第27話 勇者、ハンバーガーを考える
せっかく異世界ニッポンへ来るのだから、ニッポンにしかないものを楽しみたい。
そんな思いでアルフレッドは、なんとなく自分の世界でもありそうな物はまたいで通っていた。
しかし、その考えは改めなければならないかも知れない。
「コイツは……」
店頭に飾られている
“ハンバーガー”と言うヤツ。
この広告は、ソレの期間限定商品が新発売されたことを告知しているらしい。
アルフレッドの世界では、いちいち店員に訊かないと新入荷品なんて教えてもらえない。
それに比べて店の前に絵入りで大きく貼り出すとは、ずいぶん客に親切な事だが……今アルフレッドが問題にしているのはそこじゃない。
以前チラっと見て、パンに何かを挟んだ料理というところまでは確認していた。
それがニッポンの物だから、自国の物よりは美味いんだろうなあ……とは思っていたものの、今まで手を出しては来なかった。
だって。
ラーメン、焼き鳥、唐揚げ、カレー……フライにモツ煮に揚げ出し豆腐。
ニッポンには、こちらにしかない美味が多すぎる。
だからパン料理と言うだけで優先順位がググっと低かったのだが。
アルフレッドは一度立ち止まって考えてみた。
「そう言えば、粗挽きソーセージもピザも凄い美味かったよな……このハンバーガーと言うヤツも、じつは俺の想定を超える味なんじゃないか?」
試してみる価値はあるかもしれない。
というか……このでっかい
◆
ハンバーガーは、美味かった。
「一番かさがあるのはパン……しかし味の決め手は間に挟んだ肉か。アレの味が濃いから全体に美味しく食べられると」
厚みのわりにスジも歯ごたえも無い不思議な肉だが、逆に食い千切れないということが無くて良かった。
味付けは恐らく肉に塩コショウ……それに、一緒にパンにはさんだ
そこへ
「パンがあんなに美味い物になるのか……」
アルフレッドの世界では、パンに何かを挟むという発想が無い。
だいたいはシチューと一緒にちぎって食べるか、シチューに漬けて染みこませて食べる。
先日チーズを挟んで焼いたらミリア姫まで夢中になったのは、品質の悪い旅用のパンにうんざりしていたのに加えて“新しい調理法”だったからだ。
「そもそも王家や諸侯クラスじゃないと喰えないような上質のパンに、さらに多種多彩な具を挟む。ニッポンはパンの食べ方も贅沢だな」
これは、各種試してみる価値があるかもしれない。
◆
それからアルフレッドはハンバーガーを見るたびに、(財布の許す限り)試してみた。
ハンバーガーはラーメンのように、やはり味付けでずいぶんイメージが変わる。
チーズを挟むと味わいが濃厚になる。
野菜が多いと爽快感が増す。
変わり種の具材を挟んだ物も面白い。
そして何と言っても気に入ったのは、今食べている……。
「うーむ……これは⁉」
アルフレッドは一口食べたハンバーガーの断面をまじまじと眺めた。
歯形の分だけ削られたハンバーガーの
今まで食べたハンバーガーのソースにも、ケチャップやらミートソースやらいろいろな物が入っていたが、これはちょっと方向性が違う。
「テリヤキソースにこんなところで出会うとは!」
居酒屋で時々出会う、鶏の照り焼きやチキン南蛮と同じテリヤキソースを使ったハンバーガーが存在した。
……ハンバーガー屋にも焼き鳥はタレ! のヤツがいるらしい!
勇者はメニューをもう一度振り返った。
「テリヤキバーガーか……覚えたぞ!」
実はテリヤキはハンバーガーからメジャー化した事も。
鶏の照り焼きとテリヤキソースは別物な事も。
チキン南蛮はそもそもテリヤキソース使ってない事も。
当然、焼き鳥タレ味はテリヤキソースじゃない事も。
今の勇者にとってはどうでも良い。
大事なのはこの味に行きついたことで、アルフレッドがハンバーガーなるものを理解できたことだ。
(なるほど……そういう事か)
焼き鳥の“つくね”をパンに挟んでみたヤツがいたのだな!
かみしめるとほろほろ崩れる
どうして肉がこういう食感になるのだろうと不思議だったが、つくねが元ならよくわかる。
あれは
誰かがそのつくねをパンに挟んでみたら美味かったので、試しに牛肉でもやってみたに違いない。
「良いモノを見つけたら他でも応用できないか試してみる。見上げた心意気だ」
その姿勢に感じ入ったアルフレッドもなるほどと頷く。
「俺も、美味い物を食べたらそれで満足するのではなくて……」
さらに美味い物が無いか、より深く探索しないとな!
自分の世界に料理法を持ち帰って、食文化の向上に貢献しようとかは考えつかない。
それが残念な勇者、アルフレッドという男。
◆
「しかし……」
ハンバーガーをあちこちで食べるにつれ、アルフレッドはある種の違和感を覚えてきた。
なんだろう?
何がおかしいのか、言葉にできない。
それでも、どことなく感じる「こうじゃない」感はなんなのか?
ハンバーガーはどこで食べても美味い。
もちろん店によって色々とあって、安い物は間に挟まれている物がそれなりだし、千円を超えるお高い物は具も豪華で見るからに肉も厚そうだった。
(なお、写真だけ見て食べてはいない)
アルフレッドが気軽に食べられる値段で出てくるのは、あちこちに支店を出している人気店の(つまりチェーン店の)物だが……どこで食べても一回も外したことが無い。
一円の単位まで気にする勇者は、“お値段なりに”美味ければ無茶な要求はしないのだ。
「なんだろうなあ……何か、物足りないんだよなあ」
ニッポンに知り合いがいないので、自分の感覚を的確に言い表せないもどかしさを訴える相手もいない。
首を捻りながらホテルに向かって歩いていたアルフレッドは、たまたま人気のハンバーガー屋の前を通りかかった。
ハンバーガー屋の店先に貼られた
“ハンバーガー八十円 チーズバーガー百円!”
「おおっ!? なんと、特売か!」
ハンバーガー屋のセールは、期間限定商品の発売しかないと思い込んでいた。
この店のハンバーガーとチーズバーガーは最低限の物しか入っていない構成だが……。
「いや、むしろ……基本に立ち返るには、この八十円バーガーを良く味わうのがいいかも知れない」
何のことは無い。安くなっていたので、ただ食べたくなっただけである。
アルフレッドは純粋に“基本”を押さえる為、ポテトもジュースも断ってハンバーガーとチーズバーガーを一つずつ購入した。
店内でさっそく出来立てを口に入れてみる。
ハンバーガーは本当に基本的な味だった。
塩を利かせた肉にケチャップと
チーズバーガーはそれにプラスして薄いチーズが一枚……だが、それだけで味がグッと豪華になる。
「ふうむ……」
アルフレッドは考えてしまった。
「俺は焼き鳥に関しては熱烈な
牛肉特有の臭みと熱い脂に、甘みの無い塩一辺倒の味付けが意外と合う。
考えればかつて
宗旨替えをするつもりはないが、素材によっては「塩」も……いいかも知れない。
「我が世界で当たり前の“塩味だけ”を、もしや俺は不当に低く見ていたか……?」
ニッポン世界ではもっと豪華なものをと、無意識に求めてしまったのかも。
「時と場合と素材による、そう言うことだな……あの牛串も美味かったしなあ」
アルフレッドは観衆とともに“球蹴り”を肴にはしゃいだ過去を懐かしく思い出し……。
「ん? 牛串?」
◆
「やれやれ、ハンバーガー屋には悪いことをした」
自分が何に引っかかっていたのか、理解したアルフレッドはホテルに戻って来ていた。
抱えたホカホカの紙袋には、気づいたアルフレッドが急いで作ってもらったチーズバーガー二十個が入っている。
とんでもないオーダーが入った店の方は大騒ぎで、一旦受付を閉めて店員総出で大量の注文を作ってくれた。ちょっと申し訳ない。
そして、大事なのはハンバーガー屋の次に寄ったスーパーで買ってきた……。
「コレだよ。これが足りなかったんだ!」
ビール。
「シンプルな味付けで良く味わって気が付いた。そうだよ。なぜかハンバーガー屋にはビールが無いんだ!」
アルフレッドはついに問題の根源にたどり着いた。
肉の脂と舌に沁み入る塩の、シンプルかつ奥の深いハーモニー。
そこにビールが加われば……世界が完成する。
「ハンバーガーもビールもたっぷり買ってきたからな! これで、こう!」
アルフレッドは最近、テレビの操作方法も覚えた。
テレビを付けて何度かチャンネルを変えると、ちょうど良く球技をやっている番組があった。
なぜか球を蹴らずに棒で叩いているけれど、まあアルフレッドにはどっちでもいい。スポーツ観戦の雰囲気を味わいたいだけだから。
缶ビールもいつものようにそのまま飲まず、スーパーで一緒に買ってきた大ぶりのプラカップへなみなみと入れて……。
「うむ!」
山積みのチーズバーガー。
美味そうに泡を立てる、黄金のビール。
そして楽し気な歓声が響く球技。
アルフレッドは大口を開けてハンバーガーに二口ばかり噛みつくと、もしゃもしゃ咀嚼しながらビールをグイッと。
「……完璧だ!」
ニッポン人がクリアできなかった問題点に独力で気が付き、解決できた勇者は“勝利”の美酒を心から楽しんだ。
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