第4話 勇者、スーパー銭湯で骨を休める
豪華な部屋に、気の強そうな若い女の声が響いた。
「うーん、何か違うのよね」
アルフレッドは思った。
(具体的に言えよ)
もちろん、声に出して言うような迂闊な事はしない。
うちの
我らがウラガン王国の姫君、ミリア様は今日もアルフレッドを使用人か何かと勘違いしている。
ミリア姫と騎士バーバラ、ついでに
主にアルフレッドが。
腕力で言ったら、もしかしたらバーバラの方が上じゃないかと思うんだけど……それを口に出せないのが宮仕えの悲哀と言うヤツ。
ミリアがバーバラにやれと言わない以上、力仕事はアルフレッドの担当ということになる。
さんざん悩んだミリアが指を鳴らした。
「やっぱり鏡台が左かしら」
アルフレッドがうっかり口走った。
「どっちでも変わんないんじゃないですかねえ?」
ミリア姫に馬糞でも見るかのような冷たい目で見られた。
「おまえには聞いていない」
神経を逆なでするような発言でなくても、普通に感想を言うのも気に食わないらしい。
◆
「あー、すげえへとへとだよ……」
ミリア姫のどうでもいい模様替えは、結局日が暮れそうな時間まで続けられた。
アルフレッドはもう体中バキバキだ。
「明日起きたら、体中凄いことになってそうだ……」
幸い、明日は聖なる休日。
……遠慮なくこき使われたのも、これを見越してだったのかもしれないが。
「よし、さっさとニッポンへ行こう」
この疲れ、この徒労感。
これを癒すには、ニッポンを楽しむに限る!
あちらの美味い酒を楽しく飲んで、清潔でふかふかの布団でぐっすり寝て……先に寝て、朝酒をのんびり楽しむのもいい。宿代を切り詰めてマッサージというのもそそるし、ゆったり風呂を楽しむのも良さそうだ。
「風呂……ニッポンの風呂はいいよなあ」
ニッポン世界の風呂は素晴らしい。
こちらのとりあえず体を洗うだけのと違って、たっぷりの湯に長時間浸かって体の疲れと心の汚れをさっぱり落とすのが……。
「そうか、その手があった!」
◆
「これだよ……これが人間の生き方だよ……!」
アルフレッドは泡風呂に浸かりながら、疲れ切った身体が茹で上がるのを楽しんでいる。
そう、茹で上がる。
行水の文化しかない自分の世界には、この世界の「浸かる」文化は驚きだった。しかもこんなに広い浴槽に。
アルフレッドは今、ニッポンのスーパー銭湯という巨大温浴施設に来ている。
アルフレッドの世界でも他のどこかの国に同じような施設があるらしいが、ウラガン王国では浴槽自体が珍しい。
だいたいは水浸しになっても構わない部屋で、釜で沸かした湯をかぶって体を洗うだけだ。浸かるなんて発想が無い。
一応王宮で王族用の浴槽を見たことがあるが……姫の入浴中を覗いたわけではない。もちろん……せいぜい二人が座れるぐらいのかわいいモノだった。
それにくらべてニッポンは風呂の概念が違う。
特にこの、何十人も入れる巨大な浴槽を庭先に配置する「露天風呂」というのはいい。
満天の星空の下で裸で湯に浸かる、この解放感。
この贅沢な環境を己の専有物にしている至福の感覚。
「野宿がこんなに豪勢だったらな……」
毎日こんな生活だったら、魔王討伐の旅は希望者激増で抽選になるんじゃなかろうか。
そんなことを考えたついでに……野宿なんて言葉で、ふとアルフレッドは余計な連想もしてしまった。
「うちのパーティの女連中が、露天風呂できゃいきゃいと……」
あの四人。
性格とアルフレッドへの当たりは極悪だが、見た目(だけ)は凄くイイ。
特にバーバラ(二十歳)とフローラ(人間に例えると二十二歳)は年が上ということもあり、大人の色気と大人の体形が……。
「……ヤバッ!? 何考えているんだ、俺!」
一度おかしな連想をしちゃったら、一緒にいる時についついそういう目で見ちゃうかもしれない。
あの四人相手にそれは致命的だ。命に係わる。
「疲れているんだなー……」
あれはいわゆる「女」に入れちゃいけない。邪鬼か何かだ。
気が付けばアルフレッドは泡風呂で長湯し過ぎていた。。
数が少ない機能付きの風呂をずっと占拠しているのはマナーが悪い。
「いかんいかん」
おかしな妄想もしてしまったし、ここは少し気を引き締めに行こう。
「よし、水風呂に浸かるか!」
火照った身体を冷水でしめる。
これもまた、スーパー銭湯と言うヤツの楽しみだ。
暖かい湯と冷水と両方同時に楽しむなんて、ニッポン世界に来るまで考えもしなかった。
「十分にクールダウンしたら、次は薬草風呂……その次は打たせ湯もいいな」
ここには何時間入っていても飽きないだけの、色々趣向を凝らした浴槽がある。
もちろん今日のアルフレッドは全部を堪能するつもりだ。
だが、とりあえずは薬草風呂の次は。
◆
「風呂上りはやっぱりこれだよな!」
生ビール、大ジョッキ!
ツマミは味を覚えた粗挽きソーセージとフライドポテトのセット。
「身体を湯でほぐし、温まってついでに軽く湯疲れしたところへ、キンキンに冷えたビール! もう最っ高!」
前に来た時に隣のテーブルに座っていたオッサンが言っていた。
あの言葉は、確か……。
「そうだ! “五臓六腑に染みわたる”ってヤツだな!」
軽く喉も乾いているし、飲みきれるのかと自分でも危惧していたデカいジョッキがあっという間に空になる。
美味い。
一週間の
コレが美味くないはずがない。
アルフレッドはお代わりを頼もうとして、ハッと気が付いてもう一度メニューを眺めた。
「もう一杯ビールより……チューハイとかサワーとかもいいんじゃないか!?」
先日カプセルホテルの一人宴会で覚えたのだ。
疲れに染みわたる酒はビールだけじゃないと。
特に疲れた日に飲む酒の種類が増えて、選択肢が多すぎて困ることになった。
「まあ、それを言ったら俺はニッポンに来るたびに疲れているんだけどさ」
毎日死にそうになるし、魔物と戦闘は凄い怖いけど。
そのおかげで週に一度、美味い酒が飲めるのだから……。
「痛しかゆしだよなあ……」
無邪気に良いとばかりも言ってはいられないか。
アルフレッドは苦笑すると、従業員を呼ぶボタンを押した。
今日はいくら飲んでも構わない。
このスーパー銭湯には仮眠室という雑魚寝部屋がある。
飲んで。
寝て。
風呂に入って。
スーパー銭湯にいる限り、この人間をダメにするトライアングルから出る必要はない。
なんという理想郷。
なんという完成された世界。
「あー……魔王討伐なんか忘れちまいたい。俺一生ここから出たくないわー……」
仮眠室に行く途中にあったマッサージチェアに凝っている背中をゴリゴリ揉まれながら、アルフレッドは夢見心地に呟いたのだった。
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