第16話 魔術師、勇者の立ち位置に苛立つ

 勇者パーティの魔術師、エルザは不機嫌に思った。


 どうにも気に食わない。




「アルフレッド、貴方もっと周りに気を配れないの!? 後衛がフローラでなければ、もう少しで敵に背後を取られていたわよ!」


 聖女のミリアが居丈高に勇者のアルを叱責する。

 その偉そうな物言いが、他人事ながら横で聞いていて気に食わない。


 確かに彼女は我が国の“姫”で、王国貴族出身の我々は頭が上がらないけれど。

 特に顔も頭も冴えないアルは宮中でも壁飾りモブでしかないけれど……。


 でも、仮にも神に指名された勇者。

 姫とはいえ、ちょっとは立場ってものを考えてやってもいいんじゃないの?




「ああ、すまん……」


 アルフレッドもアルフレッドだ。

 勇者パーティなんだから、リーダーとしてビシッとできないのかしら。


 相手が主君筋のせいか……ミリアに上から物を言われても、返事も態度もどうにも煮え切らない。

 確かに今日の戦いぶりはエルザから見てもどんくさかったけど。


 それにしたって、戦闘時には自分アルフレッド以上に直接役に立たない聖女ミリアに、ああまで言われる筋合いはないんじゃない!?




「すまん?」


 アルの言葉遣いを聞き咎めたミリアの護衛、ついでにパーティの前衛をやっているバーバラがアルフレッドを睨んだ。

 元からキツイ顔をしている“雌オーク”がさらにひたいに縦ジワを入れて、腰に差した剣を抜きかける。


 ヤツのあのしぐさ。

 あれはただのクセか、脅す時の嫌がらせだろうと……立場的にまさか勇者を斬り殺せるわけもないとタカを括っていたら、違った。

 このあいだはまさかの鞘ごと引き抜いて、木刀代わりにアレでアルフレッドを滅多打ちにしていた。見た時はマジか!? とドン引きした。


 ミリアも聖女の錫杖でメチャクチャに殴っていたし、主従揃ってとんだ暴力女どもだ。




「いや、あの、すみません!」


 アルフレッドもちょっと睨まれたぐらいで、慌てふためいてすぐに謝るとか……。

 パーティを引っ張っていく者として、もっと毅然とした態度を取れないものかしら。




 そして話題に出たフローラは、我関せずと言った顔で弓に弦を張り直している。


 さすがダークでもエルフ、コイツは自分の気が向いた時にしか協調性を見せない。

 むしろ白エルフみたいな建て前もないから、興味が無いことはどうでもいいという態度を隠そうともしない。


 もう一年は一緒に旅をしているのだし、少しは歩み寄る姿勢を見せたらどうなのか……少なくとも、パーティの仲間が喧嘩をしていたら仲裁に入るぐらいの事はできないのか? 



   ◆



 エルザは思う。


 こんな有り様のパーティなので、この先強敵が出てきたらどうなるのか……私はとっても不安だ。


 私の魔術も同年代では無二の腕前と自負しているけれど、魔術師の世界で言えばしょせん駆け出しでしかない。

 パーティの他の連中も大同小異だ。

 若手の有望株というだけで、世界一と名乗れるほどの腕前は一人もいない……と思う。


 だからこそアルが皆をまとめないと……と思うのだけど。


 肝心のコイツアルフレッドが、そもそも騎士ではなく行政官志向とくる。

 しかも一人でコツコツ書類を片付けていくタイプだから、そもそもが集団行動が苦手で人心掌握に疎くて体を使う事全般に向いて無い。

 ただでさえ精彩を欠くぼんやりした男が、頭が上がらない相手ばかりに囲まれて余計に卑屈になっているというか……。


 いや、あれか?

 一緒に旅に出るようになって思ったが、コイツとぼけた顔をして意外とムッツリな所がある。

 たとえ殴る蹴るされるだけの間柄でも、王国屈指の美女に相手をしてもらって嬉しいのかしら!? 


 姫もバーバラも、確かに顔だけはいいものね……。


 ……いや、乳か!?

 この馬鹿、このあいだはバーバラに面と向かって言ってたしな……。


 だけどその二人、見た目は良くても狂暴な人デナシじゃない!


 分かってるの、アル!?

 そいつら、中身はしょせん雌ゴブリンと雌オークだから!

 人間胸だけで評価は決まらないんだから!

 私だって人並みにはあるんだから!

 だけどコイツ、いつもいつも巨乳二人に折檻されて嬉しそうに……。

 それに引き換え、私が殴る時はいまいち反応が無いのは、やはり胸の差なのか……ああああああああああ、もおおおおおおおお!?



   ◆



 アルフレッドが今日の情けない戦いぶりについて、いつも通りに姫にねちねち叱られていたら……。


 横でブスッとした顔で見ていたエルザが、なにかを考えていたかと思うといきなり発狂して椅子を振り回し始めた。

「ああああああああああ⁉」

「ちょ、おいっ、エルザ!?」

「あああああもおおおおおお腹立つわっ!? アル、あんた男でしょうが! 何よシャッキリしないわねっ! もっとこう、ダーッとやってバーッとできないの!?」

 アルフレッドの精彩を欠く戦いぶりに、彼女も不満があったらしい。




 アルフレッドが男らしくないとエルザがキレて怒り始めるのも、最近恒例行事になりつつある。


 親同士つき合いのあるアルフレッドは小さい頃からエルザと顔見知りだが、彼女にはこういうところがある。

 深く考えるタイプ……なのは良いのだけど、一人で深く考えて一人で変な方向へ行ってしまって、一人でドツボに嵌まって急に爆発してキレるのだ。


 何をどう考えたのか、途中経過の説明が無い。

 だから周りから見ると、前触れも無しにいきなり暴れ出す危ないところがある。


「エルザ、落ち着け! 思ったことはまず口で言ってくれ!」

「これが落ち着いていられるかぁっ!」

「だから、分かるように説明を……とりあえず椅子を下ろせっ!?」

 アルフレッドが止めようにも、凶器椅子が危なくて近づけない。




 エルザは確かに昔から男勝りで、スパッと物事が片付かないと気に食わないという性格の少女だったが……。

(小さい頃は、ここまで腕力に訴えるほどではなかった気が……)

 いや、深い付き合いじゃなかったから断言できないが。


 それにしたって、彼女が始終イライラして暴力に訴えるようになったのは……勇者の一行として旅立つようになってからの気がする。

(あれだろうか? 戦闘が日常になって、狂暴性が開花したのか?)

 さもありなん。




 魔術師をなだめようとしながら、アルフレッドは内心ため息をついた。


 このパーティはそんな女ばっかりだ。

 ミリアも。

 剣士バーバラも。

 魔術師エルザも。

 三人とも才色兼備で名高い有名人だったけど……魔王討伐のメンバーに選ばれるまでは、こんなに“極悪”だとは噂も無かったのに。

(連日戦いばかりで粗野になるのは分かるが……むしろ極限状態の毎日で、宮廷では隠れていた本性が出てきたのか?)


 魔物と戦うだけでなく、ぶつかり合う気性が荒い女たちの間で機嫌も取らないとならない。

(これ、勇者の仕事かよ……?) 

 魔王と戦うプレッシャーの前に、魔獣メンバーの機嫌を取るだけで死にそうだ。


 本当に気苦労ばっかり……。

 アルフレッドは皆に聞こえないよう、もう一度ため息をついた。

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