第25話 勇者、唐揚げに驚愕する

 アルフレッドがその店に気が付いたのは、本当にたまたまだった。


 今日の趣向はどうしようか……などと考えながら盛り場を歩いていたアルフレッドは、たまたま見上げた看板に描かれた鶏に目を止めた。

「む? ここは……唐揚げ専門店?」

 疑問形で言うまでも無く、看板にちゃんと「唐揚げ専門店」と書いてある。

「ほう……唐揚げだけをウリにするという事は、それだけ味に自信がある訳か!」


 唐揚げはアルフレッドの大好物だ。

 たぶんニッポン人も大好物だ。その証拠に居酒屋で置いていない所などほとんど無いし、その気になれば食事処でも学食でも食べられる。

 そんなに愛される唐揚げがニッポンではあまりに普遍的な料理なのは、アルフレッド以上にニッポン人が知っているはず。

 それでも敢えて「専門店」を名乗るとは。


 面白い!


 今夜の趣向が定まった。

「よし。大口を叩くだけの腕前か、ここはひとつ俺が審判してやろう!」

 何サマか。



   ◆



 何様な勇者様は席に案内されると、さっそくウキウキとメニューをチェックした。


 “鶏唐揚げ”と大きく書いた項目の後ろに、一段下げて味のバリエーションが書いてある。

「ふーむ、やはり変わり種の味よりも、まずは基本を押さえるべきか」

 そう考えると、まずは先頭の無印を選ぶべきだろう。

 だが……。

「ポテチのように、微妙に風味を変えた物を揃えたから“専門店”なのか?」

 その程度の話なら、何も唐揚げだけで店をやらなくても良さそうなものだが……。


 注文を取りに来た店員にビールと唐揚げを注文し、ついでにお勧めを聞いてみた。

「唐揚げの専門店と書いてあるのを見て入ったのだが……」


 専門店ならではの、これぞというメニューはないか?

 

 客のそういう曖昧なリクエストに、店員が首を傾げた。

「そうですねえ……唐揚げって言ってもうちは幅広くやってますんで、まずは食感の違う物を食べ比べなんかどうです? 唐揚げは唐揚げでも竜田揚げとか、フライドチキン仕立てとか」

「ほう? 唐揚げの作り方に種類があるのか」

「あと、ソースのかかった物もだいぶ食べた感じが違いますよねえ」

「……ソース?」

 ちょっと考えたアルフレッドが無言で卓上のウスターソースを指すと、店員が大きく手を横に振った。

「いや、そのソースじゃなくって。うちの人気ですと、まず間違いないのは宮崎名物のチキン南蛮」

「ちきんなんばん」

「定番で中華の油淋鶏」

「ゆーりんちー」

「最近出てきた韓国のヤンニョムチキン」

「やんにょむちきん」

当店うちのオリジナルでポンからも良く出ます」

「ぽんから」

 次から次へと出てくる“唐揚げ”の名前。

 自分から聞いておいてなんだが。


 名前を聞いても、どんなものかサッパリ想像がつかん!


 額を押さえたアルフレッドは、指示を待つ店員に震える手で厨房を指した。

「とりあえず……今のを一通り持ってきてくれ」



   ◆



 大好きなだけに、各種唐揚げに一通り箸をつけただけでジョッキ二杯が消し飛んだ。

「まさか、唐揚げにここまでレパートリーがあったとは……」

 届いた物は、確かに唐揚げ。

 どれも“鶏肉に衣をつけて油で揚げた”、そこに違いはない。

 しかし食べ比べた味わいは……。

「唐揚げも装いを変えると、ここまで“顔”が変わると言うのか……!?」


 全然違う!


 味がまるで違う!


 竜田揚げは口当たりがサラッとして、同じ風味なのに微妙に食感が違うし。

 フライドチキンは衣そのものに混ぜたスパイスとか、カリカリ感の方向性がまた違う。中の肉も骨付きだとか大ぶりなカットだとか、使い方が違う。

 チキン南蛮は一枚のデカい唐揚げを切り分けている形状もさることながら、上に乗っかっている……。

「なんなんだ、このソースは……」

 テリヤキソースをたっぷりかけたうえに、茹で卵をマヨネーズで和えたヤツタルタルソースを溢れんばかりに載せているだなんて。

「確かに鶏だし、焼き鳥のタレにも通じるこの味が合わない筈がない。そこに単品でも美味い贅沢な卵ソースを山盛りに……」

 

 こんなものを「タレ」派の俺が喰わされたら……今後、居酒屋を出入りするたびに探しちまうだろうが……!


 油淋鶏とヤンニョムチキンも、刺激的な傾向は同じながら出来上がりは全く違う。

 ポンからはジャリジャリするヤツ大根おろしを混ぜて一転して爽やかな酸味で締めつつも、絡めた生の黄身が味を柔らかくまとめていて……。


 一位を決めるなんてとんでもない。

 “唐揚げは飽きるほど食ってきた”なんてアルフレッドの(自慢にならない)自負は、風に吹かれた枯葉のように吹き飛んだ。



   ◆



 酒はちびちび飲んだのに、ジョッキを更に二杯重ねてしまった。

 これだけの唐揚げが一堂に会していたのだから、正直に言えばあと十杯は飲みたいところだが……さすがにアルフレッドの腹具合と財布がそこまで持たない。すでに蚕棚カプセルも泊まれるか怪しいほどに唐揚げにつぎ込んでしまっている。


 それだけ頑張って食べて、ただ一つ言えるのは。


 済まん。


 俺、唐揚げをナメていたわ。




 酒肴を片付けて呆けているアルフレッドのところへ、先ほどの店員が“終わり”と見て熱い茶を運んできた。

 受け取って飲んでみると、苦みの強いほぼ熱湯ほうじ茶がなぜか心地よい。唐揚げの“衝撃”ででんぐり返っていた心と胃袋がホッと一息ついた……ような気がして、アルフレッドも正気に返った。


 何の気なしに入って見て、今日は何という一夜だったのか……。

「これで唐揚げも一通り食べてみたが……いや、実に色々な物があるな。一口で唐揚げとはこうだ! なんて言い切れないものだな」

「そうですねえ」

 感慨深く呟いたアルフレッドに軽く相槌を打った店員が、空いた皿を引き取りながら衝撃的な一言を何気なく続けた。


「部位まで言ったらもっとありますからねえ……鳥唐も奥が深いですよ」


 ……ちょっと、待って?


「……例えば、どんなものが?」

「そっちのですか? そうですねえ……なんと言っても名古屋名物の手羽先」

「てばさき」

「手羽元を使ったチューリップも一つに数えていいのかなあ」

「ちゅーりっぷ」

「新潟名物の“唐揚げ”なんて半身揚げですからね、豪快ですよ?」

「はんみあげ」

「パーツで言ったら、砂肝なんかも近頃出ますね」

「すなぎも」

「どうします? お出しします?」

「……また……今度……」



   ◆



 珍しく何かを考えこんでいるアルフレッドを見て、ミリアが声をかけた。

「どうしたのアルフレッド。貴方が考え事なんて、柄にもないわね」

「いえ、まあ……」

 どことなく勇者、目が虚ろだ。

「俺は……よく知っていたつもりで実は、アイツの事を何も知らなかったのかもしれないなと……」

「本当にどうしたの!? アイツって誰!?」

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