第13話 勇者、キネマに溺れる
“学食”を安く飯が食える場所と認識したアルフレッドが、今日も今日とて学生に混ざり込んで大盛カレーを食っていると。
後ろの席に座った三人組の若者が、“エイガ”なるものの話を始めたのが聞こえた。
「今見ておくべきはやっぱり『炎の七日間』だろ」
「アクションもいいけどさ、『王冠物語』の緻密な世界観と映像美はスクリーンじゃないとさあ」
彼らは楽しそうに観劇の話をしている。
ニッポンの知識がまだ完全ではないアルフレッドには、それがどんな内容の劇なのか分からない。
ただ、彼らの言葉の端々で気になる単語が出てくる。
……“エキストラが三千人”とか。
“巨人の絶望的な大きさが体感できるなんて”とか。
大盛カレー二杯目を行こうか、悩んでいたアルフレッドでも聞き逃せない言葉がポンポン出てくる。
「
姫が話題の劇を見に行くと言うので、
それと、巨人の大きさが体感できる、とはなんだろう?
大道具で巨人を再現したにしても、彼らの言うような“山のよう”なんて表現に結び付かない。
「ニッポンの色々は、実際に見て見ないと分からないものが多いんだよなあ……」
口で説明されても常識が違うので、現物を見ないと概念さえ分からない。
缶ビールとか。
温泉とか。
インスタントラーメンとか。
もちろん完璧に体得した今では、彼らはアルフレッドの良き友だ。
正直パーティメンバーの女どもより、牛丼やカレーの方が自分と心が通じ合っていると確信している。
そういう事情があるので学生たちの言う“エイガ”も気になるが、まあ芝居の類ならば自分には向いていない。
(やっぱり二杯目行こう)
そう決断したアルフレッドが、トレーを持って立ち上がった時。
「とにかく早くシネコン行こうぜ。せっかく休講に感謝祭かぶったんだからな」
「そうだな。4DXも重低音上映も八百円ってのは今日だけだもんな!」
◆
アルフレッドは繁華街の交差点に立ち、その巨大な建物を見上げた。
「コイツがシネコンとか言うものか」
なるほど。
今までアルフレッドが見てきたニッポンの“ビル”とかいう巨大建築物の中でも、これは大きな方の部類に入る。高さはもっと高い物もあるが、横幅は相当にデカい。
「キャストが三千人も走り回るのだからな。これくらいは必要か」
さもありなん。
アルフレッドの世界のちんけな劇場とはモノが違う。
実はデカいのは都市型ショッピングセンター自体であって、シネマコンプレックスは八階だけなのだが……そんなことはアルフレッドの理解の外にある。
「おっと、グズグズしていると案内人から遅れてしまう」
アルフレッドは慌てて(勝手に付いてきた)大学生たちの後ろを追いかけた。
◆
アルフレッドはニッポン世界に親しむうち、色々なことを覚えてきた。
その一つがこれ。
“良く分からないことをする時は、分かっている人間がやるのを見て覚える”
ニッポンは特にそうだ。不思議な魔術で動く機械が、人間の代わりに金を徴収する場所が多い。
アルフレッドは壁のポスターを眺めるふりをしながら、券売機でチケットを買う人々を手順が理解できるまで観察した。
「なるほど、見たい舞台を決めたらあそこの券売機でチケットを買う。そのまま横に流れて、飲食物を買う。土産もあるようだが……持って帰れないしな。そして最後に入場口で
完璧だ。
アルフレッドは利用法を完璧に理解した。
何が完璧って。
アルフレッドは券売機にたどり着くと、躊躇なく“係員呼出しボタン”を押した。
「どうされました?」
「使い方が分からないんですが!」
◆
甘くて美味いがアルコールは入っていないコーラ(L)と、街で見たことが無いポップコーンなる爆ぜ菓子(当然L)を変な形のトレーに載せ、自分の指定席を探し当てたアルフレッドは室内を見回した。
「さて、この舞台は意外と小さいようだが……」
アルフレッドはまず、学食で学生たちが話していた劇を見ることにした。
初心者は素直に先達のお勧めに乗ればいい。変に自分の色を出そうと思うと失敗するものだ。
そこまでは簡単に決まったのだが……。
細部にこだわるアルフレッドは、売店で観劇の友を選ぶのに非常に悩んだ。
『パンにソーセージを挟んだものとか、美味そうだが……アレを一本だけというのは腹具合的にどうだろう? 二時間座っているんだよな? この細かい菓子は量も多いみたいだが……サイズと味? え? 今すぐ選べと?』
後ろが並んでいる中で焦って選ぶあの瞬間は、もはや拷問だ……。
「会計する番になってから、あの複雑な選択肢から即断でチョイスするのは難し過ぎる! 窓口を玄人専用と素人専用に分けてくれればいいのに!」
遊びに来た異世界人への配慮が無い!
「いつも思うが、ニッポンはその辺りを改善すべきだな。『メシ!』と言ったら自動でパンと
まあいい。
今は学生お勧めのニッポン文化を楽しもう。
「これはアクションとか言うスカッと爽快な活劇らしいからな」
前に姫のお供で見た劇は恋愛劇で、世界観に全く馴染めないアルフレッドは退屈で寝そう……実際に寝てしまい、五分に一回バーバラに肘打ちで小突かれ続けた。
やはり勇者たる自分は
アルフレッドは席に着くと早速甘く味付けられたポップコーンを頬張り、コーラで流し込む。
「ふむ、味わいは軽いが……まあ、食事ではないしな」
段々照明が暗くなり、音楽が流れ始める。いよいよ始まるようだ。
「さて。勇者の俺を満足させるレベルなのか……ぜひとも凄いのを期待しているぞ、ニッポンよ!」
◆
アルフレッドは震える足で、何とか入口ホールまで這うように転げ出てきた。休憩スペースに椅子を見つけ、とりあえずそこでへたり込む。
「こ……」
言葉が出ない。
「怖いわー……ニッポン怖いわー!?」
抜けるような快晴の空に、広大な砂漠。
でっかいカブトムシに乗った兵士たち。
アレはどう見ても、劇というより戦場そのものだった。
「……内容もすっごいシビアだし! 爆発とか血飛沫がバァーッとか!? 劇って歌ったり踊ったりするものじゃないのか!?」
しかも見たのは重低音再現上映。
下から突き上げられるたびに、アルフレッドは丸くなって悲鳴を上げ続けた……。
「アレはどう見ても、目の前で戦争をしていたとしか思えない……」
確かにすごい派手なアクションだったけど!
エキストラ三千人も納得だけど!
「劇ってレベルじゃないぞ!?」
中東戦争の戦車戦は、ソードバトルしか知らない異世界の勇者にはちょっと敷居が高かった。
それでも次第に落ち着いてくると、アルフレッドの中で段々興奮が恐怖に取って代わってきた。
「面白い! コレがエイガか!」
考えればニッポンには“テレビ”がある。
その場で劇を演じるのではなく、遠くで作って映像だけ持ってきているのだろう。
「よし、面白そうなのを、見られるだけ見てやろう!」
理屈が分かれば、アルフレッドもテンションが上がってきた。
「今日だけ安いらしいからな!」
そこ大事。
◆
トロールの鈍い一撃を難なくかわす勇者の動きに、パーティメンバーは目を見張った。
「へえ……怖気づいて足が竦んでいたあんたが、やるじゃない」
支援していた赤毛の魔術師が、珍しく好意的な事を言う。
アルフレッドは爽やかに笑うと、ビッと親指を立てた。
「ああ……こんなトロールぐらい、『王冠物語』のタイタンに比べれば大したことは無いからな!」
「……は?」
エルザにはアルフレッドの言っていることは良く分からなかったが……いつも通り、勇者はどこかのネジが外れている事だけは理解できた。
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