第12話 魔王、風評被害に悩まされる

 今ウラガン王国を脅かしている脅威、“魔王”。

 ウラガン王国もその他の国も、暴れ回る魔王軍との戦いに苦慮しているのだが……彼らをもっとも悩ませているのが実は情報不足だということは、世間にあまり知られていない。


 近年の魔王軍の動向について、各国や軍の首脳部が口をそろえて言うのが

「とにかく魔王軍の上層部にどんなやつがいるのか分からない」

 ということ。


 なにしろ今の魔王軍は、攻めて来る魔物たちの動きに一貫性が無い。

 山賊の如くに少数でゲリラ戦をやるかと思えば、数百の群れが秩序だった攻撃を仕掛けてくることもある。

 人間同士の戦争ならば、指揮官の人となりが分かればある程度の予想が付く。

 どの国には何という将軍がいて、彼の指揮下にどれだけの兵がいる……そういう事が分かれば、戦術や攻め込み方も予測が立てられる。それが魔王軍相手だと、将軍の人物評も敵の部隊構成もさっぱり情報が無い。


「司令官がどんな性格なのか、どういう作戦を好むかが分かるだけでも違うのだが」

 バーバラ剣士が道の先に鋭い視線を向けながら、そうこぼした。

「そもそも、魔王が最近姿を現さないというじゃないか」

「そうなんだ。以前はやたらと先頭で戦っていたくせに、ここ最近は全く戦場に顔を出さない。それに合わせたように魔王軍も大群で出てくることがなくなって、少数での不意打ちが多くなった。魔王が代替わりしたんじゃないか……なんて噂にもなっている」

 魔物の生態に詳しいエルザ魔術師も苦い顔をしている。

「本当に、全然相手の意図が読めないのよね。魔物に人間族の思考を当てはめるのも意味が無いと言えば無いんだけど……てんでばらばらに僻地の村を襲ったり、旅人を襲ったり」

「それだけ聞くと、クマや野盗の被害と大して変わらないな」

「その一方できちんとした軍隊みたいな連中が、都市を攻撃することもあるのよ。それで攻め落としたのがド田舎の温泉地って言うのがよく分からないんだけど」

「うーん」

 さっきから聞いてばかりの勇者を、三番手を歩いているミリア聖女が聖杖でつついた。

「アルフレッド。あなたは何か分析は無いの? 勇者でしょう」

「そう言われても」

 勇者と言っても神に任命されただけで、軍事にも魔物にも詳しくないアルフレッドは聞かれたって困ってしまう。

「……実は魔王は」

「魔王は?」

「戦略を立てられないほどバカなんだ、とか」

「あなたに聞いた私がバカだったわ」


 エルザが最後尾で後ろを警戒しているフローラ弓使いに声をかけた。

「フローラはどう思う? あなた大陸中を旅したんでしょ?」

「と言われても個人の傭兵では、魔王軍とそうそう当たることも無いしな」

 この一行の中でフローラだけが、ウラガン王国の関係者ではない。後から雇われて参加したダークエルフは、その長い人生で世界各地を放浪してきている。

「まあ敢えて言えば、人間族や亜人族の国と違って魔王軍は様々な魔物の混成だ。どの種族が頭になるかで、全然発想が違うんじゃないかな」

「フローラみたいに脳天気なサボり魔が魔王軍の指揮官なら、俺たちも楽ができるのになあ」

「そうかぁ? 意外と苦労の原因になるかもよ?」


   ◆


 それにしても、とフローラが続けた。

「魔物の被害なんだが、全部が全部本当に魔王軍のものなのかな」

「というと?」

「ただ単に野良の魔物に襲われたのを、勘定に入れている国があるんじゃないか?」

「あー、その可能性もありますわね」

 ダークエルフの指摘に、ミリア王国の姫が頷いた。

「だけどそうは言っても、どう見極めたら魔王軍とはぐれ魔物の判別がつくでしょうか」

「つかないかな? 略奪をするだけの山賊みたいなヤツと、統制が取れている魔王軍なら動きが違うだろう。こう、何か目的があるというか」

 弓使いフローラの持論に、今度は勇者が納得いかない顔で首をひねった。

「だが、そもそも魔王軍は要するに魔物の集団だろ? 人族系の発想で動くかな?」

「それはそうだが」

「今知られている被害の中で一番軍隊っぽい動きが、温泉地の攻略だぞ?」

「いや、他にもあるだろ」

「他に大群で攻めて来た例と言えば……見渡す限りのスイートコーン畑を食べ尽くしたとか、ハイエルフの森に火をつけたとか。とてもモノを考えてやってる動きに思えないんだが」

「それは……確かに反省点だな」

「反省点?」


   ◆


『はぐれ魔物と魔王軍の区別がつかぬ……なるほど、人族どもにしてみればそうかも知れませぬな』


 空中に開いた円形の窓の中で、青白い顔の紳士が頷いた。

 彼の血色が悪いのは病気ではない。姿かたちは似ていても、人ならざる者……吸血鬼だからだ。

 魔王国宰相を務める亜人系の魔物は、魔導通信を開いている相手に向かって己の考えを述べた。

『しかし魔王様。区別が必要ですかな?』

「不要と思うのか?」

『はい。人間がどう受け取ろうと、我らには別にどちらでも構わぬこと。むしろ魔獣、魔物の襲撃を全て魔王軍のものと思われた方が戦力を誇張できまする』

「なるほど、それも道理だな」


 敵対勢力には誤解させておいた方が、実態以上の脅威と映る。何も懐は痛まずに謀略にかけられるのだから、メリットになりこそすれデメリットは起きない。

「ならば放置するか」

『それが良いかと存じます』

 魔王の呟きに同意した宰相は、そこで口調を改めた。

『ところで魔王様。いつまでも遊び惚けておらないで、そろそろ侵攻作戦の指揮を』

「おおっと、魔導波の調子が悪い!」

 いつもの宰相のお小言を無理やりぶち切って通信窓を閉じると、魔王ディスフォーラ……仮の名を大陸一の弓使い・フローラ……はベッドにゴロンと寝ころんだ。

「人間どもが勝手に誤認してくれているのは、確かにそのままの方が良いかもな」


 実のところ魔王軍の攻撃は、現在は全戦線で停滞気味だ。

 というのも総指揮官たる魔王が世界征服に飽きてしまったので、積極的な攻勢に打って出ていないのだ。

 理論的な行動が苦手な魔物たちは、指揮官の号令無くしてはまとまった行動ができない。トップたる魔王が仕事をサボっていて統一した戦略が示されないので、魔将軍たちも目先の戦場だけにかかりきりになっている。

「野良どもが適当に暴れていれば、人間どもに我らのやる気が無いのもバレないか……」

 正確には、自分のやる気。


「うん、ちょうどいい。放っておくか」

 そう結論付けると魔王を務めるダークエルフは、枕を引き寄せて二度寝を決め込んだ。




 この魔王様、まじめに仕事する気がないことにかけては歴代一。

 人間達が無関係な事件も勝手に数に入れてくれるなら、サボっているのも悟られにくい。あちらの誤解をうまく利用するに越したことはない。


 そう思ってこの日は心地よく昼寝をキメた魔王……だったのだが。


   ◆


 勇者パーティが初めて出会ったその魔物は、何とも形容しがたい姿をしていた。


 凄くおおざっぱに言うと、青紫色のバカでかいカエル。

 その背中からは多数の触手が生え、伸縮自在なコイツで攻撃も防御も器用にこなしている。合間合間に隙を見て打ち込んでくる、長い舌での一撃も油断できない。おまけに全身から毒を含んだ脂が流れ出ており、触手の表面を濡らした猛毒が飛び散るのも厄介だ。

 だがこの毒ガエルの化け物を説明するのに、そんな能力的なアレコレは些細なことかも知れない。

 コイツの最大の特徴は、何と言っても。


 とにかく気持ち悪い。


 これだ。

 普通のカエルでも苦手な者は多い。それが熊よりも大きく、毒々しい色で彩られていて、おまけに全身ヌメヌメした脂で肌が光を照り返して不気味に輝いている。

 それだけでも生理的にダメなのに、ぐにょぐにょ蛇のようにうごめいている触手が何十本も……女性陣はおろか、アルフレッドでも正視するのがきつい。

 そしてさらに。




 不意を突いて斜め後方から飛んできた触手の一撃を、直前に察知したバーバラはかろうじてかわした。

「バーバラ、大丈夫!?」

「ははっ、かろうじて!」

 直撃こそ免れたものの、ヌメヌメした肉の鞭にマントを引き裂かれて焦げ目がついている。鎧にも嫌な臭いの毒液が飛び散り、鉄の表面をジュウジュウ音を立てて溶かしていた。

「くそっ! マントは捨てるとしても、魔法防御がかかった鎧まで……!」

「焦るなバーバラ!」

「分かっている!」

 バーバラやアルフレッドが切りかかろうとしても、この触手の間合いをどうしても抜くことができない。


 そんな攻めあぐねている女騎士の悔しそうな顔を見て、毒ガエルが嬉しそうに歓声を上げた。

『ウッヒャッヒャッヒャッヒャッ! いい! いいなあ! カワイ子ちゃんの泣き顔は、僕ちゃんとっても大好きでーす!』

「うるさいっ! この、変態ガエルめ!」

『アヒャア! イイよほお! その屈辱に歪んだ顔がとってもそそるう!』

「くっ、この最低野郎が……!」


 この魔物、見た目もキモいが……それをどうでもよいと思わせるほどに、性格がゲスい。


「こんなにひどい魔物は初めてだ」

「どう攻めたらいいのよ……」

『僕ちゃん褒められた? ねえ、褒められた? ウヒョヒョ、僕ちゃん優秀過ぎちゃって君らの劣等感つついちゃった? でき過ぎちゃって、どうもすみましぇーん!』

「貴様の事なんか、一つも褒めてないぞ!」

「せめて口の利き方ぐらいまともになれないの⁉」

『いやーん、ダメダメ勇者に怒らりたあ!? んもお~、超優秀な僕ちゃんに嫉妬しちゃって、君たち勇者とか言いながらカッコ悪ーいと思いまーす!』

「きさま、言わせておけばっ……!」


 過激派のバーバラやエルザは言うに及ばず。

 ミリアやアルフレッドだって、これほど魔物に殺意を覚えた事はない。

 しかし、その怒りの発散のしようがない。触手による間合いの広さと火炎魔法にさえ耐えられる皮のおかげで、確かにアルフレッドたちの攻撃はヤツに届いていないのだ。

 そこに持ってきて精神攻撃イラつかせが効いている。勇者パーティは数の利を生かしきれず、攻め手に欠けていた。




(うーん、コイツは確かに相性が悪い)

 “アグリー・フロッグ醜悪な蛙”は確かに人間族が倒すには難しい魔物だ。だがフローラの見たところ、連携して触手を削っていけば倒せそうではある。

 というかフローラが一撃すれば一発なのだけど……。

(ただの弓使いって言ってあるから、魔力を込めた攻撃はマズいんだよなあ)

 エルザ以上の攻撃魔法なんか発動させたら、なんで今まで隠していたという話になってしまう。

 それを考えると。


 フローラは決断した。

(うん、藪蛇になるような出過ぎた真似は止めとこう)

 別にコイツを倒せなくたって、この先ルートが無いわけじゃなし。


 適当にちょこちょこ支援攻撃を入れてサボってないアピールをして、どちらかが疲れて引き下がったところで撤退に持ち込んでお流れにしてしまえばいい。

(まだまだ今の腕前では手に負えないなー、鍛錬して次回頑張ろうなー……うん、これでいこう)

 適当に力を抜いて生きているダークエルフとしては、こんな僻地で根性のネジくれ曲がった野良魔物といつまでも踊っていたくはない。今夜は街泊まりの予定だから、さっさと宿に入って湯浴みしたい。だから意味のない遭遇戦なんか、熱をあげて戦わなくてもいいのに……と後ろで眺めていたいのだけど。

  

 そんなフローラでさえ看過できない戯言を、調子に乗った魔物クソバカがわめき始めた。


   ◆


 もう何撃目か分からない。必殺の一撃をかわされ、触手が来る前に急いで飛び退いたバーバラはあごを流れる汗を手の甲でぬぐった。

「本体まで届かない……クソッ、守りが固すぎる! コイツは名のある魔物なのか⁉」

 バーバラが吐き捨てた言葉を聞き、化けガエルが高笑いを始めた。

『ウキャキャキャキャ、実はそうなんでーす!」

「やはりか!」


(よく言うなー……こんなド僻地を縄張りにしてるくせに)

 騎士と魔物のやりとりを聞きながら、白けているダークエルフが(いやいや、コイツは中の下くらいのランクだし)と思いながら頭を掻いていたら。


『僕ちゃん、実は魔王軍四大将軍が一人! “沼の魔神”の異名をとる、その名もフロッグ・ザ・グレート様でーす!』


「……………………はっ?」

 一瞬、何かの聞き間違いかとフローラ当代の魔王様は思った。

 魔王軍に四大将軍なんて制度は無いし。そもそもこんなアホヅラが幹部会に出て来ていれば、いくら興味が無くても見覚えが無いはずはない。


 向こうがこっちの顔を知らないとはいえ、目の前で野良魔物に身分詐称されて目が点になった魔王……の横で、なるほどとうなずく勇者パーティ御一行。

「やはり!」

「並の強さではないと思ったが……!」

「ついに魔王軍の幹部と遭遇したわね!」

「気を引き締めていくわよ!」

「いや、待て待て」

 血気にはやる仲間たちを、思わず制止するダークエルフ。

「どうしたフローラ! 一斉に攻撃するぞ!」

「いや、あいつ本当に魔王軍なのか? ちょっとおかしいと思わないか?」

「え?」

 戦友に疑義を呈されて、もう一度魔物を見る勇者たち。


 カエル野郎は調子に乗りまくって、全身でバカにしている態度を見せつけてくる。

『ヘイヘイ、カモーン! 勇者君たち、どうしたの~ん? 魔王軍と聞いて怖気づいちゃった~ん? ギャハハハハ!』


「ほら、あいつも自分で魔王軍だって言ってるし」

「いやいや、それにしても……」

 それを言われると否定するネタに困ってしまうのだけど、フローラとしては再考を求めたい。


 だけど後ろからも。

「そうよ。どこからどう見ても魔王軍じゃない」

 一番魔物の生態に詳しいはずの魔術師エルザもきっぱり断言してくる。

「どの辺りが!?」

「どの辺りって」

 エルザが毒ガエルを指さす。


『そうだぁ! せっかく女の子ばかりだから、ちょっと毒を弱めてあげようかなぁ? 着ている物を溶かしちゃうくらいで! 当たっても怪我しないから、どんどん浴びるといいよ? ププッ!』

 

「あの発想のキモさ、どこからどう見ても魔王軍じゃない」

「発想のキモさ⁉」

 そんな採用基準は無いと、現職の魔王は主張したい。


 バーバラもうんうん頷く。

「見た目も気持ち悪いし、あの魂が腐り切った様子……魔王軍で間違いない!」

「いや、それは魔王軍を変に過大評価しすぎでは……」

 なんかもう、あまりの誤解に泣きたくなってくるフローラの後ろで、魔王様の気も知らないで化けガエルがはしゃいでいる。


『さあさあ! 魔王軍大幹部の僕ちゃんが遊んであげるよお!? ウヒヒヒヒ、殺さずに捕まえて罰ゲームをしちゃおうかなぁ!? もう恥ずかしくて死にたくなるようなの! アッヒャッヒャッヒャ!』


 汚物を見るような目つきで、ミリアが魔物を睨みつける。

「あの品性の無い下劣ぶり……さすが魔王軍ですわね! 将軍であれでは、魔王はどれほど見下げ果てたクズなのかしら。もう私では、想像もできないわ!」


   ◆


我らが配下魔王軍はぐれ野良を、人間どもが区別できるようにせよと?』

「そうだ! 可及的かつ速やかに! 最優先で何とかしろ」

 呆気にとられた顔の宰相に、魔王ディスフォーラはきつく言い渡した。


 あのあと矢の一本にそっと魔力を注ぎ込み、家宝の特別な矢だとか適当な事を言ってムカつく魔物アホに撃ち込んだ。

 はらわたが煮えくり返って、ついつい威力を付け過ぎて……一撃で人間も通れるような風穴を開けてしまった。それはそれでパーティの仲間たちは大いに喜んだが……あっさり倒してしまい、魔王様は逆に怒りの持って行き場がない。


 思いだすだけで歯ぎしりしてしまうダークエルフに、困惑する吸血鬼が尋ねる。

『しかし魔王様。人間にどう思われても良かったのでは……?』

「事情が変わったのだ! あんな恥ずかしい目に遭ったのは初めてだ!」

『人間どものテリトリーでフラフラしているから、そんな目に遭うのでは……』

「バカにされるのは陰で言われるのも我慢ならぬ! アグリー・フロッグごときに勝手に名を使われ、何も関係ないところで評判が地に落ちているのだぞ!? 悪名は良いが汚名はいかん!」

『はあ……』

「くそう……あー、また腹が立ってきた! いっそ全軍あげて世界中のアグリー・フロッグを皆殺しにしてくれようか……!」

『魔王様……そんな事に兵を動員するぐらいだったら、それより先に世界征服を進めていただけませんか……?』

「やだ! 物事の優先順位を考えよ!」

『それは私のほうが言いとうございます……』 

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