第15話 勇者、焼き鳥にこだわりを持つ

 アルフレッドがニッポンで好む物はいくらでもあるが、ビールにもニッポンシュにも良く合う焼き鳥などはかなり上位の方だ。


 焼き鳥はたいていの居酒屋で出てくるが、焼き鳥を看板にした専門店もある。何か所か試しているうちに、特に炭火で焼いている店が美味いとアルフレッドは喝破していた。




 今日もそんな一軒の暖簾を勇者はくぐる。


 この店の何が良いって、焼き鳥の値段が八十円と百円の二種類しかないのが素晴らしい。

 おまけに付け合わせのざく切りキャベツは一皿無料、二皿目からも五十円というのも食通の“粋”というものを心得ている。じつにアルフレッド好みだ。

 某店の「地鶏串 二本四百四十円」なんて、男爵家子息のアルフレッドでさえ手が出ない王族諸侯の食い物である。


 大型店らしく、アルフレッドが入店すればすぐに威勢のいい店員が寄ってくる。

「いらっしゃいませ! カウンターでもよろしいですか?」

「うむ!」

 カウンター席が空いていると言われて、アルフレッドはますます上機嫌で頷いた。

 

 カウンター席はどこか、上級者が一人盃を傾けるイメージがある。ちょっと飲み歩きのプロっぽくて、形から入るアルフレッドは大好きだ。

 それに、うっかりテーブル席……特に四人掛けや六人掛けに一人で通されると、店が混んで来た時に居ずらくて仕方がない。食事だけなら相席でもいいけど、酒が入るところで別のグループと一緒に座らさせられるのはできれば遠慮したい。

「立ち飲みならいざ知らず、はしゃぐ連中と同じテーブルで一人ポツンと飲んでいるとなあ……」

 こちらも気を遣うし、向こうも“異物混入”で白けてしまう。

 元よりアルフレッドはリーダーシップやムードメーカーなどという言葉と無縁な地味な質モブ気質である。そういう体験は自分の世界で経験済みだ。


 リアルでは男爵家子息という、上にも下にも気を遣わねばならない立場のアルフレッド。そういう他人が気になるシチュエーションだと酔えないタチなのだ。


「とりあえず生と……それとまずはネギマを二本、持ってきてくれ」

「かしこまりましたー!」

 席に案内されたアルフレッドは、メニューを見る前に取り急ぎそれだけオーダー。この二品は焼き鳥を出す居酒屋なら確実にあるので、座ってすぐの場ツナギには重宝する。

 一品目が来るまでの時間のロスを防ぐと、アルフレッドはあらためてじっくりとお品書きを眺めた。

「さ、て、と。本命は何を行くべきか……」


 先日おぼえたボンジリも良い。脂がのって軟らかいながらもコリコリとした食感。


 脂だけならトリカワが一番。だが、逆にくどいぐらいアブラなので気分を選ぶ。


 モモはオーソドックスだが、唐揚げ大好きマンのアルフレッドには逆に焼き鳥のモモ肉は脂が無さ過ぎる気がする。


「悩むなあ……実に悩ましい!」

 と言いつつも、アルフレッドはついつい頬が緩んでしまう。


 二ページ見開きの軍団表メニューにずらりと並ぶ精鋭たち。

 その中から自分一人の采配で精鋭を選んで戦い飲みに臨めるのだ。

 全て己一人で検分し、陣立てじゅんばんを練って参戦する部隊一品を選び出す。

 もちろん不測の事態頼みすぎが起こった時の責任は、自分一人が取ることになる。

 だがそれも、指揮官注文したヤツ冥利に尽きるというものだ。


「くくく……一騎当千の強者おいしいやきとりたちが、どいつもこいつも俺を使え注文してと懇願してくる。これだけのメンツをどう並べ、どう使うかを俺一人が自由に采配できるんだからな……これは全ての軍師の夢だぞ!?」


 間違ってもここには、「あんた何、脂っこい物ばかり注文するのよ!? 野菜サラダを頼むぐらいの気の使い方もできないわけ!?」などとがなり立てる女性陣なんかいない!

「ああ……やっぱりニッポン最高!」

 アルフレッドは届いたジョッキを掲げ、一人楽しむ今宵の宴に乾杯した。



   ◆



 そんなふうに三種ほどと二杯のジョッキを嗜み、次は河岸を変えるか、それともこの店でニッポンシュを行くか……などと考え始めた時。

 アルフレッドの耳に、ふと後ろの席の会話が聞こえてきた。


 通路を挟んだ四人掛けに三人の男が座り、すでにだいぶ出来上がっている。

 そのうちの一人が演説をぶっているのだが……。


「だからさ! 焼き鳥っていうのは、やっぱり鶏の味を確かめなくちゃいけないわけよ! わかる!?」

 

 その言葉が耳に入った途端、アルフレッドは思わず眉間にしわを寄せた。

 ついつい舌打ちしてしまう。

「……時代錯誤の原理主義者か」

 次にヤツが言い出す言葉はもう予想がついている。


「焼き鳥は塩! これは間違いない!」


 焼き鳥好きはニッポンに数多い。その証拠にほとんどの居酒屋には焼き鳥が置いてある。

 だが、そのニッポンの焼き鳥大好きっ子バードマンにも派閥がある。

 「塩」派と「タレ」派だ。

 この両派は水と油。不倶戴天の仇敵である。


 アルフレッドが見る限り、勢いは「塩」派にある。

 なぜと言われれば、後ろの男の論拠の通り。

 「塩=シンプルな味付け=素材の味を確かめられる」の三段論法で、上級者の通な味付けだとマウントを取ってくるからだ。

 一方の「タレ」派は強硬派が少ないこともあり、論戦になるとイマイチ旗色が悪いように思える。


 ……だが!


「それは“料理”の否定ではないか……!」


 熱烈な「タレ」派タレニストであるアルフレッドはその論法が気に食わない。

「素材が確かかどうかなど、店が気を配るべき話! 一々客が良いの悪いのとグチグチ言うなどおこがましい。それほど店が信用できないなら自分で作れ!」

 店は料理人の華麗な腕前を楽しむべき場所ではないのか?

 アルフレッドはそう思う。


「素材を自分で確かめたいなら生肉でも食っていろ! タレが持つ複雑な味の構成や何倍にも膨らむ豊かな旨味を分からぬようなクズどもめが……」

 聞きたくもないが向こうから入ってくる会話を聞くに、どうやらあの席に「塩」派のオヤジに反論できるような「タレ」派はいないらしい。それとも元から三人とも「塩」派なのか……?


「チッ……身内しかいない所で仲間褒めか……」

 いかにも「塩」派らしい幼稚な連中め……。


 あんな連中の会話が聞こえてくるところで酒が楽しめるわけがない。

 気分が悪くなったアルフレッドはこの店を打ち切り、次の店に向かうことにして立ち上がった。



   ◆



 勢いのままに出てきてしまったが……。 

「さて、次はどうするか……」

 予算の限界があるアルフレッドは、一晩でそう何度も店を変えることがない。

 すでに一杯ひっかけているから、しっとり飲むのでもいいのだが……。

「いや。このまま別の趣向に切り替えても、モヤモヤした気分は収まらないな」

 途中で嫌になって出て来たから、まだ「焼き鳥」の欲求が抜けきっていない。


 ふと見たら、ちょっと先に「焼き鳥」とわざわざ看板に入れている店があった。

「ふむ。焼き鳥屋をはしごもいいな」

 今夜は焼き鳥尽くしも悪くない。


 何より他の酒肴より安いし。


「よし、あそこで飲み直しだ!」

 アルフレッドは気を取り直して次の店の扉を開けた。




 パッと見には、普通に居酒屋。

 しかし……。

「……何か、おかしいな」

 客も結構入っているし、内装に変わったところもない。

 ただ……。


 なぜか、店内の雰囲気が刺々しいような。


 一歩入ったところでアルフレッドが困惑して足を止めていると、来店に気が付いた店員が寄ってきた。

「いらっしゃいませ」

「あ、ああ……あの、何かこの店……緊張感がないか?」

「え? ああ。お客さん、ウチは初めてですか?」

「そうだが……?」

 居酒屋に入って「初めてか?」と聞かれたことが初めてだ。




 店員が少し声を潜めて店内に視線をやった。

「いや、実はうちの店……なぜか味付けにこだわりのあるお客さんが多くって」

「ほう?」

「左手の奥の方が「塩」派で、右の方が「タレ」党の人たちでして」

「ほう!」


 なんということだ……。

 アルフレッドは嬉しくなった。


(やっぱり、モノの道理が分かる連中はいるんじゃないか!)


 この店には、「塩」派の横暴に声を上げる「タレ」派我が同志がこんなにいる!


「それぞれ座るテリトリーが分かれちゃってね……こだわるグループの“陣地”で間違って逆の物を頼むと血を見かねないので、どちらもという方には手前のこの辺りをお勧めしています」

「なるほど! よくわかった!」

「それでは……」

 手前に誘導しようとした店員を断ったアルフレッドは当然右手にドカッと座り、胸を張って叫ぶ。

 

「とりあえず、生。そしてネギマ、カワ、レバーを二本ずつ……もちろん、タレで!」


 一大決戦を前に、アルフレッドは旗幟を鮮明にした。

「おおぅ……!?」

 いきなり乱入した一見さんアルフレッドに、「タレ」派が手に手にグラスやジョッキを掲げて歓迎の意を示した。

 アルフレッドも届いたビールを掲げて彼らに応えてみせる。


 一方、奥に陣取る「塩」派は“敵”の援軍に不満げに唸り声を上げる。

 そして一拍置いて、両派の者たちは次々に店員を呼んで追加注文を出し始めた。もちろん、“味付け”にアクセントを置いて大声で。


「良かった……大事な一戦に俺は間に合ったようだな!」

 この戦場には、共に戦う同志がいる。

 普段仲間には恵まれていない勇者には、それが何より嬉しく心強い。




 魔王討伐なんかよりも負けられない戦いが……今、幕を開けた。

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