第3話 勇者、ジャンクフードで苛立ちを紛らわす

 疲労の濃い顔で、アルフレッドは街をさ迷っていた。

「あー、姫さまったら……なんでああ、わがまま放題なのかな」


 アルフレッドのパーティには、本物の姫様がいる。

 彼が勇者を拝命されたように、聖女の神託を受けた王国の姫君ミリアが治癒役兼聖魔法の使い手として同行してくれているのだ。


 しかし同じパーティの仲間という建て前にはなっているけれど、彼女は雇い主にあたる国王の一人娘でもあり……実生活では貴族最底辺の男爵家の跡取りでしかないアルフレッドが、彼女と対等に話せるはずもない。


 勇者を支えるのが任務の聖女に使いっ走りとしてこき使われている勇者なんて、歴代で自分ぐらいなものだろう。

 その辺りの積もり積もった愚痴が、今日のアルフレットがせっかくの異世界ではしゃげない理由だった。

「俺は勇者だぞ……能力が無くたって勇者だぞ? 姫様に友達扱いしろとまでは言わないけど……護衛騎士バーバラと同程度ぐらいには扱ってくれてもいいんじゃないか?」

 もしかしたらアルフレッドの扱いは、バーバラどころかディアマンテペットの犬より下かも知れない。

 ……十分あり得るな。あの姫様なら。




 憂鬱な気分を吐き出し、アルフレッドは頭を切り替えた。

「よし、とにかく飲もう!」

 ニッポンまで来て、ムカつくパーティメンバーの事なんかでくよくよしても仕方ない。


 飲むのだ。


 嫌なことは全て忘れて、美味いニッポンの酒を飲むのだ!


「今日はどうしようかな……」

 気持ちは切り替えたけど、腹の底のむかむかは収まっていない。

「いま深酒したら、間違いなく路上で朝日を拝んでしまうな……」

 そして今のアルフレッドは、今日は間違いなく深酒すると確信している。

「美味しい店で愚痴を言いながら泥酔しているのも申し訳ない……だけど、それならどこで飲む……」

 途中で言葉を切ったアルフレッドの視線は、深夜営業のスーパーに吸い寄せられていた。



   ◆



 カプセルホテルの狭い個室へ、大きな袋を抱えたアルフレッドが入る。

「いやいやいやいや! スーパーとか言う店はあんなに安いのか!」

 存在は気が付いていたけど、自分の世界の市場みたいに食材ばかり売っていると思っていた。

 煌々と明るく照らされた店内に誘われて入って見たら、そのまま飲み食いできる物も大量に売っていた。

 そして何より大事なことに、酒が居酒屋で飲むより安い!


 もちろん居酒屋だって良い。

 作り立ての料理と、最適の温度で出される酒。

 これは何物にも代えがたいが……。

「今日みたいに荒れそうな酒の時は、こういう粗雑な宴もいい気がするな」

 店で構えて飲む最高の酒と、戦さ場で一時の休息で飲む酒は違っていいと思う。




 アルフレッドはほぼ寝台しかないカプセルホテルの個室であぐらをかくと、狭い卓と膝周りの布団の上に“戦利品”を並べた。


 ポテトフライ、焼き鳥串盛り合わせ、タコの唐揚げ、枝豆(大盛)。

 この辺りは調理済みの「ソウザイ」ジャンルだ。


 そして居酒屋で見たこと無いけど呑むのが好きだと言う店員にお勧めされたのが、ポテトチップス、コンビーフ、歌舞伎揚げに粗挽きソーセージ。


 もちろん酒も手抜かりはない。

 ビールを五百ミリの六本入りで用意。ついでに絵を見て美味そうだった、サワーとか言うのも何種類か押さえてきた。ふだん空けるジョッキの数と大きさを考えれば、十分な量だと思う。




 アルフレッドは目の前を埋め尽くす頼もしき“戦友”たちを満足して見回した。

「すばらしい軍勢だ……うちのパーティなんか、メじゃないぞ!」


 このメンツ、やる気の怪しいうちの連中よりはるかに強そうだ。


 何より彼らはアルフレッドの味方だ。


 一緒に組むなら、フレンドリーな奴らに限る。


 知らず知らず掌をこすりあわせ、アルフレッドは力強く頷いた。

 戦闘準備は万端整っている。

 あとは。

「時は来た……いざ!」

 手を伸ばすのみ!




 まずはのどを潤そうと、アルフレッドはレモンサワーを手に取る。

 酔ってしまう前に初顔合わせは済ませておきたい。もしかしたら長い付き合いになるかもしれないのだから。


「んんん!」

 こういうヤツか!

 グビリとやって得心した。

 柑橘系の爽やかな香りと炭酸の刺激が心地よい。

 フルーツと見て身構えたが、甘くないのがまたいい感じだ。

「甘くないから、焼き鳥のタレ味に良く合うな」

 モモとレバーをいった後、ふと思いついてポテトフライ串に変えて見たらこれも合う。

 あっという間にレモンは消えた。


 次は巨峰サワーを開ける。

「コイツはまた、甘いな!」

 ならば、次は。

「塩気が強いと聞いたが……俺の世界の塩漬け肉ほどじゃないな」

 コンビーフとか言う揉みほぐされた肉。

 保存食品だというが、便利な“缶詰”という容器に入っているので十分にジューシー。固い板みたいな肉に慣れているアルフレッドは十分新鮮に感じる。

「これでも、十分にうまいが……」

 お勧めに従い一緒に買ってきた、マヨネーズをほぐし身にかけてみる。

 こわごわスプーンで口に運んでみれば……。

「味わいがさらに……豊かになるだと……!」

 巨峰は一息。

 足りずに我慢しきれず缶ビールを開け、ちびちび食べたコンビーフ一缶で缶ビールを二本も飲んでしまった。


 どうせビールを出したならと、絶対合う枝豆、唐揚げを開ける。

 だいぶ満足して心の余裕ができたので、味を確かめようと歌舞伎揚げと粗挽きソーセージを出した。残りのビールが消えた。

 そして最後に残った物同士、ポテトチップスとホワイトサワーも。




「宅飲みとやらも、悪くないな……」

 たっぷり飲んだけど、会計は三千円いかない。ソウザイが半額だったのが良かったかもしれない。

 酒を十本ぐらい飲んだのにコレは、かなり安い。


「そして、酔ってしまっても」

 このままごろんと寝ても差し支えない。ここは宿屋の自分の部屋なのだから。


 アルフレッドはいつの間にか軽くなった気持ちで天井を見上げる。電気とやらのおかげで、白い天井は非常に明るい。

「コンビーフと缶ビールは持って帰りたい……」

 こんな携帯食料が自分の世界に会ったら、魔王討伐の旅もだいぶ楽になるのに。


 そんな叶わぬ夢を脳裏に描きながら、仰向けに寝転んだアルフレッドはすぐに寝息を立て始めた。



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