第26話 勇者、女心を理解しようとする

 アルフレッドは一つの疑問に囚われ、思い悩んでいた。

「うーむ……」

 もしかして……という考えが頭を離れない。

 

 そんな彼の所へ、おしゃれな制服に身を包んだ店員が注文した物を持ってきた。

「お待たせしました。フルーツ盛り盛りビッグパフェです!」

「おお、ありがとう!」

 なんとなく気が晴れなくても、頼んだものが来たとなれば憂鬱な気分に光明が差す。

 届いた“パフェ”を前に、アルフレッドはやけに柄の長いスプーンをいそいそと手に取った。


 縦に細長い花弁のようなガラスの器に、山盛りのクリームとフルーツ。

 食べやすい大きさにカットされている事もあって、元々の姿が分からない物も多いが……その瑞々しい断面を見るに、食べ頃の最も良い熟し具合の物だけを使っているようだ。

「ほう、苦みと甘みが同居した果物は初めてだが……この白いヤツグレープフルーツ、美味いな」

 スプーンで上からチビチビ山を崩して行けば、白いクリームと果物の下に隠れたアイスや色鮮やかなソースも顔を出す。冷たさに舌が痺れてくれば、山の上にかぶせてあった円錐形の茶色のヤツアイスコーンをかじっても良い。

「専門店のデザートも美味いな……コンビニでアイス単品を買うのも良いが、一皿にこれだけ盛りつけた豪華な一品は格が違う」


 美味いだけじゃない。

 見た目に華やかで、贅沢なほどに一度に複雑な味が楽しめる。

 アルフレッドが好んでいる居酒屋メニューだって、美味さでは負けていないつもりだが……見た目が茶色一色になりやすいので、色取りの点では負けているかも知れない。


「パフェか……」

 なるほど、若い女が群がるのも分かる気がする。

 アルフレッドは実際に食べてみて、この“パフェ”とやらの価値に納得した。確かにこれなら千円以上もするのも当然だろう。

(女子と言うのは、こういう物が好きなのか)

 たぶん勇者パーティうちの女たちも、こんな物を出されれば夢中になって食べるに違いない。


 そこまで考えたアルフレッドに、夢中で食べていた間は忘れていた気恥ずかしさが戻ってきた。




 今アルフレッドがいるのは、女子に人気と本に紹介されていたパフェのお店。

 店内は着飾った若い女子で埋め尽くされ、そんな場所で男はアルフレッド以外に二人だけ。

 しかもその二人は女連れデート中だ。

 つまり。


 一人客も。

 

 男だけも。


 アルフレッド……ただ一人。


 店中の女の子が、突如“秘密の花園ガールズオンリー”に迷い込んだ“珍獣アルフレッド”を気にしている。

 チラチラこちらを見ながら、連れとひそひそ話している。


 独り者の男が紛れているだけでも珍しいこの場所。

 まして人目も気にせず美味しそうにパフェを頬張る細マッチョの外人男子なんて、人目を引かない筈がない。

 周囲の注目が自分一人に集まっている、このモブ気質アルフレッドには何とも言えない居心地の悪さときたら……。

「……もしかしてどころじゃなくて、間違いないな」


 俺、間違いなく……招かれざる客だな。


「女心を学びに来て、なんで女心を分かって無いヤツの見本みたいな事になっているんだ……」

 勇者はこの日、また一つ“勇者”の勲章を手に入れた。



   ◆



 事の起こりはアルフレッドがコンビニで立ち読みをしていた時に、横のティーンズ情報誌に目をやった事だった。

 

 手に取った薄い本雑誌の横の棚に、趣の違うジャンルの物が並んでいる。

 アルフレッドは読む気も無かったが、そのうちの一つ……二、三人の若い女が笑っている表紙に書かれている文句が気になった。


 “『女心が分かってない!』ダメ彼氏のこういう所がキライ! ティーンズ二百人に緊急調査!”


 ドぎついタイトルが目に飛び込んできた……まあ客引きの為の、キツめのキャッチフレーズなのだが。

 だがそれが……普段若い女の子パーティメンバーの扱いに困っているアルフレッドの胸に、その一言はなぜかグサリと突き刺さった。



   ◆



 別に勇者パーティの四人はそういう関係カノジョではないけれど。

 ある意味普通の許嫁以上に、いつでも一緒にいるわけだし……良好なコミュニケーションは取っておきたいと、アルフレッドは常々考えている。

 少なくとも聞えよがしなため息をつかれたり、力仕事しか期待されてなかったり、突き飛ばされる時に押すのでなくて蹴飛ばされる、等々の事をされないぐらいには改善したいと思っている。


 なので表紙に踊る釣り文句に惹かれたアルフレッドは、ガラでもないが“女子”の好む物はどういう物かと気になったわけだった。



   ◆



 その雑誌を食い入るように読み(買ってはいない)、“なんとなく”女子の動向を把握したアルフレッドは今、若い女子に人気……らしい街に来ていた。


「これは……」

 歩行者しかいない細い街路は、人で埋め尽くされていた。

 道の幅といい、歩く人間でごった返している様子といい、アルフレッドが慣れ親しんだウラガン王都の市場に良く似ている。

 違うところと言えば。


 道行く人が全部、若い女の子か少数のチャラい男だという事と。


 所狭しと並ぶ両側の店の商品が、生活に関係ないよく分からないものアイドルやファンシーグッズで溢れかえっている事と。


 皆が立ち食いしている飲食物が、どう見ても食事物に見えないインスタ映えするスイーツな事と。


 華やかで無秩序で理解しがたい街の様子に、呆気にとられたアルフレッドは呟いた。

「なんだ、ここは……まるで異世界だな」

 アルフレッドは忘れているが、ここは異世界ニッポンである。



   ◆



 それからアルフレッドは通りを端から端まで歩いてみた。

 よくよく眺めても、用途の分からない物しか売っていない。

「なぜ団扇うちわに男の顔が張り付けてあるんだろう? それに、これ……」

 小さな金具にもにこやかに笑う男女アイドルの顔。

「何に使うんだ? ……いや、何に使えるんだ?」

 異世界の勇者には、キーホルダーの使い道が分からない。


 暖簾のれんで仕切った狭い区画で、若い女たちがキャイキャイ騒ぎながら何かしている。

 気になったので、空いたタイミングでアルフレッドも入って見た。

 中には大きな“テレビ”が壁に嵌まっているだけで、壁のボタンを押しても何が始まるわけでもない。

「こんな中で、彼女たちは何をしていたんだ? 別に面白い物も何もないが……」

 プリクラは金を入れないと動かないのを彼は知らない。




 七色に塗った巨大な円錐形の綿レインボーわたあめだとか、派手を通り越してケバい装身具アクセサリーとか、用途の分からない物をパーティの仲間とそう年恰好が違わない女の子たちが嬉しそうに買っている。

 ……が。

「何がいいのか、さっぱりわからん」

 アルフレッドが見て回って“これは!”と思ったのは、油で揚げたらしいきつね色の“チーズがたっぷり入った何かチーズ ホットック”だけ。

 要するに彼のセンサーは茶色い食い物あげものにだけ反応した。

 ちなみにチーズに塩が効いていて美味かった。


 “女子受けの最先端”とかいう街に来れば、なにかは掴めるかと思ったのだが……コレは無駄足を踏んだようだ。

 華やかな社交界と距離を置いていた自分と、流行の最先端を走る女の子ではあまりにも感性が違い過ぎる。

 まあそもそも、ここで売っているような物はウラガン王国では見たことが無いのだけど。


「あいつらは、こういう所が面白いのかなあ……?」

 それすらも判断がつかない。

 アルフレッドは特売になっていた、星形の色眼鏡サングラスのきらきら光るラメフレームをじっくり眺める。


 例えばコレ、土産に持って帰れたら……喜んで使うのだろうか?


 おそらくドン引きされる。

  



 半日うろついて、とうとうアルフレッドは結論に至った。


 俺には理解できん。


 理解できないものはどうしようもない。

 そう。そもそも相手が高嶺の花勇者パーティでなくても、そこらの普通の娘にだって今まで縁が無かったアルフレッドだ。

 女子との付き合い方なんてまるで分からないんだし、きっとこれからも縁がない。


 解決しようがないものを悩んだって、仕方ない。

「どうにも俺は……女の子には成れないようだ」

 顎をさすりながら苦り切って呟いた彼の横を、ぎょっとした顔の少女たちが通り過ぎた。


 

   ◆



「最近おまえ、なんか吹っ切れたな」

 ダークエルフに言われ、アルフレッドは頷いた。

「ああ。まあ、そうかな……難しい問題おんなごころにぶち当たっていたんだが、一応答えが出たからかな」

「ほお? ちなみにどんな結論に?」

「うむ」

 アルフレッドは特に何も考えずに答えた。

「俺には理解できそうにないんで、理解するのを諦めた」

「……それが答えでいいのか? 勇者」

「まあいいんじゃないかな。どうせ俺は女に縁が無いんだし」


 “女に縁が無いんだしおまえらは女のうちに入らない


「……嫁取りの話か? そうは言っても、魔王を倒したら切実な問題にミリアと結婚してなってくる王位を継ぐんだろう?」

「ん? ああ、まあな。戦いが終わったらか……まあ俺も長男だし家を継がなくちゃならない国王はやる気が無いから、どこかから縁談をもらうさミリアと結婚する気もない

 なぜかミリアが爆発寸前の顔で震えているのを、エルザがゲタゲタ嘲笑っている。

「……あいつら、どうしたんだ?」

「さあな。嫁のアテはあるのか?」

「うーん、そうだな……近所に手頃な相手が思い当たらないエルザはノーカウントだから、オヤジのツテで誰か紹介してもらうしかないな」

 今度はエルザが歯ぎしりしながら魔術師の杖を馬鹿力でへし折ろうとしているのを、ミリアが指さしながらのけ反るぐらいに大笑いしている。

「……あいつら、本当にどうしたんだ?」

「……さあ。しかし目立たない男爵家だと相手もそうはいないだろう。宮廷で覚えめでたい相手とかに来て欲しいとなったら……爵位のある家からは厳しいんじゃないか? 騎士の家柄とかはどうだ?」

「騎士かぁ……騎士道に凝り固まった脳筋バーバラなんかとかだと扱いに困る問題外だよな」

 なにか急に発作が起きた感じで、バーバラが胸を押さえてしゃがみ込んだ。

「……さっきからあいつら、どうも変じゃないか!? 昼飯のキノコにでも当たったか!?」

「いや、私が採ってきたんだから食あたりの心配はないが……おまえ、これだけのことを無意識にサラッと言い放つんだから凄いなあ。さすが勇者だ」

「さっきから、おまえもなんなんだよ?」


 この日からなぜかアルフレッドの扱いがさらにひどくなり、彼は再び女性心理について頭を悩ますことになった。


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