第21話 パーティ、腹を割って話し合う
天気が悪くてもう五日も、勇者一行は河岸の宿に足留めを喰らっていた。
「参ったなあ……」
アルフレッドとバーバラは空を見上げていた。
今日も渡し舟は出ないと言う。
日中はまだ曇天だけど、夜半からまた雨が強くなる。天気を予測する風見の者はそう言っていた。
なら今すぐに出れば河を渡れそうな気がするけど、河の上は岸よりも風が強く荒れ狂っているらしい。
実際はどうか分からないが、風見の者がそう言うなら舟は一切出ない。渡し舟も漁船も、舟と名のつく物は全て岸へと引き上げられていた。
向こう岸が見えないほどに幅の広い河を、まさか泳いで渡るわけにもいかない。
そして無理に舟を出させるほど、急いでいる訳でもない。
結局渡し舟が再開するのを待つ以外に、アルフレッドたちにできることは無い。
「参ったなあ……」
「ああ……」
流れる雲を眺めながら繰り返すアルフレッドに、同じことをしているバーバラも相槌を打つ。
何が参ったって。
二人の後ろでいがみ合っている
◆
このバラバラのパーティの中でも、あの二人は特に仲が悪い。
何が原因かはアルフレッドにも分からない。
些細なことでよくぶつかっている。
アレが前向きな討論だと思い込んでいた過去の自分のボンクラぶりを、「おまえはバカか!?」と自分で褒めてあげたい。
それでもまあ。
これが普段だったら、それほど大ごとにはならない。危険な旅路ではやる事が多くて、喧嘩なんかしている暇が無いからだ。
単純に草原を歩いているだけでも常に魔物を警戒しないといけないし、昼間の活動中は様々な作業で手いっぱいになっている。
呑気に話をするのなんて夜に焚火を囲んでいる時ぐらいで、それさえ長話をする時間があったらその分寝てしまいたい。
それが天気が荒れた事によって安全な街で足留めを喰らい、五人は見事にやるべき事が無くて暇を持て余すことになったのだった。
道具の手入れや不足物資の調達は初日に終わった。
ちいさな街を見物するのも、二日目の昼には飽きてきた。
夜には珍しく五人で酒場にも繰り出してみたが……。
見た目“だけ”は良い女性陣に見境が無い酔漢どもがちょっかいを出しまくって、アルフレッドが酔う前に酒場が半壊して大量の怪我人が発生する騒ぎになった。
以後は街の顔役に涙目で問題を起こさないよう頼み込まれ、宿に軟禁状態でもう三日。何にもやることが無い状態で、ずっと舟が出るのを待っている。
そんな手持ち無沙汰な現状で、そりが合わない二人が四六時中顔を突き合わせているわけで……。
◆
グレー一色の空を見上げたまま、バーバラがポツッと呟いた。
「……このままじゃ、人死にが出るぞ」
街の人に。
エルザは容赦のない性格だし、ミリアは容赦のいらない立場にある。
二人の苛立ちが極限まで高まった時に、先日の酔っ払い連中みたいなのが余計な声掛けでもしてきたら……。
「分かっているなら何とかしろよ!? おまえ正規の騎士だろ? 暴徒の鎮圧なんか、お手の物じゃないのか!?」
その暴徒候補はパーティの仲間なのだが。
「そうは言われてもな……エルザとはいえ、ご婦人に強硬手段は取りたくないしな」
穏当な手段はないらしい。
「そういう配慮ができるのなら、百分の一でもいいから俺にも向けてくれないか!?」
「ろくなことをしないおまえが悪い!」
「うるさいっ! そこ、黙ってて!」
エルザに怒鳴られ、話がずれ始めていたアルフレッドとバーバラは口をつぐんだ。
二階から降りてきたフローラがそんな一同の様子を見て、面白そうに片眉を跳ね上げた。
「ふむ」
◆
「それで酒宴なの?」
ミリアが呆れたように肩を竦める。
皆の様子を見たフローラが考え付いたのは、どうせ宿から身動き取れないので昼間から宴会……勇者パーティの親睦会を開く事だった。
「よく考えればさ。このパーティが結成されてから、こんな機会も今まで無かったじゃないか」
皆が憮然としている中でフローラは、何故かいつも以上に楽しそうな様子で酒とツマミを並べている。
微妙な空気なのは分かっているはずだけど、気にする様子はない。
……いつでも他人事なコイツは、酒さえ飲めれば他の事はどうでも良いのかも知れない。
エルフの言葉に姫は口ごもる。
「それは、そうですけど……」
親睦会をやりたいメンバーでもないと言うか。
ミリアもフローラに言われてよく考えたが、結成当時から気に食わない顔ぶれだった。親睦会をやる発想自体を思いつかなかった。
姫の逡巡に気づく様子も無く、ウキウキしているダークエルフは皆の盃になみなみと酒を注いで回っている。
「せっかくの機会だ、無礼講で行こう! 皆、思っていることをぶちまけてサッパリしようじゃないか」
「……そんなことしたら、マジで明日の朝陽が拝めないかもよ?」
エルザの意見にアルフレッドとバーバラ、そしてミリアもついつい頷いた。
真っ正直に口に出したら、口だけで終わらせる自信が無い。
「それもまた一興」
「じゃねえよ!」
ぎこちない雰囲気で顔を見合わせ合う四人を前に、一人上機嫌なフローラが酒杯を掲げる。
「それでは、初めての親睦会を祝し……乾杯!」
ダークエルフの音頭に、唱和する声は無かった。
◆
予想通り、宴会はすぐに荒れ始めた。
特に主役二人の様子がヤバい。
「常々思っているのですが……エルザはちょっと私に敬意が無さ過ぎるのではなくて?」
ミリアとエルザは気まずい為か、ペースも考えずにガバガバ飲んであっという間に酔いが回り……仮想敵への口撃が直接的になってきた。
もちろん酒が入っているだけあって、遠慮も無ければ後先も考えない。
ミリアの先制の一撃に、エルザも嘲笑ってカウンターを返す。
「あら、そうぉ? 私、敬意を払うべき人にはちゃんと払っていたつもりだったんだけどなあ? それにしても肩書が無いと敬意を払ってもらえない中身の無い人は、虚勢を張ってばかりで大変ですねえ?」
美貌で知られる姫の顔が一瞬
「……そうね。実は私も、爵位ある身分に生まれて無二の学識があっても品性だけはどうしても身につかない人を良く見るのよ。人間の本性って生まれや教育じゃ、どうにもならないものなのねえ」
姫の蔑んだ視線を、エルザは都のギャングでも道を譲りそうな凶悪な面構えで真正面から受け止めた。
しばし殺気を振りまきながら睨み合った二人は、無言のまま握ったカップを干す。
そして跳ねてこぼれるのも構わず、次の一杯を勢いよく手酌で注ぎ始めた。
(お、おい……大丈夫なのか、このままで!?)
バーバラは傷む胃を押さえながらアルフレッドをつつく。
落ち着いていられないので、自分も結構速いペースで飲んでいるつもりだけど……全く酔わない。いや、酔えない。
目の前の二人のおかげで、部屋の温度がどんどん下がっている気がする。バーバラは盃を一気にあおるが、寒さにガタガタ震える身体は止まってくれなかった。
ギリギリ沸点を超えない状態で舌戦を繰り広げるミリアとエルザ。
もう淑女の嗜みもどこかへ消し飛び、床にあぐらをかいて飲み比べになっている。
そして話題は……意外な方向へ。
「だいたいね! 誰ととは言いませんけどぉ、こっちは十五年も前から深い仲なんですからねぇ? そう言う間に割って入ったポッと出の間女が、デカい顔をするんじゃねえって思いませんことぉ? まあ、誰が誰とは言いませんけどぉ?」
「あらぁ? 誰かさんと誰かさんの間で認識が違ってるんじゃないかしらぁ? 顔見知り以上の関係だっただなんて、一度も聞いたこと無いんだけどぉ? まあ、都合良く記憶を書き換えるのも勘違い女の典型ですしぃ? ……ああ、そもそも公式には国が決めた私が正式な許嫁となるから……そう考えると、十五年も顔見知りなのに口約束さえ交わしていない誰かさんの方が間女になるんじゃないのかしらぁ?」
「こんの……二つも下のガキが調子に乗って……!?」
「はっ! 二つも上のババアが今さら色気を出すんじゃないわよ!?」
「ああ?」
「おぉっ?」
(な、なあ……おい!? そろそろマズいぞ、アルフレッド!)
女騎士はもう見ていられない。
(おい、おいったら! ……アルフレッド!?)
だけど勇者からは、一向に賛同が得られない。
緊張感に耐えかねたバーバラが、つついても袖を引いても一向に返事をしない勇者を不審に思って横を向いたら。
勇者、すでに酔いつぶれていびきをかいていた。
(アルフレッド、貴様あああああ!?)
バーバラは寝落ちした勇者に気が付き、悲鳴を押し殺しながら絶叫すると言う器用なことをしてのけた。
アルフレッドの名誉のために言っておけば、彼は決して酒に弱いわけではない。
最近ニッポンでばかり飲んでいたため、身体が良質の酒に慣れ過ぎていたのである。
精製品質の悪い自分の世界の酒を久しぶりに大量に摂取して、勇者はコテンと意識を飛ばしていた。
……まあつまり、またしても飲み過ぎたわけだが。
「そっ……!」
バーバラはアルフレッドの襟首を掴んで涙目で揺さぶる。
「そういうところだぞ、おまえがアテにならないと思われるのは!? なんでこう大事な時ほど役に立たないんだ!」
勇者はいつも通りに、肝心な時に失態をカマシてくれた。
弓使いはと見れば凄く楽しそうに、ミリアとエルザの言い争いをゲタゲタ笑って見ている。あっちも完全に酒が回っている。全然ダメだ。
孤立無援を意識して絶望感に囚われる剣士の肩を、誰かがポンと叩く。
恐る恐る振り返れば、エルザがヤバい顔つきで酒瓶を持っている。
「おい、オッパイオーク。あんた、なにヒトのオトコに抱きついてんのよ」
「詰問していただけだ! そもそもなんだ、その酷いあだ名は!?」
「誤魔化したって分かってんのよ!? 時々アルに色目を使ってるでしょ!? ああ!?」
「そんなことをするかっ!? ちょっ、エルザ、おまえ酔い過ぎだ! 」
「聞いてるのは私の方よ! 違うってんなら半分寄こせ、この無駄なふくらみ!」
「無茶言うな!?」
乱心して襲い掛かる魔術師から身を避ける騎士を、彼女が忠誠を誓う姫が羽交い絞めにする。
「バーバラ? ねえ、あなた……まさかよねえ? 本当のところを言いなさい」
「姫も!?」
聖女と魔術師の詰問する怒声に、襲われている剣士の悲鳴が合わさり……そこへ一人観客に徹しているダークエルフの爆笑が被さってくる。
……そんな収拾がつかなくなった宴の中。
たっぷり飲んだアルコールでさっさと潰れたアルフレッドだけは、一人楽しく夢の中に意識を飛ばしていたのだった。
◆
目が覚めてアルフレッドが起き上がると、ちょうど陽が沈んで部屋が闇に包まれたところだった。
灯りをつけると、仲間がそのまま酔いつぶれて死屍累々と床に転がっている。
「こいつら……」
繰り返すが。
アルフレッドの勇者パーティの女たちは、皆それなりの身分で育ちも見た目もいい。
それが全員、あられもない姿で床に転がっている。どう見ても酔い潰れたというより、魔獣に襲われて全滅したみたいな寝姿だ。
とても淑女と思えない。
この荒れ具合……。
「宴会の後半、いったい何があったんだ……」
酒場で飲めなくて良かったかも知れない。
滅茶苦茶な女たちに、いつも尻拭いのアルフレッドは全くもって頭が痛い。
寝台へ運んでやろうかとも思ったが。
「凍死する訳でもないし、止めておくか。後で『変な所を触っただろう!?』って言われるのも嫌だしな……」
君子危うきに近寄らず、だ。
先日うっかりミリアの寝台に潜りこんでしまったアルフレッドは、余計な事はしない事にした。
「うん、一緒に寝ているとまた締められそうだから、俺だけ自分の部屋に帰ろう」
明日はちょうど安息日だし。
このまま部屋に帰って、そのままニッポンで飲み会の二回戦だ!
アルフレッドはそっとエルザとフローラの部屋を辞去することにした。
◆
アルフレッドの部屋の扉が閉まる音がした後。
静かになった部屋の中で、ダークエルフが身を起こした。
「やれやれ。勇者も間が悪いと言うか、感が鈍いと言うか」
周囲で本当につぶれている三人の女を見回す。きっとこいつら、明日はひどい二日酔いに悩まされて今日の事も覚えていないに違いない。
勇者への好意暴露大会も、白紙に戻って一からだ。
それにしても。
「どいつもこいつも口説けばイケるのになあ……先に潰れて聞き逃すとは、つくづく美味しいところを逃す男だ」
せっかく悪酔いしやすい粗悪な酒をたっぷり飲ませて本音を引き出したのに。
まあ、面白いからまだ黙っておこう。
好奇心がすべてに優先するフローラにとって、チームワークより面白いが大事。
ダークエルフは仲間を放置したまま自分だけ寝台に上がると、アルフレッドが置いて行った燭台を吹き消して毛布をかぶった。
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