OL、帰還する

『そんなに退屈ならば、全て無かったことにして元の世界に戻らぬか?』


 ミヤビが退屈に苛立ち、ベッドで悶えていた時に突然声が聞こえてきた。



「どういう事? っていうか誰なの? こないだとは違うわよね」


 突然の声に驚き思わず問いただすミヤビ。周りを見回しても誰の姿も見えないことから、先日声を掛けてきた謎の人物かと思うが、声の雰囲気がまるで違うのだ。



『我は神といえば、一番お主の認識に近いかもしれぬな。お主をこちらの世界に連れてきた者達の上位者である。これまでお主の様に別の世界に連れてきた者達は多少の無茶はしておったが、それなりに満足しておった。しかし、お主はそうでは無いようじゃの』


 ミヤビの問いかけに応えるように謎の声、神と自称する声は続く。



『お主の存在は我らにとってもイレギュラーなものなのじゃ。あの愚かな部下たちがいらぬことをしよったからなのじゃが、出来るものなら元の世界に戻ってもらえると助かる』


「どういう事? 以前の話だと何でもひとつ望みを叶えるって話だったと思うんだけど?」



『もちろん望みを叶えるのは構わん。じゃからこれはお願いという事になるのかの、お主がこのままその世界で生を終えることは望ましいことでは無いのじゃ。それにその力は人の身には過ぎたるもの、おそらくその力の為にお主は苦労するだろうし、無為に長い時を生きることになるじゃろう』


「なにそれ? こんな退屈なまま長生きするっていう事?」



『そうじゃ、その身体はすでに人の範疇を超えておる。いわば半神といってもよい存在になっておるのじゃ、寿命も人のままであるわけがあるまい』


「そんなの知らないわよ。私が望んだことじゃないのに何勝手なこと言うのよ」



『そうはいってもすでにそうなっておる。どうじゃ? 元の世界に戻る気はないか?』


「あんたの言ってるのが正しいなら、確かにこのままここに居るのはしんどいわね。でもあんたの言いなりってのも気に入らないっていうのが正直なところよ」



『ではどうすれば元の世界に戻ってくれる?』


「そうね、戻ったとしたらまたあの馬鹿な上司の下で働く生活に戻るのよね。貧乏でブラックな職場っていうのが気に入らないわ」



『それなら今お主の持っている金銭を、そのまま元の世界に持っていければ良いか?』


「今持ってるって、うん十億じゃきかない額よ? それに換金していないのも入れたら、下手したら兆になるかもしれないわよ」



『その程度なら造作もない。お主が元の世界の戻ってくれることによる価値はその程度では収まらないからの』


「じゃあ、ほどほどでいいから私の能力も上げてもらえる? できれば強運があると嬉しいかも」



『容易いことじゃ、ではそれでよいかの?』


「待って。すぐにはちょっと困る、できれば挨拶ぐらいはしておきたいし」



『では明日の夕刻頃に改めて声を掛けよう。それまでにやり残したことがあるのなら済ませておくがいい』


「わかったわ。これ以上退屈なのはしんどいからね」


 ミヤビが答えると、声の気配は消えていった。





「急展開よね。でも時間もないし、とりあえずステファンに丸投げしちゃおう」


 そう呟くとミヤビは部屋を後にするのだった。




~~~~~




「はぁ? 飲み過ぎたわけでもなさそうだが、大丈夫かミヤビ」


 明日この世界から旅立つことを告げるとステファンは戸惑った声を上げる。確かにいきなり前触れもなく聞かされれば、正気を疑う内容なのだ。



「まあそういうことだから、後は頑張ってね」


 それでもミヤビは気にすることなく、ステファンに軽いノリで応える。




「ちょっと待て、プリシラの件もそうだし、教会の聖女の件もある。それに連合軍もまだ完全にかたが付いたわけじゃないんだぞ」


「知らないわよそんなの。そもそも私が何かしたわけでもないし、別にもう居なくなるんだしどうだっていんじゃない?」



「いやいや、全部ミヤビの関係だろ? このまま丸投げされても対応しきれんぞ」


「プリシラは関係ないじゃない」



「スペンサーのところに行かせるってのはミヤビの案だろ」


「ほっときゃいいじゃん。それがだめならシロにやらせる? それでいいでしょ」



「ああ、あのドラゴンなら全部丸ごと消し去ってくれるんだろうな」


「それじゃあそういうことで」



「ちょっと待て、教会の方はどうするんだ? こないだの話だと教会のバックについて連合軍を抑えるとかどうとか言ってじゃねえか」


「あっちはクロもいるし大丈夫じゃない? なんならこないだまとめて従魔にしてのも置いて行くし」



「なんだそれ? グリフォンの上位種にドラゴンだけじゃなく、他にも従魔がいるのか?」


「うん、シロとクロのついでにちょっとね」



「ったく、やっぱりミヤビだよな。まあいい、それで俺に何をしてほしいんだ?」


「どしたの? 急にやる気になって」



「ミヤビのことだ、どうせ何を言っても明日いなくなるってのはどうしようもないんだろ? それならせめてミヤビのやり残しは俺がケツを拭くしかねえだろうが」


「ケツって、女の子相手に失礼よね。でもそこまで割り切ってくれたなら助かるかも。じゃあ従魔たちにはステファンの言うことを聞くように指示しておくわ。みんながいたら世界征服でも楽勝と思うよ。


 でもずっとは無理だと思うから、言うことを聞かなくなりそうならダンジョンに戻るように言って。そうすれば元通りになると思うわ」



「はあ、まあ味方は多いほうがいいのは間違いないが、あのドラゴンとかに頼むことになるのかよ…」


「シロもクロもいい子よ。グリフィスも、もちろんね」




 結局大量の従魔を押し付けられたステファン。それでもその戦力は間違いなくこの世界最強といっても過言ではないだろう。


 ドルアーノに居るクロ以外の従魔はステファンの指示を聞くように命令されると、いやいやだが了承する。ただの人間にしか過ぎないステファンの下につくなどあり得ないが、主であるミヤビの頼みとなれば聞かざるを得なかったのだろう。


 そして突如現れた大量の魔物の群れに公爵軍はパニックとなるが、何とか納得させることが出来たのはセルジオのおかげだろう。







 そしてあわただしく時間は過ぎ、翌日の夕方。


『そろそろ時間だ。準備はよいな』


 再びあの自称神の声が聞こえてくる。


「いいわ、よろしく」


 ミヤビもステファンに後事を押し付け終え、気軽に答える。


 その様子をステファンとセルジオは何とも言えない表情で見つめていた。



「じゃあ、色々押し付けたけど後はよろしくね。いろいろあったけど結構楽しかったわ」


 そんなふたりにミヤビは声をかける。しかしいまだに半信半疑のふたりは何と返していいかわからず黙り込んでしまう。



「あと、ドルアーノに行くことがあったらみんなによろしくね。また行けたら良かったんだけど、もうそれも叶わないから」


 寂し気なミヤビの声に、ようやくこれが現実であると思い知らされたステファンは慌ててミヤビに声をかける。



「後のことは気にするな、全部うまくやって見せるからな。それより俺の方こそ感謝してるよ、ミヤビと会えて本当に良かった。ありがとう」


「ミヤビ様、後のことは心配なさらず。お坊ちゃまでは手の届かないところは私が全てフォローしますゆえに。ミヤビ様と出会えて私も楽しゅうございました、年甲斐もなく楽しい日々を送らせていただけたことに感謝を」


 ふたりの声はミヤビに届いたのだろうか、別れの言葉を言い終えた時にはミヤビの姿は消え失せていた。





「最後までミヤビだったな。まさかこんな別れになるなんて全く予想もしてなかった」


「全くです、最後までミヤビ様には驚かされっぱなしでしたな」


 ミヤビのいたはずの場所を見つめながらふたりは言葉を漏らす。



「よし、さっさとミヤビの尻拭いでもするか! もたもたしてたらミヤビにまたからかわれるからな」


 そうしてステファンはミヤビのいた場所に背を向けて己の戦場に足を向けるのだった。





~~~~~



 その後、プリシラはスペンサーの軍と共にシロのブレスにより消失。帝国は最期の皇帝を失いその歴史に幕を閉じた。


 教国はシロの庇護のもと連合軍の反攻の封じ込めに成功。大量のミヤビの従魔を教国の指揮下に置き大陸の平和を確立させることに成功する。


「やはりミヤビ様は聖女であらせられた。これほど強力な魔物ですらミヤビ様の前では従順なしもべでしか無いとは…。ミヤビ様、御身を疑ったことをお許し下さい…」


 枢機卿はステファンから事の顛末を聞き、ミヤビが神の身元に戻られたと信じ、ミヤビの遺志を継いで大陸の平和のために残りの人生を賭けるのであった。






 そしてステファンは…。


「ったく、なんで俺が王にならなきゃならないんだ。それもこれも全部ミヤビのせいだ!」


 ミヤビの遺志を継いだものとして教国に担ぎ上げられた形となり、大陸の王として君臨させられることとなったステファン。もはや自由など無く日々山のような書類に囲まれて過ごすこととなる。


 ステファンによって統一された大陸は、平和に統治されることとなる。それが一時的なものかどうかは、ミヤビの知るところではない…。





~~~~~





 そしてミヤビは…。


 気が付いた時は電車の中、異世界に行ったことなど無かったかのように時が流れる。


 ミヤビは雅美みやびに戻り、元の世界で愚痴をこぼす。



「あぁっ! もう辞めてやる! あの馬鹿上司が!」


 数日して気が付けば見たこともないような金額が銀行の残高に表示されておりパニックになりかけるが、それが事実であると分かるや否や、辞表を叩きつけたのだった。



 雅美が辞めた後会社が大きく傾くが、それは雅美の知ったことでは無い。能力と結果に見合った待遇を用意していなかった会社の責任であることは否定しようもないのだから…。





 その後起業し世界レベルの資産家となり、時代の寵児とメディアに取り上げられるなど、その成功は万人が認めるものであった。そしてその豪運はあらゆるものに手を伸ばしたその全てが成功するという結果をもたらす。


 そしてもはや雅美が新たな成功をしても、皆口をそろえてこう言うのであった。



「雅美だし仕方ないよな」

 








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 ちょっと唐突ですが、これでミヤビの物語は終了となります。もともと100話を目指していたので、強引にですが終えれたのはミヤビの豪運のおこぼれかもしれませんね。


 初の作品でしたが、コメントも頂けフォローや★も頂けるなど、とても感謝しています。



 つたない作品でしたが最後まで読んでいただいた皆様に感謝を!

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異世界に転職?社畜から解放されたら自重も忘れてしまいました。 乙三 @Z_3

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