第9話 勇者、姫への怒りをカレーにぶつける
日本に着いた時、アルフレッドは既に疲れはてていた。
「なんなんだよ、いったい……」
さすがに王国貴族の端くれとして、それ以上の言葉は飲み込む。本人のいない所でも姫の悪口はこれ以上口外はできない。
ただこれだけは言わせてもらえれば……。
「近頃何か、召使をこき使うというより……私怨でいたぶっているみたいな」
彼女が気分屋なのは今に始まったことではないが、パーティ唯一の男だからって当たり散らされてはたまらない。
アルフレッドは頭を切り替えた。
せっかくのニッポンで、我が儘ヒステリー娘の事をいつまでも考えていたって仕方ない。
「……あれこれ考えても無駄だな。よし、忘れよう!」
そう考えても腹立ちは収まらず、結局アルフレッドは到着早々コンビニでキンキンに冷えた缶ビールを買って一気飲みしてしまったのだが。
ビールに限らず、コンビニで飲み物を買う醍醐味は良く冷えていることにある。だいたいのコンビニは冷やす棚に扉が付いているので、居酒屋で飲むみたいに芯まで冷えているのだ。
今日もニッポンは鍋を覗き込んだみたいで、湯気のような空気が熱い。だからアルフレッドも暑い。ビールも一気飲みしてしまうというものだ。
まろやかな苦みを楽しみ音を立てて飲み干すと、やや時間をおいて腹の底がカッと熱くなる。
「よしっ、やる気に火がついて来たぞ!」
アルフレッドの気分が上向きになり、楽しい夜遊びを思ってテンションも急上昇。
そこへ。
グゥゥゥウウウ! キュルルルル……!
「俺だけでなく、胃袋のヤツもやる気になったらしいな……」
盛大に鳴った腹を抱え、アルフレッドは居酒屋より先に食事のできる場所を探し始めた。
◆
今の気分、そして腹具合を考えると……腹に溜まる物を盛大に喰いたい。
コンビニの前にいたから、コンビニで独特の味がする“弁当”や“カップラーメン”を買って楽しむというのも考えた。
「だが、いかんせん量が少ないんだよな」
コンビニ弁当を大量に買い込んでは飲み代の方が心配になる値段だし、カップラーメンは山と積み上げて食うものではない。アレはもっと気持ちと空腹感に余裕がある時に嗜むものだ。
「そうなると、どうしようかな……牛丼?」
こんな時に頼りになる友、牛丼。
出来立てでボリューム感も味わいも満足でき、かつ安い。背中を預けるに足る“戦友”が近くにいないか、探してもいいが……。
「おっ!?」
辺りを見回すアルフレッドの目に、気になる店が飛び込んできた。
◆
アルフレッドはその店の前に立ち、なるほどと頷いた。
「カレーの専門店か」
カレーだけの店と言うのは初めてだが、カレー自体は牛丼屋で食べたことはある。
牛丼とは似て非なる食い物で、こちらも安くて食べでがあった。
白米に何か味の濃い物を載せるコンセプトは一緒ながら、かけるソースは肉の旨味を前面に押し出した牛丼とはだいぶ趣が違う。
カレーには様々な具が入っていて(もちろん肉も)、どれが主体かと言われれば判断が難しい。敢えて言えば茶色いソースが主役であろうか。
「白米への依存度は更に高い気がするな」
牛丼は上にかかる肉の煮込みだけでも酒のツマミで成立するが、カレーは茶色いソースには是非白米を合わせたくなる。
アルフレッドはソースをたっぷりより、ソースの味で白米をガッツリ行きたいと思う派閥に所属しているが……この店のカレー、それを堪能できそうだ。
店舗の前にはガラスのケースに恭しく収められた巨大な皿が(中身入りで)飾られている。
添えられたメッセージボードには……。
『おひとり様一回限り! オリジナルカレー1.3kg挑戦受付中!』
◆
そして、今。
目の前に到着した1.3キロの“オリジナルカレー”とやらに、アルフレッドは気圧されていた。
「デカい……!」
牛丼屋で楽しんだカレーの四倍? 五倍? の量が一皿に載っている。
しかも開始前の店員の話によれば、重さはあくまでライス……白米の量であるという。
『カレーソース足りなければおっしゃって下さい。継ぎ足しします!』
そうも言われたが、いくら白米の方が余ったとしても……この量を、さらに増やして自分が大丈夫なのか……?
いや、仮定の話を吟味していても時間の無駄だ!
「急げ! 届いてから二十分以内に食い切らねば、料金二千円を取られてしまう!」
挑戦というだけあって、このカレーは制限時間内に食べきらねばいけない。
もちろんおいしい物を食べて金を払わぬという法は無いのだが、なんと今だけはその限りではない。
(美味しく食べたのに、自分のミスで“損をした”などと思っては店へも失礼!)
美味なるカレーに敬意を払って金を払うなら、初めから払うつもりで始めるべきであろう。
今日は挑戦と決めたのだから、必ず成功させて無料にしてもらったありがたさを胸に帰るのだ!
アルフレッドは一匙目で豊かな味を確かめながら、勢いをつけて食べ始めた。
戦いは熾烈を極めた。
自分の世界での戦いで空腹を極めていたアルフレッド。
皿の半分はたちどころに消えた。
しかし、空腹感を満足させてからが本当の戦いであった……。
「ぐっ……!」
美味い。
このカレー、確かに美味い。
だが、それを迎え入れる胃袋の容量には限りがあり……。
「ハハッ、俺の腹も軟弱だな……」
食いだめの一つもできぬとは。
だけど、じゃあ諦める、なんてことはできない。
「俺は仮にも勇者……魔王と戦う男だ!」
そして、日常的に四匹の冷血怪獣と戦う男だ。
さらに勢いをつけて押し込んでいるさなか、置いてあるツボに目が停まる。
自由に食べて良いらしいそれには、以前牛丼屋で食べた時に皿の端に載っていたピクルスが入っている。
「そうか! コレで一旦違う味で舌を休ませれば……!」
初めての時は「なぜ、これっぱかりのピクルスを添えているのかと不思議だったが……。
「なるほど、無駄が無いな……さすがニッポン!」
何がさすがなのか、言っている本人も分からない。
更にもう一押し、何か欲しいところだが……。
周囲の客を横目で眺める。
すると、何人かがアルフレッドと違うことをしていた。
缶に入った粉を振りかけている。
真似してみると、香辛料の香りが際立って辛くなる。
卓上の瓶を傾けて、アルフレッドもなじみのフライ用ソースをかけている。
真似してみると、これもまた別方向にスパイシーになって、味が変わる。
「なるほど……これだけ手があれば目先が変わって、行ける!」
メニューを見ればトッピングを増やすという手もあったのだが、有料オプションは使わないアルフレッドだった。
◆
無事に任務を果たし終え、心も腹も財布も満足してアルフレッドは店を出た。
「カレー屋……これもいいな! うん、覚えておこう」
アルフレッドは「味変」という必殺技を覚えた。
まぐれで入った店だったが……実に有意義な夕食であった。
夢中でカレーを食べているあいだに、嫌な思い出は色あせた。
満腹になって気が軽くなったのもある。そしてカレーのおかげで身体がカッカと燃え上がり、今すぐ何かをしたくてたまらない。
「よし、腹もいっぱいになったことだし!」
アルフレッドは脚を踏み出しかけ……そっと降ろした。
「……居酒屋に入る前に、どこで時間を潰そう……」
挑戦カレーは実にいろいろと良かったのだが……ビールを飲める腹具合で無くなったのだけは、ちょっと誤算であった。
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