに敗戦が決まったような気がして、勇者は立ちくらみで膝を突きそうになる。

 他の人間がいる前で、無様な姿を見せるのはかろうじてこらえたが……あまりにツラい現実に、目頭が熱くなってくる。

ヤツら唐揚げ最後の勝負めざせ半額に臨むのを、何よりも楽しみにしていたのに……」

 まずもって、おまえの唐揚げではない。


 悲嘆にくれていたら、検品の店員が出てきた。

「おっ、これで……」

 ずっと待っていたアルフレッドの、忍耐の日々二時間が報われるのか……?


 期待で熱い視線を注ぐ勇者の前で。

 店員は残っている商品を指さし数えて、台の上で寄せて並べ直して、ピコピコなる機械を押し当てて、出てきたシールを貼り付けて……。


「……無念!」

 全部は半額にならず。

 アルフレッドは最後の力を振り絞って人気のないサブ通路へ転がり込むと、ショックでガックリ崩れ落ちた。


   ◆


 一応値下げの終わったパッケージをアルフレッドはざっと見渡したが……そこには、実に残念な結果が広がっていた。

「俺の狙いを付けた物に限って、どれも半額にならないじゃないか……」

 アルフレッドはこってりして腹に溜まって酒のアテになるものが欲しい。だが、そういうボリュームがあって味が濃い料理は軒並み三割引きにとどまった。


 店内の客もだいぶ減ってきたが……これはもうスーパーの側も、本当の本当にギリギリまで値下げを待つ気だとしか思えない。

「ヤツら、本気らしいな……ふ、ふふ、向こうも性根を据えて来たということか!」

 

 客が減ってきた。

 めぼしいものがごっそり消えたとはいえ、まだそれなりに残っている。

「今そこそこ値下げをしたという事は……実は店のほうも、そろそろマズいと思い始めているんじゃないか?」

 

 そう思うと、なんかそんな気がする。

「……そうだ。この睨みあいでツラいのは、相手も同じじゃないか」

 ならばアルフレッドも、勇者としてこの勝負を受けねばなるまい!


 元気を取り戻したアルフレッドは、敢然と立ちあがった。

「物凄い重圧だが、ここは引かぬ! 店員が降伏を申し出る半額にするまで、俺もこの籠城戦に耐えてみせる」

 すでにギリギリの見てられない精神状態だが、アルフレッドとて意地がある。最後の最後まで、勇者はあがくことを決意した。

  

「それになー……どうせ、唐揚げ売れちゃったしな……」

 勇者の決意は、守るべき物が無くなっただけだった。


   ◆


 勇者には分からないことだが、時計はだんだんと閉店時刻に向かって進んでいった。

 

 一時間前。


 四十五分前。


 そして、三十分前。


「まだか……? まだなのか……?」

 空腹とチキンレースのストレスで、アルフレッドはか細い声でつぶやいた。

 もう死にそうっていうか、もう幽霊みたいな衰えぶりだ。

「俺、自分でも初めて知ったが……飯食わないと、力が出ないわ」

 女性陣から総ツッコミが入りそうなことをほざき、アルフレッドは乾物の棚の影から総菜売り場を覗いた。

「頼むぞ……そろそろ見切ってくれねば、俺死んじゃうぞ!? 良いのか? こんなところに死体が転がってると、明日の営業に差し障りが出るんだぞ!?」

 もう自分でも、誰を脅しているのかもよく分からない。


 だが、そんな情けない勇者の祈りが天に通じたらしい。

「むっ!」

 総菜売場で、あの店員が再び登場してピコピコやっているではないか!


「やった……やったぞ! これでやっとメシにありつける!」

 だが値下げしている横に、いかにも待ってましたと駆け付けるのはカッコ悪すぎる。アルフレッドはさりげなく……今まさにたまたま入店してきた風を装い、涼しい顔で売り場に向かい……かけた。

「……ん?」

 

 アルフレッドの見ている前で。

 店員がピコピコやりながら少し移動すると、周辺の客が一斉に空いたスペースを覗き込む。そして我先にお目当ての惣菜をカゴに入れ……。

「なんだアイツらは!?」

 必死にツラい何時間かを耐えてきたアルフレッドは、何が起きているかを理解して激怒した。

「半額になった途端に豚のように食らいつくとは、なんて節操のないヤツらだ! まったく浅ましい……あんなのにうろうろされる店の迷惑を少しは考えろ!」

 だがそんな事を言っているあいだにも、店員は移動し、恥知らずどもはアルフレッドのをどんどん持ち去っている。

「クソッ、せっかく半額になるまで待ったのに……負けてたまるか!」


 異世界の……とはいえ、俺は勇者なんだ!


 店員は今まさに、食いでのある弁当ゾーンに差し掛かるところ。

 心なしか周りの値引き狙いハゲタカどもも、目つきがぎらぎらし始めたような。

「勇者アルフレッド参戦! 待ってろ、愛しの姫よ美味しい弁当!」

 アルフレッドはもう取り繕う余裕も無く、人だかりの中に飛び込むと……他の客と押し合いへし合いしながら、必死に手に当たったパッケージを掴み取るのであった。


   ◆


「ふむ、豆腐ハンバーグ弁当というのは初めて食べるけど……これ、何の肉なんだろう? ずいぶんあっさりしているな」

 首尾よく酒も惣菜も手に入れたアルフレッドは、ビジホの部屋で改めて戦利品を確認していた。

 宿の部屋のそんなに広くない書き物机に、所狭しと搔き集めた料理が並ぶ。

「和風唐揚げ弁当とやらを手に入れられたのは良かった。やっぱり唐揚げ、食べたいものなあ……。餃子もあったし、このカボチャコロッケとやらも五個も入ってる。お得だ」

 選ぶ余裕が無かったけど、なんとか好みの料理揚げ物をいくつか混ぜることができた。

「思わず一緒に取って来ちゃったけど、このヨーグルトカクテルとかいうのも甘いけど美味しいな。よし、覚えたぞ。焼き鳥は五種類くらいあったはずなのに、レバーしか手に入らなかったのは残念だな」

 だが、あの人だかりを見た時は敗北も覚悟しただけに……これだけ手に入ったのは、望外の戦果と言って良い。なにしろ弁当が四つに料理が七個も奪い取ることができたのだ。

「まさかあの場から、これだけの料理を奪取できるとは思わなかった」

 居酒屋でもここまで料理を並べられることはまずない。アルフレッドはぐるっと見渡すと、満足げに頷いた。


 ……そして、今頃になってマズい事態に陥ったのにも気がついた。

「半額でも……さすがにこれだけ買うと三千円近く行くな……あと、明日せっかくの朝食バイキングなのに……腹に入る、気がしない……」


 お買い物は計画的に。 

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