第20話 勇者、餃子に蒙を啓かれる
一押し商品の特設売場の前で、アルフレッドは身じろぎもせずにテレビを見つめていた。
山と積み上げられた飲料缶の真ん中に置かれた五十インチディスプレイ。
その画面に三種類くらいの飲料のCMが繰り返し流されている。
彼が注目するのは、その中の一つ。
それは当然……もちろん、酒だ。
賑やかな居酒屋のカウンター席で、頼んだ酒について男女が言い争っている。
貶していた方の男がどうしても飲めと押し付けられ、グビリと問題のチューハイを一口飲んだら黙り込んでしまう。それを見た肯定派の女が勝ち誇ると同時に商品名がデカデカと画面に登場し……。
その缶チューハイの宣伝劇を、アルフレッドはもう五、六回眺めていた。
「なんてことだ……」
チューハイの広告に続いてコーヒーが登場したが、そんなものはショックを受けた勇者の視界には入らない。
イライラしながら宣伝が一巡するのを待ち、アルフレッドは再び始まった缶チューハイを一押しする寸劇を食い入るように眺める。
彼が熱心に見つめているのはチューハイのジョッキ……ではなく。
酒を飲む前に俳優が口に運んでいる一口大の食べ物……“餃子”だった。
◆
アルフレッドの認識では、「餃子」という食い物はラーメンのお供のはず。
ところが今見たテレビの小劇では、卓上にドンブリの姿は影も形も無かった。
つまり彼らは、餃子をラーメンとともに食う物ではなく……ツマミと認識しているという事になる。
「なんと……! 餃子って、ラーメンだけじゃ物足りない時に注文する物じゃなかったのか!?」
勇者、てっきり餃子は“紐”料理のオプションだと思いこんでいた。
「あの様子を見ると、餃子は酒に合うのは常識なのか……!?」
この認識の違いにアルフレッドは衝撃を隠せない。
宣伝のための劇の内容を真に受けていいかどうかは、この際置いておいて。
ラーメンを食べる時、「ラーメン一杯じゃ物足りない? だったら特盛にすればいいじゃない!」という方針で食べてきたアルフレッド。
なので今まで餃子を試した事はなかった。
しかしまたいで通ってきた「ついでの」料理が、じつは酒席に向いた一品であったとしたら……。
「いかん……俺はなんという間違いを犯していたんだ……!」
畜生!
アイツら……美味そうに食っているじゃないか、ギョウザ!
酒に対しては果敢に挑戦してきたつもりのアルフレッド。
だが確かに料理に関しては、たびたび財布の都合を優先してしまっていたことは否めない。
時間と機会をドブに捨てていたと知り、アルフレッドは頭を戦斧で殴られたような衝撃を感じた。
この宣伝を見てしまった、今。
もう餃子が酒の肴にしか見えない。
真実を知り、あまりの悲しみに頭が少しクラクラする。
「餃子……おまえはそんな器用な奴だったのか!」
“戦友”になっていたかもしれない漢の真価を見誤っていたなんて。
公明正大であるべき勇者として失格……そんな言葉も脳裏をかすめる。
「ああ……酒に少しでも金を回したくて、ラーメン一杯じゃ物足りなさそうでも『わざわざ別の料理を頼まなくても大盛の方が安いし……』などと考えていた自分が……恥ずかしい!」
その思考は確かに恥ずかしい。
それもこれも、餃子という物は
だが実は餃子は、ラーメンにも酒にも合わせてくれる「自立した大人」であったのだ……。
酒には常に誠実であろうと思っていたのに。
予算を気にするあまり、ベストパートナーかも知れない餃子を一回も試していなかった。この事実は重大だ。
己のあまりの愚かさをアルフレッドは大いに反省し、決意を固める。
「これは、試してみねばなるまい!」
今回はうまい店を探している時間の残りは無いが、来週はきっと餃子の美味い店を探して食べてみよう。
勇者アルフレッドのニッポン探訪。
次回の主題が定まった。
ちなみに。
先日人生のパートナー(になるかもしれない)
見たって減るもんじゃ無し。
◆
案内された席に着いたアルフレッドは、熱いおしぼりで手を拭きながら早速メニューを眺めた。
“真実”を知ったスーパーでも総菜売場で餃子を売っているのは知っていたけれど、今日は敢えて餃子がウリの居酒屋を探して入ってみた。
「スーパーの餃子は作り置きっぽいしな。やはり最初に試すのは逸品をうたい文句にしている店で作り立てを食べてみないとな!」
アルフレッドは公平を重んじる。
餃子を初めて食べてみる。
これはこの料理の今後の評価を決める、大事な一食だ。
ならば実力を見誤り、今まで冷遇してきた餃子に対して万全の舞台を用意してやって“誠意”を尽くさねば。
今日はそういう思いで店を選んだのだった。
人間関係には無神経だがモノの気持ちは分かる勇者、アルフレッド。
◆
丁寧にメニューをめくったアルフレッドは軽く唸り声を上げて一ページ目に戻った。
「餃子を売りにするだけあって、ずいぶん種類があるみたいだが……」
この店には餃子だけでも十種類くらいあるようだ。選択肢が多くて、正直どれにしたらいいのか迷ってしまう気持ちはある。
だが、アルフレッドにとってはこれが“人生初餃子”。
記念すべき一食目となれば、やはり基本を押さえるべきではないだろうか。
「よし。やっぱり最初はもっともベーシックな“焼き餃子”にしよう!」
心を決めたアルフレッドは、料理を運ぶ店員に向けて手を上げた。
「手作り焼き餃子、お持ちしました!」
「おうっ!」
一日千秋の思いで待っていた勇者の元へ、ついに到着した一皿目。
厚めの生地で具を包んだ一口大の餃子が六個、一列に皿に並んでいる。
ややくすんだ色合いの白い皮は上を向いた部分だけ綺麗なきつね色に焦げ目がついて、まだジュウジュウと焼ける音が響いていた。
そして何より、鼻腔をくすぐる焼き油と火が通った肉の薫り……。
「これが餃子か……!」
万感の思いを込めて呟いたアルフレッドは、胸いっぱいにその芳しい香りを吸い込む。
“おまえを待っていた!”
“
わざわざそんな言葉を言わなくたって、きっと餃子は分かってくれる。アルフレッドが“自分”を待ちきれなかったと。
だって。
注文の品を置いて帰ろうとする店員に、アルフレッドは急いで空のジョッキを振ってみせた。
「すまないが、急いでレモンサワーお替わり! ギョウザが冷めないうちに最速で頼む!」
◆
「はーっ、堪能した……!」
アルフレッドは大いに満足しながら箸を置いた。
結局ベーシックな物の他、青しそ餃子など派生型も含めて五皿ほど行ってしまった。
餃子はレモンサワーともビールとも合った。甘い青りんごハイにも対応できた。結論から言えば、彼は十分……肴足り得る!
「しかし、餃子というのも奥が深いんだな。あの“てれび”の餃子とここの餃子が違うとは」
この店の餃子は肉厚な皮がモチモチしていて弾力があり、荒く叩いた不揃いで大粒な豚肉が実にジューシーに肉汁を弾けさせる逸品であった。
ただ……横一列に綺麗に並んでいて、
それで疑問に思って店員に訊いてみたのだけど。
「ああ、あれは“パリパリ”が売りの『羽根つき餃子』ですね!」
「“パリパリ”!?」
「そう、“パリパリ”」
「この店のは?」
「“モチモチ”ですね!」
「“モチモチ”!?」
食べ物に対して、そういう概念はアルフレッドには無かった。
焼き餃子には他にも“棒餃子”とか、色々あるらしい。
さらには“水餃子”や“蒸し餃子”などという調理法自体が違う物もあるそうで……。
「つまり、まだまだ色々試してみないと“餃子”を攻略したことにならないわけか」
これからたどる道のりの長さに、アルフレッドは思わず天を仰いでしまう。
だが。
「……ふふふ。結構、おおいに結構!」
それもこれも“新しい物への挑戦”に目覚めたアルフレッドには、楽しい経験を積むチャンスだと思える
「餃子か……この試練、甘んじて堪え忍んで見せるぞ!」
難関へ挑むのは、むしろ望むところだ。
アルフレッドは勇者。
決して引き下がってはいけない男。
“餃子攻略”という難題は、むしろ買ってでもしたい苦労だと覚悟を決めた。
◆
少し残っていた酒を飲み干し、アルフレッドは伝票を手に立ち上がった。
良い感じに酔いも回った。
今日は実にいい気分だ。
餃子という新しい美味の“発見”で高揚した気分のままホテルに帰り、クッションの効いたベッドの寝心地を楽しみながらぐっすり寝よう。
気持ち良くレジへ歩き出そうとした勇者はその瞬間にふと、安息日明けの予定を思い出した。
明後日は初めて訪問する隣国の城へ、表敬訪問兼魔王軍の情報収集に行くことになっている。
“初めて”の国へ。
アルフレッドは崩れ落ちるようにもう一度座り込み、頭を抱えた。
「城を訪ねるって事は、エルバギリスの王様に会うんだよな……うわぁ、マナーは大丈夫かなあ……俺人見知りだから、初対面の偉い人が怖くて仕方ないよ……」
姫様、俺抜きで挨拶に行ってくれないもんだろうか……。
できれば表敬訪問が終わるまで、城の前で待っていたい。
勇者パーティが勇者抜きで表敬訪問。
そんなの絶対にあのミリア姫が許してくれないのは承知しつつも……人付き合いの苦手なアルフレッドは、考えただけでもう死にそう。
本気でそんなことを思い、今から憂鬱になるアルフレッドだった。
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