第11話 騎士、最近の勇者に頭を悩ませる

 ウラガン王国と尊敬すべき聖女・ミリア姫に忠誠を誓う騎士バーバラは、このところ頭を悩ませる事態にぶつかっていた。




 最近、勇者がおかしい。




 ……いや、それは元からだが。


 しかし、この男……なんとか男爵家のアルフレッドは、勇者に選ばれる前はもう少しマシな男であったように思う。


 具体的には。

 神託で勇者に指名された時に、名前を聞いても全く誰だか思い当たらない程度には……問題を起こしたことが無かった男であったはずだ。




 それがなぜかこの男……魔王討伐の旅に出てからパーティの中で、やたらと問題になるような事ばかりをやらかしてくれる。

 問題と言っても犯罪に入れていいのか微妙なラインで、女性への意識した嫌がらせのような……認識の甘さでただ失言、失態をかましているだけのような……何とも言えない事ばかり。

 ただ、思わず凍り付くような事例が多いので洒落にならない。


 そもそも我らが魔王討伐パーティは元から人間関係がギクシャクしている。

 そこへ瓦解しかねない言動が入るのだから、いい加減にしてと叫びたくなるのだ……。



   ◆



 パーティが七日に一度の安息日を宿で過ごし、身体を休めてリフレッシュした翌日の今日。

 早朝から聖女でもあるミリア姫の居室で騒ぎが起こり、姫の護衛騎士でもある剣士バーバラが何事かと駆けつけて見れば……勇者が木の床に直接座らされ、説教……というか錫杖で思い切り殴られながらなので折檻……を受けていた。


 どうやら神聖な安息日に深酒をし、泥酔して自室と間違え姫の部屋で寝こけていたらしい。

 当の本人は全く覚えておらず、しきりに首を傾げているが……だが確かに姫の部屋で寝ていたとあって、謝罪しながら吊し上げに遭っていた。

 ……いや、姫一人に締め上げられているのを“吊し上げ”と表現していいのか分からないが。

 

 ただ、バーバラは何が起こったのかを知った時に思わず叫び声を上げそうになった。

 と言うのも。


 ミリア姫は、寝る時に全部脱いで寝ているはずなのだ。


 もちろん野営する時は外套まで着たまま寝ているし、それなりに信頼できる宿でなければそんなことはしないのだが……我が国の貴婦人としては珍しくない習慣なので、今まで気にも留めていなかった。

 それが、まさかあのアホ勇者が姫の寝室に無断侵入しただなんて……。


 バーバラはそっと姫の顔を窺ってみる。

 

 うん、間違いない。


 キレ具合といい、あの怒りと別種の赤くなりかたといい、姫が勇者に気が付いた時にはだったようだ。

 取りあえず姫の方に服を着てから叩き起こすだけの理性が残っていたようで、バーバラもソコだけは安心した。

 もし姫が起きた瞬間に悲鳴を上げていたら、アルフレッドの罪状が無断侵入どころじゃ済まなかったかもしれない。

 



 そもそも泥酔して意識が無かったアルフレッドに言っても仕方ないのだが……。

(迂闊な……)

 姫の側近でもあるバーバラとしては、そう思わないではいられない。


 危険な旅の最中に我を忘れるほどの深酒をするのも問題だが、だいたい姫の数少ない護衛が出先で酒を飲むことが油断と言わざるを得ない。

 名目は勇者の供が聖女だが、現実問題上下関係は「聖女=姫」に「勇者=男爵家子息」が仕える図式だ。こんな酒乱騒ぎが宮中の舞踏会で起きていたら、明日には男爵家が無くなっていただろう。


(この調子では、たとえ魔王を倒しても終戦後に姫に始末されるのではないだろうか……?)

 先日は自分から言い出したくせに、そんな心配をしてしまうバーバラだった。


 


 やっと姫の気が済んだのか、罵倒に錫杖を持つ手が付いて来なくなった。

 それに勇者も気が付いたのか、懸命に頭を下げながらももホッとした様子がどこか漂っている。

「まったく……ああ、朝食が遅くなってしまいますわね」

 姫もの締めに入った。勇者の首は今回も間一髪飛ばなかったようだ。

 ……と、思ったら。


 騒ぎを聞いてバーバラと同じく駆け付けた魔術師のエルザが、妙にニヤニヤしながらアルフレッドに声をかけた。

「ところでアル」

「うん?」

「姫様のお肌はどうだった?」


 空気にピシッとヒビが入る音が、どこかから聞こえたような気がした。


「な……何を聞いているの、エルザ!?」

 姫が泡を食って叫ぶように問い質すと、年若い魔術師はミリアとアルフレッドの顔を交互に見ながら……人の悪い笑みをより深めた。

「いやあ、別にい? ただ、アルが姫様の寝ている所に押し入ったのなら、ついでに姿も楽しんだんじゃないかなぁって、そう思っただけ」

「なんでそんな事を思うの!?」

「あらあ、姫様ぁ。お忘れのようですけど、私もこれでも男爵家令嬢ですのよ?」

 急所を突かれた姫の口から、思わず呻きが漏れた。


 そうだった。エルザもアルフレッドと同格程度には貴族の娘。当然ながら貴族の習慣は良く知っている。

 ミリア姫がより一層赤くなった。

「な、何を言ってるのか全く分からないわね!」

 上ずりながら早口にまくしたてるミリアを、エルザはニタニタ笑いながら見守っている。

「あらあ? 姫様、私はアルに聞いたんですけどお?」

「ぐっ……!」


 この二人、元から仲が悪い。

 何が原因なのかバーバラも把握していないが、とにかくそりが合わない。

 そして間にアルフレッドが挟まると、何故かさらに過激になる。


「いや、俺はそんな……」

 困惑しているアルフレッドが否定しようとするが、エルザは更に重ねてくる。

 当然だ。エルザはアルフレッドをダシに、ミリアをからかっているのだから。

「またまたあ。ねえ、実際のところさぁ……麗しの姫君のオッパイって、少しは膨らみがあるわけ? 胸当てだけ御大層なサイズの付けてるけどさあ、中身はどんなものだか分からないから気になるのよねえ?」

「エルザ……!?」

 姫が挑発的な魔術師の一線を越えた発言に、ちょっと貴婦人がしてはいけない顔で歯噛みする。バーバラは今にも粛清命令が出るんじゃないかと冷や汗ものだ。


 馬の合わない女二人のしのぎ合い。

 その真ん中に挟まれた勇者が、黙っていればいいものを……場の空気を読めない男アルフレッドが、真っ正直に思うところを答えてしまった。

「いや、俺もビックリしたんだけどさあ。姫様、アレでも窮屈なぐらいにんだよ」

「えっ!? うそっ!?」

 自らもそんなに大きくないエルザが、自分から話題を振ったくせに愕然とした顔でミリアの胸に視線を向けた。今度は逆にミリアが得意満面な顔で胸を張り、そんな姫をエルザが殺したそうな顔で睨む。

 そこへとぼけた顔の勇者が、さらに油を注ぎ込んだ。


「俺もてっきり見栄であんなの付けてるんだと思ってたんだけど、けっこうな美巨乳だった……バーバラほどじゃないけど」


 “勇者”の何気ない一言に聖女ミリア魔術師エルザが、突如出現した第三極バーバラの胸をカッと睨む。

 一方、いきなり話を振られたバーバラは主君ミリアと比べられて恐縮しつつも……どこかまんざらでもない様子で照れを見せる。

 堅物の女騎士も正直、他の者より「上」だと褒められると悪い気はしない。比較相手が敬愛する姫様であろうともだ。

 これは相手が姫だろうと譲れない、「女」の本能マウンティングなのだ。


 ……いらないところで正直な勇者に振り回され、場の空気はなんだか収拾がつかなくなってしまった。




 粗忽な勇者を叱っていたはずが、なぜか女の戦いに。

 そんな所へ。


「ふうむ……まあ、話をまとめると」

 エルザと同じく駆け付けて、一言もしゃべらずにずっと面白そうに眺めていたダークエルフのフローラが初めて口を開いた。

「結論としては、アルフレッドは酔っぱらいつつもしっかりミリアのあられもない姿を記憶していたと。そういうことでいいのかな?」


 …………。


「あっ」


 一切覚えていないと嘘をついていた勇者を騎士と魔術師が無言で見て、それから視線を実は見られていた姫に移す。


 しばしの沈黙が部屋に満ちた。




 そののち。

 表情がすとんと抜け落ちたミリアが油断していたバーバラの剣を引き抜いて振りかざすのを、周囲の人間は押さえつけるのに苦労したのだった。

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