第5話 勇者、コンビニでエキサイトする

 いつも通りに楽しく飲み、ホテルで寝入ったアルフレッド。

 しかし今日は何故か、おかしな時間に目が覚めてしまった。


 カーテンをめくって外を眺めても、空は黒い。

 ニッポンの夜は非常に明るくて、街灯もビルの照明も明るく点きっ放しだが……ビルの谷間から見える街路には全く歩行者の姿が無く、やっぱり今は真夜中のようだ。

「うーん……」

 アルフレッドは唸った。


 なんだか、今は妙に目が冴えてしまっている。


 もちろん二度寝はするつもりだ。

 アルフレッドはニッポン世界の酒をこよなく愛しているけれど、「ホテル」のクッションが効いた上等な布団で惰眠を貪るのも大好きだ。

 そしてたっぷり寝た後に、宿が出してくれる食べ放題の朝食をモリモリ食べるのがたまらない。アレは素敵な習慣だ。別料金を払っても粗末な物しか出てこない、我が世界の旅館の朝食とは大違いだ。

 

 だからこのままもう一度布団に入ってもいいのだけど……。

「治安の良いニッポンだ。町があんなに明るいし、こんな時間に外歩きも面白いかも知れないな」

 アルフレッドはそんな酔狂なことを思いついた。


 自分の世界では、こんな時間に街をふらつくのは自殺行為だ。

 歓楽街でさえ寝静まる時間に外を歩くのは、夜盗か自警団のどちらかしかいない。犯罪者に襲ってくれと言っているようなものだし、でなければ警備の者に犯罪者じゃないかと疑われて捕まってしまう。

 それになにより、ただ暗いだけの街並みを歩いたって面白くない。


 だからアルフレッドは夜中の街を歩いたことが無い。

「初めての夜歩きを、ニッポンの街で……」


 面白い試みだ。


 アルフレッドはウキウキと寝間着を脱ぎだした。



   ◆



「ほおぉ……」

 ニッポン世界の町は人が多い。

 街に人がいないというのは初めての経験だった。

 そんな状態なのに、なぜかパレードもできそうな大通りには煌々と灯りが付いている。まるでいきなり人間だけ消えたかのようだ。


 アルフレッドとしては、この論外の贅沢に使われる灯火油の代金が気になる。

「ニッポンはかなり繁栄しているみたいだが、この灯りはもったいないと思わないのかな? もしや照明の構造上、一々消す方が大変だとか? ……いやでも、朝には消えているしな」

 どうなっているのか、何度考えても良く分からない。




 歩きながら首を捻っていると、前方にまだ営業している店が見えてきた。

「む? “コンビニ”はこんな時間でもやっているのか!」

 利用したことは無いけれど、その存在は知っている。同じ形の姉妹店があちこちにあって、どこでも同じように買えるから便利な店、らしい。

 だが、今はもう夜明け前……。

(もしかして店員に何かあって、店を閉められなかったんじゃないのか?)

 アルフレッドは心配になって覗き込んでみたが、店員は普通に掃除をしているし客もいる。本当に営業しているみたいだ。

「……信じられないな」

 営業しているのもそうだけど、こんな時間に客がいるのも信じられない。

「あいつ、こんな時間にフラフラ出歩いて大丈夫なのか?」

 人の事を言えた立場ではない、“勇者”アルフレッドは呟いた。



   ◆



 せっかくなので、アルフレッドも店に入ってみた。

「ほおー……」

 基本、居酒屋とかの飲食店ばかりに入るのでコンビニは初めてだ。

 宿で食べるものは“スーパー”で買えば安いというのは覚えたのだけど、コンビニも店は小さいながらも品ぞろえは似ているらしい。

「全体にスーパーより少し高いか?」

 希望小売価格というものは、彼の理解の範囲外にある。

「だがまあ……夜中に店を開けているわけだしな」

 その値段も、こんな時間まで“危険を冒して”営業しているのなら妥当な話か。

 やっぱりアルフレッドは夜盗が気になる。


 先に入っていた客が、ガラスの壁際で本を読むのを止めて店内をぐるっと回り始めた。

 横目で観察していると、いくつかの商品をピックアップしてレジへ持って行く。そして支払いを済ませた彼はいったんカウンターの別の場所に立ち寄り……。

「うおっ、湯を……!?」

 買った“カップラーメン”という美味しいヤツに、常に沸かしてあるらしい釜から湯をもらって入れている。そしてわずかに並んだ机に座って、出来上がるのを待っている。


「こんな時間まで営業しているうえに、湯を分け与えて食べる場所も提供する……これでスーパーよりわずかに高いだけか!」

 むしろ安いじゃないか!


 やはり世の中、なぜそうなっているのか理由があるものだ。

 アルフレッドは価格設定に思わず納得して頷いた。




「……ところで」

 あの客、壁際で何の本を見ていたのだろう?


 立ち読み、というものはニッポンではよくある風景らしい。

 落ち着いて読める姿勢ではないから、何か軽い内容の本があるみたいだが……。


 アルフレッドの世界では、そもそも本なんて学者か神官ぐらいしか読まない物と相場が決まっている。娯楽の類になっているのはニッポンで初めて知った。

 今まで気にしなかったけど、こんな時間に家から出てきてまで読んでいるのだ。


 アルフレッドは彼が立っていた辺りに行ってみる。

「……」

 精細な絵が表紙の、薄い本が並んでいる。

「……」

 そしてその絵は、非常に薄着の女性だった。




 じつのところ、アルフレッドはその程度の姿は見慣れている。

 ニッポンの人間はやたらと肌の隠れた服装だが、平均して常に暖かいアルフレッドの世界では女性も男性ももっと薄着だ。

 とくに武芸者は動きやすく、また魔法防御の施された装備を持っていると自慢する意味もあってかなり肌色が見える服装を好む。

 具体的には、勇者パーティなかまが普段からこういう格好だ。


 だが、それとこれとは別。

 むしろ普段は隠しているはずのニッポン人が、あえてこういう格好をしているのは……正直に言えば、結婚適齢期にそろそろ入るアルフレッドには大変興味深い。


 手に取ってめくってみる。

「……ほお」

 表紙と同じような、さらにアップの絵がフルカラーで次々出てくる。

「……!? ……ふおおっ!」

 文字ばかりの黒い墨摺りのページに変わったりしたけど、後半に差し掛かったらまた女性の絵が始まって……今度は何も着ていない姿になったりしているじゃないか!

「これは……こんな時間に見に来るのも納得だ!」

 アルフレッドの世界の住人がいかに薄着だろうと、さすがに腰巻一枚付けていない姿はお目にかかれるものじゃない。

 そして繰り返すが、アルフレッドはお年頃。

「そういう目で見ると……こちらの薄いの一枚着ている姿は、前段階ということか!」

 考えると当たり前の話だ。


 下着を脱げば、裸になる。


 これはどんな世界でも変わらない、真理ではないか!

 



 いつの間にか引き込まれたアルフレッドは、そこに並んでいるだけの本に目を通し始めた。



   ◆



 勇者パーティの剣士兼、ミリア姫の護衛騎士バーバラは眉をひそめた。

なんだか、今日はアホで軟弱な勇者の視線が気になる。




 アルフレッドは気にしないようにしつつも、ついつい横で寝床の準備をするバーバラに気を取られていた。

 野営地で焚火を起こし、今は交代で警戒しながら野宿の準備をしている。

 ちょうど同時に休むバーバラが、装備をはずして鎧下着になったところだった。


 その下着が、ニッポンの薄い本で見た“はいれぐわんぴーす”という物とそっくりなのだ。

 そう考えると、バーバラもアレを一枚脱げば裸なわけで……。


 艶やかな黒髪を腰まで流し、アメジストのような輝く双眸が印象的なクールな女騎士は凛とした雰囲気でスタイルも相当にいい。あれで無愛想でなければ、宮廷でも相当にモテるだろう。

 特にニッポン人には無い派手に抉れたくびれと……見事に球体の大きな胸、引き締まった上向きの尻が、なんとも……。


 アルフレッドは本にでかでかと書いてあったキャッチフレーズを、思わず口にしてしまった。


「メロン乳……か」


 自分で失言に気が付いた時にはもう遅かった。

 珍しくもミリア姫が止めに入ってくれるまで……アルフレッドは真っ赤になった女騎士に、鞘に入った剣でしこたま殴られたのだった。

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