第22話 勇者、ピザを敢えて持ち帰る

 アルフレッドはピザを食べたことが無かった。

 

 どんな物かは知っている。

 平べったいパンに肉やら野菜やらを満遍なく載せて、白とか赤とかのソースをかけて火で炙ってある料理だ。

 繰り返すが、食べたことは無いので味は知らない。


 なぜ食べたことが無いのに、見た目だけ知っているのかと言うと。

 以前、どうしたわけか路上にメニューが落ちていたのだ。

「全種類に精細な絵が入っていた力作だったんだがな……」

 そのメニューには店の場所や注文の仕方まで細かく書いてあった。お得意様に渡している、自宅で眺める用の物らしい。

 常連になれば、そういう物ももらえるようだ。落とした奴は運が悪い。


 アルフレッドはじっくり満足するまで眺めてから、分かりやすく壁の高いところに貼っておいてやった。



   ◆



 その時のことをたまに思い出し、アルフレッドは時々飲み屋を探すついでにピザも探してみたのだが……なぜか、ピザはどこに行っても置いてない。


 一応店によってはメニューに載っているけど、どうもメニューの絵からして“ちょっと”違う。

 メニュー名にも何かしら注意書きみたいなのが入っていて、店員に注文のついでに聞いても苦笑される。アルフレッドが以前見たメニューの物とは別物の、居酒屋用にアレンジしたもののようだ。

 じゃあ、かつて見た物はどこで食べられるのかと言うと……それらしい店が、全く無いのだ。


 だからアルフレッドにとって、ピザと言うのはずっと謎の食べ物であった。


 

   ◆



「なるほどなあ……」

 そんな経験を持つアルフレッドは、街角でかつてのアレコレを思い返しながら感慨にふけっていた。

 

 目の前に、アルフレッドが探していたピザの専門店がある。

 店頭に大きく掲げてある旗の紋章ロゴマークもなんとなく見覚えがあるし、その横のガラス壁に貼ってある絵は間違いなく“それ”っぽい。

 店内からは空腹の胃袋を直撃するパンやソースが焦げる匂いが漂って来て、今すぐ食べてみろとアルフレッドをチクチク刺していた。


 ただ。


「ただなあ……まさか、家まで届けてくれる出前専門の料理だとは思わなかった……」

 



 ピザ屋の店先は間口も広くて明るいが、いきなりカウンターがあって客席が無い。

 そして店の前には、ニッポン人が馬の代わりによく乗っている二輪車が並んでいる。くらの後ろに据え付けてある紋章入りの箱は、わざわざ教えてもらわなくてもピザを運ぶための荷台とわかった。


 どう見ても家まで届けるのが基本のようだ。

 その証拠に良い匂いのする平べったい箱を、従業員が二輪車に積んでは出かけていく。逆に店へ食べにくる客は一人もいない。

「……参った」

 これでは、家がニッポンに無いアルフレッドは食べることができない。


 ピザ屋はビジホには届けてくれるのだろうか?


 持って来てくれるとしても、宿のオヤジが部屋まで知らせに来てくれるのか?


 そもそも店までアルフレッドが注文に来て、それをあらためて店員が届けに来るって二度手間じゃなかろうか?


 “ピザを食える店が見当たらない”という謎は解けたが、さらに浮かんだ疑問でアルフレッドは悩みが増えた。

 そしてアルフレッドは電話を知らない。




「ホテルには配達してくれるのかな……? しかしメニューを見る限り結構高いし、食べてみて失敗だったらと思うと……怖いな」

 一枚頼むと二千円以上するらしい。


 パンの値段としてはやたらと高いが、メニューの説明通りに豪華な具材をたくさん載せているなら妥当なのかもしれない。

 家まで届けてくれるのも、やはり高い原因だろう。


 これが無理にでも頼んでみて“失敗”だったら、一晩飲みに行けるだけの貴重なニッポン円をドブに捨てることに……。




 色々考えてしまって、アルフレッドには注文できない。

 かといって諦め切れないが、でも思い切ることもできない。

「一口試しに食えたらなあ……それか、店内で食事ができる店ならもう少し安かっただろうに」

 アルフレッドは複雑な思いを込め、ため息をついた。


 実はアルフレッドが軒先を借りて考え込んでいる場所、宅配ピザ屋のお向かいは……“石窯焼のナポリピッツァ”が自慢のイタリアンレストランなのだが。


 ……そこなら「お店で座って、しかも本場のピザが食べられる」などと言う事実は、勇者の想像力の外にある。

 そして「御一人だいたい五千円から」の予算は、勇者の経済力の外にある。




「まあ、ピザには縁が無かったと諦めるか」

 特に今回は、投宿したのが高級宿ビジホではなくて安い蚕棚カプセルだ。

 ピザなんて高級で珍しい料理を届けてもらったら、宿のオヤジがこっそりネコババして食べてしまう。


 アルフレッドの世界の安宿の従業員は、倫理観がそんなもの。



   ◆



 ちょっとがっかりしつつも“今日の一軒”を探しに歩き出したアルフレッドは、少し歩いたところで足を止めることになった。


 そこにも別の紋章を掲げた宅配ピザ店があった。同業他社のようだ。

 どんな業態なのか分かったので、見ればピザ屋だと理解できるようになったのだが……。


「……おいおい」


 店の前に掲げた大きな垂れ幕に、信じられない事が書いてある。 

 

「おいおいおいおいおいおいおいおい」


 特売フェアを知らせる、その垂れ幕には。


「おいおいおいおいぃっ!? 店主は正気か!?」


 “お持ち帰りのお客様限定! 一枚注文でもう一枚プレゼント!”


Buy1 Get1!一枚買ったらもう一枚!』フェアの告知が躍っていた。  




「実質半額という事か!? なんと酔狂な……!」

 驚愕の垂れ幕にアルフレッドは信じられない思いだ。


 ボーナスアワー一杯百円の昼飲み屋もそうだが、ニッポンでは時々頭がおかしいとしか思えないサービスをしている店もある。

 どんな台所事情だったらそんな大盤振る舞いができるのか、家計のやりくりに苦労している貧乏貴族としては聞いてみたいものだが……。

「いや、今はそれどころじゃない」


 これはもしや、神の助けではないか?


 “この機会にピザを食べてみろ”と言う神の施しに違いない。


 もう垂れ幕から目を離せない勇者は、得心して大きく頷いた。

「届けてもらう場所に困らないうえに、倍食えるとは……まさに俺の為のフェア!」

 この店には「ピザ・アルフレッド」と名乗る栄誉を与えてやらないでもない。



   ◆



 一応中で店員に訊いたけど、表に書いてある通りで間違いはなかった。

 できるまでに三十分待てと言うので、アルフレッドは注文だけ済ませて一回外に出た。

 もちろん宿に帰るのではない。

 初めてのピザを万全の態勢で迎え入れる為、スーパーへビールを買いに走るのだ!

「あのサイズを二枚……これは大戦だぞ!? 六缶パックで足りるか!?」


 大缶500mlの方にするか。


 アルフレッドは実質半額もう一枚に浮かれていて、味の心配をしていたのも忘れていた。


 

   ◆



 カプセルホテルの寝台分しかないスペースに、アルフレッドは大きな荷物を抱えて入った。もちろん、ピザとビールの包みだ。

「ついに、ピザとご対面か……!」

 頑丈な紙の箱にしまわれているので、蒸れてクッタリしないように急いで蓋を開ける。二つの平たい箱から、香ばしい匂いを漂わせる平たいパンが二枚出てきた。

 “ピザ”の表面は、四分の一ずつ見た目が違っている。

 注文する時にお勧めされたのだが、宅配ピザ店では一枚を二種類、あるいは四種類の別の味に作ってくれるサービスもしているのだ。

「初めて食べる立場としては、一度に八種類も確かめられるのはありがたいな」

 ピザは店の方で気を利かせて、すでに八等分に切ってあった。

 アルフレッドはその一枚、二等辺三角形になっている一片をつまんで口に運び……。


「……ビール大缶六本でも、もしやと思ってはいたが……」


 ピザ。


 香ばしくカリカリもちもちの平たいパンの上に、豊かな味わいの様々な具を散らばせ……たっぷりのチーズを載せて炙った豪華な逸品。


「ふふふ……念には念を入れ、チューハイ六本も援軍として用意した俺の懸念は当たっていたようだ」


 程よく味が濃く。


 溶けたチーズのおかげで濃厚で。


 アルフレッド好みに塩が強い。


 そして、熱々! カリカリ! もちもち!


「こんなの、酒が停まる訳が無かろうが!」


 数奇な運命で巡り合うことなく散々出会いを焦らされ、やっとピザと対面したアルフレッド。


 今夜はもう、停まらない。


 どう考えても、停められない。

 

 普通に考えれば四、五人前のピザと一ダースの酒を、アルフレッドは猛烈な勢いで片づけ始めた。

 そして周囲の個室の客たちは、香ばしい匂いの残り香に一晩中悩まされることになった。

 


   ◆



 焚火を起こして皆で食事中、ふとアルフレッドはニッポンで最初にピザを口にした時の事を思い出した。

 パンとチーズを食べていて、ほぼ同じ物を使っているなと思ったのだ。


 同じと言っても今食べているのは、日持ちを優先して水分を少なく硬く焼いたパンとボソボソの塊のチーズだけど……もしかして。


 パンを割ってチーズを挟み、尖った枝に刺して焚火で炙り始めたアルフレッドを他の者は訝し気に見守ったが……。

「む! やっぱりそのまま食べるよりイケるな!」

「えっ? 本当に!?」

 質が悪かろうがパンとチーズ……むしろ質が悪いからこそ、一手間かけた効果は絶大だった。

「まあっ……!」

「ほお……」

「たまには良い事を考えつくわね、アル!」

 アルフレッドの工夫は女性陣にも好評だった。

 このいかにも保存食な取り合わせは、今まで人気が無かったのだけど……今日は食が進むらしく、ミリアやエルザもあっという間に食べ終えて二個目を火にかざし始めている。


「ふむ」


 やはり、美味い物は誰が食べても美味いのだな。


 ニッポンで覚えた事が、こちらで役に立つとは。

 アルフレッドは明るくなった食事風景に、密かに喜びを感じていた。




 ダークエルフのフローラは、モリモリ食が進んでいる人族たちの様子に首を傾げた。


 彼女は乳製品が嫌いなので、一人だけ潰して練ったナッツと塩でパンを食べている。

 (チーズあれ、味はマズいが栄養価だけはある筈……)


 あんなにバクバク食ったら、太るんじゃ……。


「干し肉削って一緒に挟むと…うぉっ!」

「更に美味い!?」

「もう一個、もう一個作らないと!」

「あ~、止まらない!」

 勇者達は楽しそうで、不粋な事を言って白けさせるのも躊躇われる。


「……まあ、食べた分動けば良いのか。私はチーズ食わないから関係ないしな」

 フローラはを気にするのはやめ、食事に専念することにした。

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