第28話 勇者、深夜に行き場に困る

「しまったな……完全にドジを踏んだ」

 自分の世界で宿に帰れたのが遅くなり過ぎ、しかし早くニッポンへ行きたくて思いっきり真夜中に来てしまった。

 この時間、さすがのニッポンもまるで店が開いていない。

 中途半端な時間帯過ぎて、アルフレッドの休日はいきなり初歩から躓いた。


 街には全然人もいない。

 アルフレッドの感覚だけではなく、ニッポン人にも深夜のようだ。

「この感じ、以前コンビニを初めて試した時ぐらいの時間か?」

 だとしたらホテルも今から泊まるのは難しいだろう。出入りは何時でも良いようだが、これから泊めてくれというのはさすがに無理な相談だ。

「うーむ……どうしよう」

 ニッポンに来るようになって、ここまで行き先に困るのは初めてだ。




 考えた末、アルフレッドはとりあえずコンビニに向かうことに決めた。

「とにかく向こうでも飯を食ってないしな。まずは腹に入れないと……」

 

 そう。

 ニッポンには、こんなド深夜にも食事を取ることができる店がある。

「コンビニが俺の世界にもあったらなあ……」


 コンビニ。

 深夜に物が買えるどころじゃない。

 すぐにカップラーメンが喰えるように常に湯を沸かして、食卓まで用意してくれている何でも屋。

 そしてを求め夜中に訪れるべき、人目を避ける紳士の社交場。

 アルフレッドはあそこコンビニの経営状態が気になってしょうがない。


「良いよなあ、コンビニ。安全な食糧も水も薬品も、何でも売っているんだぞ……魔王討伐のルートに一定間隔であったら、どれだけ旅が楽か分からないな」

 コンビニ魔王城前店、オーナー募集中。


 なお。

 勇者は一日三食カップラーメンの生活に、女性陣からクレームが付く可能性を考えていない。



   ◆



 探すまでも無く見慣れた紋章ロゴマークの看板を見つけ、アルフレッドはさっそく何品か買い求めた。

 湯をもらって蓋をし直したカップラーメンは手に持ち、店内では食べずに店を出る。

「ニッポンは夜中でも明るいし、強盗に襲われる心配も少ないしな。街頭で飯を食うのも新鮮で面白い」

 街角で立ち食いと言うのは屋台の多い(というか客席を備えた飲食店が非常に少ない)ウラガン王国では当たり前なのだけど、ニッポンでは滅多にいない。そもそも屋台が非常に少ない。

 ちょうどいいところに木の長椅子ベンチが設置されていたので、アルフレッドは深夜のビジネス街で一人、豪華な晩餐を始めた。  

 


   ◆



 待ちきれなくて引っぺがした蓋の下から、白く煙のような湯気が立ち昇る。


 何とも言えない、独特の胃袋を直撃する薫り。

 アルフレッドは久しぶりの芳香を胸いっぱいに吸い込み、思わず至福の笑みを浮かべた。

「最近居酒屋で飲んでばかりで、コイツともご無沙汰だったな……元気なようで、なによりだ」


 カレーヌードル(BIG)。


 軽くて持ち運びが簡単で美味、しかも湯を入れるだけで作り立てが食える。

 ただでさえ勇者の求める条件の揃った食い物なのに……さらにアルフレッドが大好きなラーメンとカレーの盛り合わせハイブリッドという、夢のような食品だ。

 本当に、コイツを自分の世界に連れて帰れないのが悔しくて仕方ない。

「なんと言っても良いのが、この薫りだな……」

 嗅覚に急かされるように一口すすれば、意外と優しい塩気とスパイスの香りが口いっぱいに広がって鼻に抜ける。

「カレーとラーメンを掛け合わせるという発想も凄いが……そうやって出来上がった物はまさに“カレーヌードル”! カレーでもラーメンでもない、オンリーワンな食い物なのが凄い!」

 このシリーズはどれでも好きだが、アルフレッドは特にこのカレー味が大好きだ。


 深夜のこんな時間まで働き、腹も減っているが身体も疲れている。

 今頃になって節々に滲んできた疲労感を、じんわり全身に沁み込んだコイツが癒してくれている感じがする。


 煌々と灯りだけが点いている無人の街の中、歩道脇のベンチで一人。

 はるか遠くを走る馬無し馬車クルマの物以外に、音さえしない深夜に。


 こうしてただ一人、黙々と食べていると……カレーヌードルと二人しかいない世界で、アルフレッドは無言の対話をしている感覚に襲われた。




 勇者。

 深夜のカップ麺で、禅の境地に到達する。



   ◆



「美味かった……滋味とはこのことよ」

 あっという間に喰い終わって、最期の一滴までスープを飲み干したアルフレッドは次の逸品を取り出した。 

「そして、そこへ……」

 

 バニラアイス!


 氷菓の一種だが、作り方も分からない独特の食感の一品。

 冬に乳を凍らせれば作れるのかと思ったが、北国の人間に聞いてもこんな食感にならないらしい。

 甘くなめらかで、どことなくフワフワしていてさらりと舌の上で溶ける。

 その柔らかさときたら削った氷かき氷よりも格段に儚く、氷室の中に置かないとあっという間に液体に戻ってしまう。

 そんな小憎らしいコイツを、小さな木のスプーンですくって口の中へ。

「んんん! カレーヌードルで重くなった舌に、この甘さがたまらん!」

 濃い味の食事の後に優しく甘いバニラアイス。

 美味いのだ、コレが!


 アイスはニッポンの中でさえ買ったらすぐに食べなくてはいけない代物だが、これもできれば持ち帰りたいと常々思っている素敵な甘味だ。

「あー、食後の一服でこいつを食べるのは確かに美味いんだが……これ、魔物に勝った後の一休みで食ったら最高だろうな」

 

 ……戦闘直後にニッポンへ転移。急いでコンビニへ駈け込んで……。


「……ムリだな。いきなりその場から居なくなる説明を付けられない」

 でもちょっと、そんな無茶な計画に心が残るアルフレッドだった。



   ◆



 軽くだけど食事を終えて、人心地ついた。

「よし、食事終わり!」

 取りあえず空腹はまぎれた。


 だから次は。

 アルフレッドは袋から、買ってきた残りの品物を取り出す。

「コイツとも久し振りの対面だなあ……」

 

 歌舞伎揚げ。


 同じスナック菓子という括りらしいが……ポテチの薄くてパリッとした食感と対照的にぶ厚くて、カリッと塊で割れる独特の歯ごたえがある。

 味もシンプルに芋と塩の味がするポテチと違い、甘い醤油のような舌に残る感じの濃い味付けだ。

 もちろん歌舞伎揚げは単品で食べても美味いのだけど……やはりパートナーと一緒の方が真価を発揮するだろう。

 そのパートナーとは、もちろん。


 ニッポンシュ(九百ミリリットル)!


 コンビニをよくよく観察しているうちに、アルフレッドは発見したのだ。

 四角い紙の箱に入ったニッポンシュの中には、たっぷり入って安い物があると!

「いやあ、ニッポンシュを心行くまで飲めるとは……コンビニも侮れないな」


 勇者はとうとうパック酒に手を出すことを覚えた。



   ◆



 ビルの谷間が明るくなってくる。夜明けだ。

 アルフレッドはニッポンの街が朝日に照らされ始める姿に目を細めた。

「こんな時間を過ごすのも、悪くない」

 どうしても自分の世界では慌ただしく日々が流れてしまう。

 ゆったりと夜酒を楽しみ、朝日を眺めるのなどいつ以来か……。


「さて、と」

 酒の箱も空になった。

 心行くまで晩酌をを楽しんだ後は……。

「ホテル……は朝からは泊めないよな。スーパー銭湯、もう入れてくれるかなあ……」

 肉体労働まものたいじからの徹夜で飲酒。

 緊張が解けて一通り欲望を発散させたせいか、今頃になって疲労感がどっと押し寄せてきた。


 ついでに言えば、中途半端に腹に収めたものだから……。

 キュ~……グルルルル。

 派手に情けない音を立てて腹の虫が鳴く。

「ぐっ! ……寝場所より先にまずは朝食か? 牛丼屋、開いてるかなあ」

 本格的に活動を始めた胃袋が、もっと本格的な食事をと強く要求してくる。

 

 食事と睡眠。

 実は何一つ解決していない身体の問題を抱えたアルフレッドは、とにかく腹いっぱい飯を食える所を探しに行くことに決めた。 




 急げ、アルフレッド!

 牛丼屋、実は二十四時間営業だ!

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