第06話 騎士、パーティの人間関係に頭を悩ませる

 “ウラガン王国の白百合”と称えられる国王の一人娘・ミリア姫には、常に影のように付き従う女騎士がいる。ミリアの護衛、王国騎士のバーバラだ。

 一隊の長を任せられるだけの腕前を持ち、常に慢心せず腕を磨くストイックさも買われてミリアの側近を務めている。姫という立場でなかなか親しく接する相手のいないミリアにとっては、姉とも友とも呼べる間柄でもある。

 だからミリアが神託によって聖女に任命された時、彼女が魔王討伐のパーティに志願したのはごく自然なことでもあった。


 そんなバーバラは安息日の休みの中、旅先の宿屋でぼんやりと考え事をして過ごしていた。美しい眉間に皺を寄せて宙を睨んでいたが、不意にポツッと呟く。

「アルフレッドのヤツ、もうちょっとシャキッとできないものか……」

 彼女が今考えているのは、パーティの中核……であるべき勇者の事だ。


 王国が誇る救国の勇者……のはずの、男爵家令息アルフレッド。


 神託を受けて選ばれた勇者が自国から出現するのは、王国に忠誠を誓う騎士として誇らしい。その魔王討伐の一行に加われたことは、武門の家に生まれたバーバラとしても生涯のほまれだ。


 だが、しかし。

 肝心の“勇者”アルフレッド本人がどうにも頼りなくて仕方ない。

 なぜか武術の素人なのに選ばれ、ならば魔王打倒の志は高いかというとそれも無い。あげく神託で王命なのに消極的でやる気も見せない。これがバーバラだったら感激と使命感で卒倒しそうなぐらいなのに。

「剣も戦いも素人なのは分かっている。……が! あやつめも不出来なら不出来なりに、せめて誠意だけは見せられないものか」


 あやつなりに努力をしているのは認める。

 まるで体の鍛錬をしたことも無いひょろい街育ちの男が、苦しい稽古や探索の旅に苦労して耐えているのも分かっている。

 だが、それにしても……。


「あの男、二言目には『好きでやってるんじゃない』と口と顔に出すのだけは何とかならないのか……!?」

 

 望もうと望むまいと神託や王命は絶対のもの!

 二つ返事で『はい! 喜んで!』と受けるべきものだろうが!

 忠臣バーバラは、その点が腹に据えかねて我慢ならないのだ。

「言っても仕方ない“運命”に、グチグチグチグチと不平ばかり! 男ならそこはグッと飲み込むものだろう! そもそも貴族とは王の為に戦場で戦う宿命を負った者だ! それをあの男は……」


 実に、実に男らしくない!


 代々騎士として王家に仕えてきた家柄のバーバラ脳筋バカは、ワークライフバランスを求める文官型勇者のそこが気に食わない。これは王国騎士としての義憤だ。決して個人的な男の好みで不満に思っているのではない。決して!


「……あんな男がもし」

 苦虫をかみつぶしたような顔で、バーバラは頭を抱えた。

「まさかとは思うが、普通に考えればあり得ないけど何かの間違いで予想外の事故的にうっかり魔王討伐に成功して姫の夫となるかもしれない資格を得るかもしれない可能性がないでもないとは言い切れないというのか!」

 とんでもない未来を想像して、思わず背筋を震わせるバーバラ。ミリア命の騎士に取り、それは世界滅亡に匹敵する大惨事。

「……ああ、心配だ。あやつめに、いざという時姫様を守るなんて芸当が本当にできるのか? アルフレッドごときが姫様の夫になれるなど千万が一の可能性とは言え、そんな蟻のつま先ほどの確率でも心配でたまらない」

 もはや勇者の勝利を望んでいないんじゃないかというレベルに後の心配をグチグチ言う騎士は、そもそも聖女ミリアの方がポンコツ勇者アルフレッドより強いんじゃないかという点を見落としている。

「はぁ~……あんなヤツが婿の第一候補では、姫様の将来が心配だ」

 ミリアがあんな男と結婚させられるくらいなら……。

「本当にそんな事態になったら……いっそ自分が代わりにあやつの嫁に志願することで、姫様をお守りするのはどうだろう……そうすれば嫁の来手もないあやつバカ勇者も、家の後継ぎ問題が解決するだろうし……」


 あのダメ人間は全くもってバーバラの趣味ではないが、(弱音は吐くが)前向きに努力しているところは好ましい。

 騎士団というのは基本、初めから素質がある人間の集まりだ。そういう人間ばかり見て来たバーバラの考える「男」の基準値は高いが、まったくの初心者からチマチマレベル上げを頑張っているのもそれはそれで可愛らしいような……。


 そこまで考えた剣士はハッと我に返って、先走った考えを打ち消した。

「いやいや待て待て!」

 アルフレッドの事情などバーバラの気にするべき所ではない。ましてや好ましいかどうかなど。

「くだらんことを考えるなバーバラ! そもそもあくまでミリア様が幸せかどうか、それだけだろう!?」

 敬愛する主君の幸せだけが問題だ。

「そうだ、早まった事を考えてる場合か! そもそもまず私がもらうかどうかよりも、姫様が本当にあのバカをいらないのか確認するのが先……はっ!? ちがーう!」

 うっかり何かの願望を漏らした剣士は、激しく頭を掻きむしった。


 あとこの問題は、アルフレッドにも意思を確認した方が良い。




 最近のバーバラの安息日はこんなふうに、無用な悩みで考えこんでは変な方向に思考が突っ走るの繰り返し。これで一日が終わる。

 「バカの考え 休むに似たり」というヤツである。


   ◆


 今日もそんなルーチンを延々繰り返していたところで……バーバラは、窓の外から聞こえるおかしな呟きに気がついた。 

「うん?」

 何か、人が囁くような小さな声が聞こえる。


 だが、ここは二階だ。窓のすぐ外に通行人がいるはずがない。

「……隣のアルフレッドの部屋か?」

 そう思ったけど、壁越しには何も聞こえない。反対側のミリアの部屋も静かだ。

「外だな……なんだ? 窓の下で話しているヤツでも居るのか?」

 気になったバーバラは何気なく窓から顔を出してみた。通行人はたまにいるけど、別に立ち話をしている者はいない。

 ただ、呟きはさっきよりはっきり聞こえる。

「ん? やっぱりアルフレッドの部屋のほうから……」


 騎士が横を向いたら、勇者の部屋の窓にダークエルフがナイフを差し込んでいた。


「引っかかりはない。ないが……うーん、これは鍵や掛け金じゃないな……神か? 余計なことをする」

 さっきからぼそぼそ聞こえていたのは、フローラダークエルフの独り言だった。狭いひさしを足場にして、器用に窓に取り付いている。

「……………………おい、なにをしている」

 剣士のドスの効いた詰問に、丸っきり気にしてないのんきな返事が返ってきた。

「一日寝ているのも暇だから、アルフレッドを飲みに誘おうかと思ってさ。おまえも行くか?」

「廊下の扉から呼べ!」

「ノックして声はかけたが、全然反応が無いんだ」

「というか安息日に飲みに誘うな!」

「心配するな、私の宗教はおまえらと同じ神じゃない」

「おまえの信仰の心配なんかしていない! 私はともかく、アルフレッドは神託の勇者だぞ⁉」

「でもあいつ安息日の翌日に、どう見ても酒のせいでやらかしてるじゃないか」

「それは私も苦々しく思っているが……いや、それはともかく! 窓をこじ開けてまで連れ出そうとか、普通そこまでするか!?」

 騎士が𠮟りつけたら、なぜかダークエルフは胸を張った。

「流行りに乗り遅れないためにも、常に時代の先を見越して先手を打って行きたい」

「他人の部屋へ窓から忍び込む流行なんか、百年経ったって廻って来るか!」

「二百年なら来るかもよ?」

 バーバラが怒鳴りつけている間にも、フローラは苦言を右から左へ聞き流して窓をこじ開けようとしている。まるで話を聞いていない。


「しかたない……クソッ!?」

 バカ者を引きずり上げようと、仕方なくバーバラも窓を乗り越えて外に出た。

「おまえ……ここ思いっきり、表通りに張り出しているじゃないか! こんな人目につく場所でよくもそんな真似を……!?」 

「挙動不審になるから不審者に見えるんだ。あたりまえみたいに作業していれば誰も犯罪者だなんて思わない」

「前科何犯かありそうな落ち着き具合だなぁ、おい」

 女騎士の皮肉もどこ吹く風。しらばっくれている弓使いはちょいちょい手招きし、自分からは死角になっている鎧戸の脇を指した。

「それはどうでも良いからバーバラ、おまえは側面からアタックしてみてくれ」

「誰がするか! なんで私がそんな事を!?」

「野次馬に来たくらいなんだから、どうせ暇だろ?」

「見物じゃない! おまえがみっともない事をしているから連れ戻しに来たんだ!」

「早く連れ戻したかったら、用事を早く済ませるのが一番だ」

「ああああああああ!?」


 ああ言えばこう言うダークエルフの態度にバーバラが頭を掻きむしっていると、後ろから妙にテンションの低い声がかけられた。

「バーバラ……フローラ……あなたたち、そんな所で何をしているの?」

 慌てて振り返れば隣の部屋から敬愛する主君ミリアが、さらにその向こうの部屋からはいけ好かない魔術師エルザがジト目で二人を眺めている。

「あ、いや、あの、フローラが……!」

 慌ててバーバラが弁解しようとしたら、まったく悪いと思っていなさそうなダークエルフが先に口を挟んできた。

「いや、バーバラが『暇そうなアルフレッドを誘って飲みに行こうぜ!』っていうからな? 立てこもっているアルフレッドを引きずりだそうと、こうして四苦八苦しているところだ」

「おい、なんだそのデタラメは!?」

「……私、そんな催しをするなんて話は聞いていませんが」

 ものっ凄い胡散くさげに見ているミリアがそう言うと、とってもイイ顔でフローラがニコッと笑う。


「『お子様二人ミリアとエルザを置いて、アルフレッドをつまみに大人だけの飲み会だ!』ってバーバラが言うから、おまえらは誘わなかったんだ」


「おまっ、何とんでもない嘘を……!?」

 どんどん共犯にされつつあるバーバラが焦って叫ぶけど……時すでに遅し。


 妙に平板な表情になったミリアが前を見たまま後ろに声をかけた。

「エルザ」

「何よ」

火炎弾ファイアボール

「了解」

 ミリアが窓から顔を引っ込めると同時に、その後ろでこちらもキレる寸前の顔をしている魔術師が杖を振りかぶり……。

「姫様っ!? 待って、話を聞い……エルザもちょっと待てぇぇ!?」

「吹っ飛べ、アホども」

 魔術師が呪文を唱え始めた。避けようもない場所だけに慌てるバーバラの背中を、さらにフローラがガシッと掴む。

「おいバカ、何をす……ドゥフッ!? うわっ、熱っ! 熱い! やめ……痛ぁっ!」

「安心しなさい。即死しないように威力を手加減してあげてるから」

「致死力はあるって事じゃないか‼ フローラ、おまえも手を離せ!?」

「やだ」

「エルザもひとまず私の……痛い痛い!」

 次々飛来するこぶし大の火球に騎士が悶絶するが、魔術師は全然手を緩めてくれない。

 悲鳴を上げてばかりの女騎士を、ダークエルフが他人事みたいに叱りつける。

「しっかりしろバーバラ。この程度の火炎弾ぐらい、お得意の剣技で払いのけろ」

「おまえを捕まえに出て来ただけだから、剣を帯びてるわけないだろ! というか何しれっと私を盾にしてるんだ!? 早く手を放せ!」

「後衛の私を守るのが前衛のおまえの役割だろう」

「それを今にあてはめるな!」

 騒いでるあいだにも火球は苦労性の女騎士をボコンボコン袋叩きに……。

「グハァッ!?」

 イイのを一発もらったバーバラは手を滑らせ、後ろから抱きついているダークエルフごと階下の路上へと……。


 グッドラック、バーバラ。

 そのうちきっと良いことあるさ。

 

   ◆


「どうしたバーバラ。なんでケガしてるんだ?」

「……うるさい。聞くな」

「はっはぁ~。さては休みだと思って羽目を外し過ぎたな? だけどあくまで安息日なんだからな? その辺りはちゃんとわきまえろよ?」

「うるさいわっ! 元はといえばきさまが……きさまのせいで……!」

「……俺が何やったって言うんだ?」




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2nd Seasonは全31話予定で内容も決まっているのですが、猛暑のおかげで執筆が遅れておりまして……とりあえず書き貯め分のをここまでお送りしまして、以後の更新は月・木の週2回更新になります。

コミックREX様で始まりましたコミカライズともども、今後とも宜しくお願い致します。

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