OL、暴露する
様々な思惑が重なり捩じれ絡まっていき、混迷を深めるばかりの帝都。治安維持を計るステファン、暴力と恐怖を撒き散らし混迷を引き起こすクズ勇者ツヨシ、さらに公国からの使者として帝都に向かうフェルディナンド、密かに帝位を伺うスペンサー、そして帝国に反旗を翻そうとする教国や、帝国の弱体化を知り牙を研ぐ周辺諸国。
もはや現状を正しく理解している者はおらず、日々どころか時々刻々と変わる状況はさらに状況の把握を困難にしていく。そして帝国の未来を左右するのに最も影響力を持つキーパーソンであるミヤビは、宿のベッドに寝転がり朝から飲んだくれていた。
「ったく、ステファンもセルジオさんもほったらかし過ぎよ! こんないい女を放って置いたらどこかに行っちゃうんだからね!」
先日の皇帝の居城への攻撃の後セルジオと別れてからすでにひと月、ステファン達からの接触はなくミヤビは完全に放置された状況である。もちろんステファンたちも遊んでいるわけも無く、山積みされた帝国の復旧に向けた作業を寝る間も惜しんで行っているのだが、そんなことはミヤビの知ったことではない。帝都へ誘われたにもかかわらず、こんな長期間ほったらかしにされたら飲む量も増えるというものだ。
持ってきた食事もそろそろ底が付きそうなことも、ミヤビを不機嫌にする。帝都の食事はたいして美味しくはないが、この混乱によりその美味しくない食事すら入手が困難になりつつあったのだ。帝都の流通が実質的に停止している現状、つまり新たな入荷が見込めないために帝都内にあふれていた屋台は姿を消し、食事を提供する店も店の者が帝都を脱出したり、運の悪いところは店に押し入られ強奪されたりと営業を続ける店は皆無であった。
帝都の治安は悪化の一途をたどり、流通も停止しつつある。こんな様子の帝都ではミヤビが宿から出る気も起きないのは仕方がないだろう。そうしてどんどんとミヤビの機嫌も悪化の一途をたどっていた。
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フェルディナンドは焦っていた。そもそもの今回の旅の目的は帝都で広告に敗退した帝国軍をこき下ろすこと、そして皇帝に直接帝国の敗北を突き付けて嘲笑うことなのだ。もちろんそれが何の意味もなく、単なる嫌がらせでしかないことは承知している。それでももはや滅亡を待つしかない公国の最後の足搔きとして、もはやその程度のことしかできないのも事実であった。
帝国の恥を広めること、公主アルバーノ、幼馴染で親友でもあるアルバーノの最後の頼みであることからフェルディナンドは何としてもやり遂げるつもりであった。
しかし帝都に向かう途上で、皇帝の居城ごと皇帝がなくなったという噂が耳に入る。そして帝都は現在混乱を極めているらしい。所詮噂に過ぎないが、それも複数から齎されるとなれば信頼せざるを得なくなる。噂の真偽を確かめるためにもフェルディナンドは足を速めるのだった。
立ち寄る街や村でも同じ噂があふれ、もはや確定的と思わざるを得ないが、それでもフェルディナンドは帝都への歩みを止めることはなかった。そして、ついに帝都の全容を見渡せる距離にまで到着する。
噂でしか聞いたことはなかったが、帝国の栄華を集めた華やかな都、繁栄を極めた眠らない都市、そういった面影などなくどちらかといえば滅亡に瀕した公国と同じ匂いがする。帝都のシンボルとしてそびえたつといわれた皇帝の居城の姿も見えず、帝都からは荷物を抱えた人々が逃げ出すかのような姿が散発的に見える。
帝都にはあっけなく入ることができた。本来であれば衛兵による誰何があるのだろうが、城門は無人で出入りを妨げる者はいない。そして帝都の街並みはひどいものだった、半壊した建物がほとんどでいまだに煙を上げているところさえある。通りはほぼ無人で、そこにいる者も通りの脇に横たわり虚ろな目で通り過ぎるフェルディナンドたちを眺めているだけであった。
帝都の周辺部は悲惨な状況であったが、中心部に近づくにつれ建物も残り街並みとしては立派な状態になっていく。しかし人通りは相変わらずほとんどなく、本来なら賑わっているべきの商店が立ち並ぶ通りでさえ、店は閉じられ閑散とした空気が漂うのみである。
それでも何とか宿を見つけた一行は、貸し切りと言って断ろうとする宿に無理を言ってようやくゆっくりと旅の疲れを癒すことができた。宿はかなり高級なものなのであろうが、これを貸切るなど一体どこの大貴族かとフェルディナンドは考えるが、絶対に詮索しないこととほかのフロアには一切立ち入らないことを約束させられたため、おとなしく受け入れるしかなかった。
宿で数日過ごした結果、途中耳にした噂はすべて真実であり皇帝不在の帝都は混乱から立ち直れずにいるらしい。一部の貴族が立て直しを図ろうと努めているらしいが焼け石に水、次々と発生する問題が対処する問題を上回り、何ら効果が見て取れないらしい。もちろんやらないよりはましなのかもしれないが、帝都の住民にすればいつ終わるとも知れない混乱に、帝都を出るべきという風潮が蔓延するのも仕方のないことなのかもしれない。
そして帝都の混乱に拍車をかける存在、トカゲのような男を頭にしたならず者の存在もフェルディナンドたちの情報網にかかる。しかしフェルディナンドにとってはこの情報は他人とは異なる意味を持つ。公国で召喚した勇者の失敗作が帝都で生き残っていたということなのだ。公国で召喚されたということが表ざたになれば、帝国に恥をかかせるどころではなくなる。さらにその勢力はすでに看過できないほどの大勢力となっているらしく、帝都の衛兵たちと日々争いが繰り広げられている。そのような勢力となった勇者に対して、フェルディナンドの一行だけではあまりにも無力であり手を出せば鎧袖一触となるのは明白であった。
もはや当初の目的も果たせず、帝国の恥部である勇者にも手が出せない。それでもこのまま公国に帰還すれば、何もなすことなく単なる無駄足にしかならない。フェルディナンドは苦悩しつつも宿で時期を待つしかなかった。
しばらくの期間なら宿に宿泊する程度の資金はある、ただ帝都の治安状況を見るとフェルディナンドが出歩くこともできず、部下たちが情報収集するのを待つしかない。フェルディナンドに万一があれば、帝都まで来たことがすべて無駄に終わるのだ。
ある日、フェルディナンドは自室ではなく食堂で食事することにした。特に理由はなく、単なる気分転換のつもりであったが、これが大きく事を動かすことになることにフェルディナンドは気づくことはなかった。
宿泊するものが少ないのか食堂には人の姿は見えず寂しい状態だ。それでも自室に引きこもっているよりも広い食堂に来たことで、わずかでも気がまぎれる。フェルディナンドが適当な場所に腰を下ろすと、食堂の係が注文を取りに来る。ただ用意可能なメニューは限られていた、客が少なく食材の入手も困難な今の情況では仕方がないことだろう。
フェルディナンドがあまり変わり映えのしないメニューを眺めていた時だった。どうやら他の客も食堂に来たのか近づいてくる足音が聞こえる。このような状況でこんなを貸切りにして泊まる奇特な客に興味がわいたフェルディナンドは、それとなくその相手に視線を向ける。
そこには美しい女がひとり歩き寄ってくる姿があった。ただ美しい女なら公国で見慣れているフェルディナンドであったが、その女は神々しいまでの気配をまとい、一度視界にとらえたら目が離せなくなるような不思議な魅力にあふれていた。
「ねえ、食材なら提供するから何か変わったものを作ってくれない?」
その女はフェルディナンドに見向きもせずに、厨房らしき場所に声をかける。どうやら居続けの客なのか、料理に飽きが来ているようである。しばらく厨房の中とやり取りをしつつ、女はどこからか巨大な肉の塊を取り出して預けると、フェルディナンドから離れた席に腰かけた。女が何も言わないうちにテーブルにはワインが運ばれるところを見ると、いつものことなのだろう。
無意識に女を目で追っていたフェルディナンドに気が付いたのか、女はフェルディナンドに微笑みかける。
「珍しいわね。この宿は貸し切りって聞いてたのだけど」
どうやらこの宿を貸切りにしていたのはこの女のようである。女の言葉の真意がわからずフェルディナンドは一瞬言葉に詰まるが、叩き出されることもないだろうと正直に告げることにした。
「無理を言って泊めさせて貰っているのですよ。帝都がこんな状況で他の宿がなかったものでね」
「ふうん、あなたのことだったのね。こないだ宿の人が言ってたのは。私が貸切ってほしいって言ったわけでもないから、気にしなくてもいいんだけどね」
女の言葉から、かなりの地位のものが背後にいることが覗える。帝都に来た目的はすでに諦めつつあったが、それでもフェルディナンドは降って湧いたような伝手に心を躍らせる。
「そういうことでしたか。申し遅れました、私はコスタリオ公国のフェルディナンドと申します。此度は宿の提供感謝いたします」
「いいのいいの。そんな改まってお礼を言われるほどのことでもないからね。それより公国って言ったわよね? 勇者がいるらしいじゃない、何か教えてよ」
フェルディナンドが頭を下げると、女は最もフェルディナンドが触れてほしくない話題を口にする。さすがに宿を提供してくれた相手を無下にするわけにもいかず、当たり障りない返答でごまかそうとする。
「勇者ですか。少し前に我が公国で勇者召喚が行われたと噂があったのは聞いていますが、勇者などいれば我が国は大陸を制覇しているでしょうな」
「じゃあ、勇者召喚は嘘ってこと? ちょっと前に勇者って言うトカゲ男にあったんだけどな」
フェルディナンドはごまかそうとしたが、クズ勇者ツヨシに出会っているという言葉を聞いて焦る。あのクズであれば何も考えずに公国のことまで喋っていても違和感がない、むしろ自ら勇者であることをアピールするために余計なことまで喋っていることさえ考えられる。この女がどこまで知っているのか、最悪この女の口を封じる必要もあるとフェルディナンドが考えていた時だった。
「ねえ? 隠したいのはわからないでもないけど、私には無意味よ。だって私も勇者だもん」
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