第12話 勇者、キャンパスライフを謳歌する
アルフレッドが緑地の脇の小道を歩いていると、昼を告げるように腹が鳴った。食べ盛りの腹時計は陽の傾きより信用できる。
「そろそろ昼飯といきたい、が」
どこで食べよう。
見渡す限り、庭園のようなものが続いている。見える範囲に飲食店はおろか店と呼べるようなものは無い。
「うーん……清々しい風に、ついつい歩いてきてしまったが。繁華街へはどうやって戻ったらいいだろう?」
無計画に気の向くまま街を見て歩いていたら、こんな所へ来てしまった。
つまり迷子である。
幸い通行人は多いので、誰かに声をかけて道を聞いてもいい。
ただ、アルフレッドは今いる場所が何なのかが気になった。
「庭園かと思ったが……なんだか不思議な場所だな?」
広大な敷地に芝生や木立が広がり、その間を舗装された歩道が縦横に走っている。よく整備されているし、一見アシンメトリーな作りの庭園かと思えるのだが……なぜか大きな建物があちこちに点在している。
「……ん? 宮殿?」
アルフレッドは思い違いをしていたのかもしれない。
ここは庭園ではなく、何かの施設なのではないか?
庭に建物が点在しているのではなく、まず建物があって空きスペースを緑地化しているのではないだろうか。
宮殿のように規則的に建物が並んでいるわけではないが、出入りする人間も多いしそんな気がする。良く見れば皆、庭園で憩うというよりただ通っているだけのようだ。
「しまった。勝手に入り込んでしまったな」
アルフレッドがここまで誰何もされず歩いてきてしまったぐらいだから警備は緩い。王宮とかではないだろうが……。
施設が何なのか気になるが、不法侵入の方が気になる。アルフレッドはとにかく退散することにした。
取りあえず太い道を街の方角と思われるほうに進んでいると、人だかりがある一角に出た。
何か催しが行われているというよりは、その建物に用事があって人が集中しているように見える。
「……この建物、何だろう? 見た中ではぼろい方に見えるが」
人が多いから本館とは限らない。
ここに来るまでにもっと威厳のある建物はいくつもあった。見た目ばかりが建物の重要性を示すわけではないが、ちょっとアルフレッドには不思議に思えた。
道を外れて近寄ってみる。
忙しそうに群衆が出入りする玄関の脇に、使い古された立て看板があった。
“毎週金曜日はカレー曜日!”
アルフレッドは目をこすって、もう一回見てみる。
“毎週金曜日はカレー曜日!”
何度見ても変わらない。
顎を撫でて宙を睨んだアルフレッドは、しばらく考えて理解できた。
「俺たちの世界の安息日をニッポン世界では金曜日と言うのだな」
なんで神の日をカネの曜日と言うのか分からないが……もしかしたら工業が発達していそうなニッポン世界だけに、金銭の意味ではなく鍛冶の神を指しているのかもしれない。
「つまり、神に捧げる為にカレーを食えと?」
さもあらん。
何種類もの具をぶち込むカレーの豪華さと美味さは、確かに神に捧げるにふさわしい。
そうなると、この建物の用途が何となくつかめてきた。
「内部の人間が使う食堂なのだな、きっと」
来客や式典がある時の表向きの宮殿ではなく、おそらくここで働く人間などが食事を取る場所に違いない。
安息日にも働いているのはどうかと思うが、まあアルフレッドも神が確保してくれなかったら今日もワガママ姫に働かされていたところだ。
ニッポンでは安息日に働く詫びに、神に感謝しながらカレーを食って代わりにしろと。
この立て看板はそう呼びかけているに違いない。
「そうなると……都合が良いな」
ずっと見ていて分かったが、出入りする人間は服装もばらばらで制服はないようだ。
黒髪黒目が多いニッポン人だが、ここでは茶色の髪やアルフレッドのような彫りの深い顔の者も珍しくない。
雑多な人間がこれだけ入り込んでいれば、アルフレッドが混じり込んでも分からないのではないだろうか?
なによりアルフレッドの空腹は限界だ。
潜入を試してみる価値はある。
「神を讃えるためならばしょうがないな……カレーを心行くまで食うとするか!」
アルフレッドは一つ頷き、中へ入る人々に紛れ込んだ。
◆
一時間後。
アルフレッドはすっかり満ち足りた思いで、芝生を歩いていた。
「ガクショクというところは安いのだなあ」
特別食だけあって、カレーは実に安かった。大盛にしても街の食堂の半額ぐらいだった。
さらに、他のメニューもずいぶん種類が多かった。
「特に“今日のお勧め”が唐揚げ定食だったというのは、ヤツとの運命を感じてしまう」
居酒屋のメニューでも特に好きな鶏の唐揚げ。
ここの食堂はそれを“定食メニュー”にアレンジしていた。
「ビールの友を白米と合わせるという意欲的な挑戦は驚いた……“当たり前”を常に疑う姿勢、賞賛に値するな」
おかげでカレーと唐揚げ定食、合わせて食べてしまった。
両方ライス大盛で。
たっぷり食べたし、腹が落ち着いてきたら眠くなってきたが……。
アルフレッドは周りを見回した。
「聞けば賢者の学院だというし……この辺りの芝で昼寝などしてはいかんよな?」
そんなヤツは見る限り一人もいない。
腹がいっぱいになったので少し横になりたいが、悪目立ちもしたくない。
どうしたものかと思っていると……アルフレッドの鋭敏な五感が、視界の端を不審な男が小走りに通り過ぎるのを見咎めた。
服装は他の者と大差ない。だが何故か周囲をうかがいながら、人目を避けるように一つの建物に入っていく。
「なんだ、あいつ? ……不審者だとしたら、見捨てておくわけにいかんな」
自分も不法侵入なのを忘れ、アルフレッドは勇者として変な男の後を追った。
その建物に入って見ると廊下の先で、男が扉を開けて中を覗き込んでいた。
「ますます怪しいな……」
近寄っていく途中で、男は静かに中に入ってしまう。
遅れて到着したアルフレッドもそっと扉を開けてみた。
何か重要なものを保管している部屋かと思いきや……広い講義室に多数の学生が座り、初老の男がなにやら小声で話している。
まったく予想が外れ、アルフレッドは虚を突かれてしまった。
見れば、今入っていった男も部屋の後ろの方で座っている。
「講義を受けるなら、なんであんな不審な入り方をしたんだろう? 普通に入っていけばいいのに」
アルフレッドの知識に、遅刻をごまかすという学生の常識はない。
それに、おかしなのは男の態度だけじゃない。
「……これはいったい何をしているんだろう?」
授業中かと思いきや、ほとんどの人間が座ったまま寝ている。前の方は黒板を見て話を聞いているようだが、後ろの方が全滅だ。
男と部屋の様子。
おかしなこの状況を考えてみたアルフレッドは、一つの結論に行きついた。
「そうか、さすがは賢者の学院だな」
昼食を食べれば眠くなる。
だが庭で寝転ぶわけにいかない。
なので、昼寝の為の部屋を用意していると。
「それなら、皆の安眠を妨害しないようにそっと入るのも納得だ。導師が専属で“
納得したアルフレッドは自分も室内にそっと入り、一般教養科目・哲学概論を静かに聴講し始めた。
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