2nd Season

第01話 勇者、己のスタンスを語る

 花は咲き乱れ、鳥が歌い舞う。そんな美しい自然と豊かな恵みが溢れる国、ウラガン王国。だが平和そのものに見えるこの国にも世界の危機は一歩ずつ、静かに迫りつつある……。


「と言われてもこんなのどかな景色を見ていると、魔王に狙われているなんて信じられないぐらいだよな……そう思わないか、フローラ」

 魔王の野望を阻む為に日夜戦っている王国の勇者アルフレッドは、共に戦うダークエルフに語りかけた。

 聞かれた弓使いフローラも頷く。

「全くだなあ」

 二人はしばし無言で美しい庭を眺め……今度はダークエルフの方が勇者に尋ねた。

「ところでアルフレッド」

「なんだ?」

「そろそろ稽古を再開しなくても良いのか? 打ち身の痛さもいいかげん収まっただろう」

「いいや、まだまだ」

「あんまりズル休みが長いと、またバーバラにボコボコにぶん殴られるぞ?」

「嘘じゃない! 本当にまだ痛いんだ! ほら、ここなんか派手に腫れてるし!」

「剣の稽古をしていたら、それぐらいの怪我は当たり前だろう」

「そんなこと言うなら次はフローラが稽古をつけてもらえよ! なんで武術をやる連中は、すぐにそう『その程度の怪我なんか当たり前』とか言うんだ!」

「弓使いの私が剣を習ってどうする。剣は前衛のおまえの商売道具じゃないか」

「それはそうだがな!?」

 あぐらをかいて石の上に座っているエルフは、肩越しにチラリと後ろを眺めた。

「ほらほら、イライラしているバーバラが木剣を木槍に持ち替えたぞ? ありゃ剣術の指導は諦めてお仕置きしようって腹だな」

「待てバーバラ剣士! 俺は褒められると伸びる子なんだ! すぐに折檻せっかんで言うことをきかせようとするのはどうかと思うぞ!?」

「やかましい! 貴様のペースでチンタラ育つのを待っていたら、魔王が襲来するまでに間に合う訳がなかろう!」

「魔王も人間界が珍しくて、案外回り道してくるかもよ!?」

「魔王がどれだけ道草を食ってこようと、貴様の成長の方が遅いに決まっているだろうが!」

  

 救国の希望である勇者アルフレッド。

 彼の弱点は、そもそも戦士向きではないその性格にあった。


   ◆


 疲れ切って家に帰って来た“勇者”は、自室に入るとホッと一息ついた。

「やれやれ、やっと今週が終わる……」

 明日は安息日、神の定めた休日だ。この日は神の定めでしっかり休まないといけないから、王城でバーバラに小突き回されるのも休みと言うことだ。

「都にいると毎日これだから、旅に出ている方がまだ気が楽なんだよなあ」

 魔物と戦う命がけの旅路の方が安全な都より落ち着けるのは、アルフレッドとしては何か間違っている気がしてならない。


 アルフレッドは外出着から平服に着替えながら今日のアレコレを思い出し、深々とため息をついた。

「まったく……騎士ってヤツは何でも根性論で解決しようとするんだから」

 今日も滅茶苦茶しごかれた。

 王国騎士でも指折りの剣の使い手にして勇者パーティの剣士でもあるバーバラは、騎士の家柄で厳しく育てられたので教え方に容赦がない。相手が初心者だろうが勇者だろうが、構わずに叩きまくる。

 ……そもそも勇者がお供に、初歩から剣術を習わなければならない現状がおかしいのだが。


 剣の腕がからっきしなのは自分でも分かっている。でもそもそも、アルフレッドも望んで勇者になったわけではないのだ。

 そもそも武術を全くやったことがなかった彼になぜか神託が下って勇者にされ、鍛錬する暇もなく魔王討伐に送り出されてしまった。今では、命の危険がある旅で魔物と戦う毎日を送っている。

 同じチームパーティ戦友たち女性陣には散々に罵倒され、実態を知らない国の男どもからは「実力もないのに選ばれて」と嫉妬される。

 冗談ではない。

 こんないらない苦労ばっかりの毎日、やってられるかとアルフレッドは思う。

 ……でも。


「でも、勇者に選ばれたおかげで明日の安息日を“楽しめる”んだものな。それだけは選んでくれた神に感謝しないとな」


 安息日。

 神に感謝し、心穏やかに静かに過ごす聖なる日。

 そして勇者アルフレッドにとっては、神が約束してくれた週に一度一人で過ごせる休みの日。


 アルフレッドは床にひざまずくと、手を組んで神に祈りを捧げた。

「えーと、今日は初めての所と知ってる所……どちらにするかな」

 神に唱えるにしてはおかしなことを呟くと、アルフレッドはちょっと考え……。

「よし、今日は新規開拓と行こう!」

 妙な結論を出し、改めて頭を下げる。

 アルフレッドが祈り出してから、数秒後……。


 部屋の中から、勇者の姿が掻き消えた。




 ──神が約束した勇者の為の“安息日”の真実。


 それは勇者が日常を忘れてただ一人、彼を知る者がいない“異世界”に遊びに行ける日なのだ。

 困難な旅路と苦痛の毎日に疲れ果てた勇者に神が約束した、魔王討伐のご褒美。

 アルフレッドは異世界で遊ばせてもらえるこの一日の為に、一週間の残り六日を頑張っていると言っても過言ではない。

 そして過酷な毎日に疲れ果てた勇者が、どこへ行ったかというと……。


   ◆


 ボーナスシーズンの週末とあって、歓楽街は人の姿も多かった。

「お兄さん、お兄さん! どう、可愛い子いるよ!」

 脱色髪をオールバックにキメたチャラい黒服が、狭い道を行くサラリーマンに片っ端から声をかけている。だが今日は残念ながら戦果に乏しく、二時間立っていて三人連れを一組だけだ。

 全然カモが捕まらないので、客引きは舌打ちして営業スマイルを止めた。

「ちぇっ、今日は全然ダメだな……サラリーマンじゃなくて、イモい学生でも狙った方がいいかなぁ」

 彼が雇われているのはぼったくり価格なガールズ・バーなので、都会慣れしてない学生を狙って声をかけた方がワリが良いかもしれない。


 そう思いながら黒服が近くの交差点をふと見ると、体格の良い若者が突っ立って辺りを見まわしている。どうも飲みに入る店を探しているようだ。

「おっ、アイツちょうどいいじゃん」

 逃がさないうちにと急いで近づき、後ろから声をかける。

「そっこっのっ、お兄さん! 今日はもうお決まりっすか!?」

「えっ?」

「うちの店サイコーっすよ! もうカワイイ子いっぱい! どうっすかー?」

「あ、居酒屋の客引きか……ふむ、今日の店をどうするか悩んでいたんだが……」

 振り返った外国人の青年は、やはり飲み屋を探していた。

 ……ところまでは黒服の予想通りだったのだが。

 次の質問は、予想外な一言だった。

「ちょうどいいな。キミのところは料理は何がウリだ?」

 

「えっ、料理っすか……!?」

 客引きは目をぱちくりさせた。

 そんなの、急に聞かれても出て来ない。

 何がウリだも何も彼の雇われた店は、薄着の姉ちゃんがお運びさんをやってるのだけが特徴だ。酒もツマミもありきたりなものしかない。はっきり言えば料理なんか、冷凍食品かインスタントを出しているだけだ。

 とっさにこれというものが思いつかず、黒服は考え考え覚えている物を捻り出す。

「え、ええっとぉ……ミックスピザとか、タコスとか、枝豆とかぁ……」

「何だかまとまりがないな。特にこれと言ったこだわりが無いのか……酒は?」

「酒っすか!? あー、ビールとチューハイとぉ、ワインと、あとはぁ……」

 歯切れの悪い客引きの説明に、渋い顔になる外国人。

「うーん……贅沢を言うようだがせっかくのニッポン、今日は一芸に秀でた店でまったり飲みたい気分なんだよな。君、悪いが他を……」

「あ、ちょい待って!?」

 断りかけた外国人を、黒服は慌てて引き留めた。


 まさかガールズ・バー相手に、こんな注文を付けて来るヤツがいるとは思わなかったが……ここで、はいそうですかと放してしまっては客引きのメンツにかかわる。

「いやいや、酒や料理はフツーっすけどお、うちはとにかくかわいい子がいますんで! もう美人のあいそイイ子ばっかし! お姉ちゃんの質はこの辺りじゃ一番! もう間違いないっす! バッチリ保証しますから!」

 オーバーアクションで身振り手振り誘う黒服の言葉をふんふん頷きながら聞いていた外国人は、だいたい理解したところで手を上げて制止した。

「つまり君のところは料理は大したことないが、接客の女性に美女を揃えているのが取り柄と言うわけだな?」

「そう! そうなんすよ! 美人の姉ちゃんだらけ!」

「なるほど」 

 話を理解した男は、店へ引っ張って行こうとする客引きにビシッとひとこと言って断った。


「俺は酒を飲みに来たんだ。美人の姉ちゃんに金は払えん」


 意外なことばかり言われた黒服はもう返す言葉もなく、誘いを断り去っていく男の背中を呆然と見送った。


   ◆


 言葉もなく立ち尽くす客引きを後に残し、異世界の勇者は光が乱舞する交差点を歩き出した。

「なんだか変な奴に声をかけられて、いらない時間を喰ってしまったな」

 アルフレッドがニッポンにいられる時間は有限だ。

 神様の許してくれた滞在時間は二十四時間。つまり明日の同じ時間には自分の世界に戻っているわけで、のんびり飲める夜は今晩しかない。

 それはともかく、今は飲み屋の営業時間の方が気になる。


 飲みに使える時間が減ってそわそわしているアルフレッドは、歩きながら今言われた言葉をつぶやいてみた。

「美人の姉ちゃん、か……」

 そんなもの、わざわざ金を払って同席してもらうまでもない。


 と言うのも。

 アルフレッドの勇者パーティは、彼自身を除けば四人とも女だ。しかも世間的には、その誰もが指折りの美女の類に入るらしい。

「それはまあ、俺も認めないでもないんだが……」

 見た目は確かに良い。それはアルフレッドも認める。だが、その中身ときたら……。


『何をやっているの! この程度の魔獣相手に、本当に情けない勇者ね!』


『剣の基本も学んでいないとは、貴様はそれでも王国貴族の端くれか!?』


『はぁー……元からあんたに期待はしてないけどね……』


『おまえ、女に好みのタイプとかあるのか? おっ、図星!? よしよしほーら、恥ずかしがらずに言ってみ? 言ってみ? なんで黙るんだ? なあ、いーじゃないかアルフレッドぉ。仲間だろ? 隠さないでさぁ、お姉さんにだけコソッと教えて?』


「……改めて思い返すと、一人だけ傾向が違うな」

 うざったいことには変わりはないが。

 

 パーティ結成以来のあれこれを思い出すと、アルフレッドは思わず眉間にしわが寄ってしまう。過去にさかのぼるまでもなく、ごく最近の話に限ってもメンバーとの間にロクなエピソードが無い。

「あいつら見た目は良いかもしれないが、無茶振りばかりですぐに貶したり折檻して来たりするんだよな……かといってこっちの立場が弱いだけに、ヘタに反抗もできないし」

 単純に腕力暴力でもかなわないのだけど、自分と相手の立場を考えるとさらにマズい。


 主君の娘とその腰巾着。


 近所のそりが合わない天才幼馴染。


 旅のガイド一切を仕切っている道案内。

 

 ……この旅を続けるのに、誰の機嫌を損ねても大惨事。勇者の旅は魔王討伐どころか、人知れず道端に行き倒れて終わってしまう。


 そんな仲間との、気を使ってばかりの毎日。

 おかげでアルフレッドは美人と聞くと、ツラい毎日を自動的に連想してしまう。

 勇者はうんざりと、死んだ魚のような淀んだ目で一言吐き捨てた。


「飲んでいるあいだずっと、美人の姉ちゃんが横に張り付いてたりなんかしたら……仕事魔王討伐を思い出して酒がマズくなるだろうが!」


 異世界から何しにわざわざニッポンまで来ているのか。

 それはもちろん、たまの休日だけでも“美人の姉ちゃん”から離れる為だ。

 

 あくまで酒に酔いたい男・アルフレッドは嫌そうに頭を横に振って想い出を振り払うと、ニッポンでのひと時を楽しむべく夜の町へと消えて行った。




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 このたびこの作品がコミックREX様にて、「勇者はひとり、ニッポンで 疲れる毎日忘れたい! のびのび過ごすぜ異世界休暇」のタイトルでコミカライズをしていただけることになりました!

 7/27発売の9月号よりセンターカラーにて連載開始です。新連載記念に2話載りますよ!


 スッと書けなくってちょこちょこ書き溜めてはいたのですが、コミカライズの開始に合わせてとりあえずこちらも第2部を連載することにいたしました。

 31話を予定していますが1話が5,000字前後の想定です。3,000字標準だった第1部にくらべ、文字数的には大幅に増える予定です。

 なのですがまだ半分くらいしか書けて無いので、最初の1週間は毎日掲載、その後は毎週月・木の2回更新で予定しております。予めご了承ください。


 以前第1部を読んで下さった方、新規に見つけられた方、よろしくお付き合い願えればと思います。

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