第24話 勇者、蕎麦屋飲みに挑戦する

 コンビニでたまたま見かけた薄い本雑誌の表紙に、意外な文字が躍っていた。


「今流行りの予感! 渋い大人は“蕎麦屋飲み”!」


「蕎麦屋飲み……」

 アルフレッドは首を傾げた。


 蕎麦屋とは、食事をする所だろう。

 そこで敢えて、“飲む”?

「飲んだ後に蕎麦屋でシメるのなら分かるが……」

 先日、ラーメンを食ってシメるのを覚えたばかりだ。




 この店は本にカバーがかかっているので、表紙以外の情報はない。

 なんとなく分かるような、分からないような言葉にアルフレッドはいまいち納得がいかない。


 元々読書の風習が無い世界の出身であるアルフレッドは、持ち帰れない本を買ってまで知りたいわけではないのだが……こう頭に引っかかると、なんだか気になる。

「他に書いてある言葉は……」

 手に取って表紙を良く眺めると。


 “実はツマミに向いている 蕎麦の具材”


 “長居しない・楽しんだらササッと切り上げるのが粋!”


「ふむ」

 確かに、乗っかっている具材にはツマミに良さそうな物も多い気がしていた。

 飲んだ後、素早く切り上げるのも分かる。あそこはあんまり居座っていいような雰囲気の店ではない。

「なるほど……有り合わせの具材をツマミに軽く酔う程度に楽しみ、最期に蕎麦を頼んでシメて帰ると。それはそれでアリな気がするな」


 ならば。


「こういうのは試すに限る。よし、今日は早速行ってみるか!」



   ◆



 暖簾をくぐって入ってきたアルフレッドを、紺の作務衣の店員が元気よく出迎える。

「いらっしゃいませ!」

「おう」

 案内された席に着いたアルフレッドはさっそくメニューを確認して……その一か所に目を止めた。

「おっと、俺としたことが……」


 コンビニの本で初めて知ったというのが恥ずかしい。

 ちゃんとメニューに“おつまみセット”が載っているじゃないか。


 メニューを後ろまで確認したら、ちゃんと酒のページも入っていた。

「なんだ、初めから店では酒を出すと宣言していたんじゃないか」

 それを見落とすとか……あまりに観察力不足。アルフレッドは恥ずかしい。




 反省している勇者は、すぐに届いた注文品を店員から受け取って眺めた。

「ほう……あらためて酒の肴としてみると、なるほど美味そうだ」


 外側は茶色く色が付き、黄身はとろりと半熟な茹で卵。

 ぷるぷるした脂身が美しい薄切り肉チャーシュー

 いかにもシャキシャキしている山盛りの何かメンマ

 そして、透明なジョッキの中で黄金に輝くビール……。


 美しい。

 そして美味しそう。


「ああもう、見ただけでビールに合うのが分かるな! これが“蕎麦屋飲み”の卓上か……ではさっそく」

 アルフレッドは喉を鳴らしてジョッキに手を伸ばした。


 彼の知識では、蕎麦とは中華蕎麦の事。

 アルフレッドは和蕎麦を食ったことが無かった。



   ◆



 普段ラーメンを食べる時にはそれほど意識していなかったが。

 この半分に割った茹で卵を良く味わってみると、ねっとりしている黄身が味が濃くて美味い。

 もったいないので丸ごと口へ入れずに半分だけかじって、舌全体で濃厚な卵の味を感じている所へ……追いビール!

「これは、合うなぁ!」


 いつもなんとなく“紐”と抱き合わせで食べてしまう薄切り肉チャーシューも、単品で食べてみると複雑に風味が付いている。

「醤油と……何か、香りの強いスパイスが使ってあるのか?」

 舌の上で溶かすようにすり潰し、裏が見えそうな薄い肉をたっぷり時間をかけて確かめてから……追いビール!

「これは、合うなぁ!」


 何が材料なのか、これはさっぱり分からない細切りの何かメンマ

 ラーメンとして食べる時は、歯ごたえの違う物をアクセントとして載せているとしか思わなかったけど……煮込んで良く味が染みているし、このシャクシャクとした歯ごたえ……クセになる。隅々までよく噛んで、飲み込む時に喉越しも楽しみ……追いビール!

「これは、合うなぁ!」


 要するに、勇者はビールが美味ければ何でもいい。




 “蕎麦屋飲み”(とアルフレッドは思っている)。

 やってみたら、意外と良かった。

「腰を落ち着けて飲むなら居酒屋のような豪華なラインナップが良いけど、限られた酒肴でサッと飲み、長居せずに立ち去るのが蕎麦屋飲みか……なるほど、そういう飲み方もカッコイイな。これが“粋”ってものか」

 コレはコレでいいかも知れない。 


 なんというか、一匹狼の冒険者がカウンターで軽く立ち飲みして去って行くようなダンディズムがある。

 アルフレッドも男の子。

 大人のクールとかダンディには憧れる。


 席を立とうとして、アルフレッドは大きな忘れ物に気が付いた。

「おっと、蕎麦屋に来て蕎麦を食わないで帰るのはカッコ悪いよな」

 そう、シメ無いと“蕎麦屋飲み”は終わらないじゃないか。


 アルフレッドは店員を呼ぶと、満足げに“中華蕎麦”を大盛で注文した。



   ◆



 “蕎麦屋”での一杯を味わってから、しばらくしたある日。


 ニッポンを楽しんでいたアルフレッドは、店頭のテレビから聞こえてきた「蕎麦屋で一杯」という言葉を聞いて画面を見上げた。


 動く絵えいぞうではなく、一枚絵しゃしんを見せながら解説している。

 途中から見ているのでよくわからないが、既に亡くなった物書きの大家が蕎麦屋飲みが好きだった……そういう話らしい。

『……行きつけの蕎麦屋で杯を傾ける時は、いつも決まって海苔と板わさを……』

 見ていたアルフレッドは首を傾げた。


 なんか、自分が楽しんだ“蕎麦屋飲み”とは違う気がする。


 軽くつまめる物を数品で、短時間で飲んで軽く酔うだけ。

 それは一緒なのだけど……。

「うーん……? それにしても、ツマミが貧相だな?」


 横浜豚骨にも入っている黒い紙のり

 よく分からない白い塊かまぼこ

 ニッポンシュを飲んでいるのは豪勢だが……。


 シメに食べているのも、アルフレッドの知っている蕎麦中華蕎麦じゃない。あれは……。

「このオッサンはつけ麵派か」

 つけ麵にしても、具材がシンプル過ぎるような気がする。




 しばらく考え、アルフレッドは一つの結論にたどり着いた。

「なるほど、物書きだと言っていたしな……」


 この文士、飲むのに懐が寂しいと見える。


「ニッポン世界でも、学者は貧乏なんだなあ……」

 ツマミやつけ麵のグレードを落とさざるを得なかったようだ。

「その中でも酒だけはニッポンシュを飲みたいと……うむ、そこだけはこだわる気持ち、よくわかる!」


 薄い財布の中身をやりくりして酒を飲む、年老いた同志大作家の心意気。

 アルフレッドは強くシンパシーを覚えた。

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