第13話 勇者、身の程を思い知らされる

 アルフレッドは今日ついに、以前から気になっていた施設に足を踏み入れた。


 ニッポンの建物は木造が多いウラガン王国とは全然違う、石のようなコンクリートの建物が多い。もちろん木でできた物もあるし、何かの骨組みの外壁に金属板を貼っている物もある。

「だけどアレはなんか、そういう物とは根本的に違うんだよな」

 ニッポンの多種多彩な建築様式を踏まえても、アルフレッドに気になる施設は“何か”が違うのだ。


 その建物はいかにも安普請な感じの長方形で、その横になぜか天高く広がるネットが付いている。建物本体よりはるかに高い所まで、また何倍もの面積を使って緑色の網が大きく張られていた。どう見ても網の方が本体っぽい。

 それだけでも用途がよく分からない施設なのだが、中で何が行われているのかもよく分からない。

「不規則にやたらカンカン音がして、なぜか上のほうでいきなり網が揺れる。鳥の飼育舎みたいにも見えるが、鳥の姿はまったく見えない。あの中で、いったい何をやってるんだろう?」

 そんな風変わりな建物を、勇者は見かけるたびに気になって仕方なかったのだ。


 とはいえアルフレッドもバカではないので、今までは気にしつつも近寄らないようにしていた。こんな特殊な施設、ヘタに覗いて警備の番兵に捕まったら大変だ。

「気にはなるんだけどな~……まさか勇者が覗き見で捕まって、不審者で連行されるわけには行かないよな……」

 誰一人知人のいないニッポンで、事案になるのは避けたい。


 そんなわけでアルフレッドは今の今まで、この施設が気になりつつも疑問を放置していたのだが……。


   ◆


 そんなこんなで今日。

 偶然アルフレッドが施設の前を通りかかったら、珍しく人の出入りがあった。見かけて立ち止まった勇者は、なんだか違和感をおぼえて首をひねった。

「あれは関係者? ……には見えないな」

 そこに勤めているとは思えない、いかにも客っぽい人間がウロチョロしている。


 あの姿。

 あの様子。


「あれは……もしかして、あの施設も店なのか?」

 入っていった若者たちを見る限り、特に服装基準ドレスコードもなさそうだ。

「……店なら初めての人間が迷い込んでも、おかしくはないよな」


 ならばアルフレッドが混じり込んでも、異世界人おのぼりさんとはバレないのではないか……。


 そうと理解して、持ち前の好奇心がムクムクと頭をもたげてくる。

「よし。それなら是非とも何をやっている店なのか、見ておこうじゃないか」

 一般人が入って良いなら、いきなり捕まることはないだろう。安心したアルフレッドは早速、さりげなくニッポン人に紛れて入ってみた。


 勇者はまだ、会員制の店の存在を知らない。


   ◆


 入口の看板には、“バッティングセンター”とあった。

「なるほど、ここはバッティングセンターなのか」

 眺めたアルフレッドは納得したように頷き、ちょっと時間をおいてから周りを見回した。

「つまり、何をするところなんだ?」

 ニッポンには、神の御業じどうほんやくでは意味が分からない言葉が多すぎる……。


 名称からではさっぱり分からない。なのでいつもの通り、他の客がここで何をやっているのかしばらく眺めていることにする。

「あそこで棍棒を選び、扉から外に出て……」

 建物の中は控室みたいなものらしく、客は準備ができたらすぐに外へ出て行く。扉の外は特徴的なあの網の中だ。

「それであの箱にコインを投入する。すぐに棍棒を構え……変な構えかたをしているな」

 何かを殴るのなら、頭上に振りかざすのが正しい。ところがここのニッポン人は、なぜか両手で握って顔の横に保持している。

「なんだ、あの構えかた? どこかで見たような……」

 などとアルフレッドが言っているあいだに、観察対象の若者の前にいきなり何かが飛び込んできた。

「なんだ!?」

 一拍遅れて彼は棍棒を振る。それと同時に男と扉の間のネットが揺れた。ぶつかって落ちた物を目で追いかけると……白い球。

「球?」


 カラフルな棍棒。

 頭の横の両手持ち。

 白い球。


「これ、どこかで見たぞ……!」

 今拾った情報がアルフレッドの記憶の中で、一つにつながった。

「これは、アレか! ホテルのテレビで見た、何かの球技!」

 以前ハンバーガーを楽しむのに、小道具としてテレビで流した“何かの球技”だ。

「そうか、あの時の! 懐かしいなあ、何かの球技」

 何て名前のスポーツで、どんなルールかは知らない。


 あの時はハンバーガーを美味しく食べる背景BGMでしかなかったので、試合ゲーム自体はちゃんと見ていなかった。

 改めて興味を持ったアルフレッドは、扉のガラス越しにしばらく他人のプレイを眺めてみた。

「どうやら、投げて来た球を棍棒で打ち返す……だけの競技なのか?」

 でも、目の前の男はさっきから当ててない……。

「打ち返していい時と悪い時があるのか? 判定が難しいな」

 ただ単に空振りしているだけ。


 それとアルフレッドはもう一つ、棍棒を振り回している場所が気になった。

「おかしいな。テレビで見た時はもっと広々した草地で、転がった球を大勢で追いかけていたような気がするんだが……」

 でもこちらのほうが、流れに乗ってどんどん進んでいるようにも見える。

「あれかな? テレビで見たのは、設備が無くて人海戦術でカバーしてたのかも。ちゃんとした場所でできない下位クラスの試合だったのか」

 プロ選手の心が折れそうな暴言を漏らすと、アルフレッドもさっそく試しにやってみることにした。


   ◆


 まず棍棒を選び、空いているブースに入ったら料金箱機械に金を入れる。

「そしてあの人間の絵のところから球が飛んで来るのを打ち返すわけか」

 アルフレッドも棍棒バットを構えて、その時を待った。


 このとき、もし分かる人が見ればアルフレッドの構えかたに違和感を持っただろう。彼はごく自然と身体に染み付いた握り方をした為……日本剣術で言うところの、八相はっそうの構えになっていた。つまり、棍棒バットを振り下ろす方向が違うのである。


 帽子をかぶった男の絵に開いた穴に、一瞬チカッと動きが見えた。

 すぐに自分に向かって飛んで来る白い球が見える。かなり速いが大した問題ではない。いつも暴投魔術師エリザのどこへ行くか分からない火炎弾ファイアボールを避けているのだ。この程度の球を見切ることなど、アルフレッドには雑作もない。

「ここだ!」

 急速に距離を詰める白球にタイミングを合わせ、棍棒で一気に薙ぎ払う!


 袈裟懸け斜め下にバットを降り降ろしたアルフレッドの横をかすめて、ボールは後ろのネットにぶつかった。

 ちなみにかすめたのはアルフレッドの脇腹で、バットではない。


「…………」

 衝突の余韻で揺れるネットを振り返って眺め、アルフレッドは無言で前に向き直った。

 再びの右八相の構えチャンバラ・スタイル

 高速で飛来する白い球。

 そして、まったく惜しくないほどかすりもしないバットの軌道。

 三回繰り返したところで、アルフレッドは悟った。


「構えかたが、違うな……」


 たぶん、振り下ろすのではないのだ。

 ちょっと考えた末、アルフレッドは正面から受ける構えにした。

「練習もしていない受け方をするからうまくいかないんだ。身に馴染んだ構えを取るべし!」

 向かい合う敵ピッチャーの絵を正面に睨み、身体の前にバットを構える。

「この型ならばどんなものが来ようととっさに受けられる!(とバーバラに聞いた)  さあ来い!」

 神託の勇者アルフレッドの実力はこんなもの空振り三振ではないぞ!

 野球のルールならすでに凡退アウトだが、そんなことは異世界の勇者の知った事ではない!

 アルフレッドは運命の第四球を待ち構えた。


 チカッと光る。

 あっという間に迫りくる白い球。

 だが万全の態勢で待ち構えたアルフレッドは、相手の動きを完全に目で捉えている。

「今だ!」

 今度こそ狙い通りの間合いで、アルフレッドはにっくき白い球を切り捨てた。


 そう、切り捨てた。


 バットで殴り飛ばされて斜め前の地面でバウンドする球を見ながら、アルフレッドは怪訝そうにつぶやいた。

「…………何か、違うな」

 他のブースを見ても、当たっている球は空に向かって跳ね返されている。

「なんで俺の球だけ、地面に突き刺さるんだ」

 どうも世間と食い違いがある。

「使っている棍棒バットは皆あそこから抜いて来ているんだしなあ……やっぱりあの変な構えかたじゃないとダメなのか? しかしあれでは振り遅れる。それとも俺が慣れていないからダメなだけなのか? うーん……」

 原因を突き止めようと他の客を見ながら考察するが、アルフレッドは一つ大事なことを忘れていた。

 バッターボックスのど真ん中キャッチャーポジションに立ったまま、長考してはいけないという事を。


 バッティングマシンに、そこに人間がいるかとか、打つ態勢に入っているかとか、そういう事を認識する能力はない。ただ決まった間隔で球を弾き出すだけである。

 したがって。

 中央に仁王立ちしたアルフレッドがぼんやりしているあいだに、投球フォームに入

った事を知らせるランプがチカッと光り……。

 ズバンッ!

「グォフッ!?」

 まったく無防備な勇者の腹に、時速百二十キロで硬球がめり込む。二十センチ下でなかったのは武士の情けと言えよう。

 とはいえ骨折もあり得るNPB公式球の威力に、アルフレッドが思わず膝をついてうめいていると……。

 ズバンッ!

「グァァァッ!」

 ズバンッ!

「ギャアアア!」

 ズバンッ!

「ゴハァッ!? ……き、貴様! 試合での剣を落とした相手への追い打ち、恥というものを知らんのか!?」

 ズバンッ!

「ゴフッ!? ……そうか。これが貴様の答えか、卑怯者め! よし、戦争だ! 一族滅殺するまで我が怒りは収まらぬと知れ!」

 製造メーカー危機一髪。


 アルフレッドは棍棒バット問答無用の卑怯者バッティングマシンに向けて怒鳴った。

「今すぐ切り捨ててやる! そこを動くなぁっ!」

 ズバンッ!

「だからせめてどういうつもりか言えよ、この野郎!」




 ピッチャーの絵と戦っているあいだに通報が行き、アルフレッドはブースから従業員につまみ出されてお説教を食らってしまった。そもそも相手は人間どころか魔物でもないと仕組みを見せられ、恥ずかしさに(気持ちだけ)小さくなる。

「向こうはあんな機械だったとは……水車辺りのカラクリと大して変わらない物に、ちょっと待てもないよな」

 なんとも情けない真似をしてしまった……などと反省しきりのアルフレッドだが、プロ野球を草野球と思い込んだ件はいまだ気がついていない。


 説教ついでに係員にバッティングの理屈を教えてもらったが、二ゲーム目をやってみても全然当たらなかった。ちょっとひどい成績だというのは自覚しているので、三ゲーム目は止めにする。

「うーむ……これはアレかな。一ゲーム目があまりに悪かったので苦手意識が付いたかな?」

 四ストライク一ファウル六デッドボールという日本バッティングセンター史上最悪記録を叩きだした勇者は、自分の運動神経の悪さをトラウマのせいにした。


   ◆


 二ゲームですごすごブースから退散したアルフレッドは、ついでに施設内の他のゲームも見て廻ってみた。

 なにやら黒い机を挟んで、二人で小さな球を打ち合うゲーム卓球をやっている者がいる。面白そうだが相手がいないし、それに。

「あの白い球野球ボールでで当たらなかったんだし、こんな一口サイズの球となったら……」

 絶対、当てられる気がしない。


 他はと見れば、外の網の中でやる遊びがもう一つあった。

 棍棒で白い球を打ち返すゲームと基本は同じだが、こちらはもっと広い面積の中を走り回って打ち返す遊びらしい。

 アルフレッドはその道具に着目した。

「球の大きさが同じぐらいだが、打ち返す道具があの蠅たたきみたいなのラケットなら……」

(自分でも当てられるんじゃなかろうか?)

 このゲームテニスはフライパンみたいな木の枠に太い糸の網を貼り付けて使っている。あれならアルフレッドでも……。


「ぐっ、間に合わない!?」

 ダメだった。

「こう毎回あちこちに投げる所を散らされては、とても足が追いつかぬ!」

 こっちのゲームのボール飛ばし機。左端に打ち込んできたかと思うと、次は右端だったりする。交互に来るのかと予測して反対側で待ち構えると、今度は二球続けて同じ所に投げてくる。

 アルフレッドは思わず地面を蹴りつけて叫んだ。

「くそぉ、向こうがへた過ぎる! きちんと同じ所に投げろ!」

 それではテニスにならない。


 判断力がにぶい勇者はそれでも2ゲームやった。

 そして、悟らざるを得なくなった。


「ここ、俺が遊べるものが無いな……」


 提供される玉遊び、どれもアルフレッドの反射神経では間に合わない。


 それを思い知らされすごすご帰りかけたアルフレッドは、入口を出ようとしてふと看板を見た。表面には「バッティングセンター」と書いてあったが、裏面には「ストレスうっぷんは解消できましたか? またのお越しをお待ちしています!」と書いてある。

 それを黙ってしばらく眺めていたアルフレッドは、その下をくぐってとぼとぼと外へ歩き……駐車場に出たところで、力いっぱい叫んだ。

「余計に溜まったわ! 二度と来るか!」


   ◆


 勇者パーティを襲ったリザードマンたちは、その勇者の持っている武器“らしき”物に目を留めた。

『勇者ヨ。ナンダ、ソノ棒ハ?』

「ああ、これか? 特に意味はないんだが」

 勇者の構えているのはどう見ても、ただの木の棒。聖剣ではない。

 しかも構えかたがおかしい。さっきから思い出したように繰り返している素振りも、なぜか水平方向に振りまわしている。

「ちょうど(バットに)似たようなヤツ棍棒を拾ってな」

『……ア?』

「これを手にしていると昨日の屈辱がよみがえってきて……」

 なぜかキレ気味の勇者の素振りスイングが迫力を増した。目付きがおかしい。

「今すごいムシャクシャしてて、何でもいいからメチャクチャに殴りたい気分なんだよ! おら、さっさとかかって来い! 頭の形が変わるまでぶん殴ってやる!」

『ヤダ、チョット何コイツ!?』

『ウワァ、嫌ダナア……関ワリ合イニナリタクナイヨ……』

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