第6話 姫、ふがいない勇者への怒りに歯ぎしりする

「……勇者め」

 眉間にしわを寄せながら、苦虫を噛み潰したような顔でミリア姫は吐き捨てた。


 セリフだけ聞くと魔王軍の幹部のようだが、御年十六歳のミリア姫はむしろ逆の立場。魔王から国を狙われているウラガン王国の王女様だ。

 姫は栗色のウェーブのかかった髪と気品を感じさせる整った容姿が特徴で、貴族のみならず王国民から立ち居振る舞いも含めて敬愛されている。

 そんな模範的な美姫が、なぜ勇者を呪詛するような独り言を呟いているのかというと……。


 単純明快、気に食わないからである。




 本来は王国の姫として、魔王から国を助けてくれる勇者をそしるなんて行動は立場的に非常にまずい。

 特にミリア姫が口に出すのはマズすぎる。


 というのも。


 勇者と一緒に神託で聖女に任命された勇者パーティの一員であり、


 最も密接に連携しなくちゃならない戦いのパートナーであり、


 魔王に勇者が勝利したら褒賞として勇者と結婚することになる人生のパートナーでもあり。


 ……という辺りが。


 だが、それこそが……特に最後のが……姫にとっては非常に気に食わない。


「なぜ私が……!」

 ミリア姫は腹の底から湧いてくる怒りで、ギリギリと奥歯を噛み締める。

 ついでに握っていた木製のコップも握りつぶした。




 ミリア姫とて、国王の一人娘として育った身。


(将来自分は政略結婚で、好きでもない男と結婚するんだろうな……)

 とか、

(貴婦人の有り方として、好みでない男でも誠心誠意尽くさないと……)

 とか、


 そういう我慢しなくてはならないという思いをアレコレ心に刻んできた。


 だから、勇者が魔王討伐を成功させれば入り婿になるという話は「むしろ他国に嫁がないでも済む」とほっとしたぐらい……だった……のに!

 その肝心の勇者が。


 顔を覚える必要も無いような自国の下っ端貴族で、


 あまりにヒョロヒョロしていて勇者にしては頼りなくて、


 男としても全く魅力を感じない文官肌の気の利かない男で!


 なんであんなのと……という思いがどうしてもぬぐえない。




「たしかにまあ、年頃も近いですし? 顔はまあ、選択肢が無い中で我慢しろと言われれば及第点を出さないでもないレベルではありますが……」

 その辺りはまあ、親みたいな歳のスケベジジイの元に送り込まれる可能性もあったので、それは素直に嬉しいと言ってやってもいいが。


「だけど、あの男は……」

 人として大事な気配りも頼りがいも、決定的に欠けている。

「挙句の果てに……!」

 たかが男爵嫡男風情が……。


 栄誉ある勇者の立場を、「神託を受けたからしかたなく」?

 

 せっかく勇者に任命されたのに、「出来ることなら他人に譲りたい」?


 約束された次期国王の地位は「重過ぎる」?


 そして……ミリアの婿は「勘弁して」?


 ここ、非常に重要。

 大事な所だから繰り返す。


 “国民に人気があり、他国からも縁談がひっきりなしの”ミリアの婿になれるという“とんでもない幸運”を……。


「勘弁して」?


「それはこちらのセリフですわ!」

 ミリアは机を叩いて吠えた。

 姫が叫ぶなどはしたないとばあやに言われようと、今のは怒鳴っても仕方ない。


 ミリアとて、色々我慢して妥協して、堪え難きを堪え忍び難きを忍び、顔どころか家名さえ覚えていないような男爵令息ごときを勇者として立ててやっているというのに……。

 

 もちろんミリアもバカではない。自分がモテているのは話半分に聞いている。

 他国からの縁談は王国に入り婿という付録が付いているからだし、臣下や民からの絶賛にはお世辞も含まれているだろう。

 だけど!

「少なくとも、そこらの貴族令嬢の「平均」よりは上だと……女として、決して見劣りはないと自負していますのに……!」


 あの男はそれを、

 “嫌な仕事を断れなくて引き受けたら、手間賃が物納なうえに余計なおまけがついてきた……”

 みたいに!


 女のプライドを無頓着に傷つけてくる「あの男」。

 ミリアはヤツの事を考えると、礼節を思わず忘れてしまうくらいに苛立ちを我慢できなかった。



   ◆



 ノックの音がして、隣室で待機していた護衛のバーバラが顔を出した。

「姫、大きな音がしましたが……!?」

「ああ、バーバラ。ごめんなさい、ちょっと腹立たしいことがあったものだから」

「どうされました!?」

 安心させようと言ったつもりだったが、むしろ女騎士は表情を曇らせた。


 バーバラは四つ年上の側近で、ミリアがアテにしている相談相手でもある。

 漆黒の絹のような髪と対になる白皙の美貌は、ミリアから見てもため息が出るほどに美しい。

 すらりとした細身の長身と後からとって付けたような豊満な胸元は、大人の女性に憧れるミリアも素直に羨ましいと思う。

 バーバラのようだったら、あのアホアルフレッドも夢中になってくれたのだろうか……などと益体もないことが一瞬頭に浮かび、ミリアは慌ててそれを振り払った。


「大したことは無いのよ。ただ、アテにならない勇者に腹を立てていただけ」

「なるほど」

 普通ならちょっと引いてしまう姫の言葉に、忠義の騎士は大まじめに頷いた。

「すぐに手討ちに致しましょう」

「待ちなさい」


 元々武人として頼りなさ過ぎる勇者に、根っからの騎士であるバーバラは辛口だったが……先日いきなりセクハラをかまされてからは厳しさが増した気がする。

(アレは、どう言う文脈でああなったのかしら……?)

 あの時二人に注意を向けていなかったミリアは、セクハラ発言の前段階が分からない。

 しかし四角四面で元から冗談を解さない女騎士バーバラに、あの発言は別の意味で“勇者”ではあると思う。


 そんな彼女の過剰反応を、とりあえずミリアは抑えた。

「魔王を倒してからにしなさい」

 そこ大事。

「はっ、考えが足りませんでした」

 素直に剣を鞘に納めた騎士を下がらせ、ミリアはため息をついた。


 明日からまた、あてどもなく魔王の手がかりを探す旅が始まる。

 つまり、またしばらくの間はあの無神経男と四六時中顔を突き合わせる不本意な日々が始まる。


「ふんっ……どうせあの男、何とも思わないのでしょうけど……」


 ミリアは無駄だとは自分でも思いながら……あのムカつくクズ勇者が気づかないであろう部分まで気を配るべく、魔道具にかこつけた装身具を選ぶ作業を再開した。

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