第30話 エルフ、虎視眈々と勇者を狙う

 勇者アルフレッドのパーティはほぼウラガン王国の宮廷関係者なのだけど、一人だけそうではない者がいる。

 弓の名手で偵察担当のフローラだけは腕を見込んでスカウトされたので、王国とは関係がない。

 彼女はそもそも人族でもない。種族はダークエルフなのだ。


 アルフレッドは気になったので一度聞いてみたことがある。

「なあフローラ。君はダークエルフだけど、魔王に敵対してもいいのか?」

 たしかダークエルフは、闇の神を信奉しているからあのような肌の色だと聞いたことがあるのだが。

「うん?」

 そのダークエルフの方は、何が言いたいのかと首を傾げた。

「何か問題が?」

「いや、俺が聞いた話では……」

 アルフレッドが何を疑問に思ったのか、説明を聞いた当の本人は笑い出した。

「それはおまえ、ダークエルフ違いだね」

「ダークエルフ違い?」

「おまえたち人族は、エルフは白エルフとダークエルフと二種類しかいないと思っているからな」


 エルフにも色々いるらしい。

「人族が一口にダークエルフと言っている者は、実は種族も千差万別なんだ。我らの感覚では、幾通りもの肌色の一つに白があるに過ぎないのだがな」

「そういうものなのか……じゃあフローラの部族は、一般にイメージする魔族に通じたダークエルフとは違うわけか」

「うむ」

 フローラは長い耳をピクピクさせて胸を張った。

「うちの部族は快楽主義を標榜しているからな。怠惰で刹那的なんだ。甲斐甲斐しく魔神に仕えるなど、めんどくさくてやっていられん」

「それは……誇っていいのか?」



   ◆



 七日に一度の安息日。


 勇者や聖女の神様を一緒に拝んでいるわけじゃないけど、休みだと言うからフローラもこの日はゴロゴロしている。休んでいいのに働くのは趣味じゃない。 

 パーティのメンバーはお互い仲がよくないので、宿の部屋数があれば全員別の部屋になる。今日もそうなので、フローラは心置きなく朝からだらけていた。


 と言っても、最近のフローラはただ寝ているわけじゃない。

 のんびりできる日に、ゆっくり考える事があるのだ。




「いやしかし、先日のミリアとエルザは傑作だったな」

 何度思い出しても笑ってしまう。

 アイツら、やたらと張り合っている割に何が原因なのか、自分たちでも分かっていない。

 それについては一歩引いているバーバラも、そもそもの原因のアルフレッドもだ。

「全員が全員、鈍感なうえにオコサマとくる……本当、笑いをこらえるのに苦しくて仕方ない」

 揃いも揃って、あの四人は……。


 ミリアもエルザも、そしておそらくバーバラも。

 彼女たちは勇者アルフレッドに惚れている。


 その事実に当事者たちは心に蓋をして、自分自身が認めていない。一歩引いてパーティのメンバーを観察するのが趣味のフローラだから感づいたことだ。

 

 

   ◆



 人族の事に疎い……というか深く知ろうとするほど興味がないフローラだけど、人族の色恋沙汰を眺めるのは大好物だ。こいつらは寿命が短いせいか、付いた離れたも展開が早くて面白い。

 そういうのを横から見物するのが趣味なので、何故そんな事になっているのかを推測するのも得意だ。

 

 勇者アルフレッド。

 窓際貴族の長男で、こんな事勇者の神託でも無ければ“その他大勢”に一生埋没していただろう男。

 顔や体格は悪くも無いが、上を見たら際限がない貴族の世界ではまあ特徴が無い方だろう。頭も悪くはなさそうだが、自分の見識から離れられない所がある。

 おおむね自己評価は正しいと見えるが、脚光を浴びることが無かっただけに“勇者になった自分”の価値を見誤っている。


 聖女ミリア。

 プライドの高さや高慢な態度も、まあ王の一人娘ならこんなものか。

 むしろ生まれつき至尊の身分にいながら、自制や努力を知っているだけ大したものだとフローラは評価していた。


 剣士バーバラ。

 己に厳しく、克己心があって清廉なのは良い事だが……他人にもそれを押し付ける辺り、石頭と言うか自分自身に余裕がない。

 アルフレッドと別の角度で、自分の枠から出られない女だ。


 魔術師エルザ。

 アルフレッドと同じ取るに足りない下級貴族だが、こちらは自分の才能に気が付いて懸命に長所を磨いて上を目指そうという向上心が素晴らしい。

 ただ、自力で地位を上げることに拘るあまり、バーバラと並んで婚期を逃がしそうではある。


 魔王討伐が無ければ、この四人が集まることは無かったに違いない。

 それぞれ住む世界が違っている。姫と従者以外は宮廷ですれ違っても、お互いに興味を持つことも無かっただろう。


「それが……神託のお陰で一蓮托生の仲間となってしまったわけだ」

 もちろん魔王討伐は大変な話だし、アイツらは真摯に取り組んでいる。

 だが、そうは言っても……年頃の若い男女だけが、ずっと一緒に不自由な旅をしているわけだ。男と女の間柄を意識し始めない訳がない。

「それなのに全員が全員、異性に慣れが無いと来た……これが笑わずにいられるか」

 話が始まらないのだ。


 アルフレッドは元々魅力が薄くてモテない。しかも社交的じゃないから余計に出会いがない。

 ミリアは立場的に男と親しくなんかできない。

 バーバラとエルザはどう見ても仕事に没頭して一生独り身のタイプだ。


 それぞれ意識し始めてはいるものの。

 アルフレッドは自分に自信が無いから、才色兼備の仲間たちが自分を恋愛対象に見るかもなんて考えを最初から切り捨てている。

 女性陣は女性陣で、普通なら視界にも入らないアルフレッドに惹かれる気持ちを素直に認められない。


 他の時なら、話はそれで終わりかも知れないが……これは魔王討伐の旅。

 勇者がいかにイマイチでも、ひたむきに鍛錬して少しずつ成長していく様子を見続けているのだ。マイナス評価の先入観が無ければ、もう絆されていても良い頃だ。

 そして聖女や剣士、魔術師から見て、自分の労苦を真に分かってくれるのは勇者だけ。

 国に残っている男……それがたとえ恋人や婚約者であろうと……は、魔王討伐の現場にいないのだから苦労を実感することはできない。

 話を聞いて慰めてくれても、それは“理解”であって“共感”ではないのだ。

 安全な後方から見ているだけの連中の「大変だったね」なんて、薄っぺらい言葉で慰めになる筈がない。


 道なき道を進む困難も、魔物と対峙する恐怖も、一緒に剣を振るった者以外に誰が肌身で分かってくれようか。

 だからフローラから見れば、パーティの女たちが勇者を取り合っても全然おかしく思わない。


 だ・け・ど。


 面白過ぎる状況に再度笑いの発作が来たフローラは、シーツを噛んで肩を震わせた。

「そ、それなのに……アルフレッドが間抜けすぎるから……」

 アレがシャキッとしていれば、今頃ハーレム状態になっていてもおかしくない。なのに、とにかくあのダメ勇者アルフレッドは粗忽すぎる!

「せっかく好感度が高くなった頃に、自分で失言を繰り返して水を差すとか! ブハハッ! ダメだ、思い出すたびに笑いが止まらん!」

 おかげでいつまで経っても女性陣は心の底の好意を素直に直視できず、その反動で小突かれまくって勇者も自信が全く育たない。


 そこに持ってきて、ミリアはプライドが高すぎて言い訳しているからエルザに隙を突かれるし。

 バーバラはミリアへの遠慮が先に立ち過ぎて、アルフレッドを“男”と意識していることに自分自身で気づいていないし。

 エルザは逆に元はただの幼馴染顔見知りと位置付けていたアルフレッドを、ミリアとの意地の張り合いから運命の相手と錯覚しているし。

 女同士のしのぎ合いも恋愛初心者ばかりで腰が引けているから、とんでもなく間抜けな泥仕合に終始している。


 焦りつつも“口説かれたら、まあ……”と待ちの姿勢の女たちと、自己評価が低すぎて全く口説く気の無いアルフレッド。

 しかもそんな勇者を“作って”補強しているのは、女たちの過激な照れ隠し。


 まさに自縄自縛。


 まさに因果応報。


「ウハハハ……この喜劇コント、いつまで続く!? それを特等席で見ていられるのだから……ああ、誘いに乗って本当に良かった!」

 何より面白い事が好きなフローラに、この状況は美味し過ぎる!


 ”安息日”はそんな彼らの一週間を振り返って笑い転げるだけで潰れてしまい、酒を飲む暇さえないフローラだった。



 

 やっと笑いが収まって、フローラは仰向けに横たわって脱力した。

「だが、それもいつまでか……」

 蝸牛のごとき歩みだが、機運は高まっていく方向にはある。いつかは誰かが、素直になるだろう。


 だからフローラとしてはその機を逃さず、他の女たちの機先を制して。


「アルフレッドを、喰う!」


 決意に思わず興奮して跳ね起きてしまったフローラはもう一度倒れ込み、呪文を唱えるように自分に小声で言い聞かせた。

「いかんいかん。おちつけー、落ち着け私……タイミング、タイミングが大事だ」

 

 果実には食べ頃というモノがある。


 アルフレッド自身は意外とムッツリのようだから、ちょっとやれば簡単に堕ちるだろうが……。

 それだけではダメなのだ。

「ミリアやエルザが勇者に惹かれている自分を認めて、いよいよアルフレッドに告白しようと思う……このタイミングでないと」

 美味しくない。


 他の女に先を越されたのを知って、自分のプライドを守る為に興味ないふりして手を引くようではまだ「青い」。

 それを知ってショックを受けても、なお取り返そうとムキになるぐらいが「熟して」美味しい。 

 そのギリギリのタイミングを慎重に見定めないと、樹上で完熟した最高の実は食べられない……。

 

 フローラはフニャンとした顔で、脳裏に理想のシチュエーションを描いた。

「うん、できればアレだな。こう私が手ほどきをしてやって……アルフレッドに初めての感想を寝物語で聞いている所に、ミリアとエルザが踏み込んでくるとかがいいな!」

 きっと素晴らしい修羅場になるだろう。

 

 フローラとしては遊びたいだけなので、寝盗るつもりはない。

 二人……三人に詰め寄られたら、素直に謝って身を引くつもりだ。

 そして、三角(四角)関係で地獄になるのを高みの見物……からの。

「油断したところで、またつまみ食い! ああ……これ、絶対美味しい!」

 “再犯”にキレた三人に平謝りし、身を引いて観客に戻り……鍔迫り合いが再開して注意がフローラから逸れた所で。

「もう一回行く!」

 これ、エンドレスに遊べる! 


 いらない事をして引っ掻き回すことに、フローラに罪悪感はない。


 楽しいが一番。


 なんと言っても怠惰で快楽主義で邪悪なダークエルフなのだから。



   ◆



 空間が振動するのを感じ、フローラは自室に張った強固な隠蔽結界を確認してから魔導通信を開いた。

 何もない空中に円形の“窓”が現れ、向こう側で身なりの良いヴァンパイアが頭を下げる。留守番を任せた宰相だ。

「どうした?」

『どうしたではございません』

 青白い顔の紳士は困り顔で返してきた。

『いつまで城を空けておかれるのですか、魔王様。そろそろお戻りいただきませんと』

「私は休暇中だと言っているだろう。良きに計らえ」

『またそんなことを……人界への侵攻もままなりませんし、いつお戻りいただけるのですか!?』

「うーん、あと二十年ぐらいしたら?」

『そんなぁ!?』

 宰相が悲鳴を上げるが、凄く面白いイベント勇者パーティのメロドラマを追っているのだ。今は世界征服どころじゃない。


 彼らの喜歌劇オペレッタを見届けるまでは、仕事なんかしていられるか。


 ダークエルフの中でも稀に見る膨大な魔力と卓越した剣技を持ち、スリルを味わいたくて先代魔王を一人で討ち果たした彼女は……襲名した魔王の日常が意外とつまらないので、仕事を投げてお忍びで世界をぶらついていた。

 余技に過ぎない弓を看板に小遣い稼ぎで傭兵をして遊んでいたら、まさかの勇者パーティに勧誘されて今に至る。


 面白いが正義。

 魔王に挑戦したのも、放浪していたのも、勇者パーティに参加したのも、面白そうだったから。

 だから今の勇者達のポンコツぶりは、快楽至上主義のダークエルフには何よりのごちそうなのだ。


 正体が掴めなくてアルフレッド達が探し回っている魔王、じつはいつでも横にいた。




 “淫惑の魔王”ディスフォーラは泣き言を言う宰相との通信を無理やり打ち切ると、完熟したチャンスに勇者をどう誘うか妄想するという、自分にとって大事な作業へと戻った。

「あー、あのムッツリアルフレッドを早く喰ってしまいたい……興味はあるクセに知識はないとか、絶対ベッドでかわいいぞ!? お姉さんが手取り足取り……しかしその為にはミリアとエルザを暴発寸前まで必要があるのだよな」

 寝返りを打ったダークエルフはニマニマ笑いながら指を噛む。

「できればバーバラも『こればかりは姫にも譲れぬ!』とか言って参戦してくるのが美味しいのだが……三角関係も良いが、女同士三つ巴で四角関係の方がより混乱して絶対面白いからな! くくく……まだ無自覚なアイツバーバラを何気なく焚きつけるか?」

 そこまで意地が悪い笑みを浮かべてくつくつ笑っていたフローラは、ハッとした顔でまた寝返りを打った。

「あー……でもアイツらが自分の気持ちを直視したら、間抜けな迷走ぶりも終わってしまうのか!? うわぁ、もったいない……だが、いつまでもそれでは私もずっと手を出せずにお預けじゃないか! あああ、どうしよう!?」


 機が熟さないとフローラがアルフレッドを喰えない。

 熟すように仕向ければ無自覚なバカどもの右往左往を見られなくなる。

 いつまでも眺めていたければフローラも手が出せない。

 でも早く修羅場も見たい。

「くううう、悩ましい! どれも美味しいだけに決断ができない! ああ……アイツらスライムみたいに分裂して、鑑賞用と食べちゃう用と二組になってくれないものかな……」

 な魔王様も迷走中。 




 お忍びズル休み中の魔王ディスフォーラ……もとい大陸屈指の弓使いフローラの安息日は、こうしてのたうちまわって過ぎていくのだった。



   ◆



 翌朝フローラが二階から降りていくと、夜は酒場になる宿の食堂に他の四人が既に揃っていた。

 揃ってはいたが、微妙にギスギスした空気が浮かんでいる。

「ふむ」

 ダークエルフは端っこで露骨におどおどしている勇者と額に青筋が浮き出ている聖女を見比べた。

「今度は何をやった、うっかり助兵衛スケベ

「人聞きの悪い事を言うな!?」

「事実だろう、おまえと言うヤツは!」

 泡を喰って抗議してくる勇者に、横から怒鳴りつける剣士。

 

 コレだコレ。たまらんな、本当に。


「よし。それでは誰でもいいから、どんな笑える話が起きたのか聞かせてくれたまえ。勇者の“勇者”な話ほど、メシが美味くなる調味料は無いからな」

「うるさい、この悪趣味!」

「最高の褒め言葉をどうもありがとう」


 言い争いを始めた勇者と剣士を見ながら、ニンマリと微笑んだダークエルフは先を聞こうと自分も椅子に腰を下ろした。











*********************************************************


 以下、あとがきです。




 勇者が休日を自堕落に過ごすだけというこの物語、いかがでしたでしょうか?

 第一部は一旦この辺りで、締めさせていただきます。




 以前他でも書きましたが、こちらは「聖女様は残業手当をご所望です」を日刊連載している間に裏で書き貯めていた作品になります。


 ストーリーをスケジュール管理しながら前後の矛盾なく日刊で……というのがなかなかストレスがたまるので、気晴らしに前後を気にせず書ける読み切りを……と思ってたまに一話ずつちょこちょこ書いてました。

 今回公開したのは、夏は暑さに弱くて執筆どころじゃないものですから、端境期の場繋ぎのつもりで投稿してみました。




 形をまとめて投稿するに当たり、多少はストーリーが付くように仲間の出てくるパートを挿入しました。三週間分のストックのはずが、おかげで30日分に延長になりました。その分楽しんでいただけていたら幸いです。

 組み換え時にうっかりミスをしたので、アルフレッドが映画館を知るエピソードの前に映画館に通ってる描写が入っている回があります(公開後に気が付いた)。

 書いた順で言えば本当はハンバーガーの話も唐揚げの前でしたので、テリヤキソースの扱いがちょっとおかしくなっています(ハンバーガーの投稿前に気が付いた)。




 そして最後の一話は構成の都合でニッポンではなく現地になりました。

 シメをニッポン探訪以外で最終回にするのもどうかなとは思ったのですが……このオチの後にシレっと一話普通のを入れるのもどうかと思い、トリはフローラの事情になりました。


 本当は食に限って書くつもりでは無かったものですから、アルフレッドがバスや電車を試してみたり、ホビーショーに行ったり、ビール工場に見学に行くネタもありました。

 また友人に構想を話していた時には、パーティのメンバーにそれぞれバレて個別にニッポンへ連れてくる予定もありました。

 アルフレッドの食い意地が張っていたおかげで、ほぼ飲んだり食ったりしかしていない話になってしまいましたね。




 以上のように話のネタはまだあるのですが、連作短編はどうしてもマンネリ感が出てきます。なので、パーティメンバーの事情が一巡したこの辺りで締めと致します。

 「聖女様」が書き終わったという事情もありまして、代原みたいなこの話を書いている必要もなくなりまして……。


 次の長編を書いていてフラストレーションが溜まりましたら、第二部やるかもしれません。

 その時はまた、読んでみて頂ければと願っております。


 ご通読ありがとうございました。

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