第14話 勇者、スパゲッティを試す

 人間、たまには敢えて冒険することも必要だ。

 アルフレッドはそれを今、しみじみ実感している。

「いけるな、これは」

 ちょっと食べ方に難儀したが、コツが掴めれば楽しくなってきた。


 ミートソーススパゲッティ。


 アルフレッドの世界には類似品も無い食い物である。



   ◆



 今日も今日とて大学の学食で昼食をとることに決めたアルフレッドは、並ぶ列の前の方を眺めるうちに変な物を受け取る学生が気になった。

「……紐?」


 どう見ても、ヒモ。


 圧倒的な“紐”感。


 だが、そんなはずはない。

 ここは学食。最近になって正確な名前を知ったが、“学生食堂”の意味らしい。


 ここが食堂であるからには、紐に見えるアレも食い物のはず。

 食堂では食い物を買い、紐は雑貨屋に買いに行く。それが社会の定理だ。

 その証拠に、あの紐は皿に載っているではないか。


 正直そこまで考えついても、まだちょっと疑っていたけど……席に着いた学生が口に運ぶのを見て、アルフレッドもやっと確信が持てた。 


 あの紐は食える。


「ふむ。ならば」

 勇者たる自分も、一度は挑戦してみるべきではないだろうか。


 ちょうどアルフレッドの前に並んでいた学生も同じ物を買っていたので、自分の番になったアルフレッドも便乗することにした。

 注文を威勢よく聞いてくるオバちゃんに向けてダンディな笑顔を決め、アルフレッドは前の学生を指し示した。

「俺にも同じロープを」



   ◆



 中庭のベンチで満腹感を楽しみながら、アルフレッドは今日の出会いを神に感謝していた。

「あれは……新しい美味だ」

 自分の世界に無い体験を楽しむ。それでこそニッポン世界まで来たかいがある。


 他人の会話を注意深く聞いていて、あの料理の名前が「スパゲッティ」だと判った。

 初めて食べたが、柔らかくも弾力のある紐に甘じょっぱい挽肉混じりのソースが良く合っている。

「つまり、ラーメンの太いヤツなんだな」

 アルフレッドは納得した。

 

 思えばラーメンを初めて試した時も戸惑ったものだ。

 ただあの時は腹が思い切り減っていたのと、同じものを食っている人間ばかりだったので“知らないけれど食べ物”と最初から分かったのだ。

「たっぷりのスープに浸すのではなく、牛丼やカレーのように上にかけたソースをまぶす。これはラーメンと牛丼の掛け合わせハイブリッド料理というわけか」

 アルフレッドは異世界の勇者。彼の乏しいニッポン知識だけで理解しようと思うとそういう結論になった。




 注意深く周囲を見れば、同じ素材の料理を食っている学生もいる。

 上に載っているソースで違いを出すようで、メニューを見れば四種類くらいあるようだ。

「山菜、明太、ナポリタン……何だかわかるのは山菜だけだな」

 と言ってもアルフレッドの知っている山菜は、串に刺してバーベキューにするような大きさなので……似たような名前だけど何かまた別種のものかもしれない。


 何はともあれ。

「やはり勇者たるもの、冒険は必要だなぁ」

 あそこで思い切らなかったら、ずっとこの美味さを知らないままだったに違いない。

「よし。スパゲッティを集中的に攻めてみるか!」



   ◆



 大食いを正当化して残り三種も制覇したアルフレッドは、感心しながら街を歩いていた。

「なるほどなあ……それ自体は淡白な味の土台になる“紐”に、ソースの方で様々な味を付けると」

 アルフレッドは“麺”という概念を知らない。


「何もつけない状態で口にすると、より細いラーメンの紐に味が似ているし……同じ製法だが料理の形態で太さを変えているんだろうなあ。素材は何だろう? 豆か? だが、あんな形に成型できるなんて……」

 彼が自分の世界で散々食っている麦である。


 ふいに勇者の足が止まった。

「まてよ……学食は安いが、同じメニューでも街の食堂の方が豊富に種類が揃っている。ということは……スパゲッティも街の食堂にもあるということか?」



   ◆



 意識して探し回ったアルフレッドは、ほどなく専門店を見つけた。


 歩く女の子が「あそこのスパゲッティが絶品で……」とか話していたのだ。さっそくアルフレッドもお薦めに乗っかり、その店の行列に並んでみた。

 看板にはスパゲッティなんて一言も書いておらず、“パスタとパフェのお店です”と書いてあったので心配になったのだが……。

「うん、ちゃんとスパゲッティもあるな!」

メニューを見ればちゃんと精細な絵も付いていたので、非常に分かりやすく何十種類ものスパゲッティが選べるようになっていた。

 何のことは無い、この店ではスパゲッティをパスタと呼んでいるようだ。

「パスタ……店主の出身地の方言かな?」

 アルフレッドの知識には、“麺”だけでなく“パスタ”の概念も無い。


「それにしても……」

 さすが街の専門店。値段が高い。

「学食だと四百円しないミートソースも、この店は九百円か」

 やはり学食は特別安いようだ。

「しかも高いのは千五百円まである……“ボローニャ風”とやらを止めて、“学食風”を出したらどうだろう? 値段もグッと下がって客が殺到すると思うが」

 まあ、他人の商売の仕方なんかをアルフレッドがとやかく言うことは無い。


 写真さしえを見てもさっぱり何だか分からないものも多い中、悩みに悩んでアルフレッドは……学食の物と食べ比べることを思いつき、“大葉と福岡産明太のパスタ(千二百円)”をチョイスした。



   ◆



 先週の事を思い返しながら、アルフレッドはまたニッポンを訪れていた。

「スパゲッティも不思議な食い物だな。同じ名前でも、あれほど違いがあるとは……」

 学食で食べた“明太スパゲッティ”と、人気の店で食べた“大葉と福岡産明太のパスタ”。確かに材料は一緒なのだが……。

「さすがに値段が高いだけのことはあるな。あそこまで質が違うとは思わなかった」

 人気の店の物はさすがに美味かった。スパゲッティの何とも言えない弾力も、メンタイの鮮烈な風味も全然違った。

 ただ、大食いで金がないアルフレッドから見れば、お値段なりの学食のスパゲッティも“アレはアレで”と思うのだ。

「きっと客層が違うのだろうな。『パスタとパフェのお店』の方は若い女性ばかりだった。令嬢が集う店なのかな」

 勇者パーティうちの女性陣は一も二もなく、あっちだろう。

 ならばアルフレッドは、男も気兼ねなく食っていた学食の方が自分には合う気がする。


 


 そんなことを考えていたら、空腹がいや増して腹が鳴った。

「よし! 今日も昼はスパゲッティにしてみるか!」

 今のアルフレッドはすっかりスパゲッティを欲している。


 ちょうどそこに、“スパゲッティーが得意です!”と書いてある看板を発見した。

 微妙な表記のブレが気になったが、スパゲッティとパスタが同じものなのだから誤差の範囲だろう。

 幸い今日は財布にも余裕がある。


 待たずに入れたのでさらに機嫌が良くなったアルフレッドは、席まで案内してくれた店員にメニューも見ないで注文を出した。

「この店で人気のスパゲッティ、一番目と二番目を出してくれ! 大盛でな!」

「はぁい! かしこまりましたぁ!」

 

 たまには自分で選ばず、店や他の客の評価にお任せもいいだろう。


「ふふふ……この店のお勧めがどんなものか、お手並み拝見といくか!」


 店員が厨房へ向かって「小倉抹茶スパと三色の激甘フルーツスパ、両方大盛で!」と通す声を聴きながら、アルフレッドはゆったりと熱いおしぼりで顔を拭った。




 勇者の戦いは、これからだ。

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