OL、そのもたらした状況
居城が消え去って数日、帝都は未だに混乱に飲まれていた。避難する者は一段落したのだがその留守宅を狙ってゴロツキやちょっとした気の迷いなのかもしれない一般人が火事場泥棒を働く。その上がりを奪おうとさらに裏社会の人間も動き出し、留守宅に堂々と居座るものさえ出てくる始末である。
衛兵や守備隊はこのような状況になっても、指揮系統が整理できておらずちぐはぐな対応が続き後手後手に回ってしまっている。そしてそのことがさらなる混乱を呼ぶという悪循環に帝都はずっぽりとはまっているかのようだった。
ミヤビが訪れたときのような街の賑わいはすでになく、街を歩く人の姿も少ない。道一杯に並んでいた屋台も影も形も無く、閑散とした通りに風が通り抜けていく。下町のような平民が暮らす辺りは建物が崩れ落ち、いまだ復旧の様子も無く放置されている。住処を無くした人々は災厄に見舞われた帝都を去り、身体面や経済面で身動きの取れない者たちだけが寄り添って暮らすようになっている。
中心部に近い貴族の屋敷や商会などは崩れ落ちることはなかったが、こちらも帝都を逃げ出した者や自領に引き上げた者、皇帝と共に消え去り主を失ったまま放置された者など、それぞれの運命を大きく歪められていた。
そして無人となった建物には残った家財を目当てとした者たちや、住処を失い逃げて来た者など元の持ち主とは縁もゆかりもない者たちに住み着かれたものもあった。
そして帝都の中心部、象徴としてそびえ立っていた皇帝の居城の姿はすでになく、巨大な荒れ地が広がるのみである。立ち入る者もおらず、かつての栄華を誇った様は現在のこの荒れ地からは想像もできない。
もはやかつての帝都の繁栄は完全に過去のものになり果てたのだ。
そんな帝都に明らかに人ではないモノと、それに付き従うようなゴロツキの群れ。クズ勇者ツヨシとその部下たちが我がもの顔で街を闊歩する。城門そばの牢獄を脱獄する際に立ちふさがった衛兵たちを皆殺しにし、そのまま持ち主の去った貴族の屋敷を本拠として好き勝手にふるまっているのだ。
先に貴族の屋敷を押さえていた裏社会のゴロツキ達をクズ勇者がぶちのめした為に抗争になったが、クズ勇者の力の前に裏社会はひれ伏してしまう。腐りきっていても勇者の力を持つツヨシはひとりで一個小隊程度の戦力はあるのだ。多少腕に覚えのある程度のゴロツキでは相手にもならず次々とやられる幹部たちの姿に、最終的にクズ勇者に従う事を決断するに至った。
貴族の屋敷の当主の自室で、無理やり拉致してきた女たちを侍らせて越に浸っているクズ勇者ツヨシ。人が減ったとはいえ帝都であれば、ツヨシにとって女の調達などは簡単である。良い女の姿を見かけたら殴り飛ばして気絶させるだけ、周りには抵抗する者がいれば皆殺しにする。あまりの所業に裏社会の者達ですら顔を背けるが、クズ勇者にしたら女が自分に従うのは当然であり、刃向かう奴は死んで当然という考えの為、何ら心を痛めることも無く暴虐の限りを尽くしていく。
そんな中ツヨシのもとにある報告が上がってきた。帝国貴族達がグリフォンに乗った女を探していた、というその内容にツヨシは酷薄な笑みを浮かべる。
「その女を探せ! そいつは俺の女だから多少痛めつけるのは構わんが、手は出すなよ!」
あれだけ一方的にやられたというのにもかかわらず、ツヨシはグリフォンに乗った女を探すように指示する。見つけたところでどうやって捕まえるかなどという事には、考えが及ばないようだ。ツヨシの中では喜んで自分のもとに駆け寄ってくるとでもなっているのだろうか?
そんな事情を知らない者たちは恐るべきトカゲ男の指示に従い帝都に散るのだった。
~~~~~~~~~~
スペンサー・ヴァレンティン子爵が自領に付いたのは、帝都が混乱状態から未だ立ち直る兆しすら見えない時だった。自領に戻る旅の途中で帝都で起きた災厄についてはある程度の情報を得てはいたが、自領に戻り改めて情報集めると全貌が見えてくる。
おそらくこの時点で、最も状況を把握していたのはスペンサーだろう。ミヤビによる皇帝の居城の破壊、帝都の崩壊と混乱、さらにトカゲのような男のもとにまとめ上げられた裏社会の面々。スペンサーはあのタイミングで帝都を出た自身の決断を褒めてやりたくなる。あのまま残っていれば居城と共に消え去っていたか、混乱に巻き込まれて酷い状況に堕ちいっていた可能性が高い。それをうまく回避できた自身の運にも感謝するのだった。
帝都から離れた自領では当然帝都のような混乱も無く、これまで通りの平和な暮らしが営まれている。スペンサーは自領には善政を敷き、その繁栄のために力を尽くしてきた。帝都での暗躍でいち子爵が持つには多すぎるほどの資産は集められているために、自領の税を多少軽くしても問題はなかった。税が安ければ人が流れ込む、多量の重税を課して贅に費やすだけの無能貴族達の下から何もしなくても人は流れ込んでくるのだ。そして人が増えればさらに領地は発展するという好循環、領民に慕われる領主としての顔も持つスペンサーだった。
帝都に居たときからすでに有能な者たちへは手を伸ばしている。自領の繁栄と領民からの尊敬、そういった事に有能なものは敏感である。手を伸ばした多くの者からは色よい返事があり近いうちに領地に集うだろう。当然スペンサーはただ自領の発展のために彼らを使うつもりはない。ふんだんな資金をもとにさらに人を集め軍を組織し、最終的に帝都を押さえるつもりである。
本来の予定では、帝国は残った財貨をつぎ込んで公国に再戦を挑むのは間違いないため、その結果の如何を問わずにあと数年で崩壊するであろう帝国の基盤を正すため、基盤を崩壊させた無能貴族を討つという名目で帝都に攻め上る予定であった。しかしそれがミヤビという女の手により一気に予定が早まったことでスペンサーの計画は大きな修正を迫られている。
このまま事を起こさずに過ごすという手も、今なら取ることは出来る。だが皇帝の後継者によっては、この繁栄した自領を取り上げられることも十分に考えられる。先帝と同様、自身に阿る者に甘い者が帝位に付けば確実にそうなるだろう。ヴァレンティン子爵領は帝国でも有数の繁栄を誇り、周りの領が衰退の一途を辿るためによりその価値が高まっているのだ。
スペンサーは考える。次の皇帝の座に誰が付くのかで、今後の運命が決まるなら自分に都合の良いものを後押しすればよい。
皇帝家の歴史の闇に葬られつつも命までは奪われずに済んだ女性、帝国の僻地の修道院に閉じ込められるかのように暮らすプリシラ様。先々帝が平民に産ませた子の娘、先々帝の孫にあたる女性である。先帝は自身が帝位についた際に、継承権を持つ近親者をすべて抹殺している。プリシラ様は平民との子のさらにその娘という継承権を持たず存在自体忘れ去られたような状態であったために処分を逃れ、その身を案じた家族の手により修道院へ押し込められたのだ。
スペンサーは独自の情報網からプリシラ様の存在を知り、自領へ引き取ろうとすでに動いていた。僻地の修道院など、守りも甘く女性一人を連れ去るなど簡単な事。先帝の悪行や帝国の状況をこちらの都合に合わせて吹き込めば、女ひとりなどどのようにでもなる。取り込んでしまえばスペンサーを配偶者として指名させて、ゆくゆくは帝位を譲らせればよい。
帝都で見た余りにも無能な皇帝や上位貴族達、このままでは帝国の未来は無いというのに誰も気が付くことも無く日々遊び惚けている彼らの姿を見続けていたスペンサーは、もはやこのような輩に帝国の舵取りは任せておけないと心の底から呆れ果て、そして決意した。
帝位の簒奪、それがスペンサーの最終目的なのである。
~~~~~~~~~~
教国、この世界における神を崇める国家であり、神と同様に名を持たない。神に対して名を呼ぶなど不敬であるという理由で神は「神」として呼ばれ崇められる。神に名がない為に教国もただ教国と名乗り続けている。
カークブルで起きた聖女の出現の報告はすぐに教国へも報告が届いている。数十年ぶりの聖女の出現に教国は沸く。教国といえども国家である以上はその体裁は必要である、寄付だけで国家の運営はできないし、祈りで敵兵は引いてはくれないのだ。教会での治療行為や、教育を通して資金を集め、教国の教えを守るという建前のもとに騎士団を編成するのは周知の事実である。
ただ教国はこの世界に神の教えを広めることを目的としているために、基本的には自ら戦争を起こすような事は無く、各地に教会を建ててゆっくりと神への信仰を広める形でその地位を確立している。各地に教会があるという事は当然世界中の情報を教国が一手に握ることを意味する。そして神を信じる事と、自国の目的が反することが無い限り信者は常に教国に協力的であった。
教国は自身の立ち位置を正確に理解しており、中立を前面に出すことでその立場を明確にし、これまで独立を守ってきた。
聖女の出現、それは教国にとって大きな意味を持つ。「神」の存在を示すだけではなく、教国が「神」のもと正しい道を進んでいることを世界中にアピールできるのだ。聖者や聖女は教国によって都合の良い人物が奇跡的な事象を得た場合に与えられる称号という側面も持つが、そのことで誰にも不利益をもたらすようなことはない為、暗黙の了解として教国の上層部では取り扱われている。
聖女の出現に沸く教国、しかしその報告と合わせてもたらされた帝国との対立の知らせは上層部に大きな影響を与える。帝国と諸国の間に立って取り持つという教国にしか成し得ない外交施策の対価として、帝国内に教国の治外法権を認める街をいくつか受け取っていたのだが、その権利を無視する貴族が現れ、あろうことか教会に攻撃を仕掛けたというのだ。
その教会の司祭は即座に帝国内のすべての教会にその内容を示した文書を送り、帝国から教会勢力の撤退を促している。過去帝国が引き起こした戦争を教国が間に立って仲裁した結果に対する治外法権であるにもかかわらず、それを帝国が一方的に破り捨てたのである。司祭の判断には責めるべき点は無く、帝国に強い姿勢を示したことは評価されても良い。教国は唯一「神」にのみ従う事をアピールできた点も悪くはない。
だがこのタイミングで現れた聖女の存在が、教国の流れに影響を与えた。これまでは大国である帝国寄りの姿勢を取ることも多かった教国だが、聖女の出現と呼応するかのごとく起きた帝国からの仕打ちに、反帝国を掲げる者が多く表れたのは仕方がないことなのだろう。聖女に敵対する帝国は教国の敵である、というその主張は分かりやすいがゆえに教国内への浸透も早かったのだ。
さらに追い打ちをかけるように帝都で起きた皇帝の居城の消失、突然の巨大な落雷により一夜にしてその姿を消したという事実は、その在り得ない事象から神の裁きであると信じられ、反帝国派の追い風となり教国を染め上げるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます