第7話 勇者、勝利の美酒に酔う
アルフレッドがのんびり広い緑地帯の横を歩いていると、木々の向こうから歓声が上がっているのが聞こえてきた。
良く見れば木立の切れ目から、なにやら大きな建物も見える。
「あれはなんだ?」
ニッポンにも何度も来ているが、なんだか見たことが無い物だ。高さは「ビル」ほどは無いけれど、作りはずいぶん違っているように見える。
どうせ目的がある身でもない。
アルフレッドは広大な庭園を突っ切って、何が騒がしいのか見に行ってみることにした。
◆
「なるほど、これなら納得だ」
アルフレッドが行きついたのは、庭園の中に立つ巨大な
「ニッポンにもコロッセオがあるんだな。やはり都市民に娯楽は必要か」
何をやっているのかと情報を探してみる。
どうも巨大な壁画から見るに、何かの球技を二軍で争っているようだ。
「あー、こういうのは燃えるだろうな」
団体戦は受ける。特に都市や地方の代表戦ともなれば、それぞれの郷土愛が詰まっているので民衆は熱狂する。
幸いと言っていいのか、アルフレッドは異世界民なのでニッポンの郷土愛は関係ない。
「こういう場所に、下手に門外漢がいるとなあ……」
熱狂するファンに、知らない・分からないは通らない。ああいう連中は常識の根底が違う。
「からまれても厄介だし、とっとと退散するか」
歓声の理由も分かったので、これで帰ろうとアルフレッドは敷地の外へ足を向けた。
……のだったが。
「……なんだと?」
振り向いた途端、彼はあるものを見つけてしまった。
アルフレッドは思わず足を止めてしまう。
「屋台……だと!?」
コロッセオに入りきらなかった観客を狙ってだろうか。外周部に屋台村が出来ていて、あぶれた客たちが群がっている。
アルフレッドにしてみれば、ルールも分からない球技よりも屋台の料理の方が、よほど……そそる!
しかもそこかしこの屋台に、見慣れたマークの旗指物が翻っているではないか。
「あの旗印は間違いなく、ビール!」
異世界人のアルフレッドでも分かる、ビールのマークがいくつも出ている。
「これはもしや、屋台ごとに応援しているビールが違うのか!?」
わかる!
その気持ち、よくわかる!
球技なんかよりビールの勢力争いの方が、よほど応援したくなるじゃないか!
しかし、アルフレッドは困ってしまった。
「だが、俺はどのチームを応援すればいい?」
居酒屋によって置いてあるビールが違うが、アルフレッドは今まで特に気にせずに入ってきた。
この問題については、アルフレッドはどの銘柄に対しても公平だ。
つまり、気にしないで飲みまくってきた。
「参った……どのビールも平等に愛してやまない俺としては、態度をはっきりさせろと言われても困ってしまうな……しかし、きっと平和主義は通らない。くうう……今ここで白黒つけろと言うのか!?」
誰もそんなことをアルフレッドに強制なんかしていない。
そして、アルフレッドを悩ませる問題がもう一つ。
「ああ……考えもまとまらないと言うのに、この匂いがまた……!」
ビールの紋章に加えて、すごくいい匂いが容赦なくアルフレッドの胃袋に刺激を加えてくる。
外で遠慮なく火を使っているせいだろうか。
居酒屋の焼き鳥よりも遥かに強烈な炭火と漬けダレ、何より肉の脂の匂いが附近一帯に漂っている。
鼻をひくつかせたアルフレッドは、ふと臭いの違いに気が付いた。
「この香り……焼き鳥よりも濃い!」
ニッポンで炭火で焼いた肉だから、てっきり焼き鳥かと思っていたが……。
恐らくこれは……牛か豚!
「なんという事だ……ニッポンで鶏以外の串焼き肉が存在しただと!?」
驚愕の情報を察知し、アルフレッドは思わず背筋を震わせた。
ニッポン世界では不思議と羊や山羊の肉を見ない。
もちろん牛や豚が悪いわけじゃない。むしろ料理法が自分の地元より多種多彩なので、アルフレッドはニッポンの牛や豚を楽しみにしている。
「ふむ。となれば」
まずはどんな物がどの銘柄を推しているのか分からないと、旗幟を鮮明にすることなどできないではないか。
とりあえず、品定めに行くアルフレッドだった。
◆
太い木の串に刺さった牛肉の角切りと、デカい紙のコップになみなみと入ったビール。
喉を鳴らして
そして視線をあげれば壁面にはめ込んだ巨大な「てれび」が、華麗に球を敵陣へ蹴り込む選手の姿を映し出している。
「青空の下、大群衆とともにビールを飲みながら我らが代表を応援する……なるほど、これはイケる趣向だな!」
露店の解放的な空気の中、みんなで心をひとつに勝ち戦を鑑賞する高揚感。
「スーパー銭湯の露天風呂にも通じる心地よさがあるな!」
実はスタジアムのプロジェクターはファンサービスでゴールシーンのダイジェストを流しているのだけど、別にファンでもないアルフレッドにはどうでもいいことだ。
大事なのは“ビールが美味い”ということ。それ以上でもそれ以下でもない。
「こういう一体感があるといいよなあ……うちのパーティときたら……」
最近になって、ニブいアルフレッドも気が付いたのだけど……メンバーの女性陣、実は仲が良くないらしい。
アルフレッドをいじめる時は呼吸があっているように見えるけど、よくよく見れば仲が良いのはミリア姫とバーバラだけ。エルザとフローラは必要な話はするものの、用が無ければ他の者と話もしないようだ。
「……てっきり、はみ出していたのは俺だけかと思っていたのに……」
あんなにバラバラで、いざという時連携は取れるのだろうか?
普通の魔物はともかく、魔王どころか強力な魔将辺りでも今の我々にはきつそうな……。
ちょっと怖い想像で沈み込んだところで、「てれび」の中でエースらしいのが派手な
「おおお!?」
素人のアルフレッドから見ても芸術的な奇跡の一撃。
興味がないアルフレッドでさえ「見事!」と思ったのだから、周囲の観客たちはそれどころじゃない。
「ウォォオオオオオオオーッ!」
周りが一斉に紙コップや手ぬぐいを突き上げて吠えた。
コロッセオが揺らぐんじゃないかという雄叫びに、アルフレッドも思わず一緒になって叫ぶ。勢いよく跳ね上げた紙コップからビールが派手に降ってくるけど、今はそれさえ心地よい。
何がいいのかさっぱり分からないのに、アルフレッドは誰かも知らない観客たちと抱き合い、肩を叩き合ってコップをぶつけ合った。
「はぁー……スポーツもいいもんだな」
都に帰った時、ちょっと覗いてみようかな。
「でも、うちの世界にはこのビール無いしなあ……」
とりあえずお代わり。
アルフレッドはビールに濡れたまま、屋台へと足を向けた。
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