OL、その後始末
フェルディナンドは公主アルバーノに別れを告げた後、連邦各国への書簡をしたためると公国を後にしていた。各国へ送られた書簡には、公国の窮状をつらつらと並べた後に、その程度の国に帝国が敗退したと派手に書き記されている。さらに帝国への賠償を問うつもりだという言葉で締められていた。
はっきりいて諸国に鼻で笑われる程度の内容でしかない、それでも帝国に対する彼らの評価は確実に下がるし、それを知った帝国の怒り具合も容易く想像できる。単なる嫌がらせでしかないがそれでもフェルディナンドとその主にとっては、少しだけ留飲の下がるものだった。
この行為自体には意味がないことをフェルディナンドも理解はしている。それでも弱った公国に侵攻してきた帝国に対する感情が、何もせずにおくことを許さなかったのだ。
急ぐ必要も無くのんびりと帝都に向かって進むフェルディナンド達。一国の使者として最低限の体裁は必要なので随員もわずかながら数名付き従ってくれている。最後の嫌がらせに付き合うような者、公国に殉じる覚悟をしているはずだがその表情は明るい。弱小国に敗退し、賠償を請求されたときの皇帝の顔を見ることを楽しみにしているのである。
貧乏国とはいえ、少数の使者が行動する程度の金は融通が利く。それに残していたところで近いうちに再侵攻してくるはずの帝国に奪われるだけなのだと、アルバーノがフェルディナンドに大金を押し付けたという経緯もある。
コスタリオ公国の使者として、立ち寄る街で派手に金を使い人の目を集める。帝国民からすれば先の敗戦の報を受けた上に、その敵国の使者が派手な行動をしている姿を目にする以上、実際には公国に惨敗したのではないかという思いになるのも仕方が無いと言えよう。そしてそれはフェルディナンドの思惑通りでもあった。次に攻め込まれたら最後な以上、帝国に可能な限りの嫌がらせをしてやるつもりなのだ。
そうしてゆっくりと帝都に向かって旅をするフェルディナンドだったが、途中聞き捨てならない噂を耳にする。トカゲのような化け物の率いる盗賊団の存在だ。目を付けられた村や町はひとり残らず殺害、物資も略奪した上に火をかけるという、凶悪で残忍な所業が人々の口に上り恐怖に怯えていたのだ。
その容姿から間違いなく公国で召喚した勇者であることは間違いない。それにしても勇者でありながらなんと愚かな真似をするのかと、フェルディナンドは頭を抱える。しかし公国と結び付けるものは勇者本人の供述しかないだろうし、公国が無視すればつながりが表沙汰になることは無いと思い至る。とはいえ、そのあまりにも酷い凶行に眉を顰めるのはどうしようもなかった。
やがて、盗賊団が南部の街の守備隊により捕縛され王都へ連行されたという情報を耳にする。腐りきっていても勇者である、しかも帝国に入って耳にした惨状からそれなりに腕は上げているはずなのだが、それを殺すのではなく捕縛したという内容に耳を疑う。しかも目的地が同じということは最悪帝都で顔を合わす可能性も否定できず戸惑っている自身に驚いていた。
フェルディナンドにとって召喚したツヨシに対する感情は単純なものでは無かった。公国の命運をかけ、莫大な費用と期待をかけて召喚した勇者。しかし呼び出された勇者は人格的に最悪、傲慢で自己中心的なツヨシはフェルディナンドにとって最も嫌悪する存在となる。召喚直後の隷属の呪により縛ったことは今思い返しても大正解だと思っている。性格が最悪でも力があればと考えたが、それも期待の一割にも満たない。費用に見合うだけの結果を望むのも無理となり、完全なお荷物となってしまうが使い捨てにするのも費用を考えると決断できなかった。
とりあえずという事で補給部隊襲撃という簡単な任務に投入した直後そのまま行方をくらましてしまい現在に至るが、そのままどこかで野垂れ死んでしまう事をフェルディナンドは望んでいたのかもしれない。それが帝都へ護送されているという現実に戸惑いを覚えた原因なのだろう。
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ミヤビにより跡形もなくその姿を消した皇帝の居城。帝都の中心にそびえ立つ文字通り帝都の中心部であった居城が一夜にして消え去り、跡には高温で溶けて固まった残骸と、ひび割れた荒れ地が残るのみである。
「ミヤビのやつ、やらかしてくれたよなあ…」
居城から少し離れた公爵家の館にある自室から居城の跡地を眺めつつ、ステファンはつぶやく。相変わらずの訳の分からないほどの威力の魔法をミヤビが使ったと確信していたし、その後のセルジオからの報告でも間違いないと聞いている。
そもそもミヤビの力を借りて皇帝を引きずり降ろして帝国を何とかしようと考えていたステファンではあるが、あまりにも急激な進展に頭が追い付かない。皇帝の取り巻きのほとんどは居城に部屋が与えられていたため、そのすべてが皇帝の居城と共に消え去った。結果だけ見ればステファンの希望はかなったのではあるが、今後のことを考えると頭が痛い。
居城は帝国の中枢、すなわち帝国を維持するために必要な書類や資料も当然そこで管理されていた。そして実務を行う役人達、当然無能貴族の息のかかった者達がほとんどではあったが、それも居城内の執務室に居たはずだ。夜間であったことから仕事は終えていたにしても残っていた者は多い。碌でも無いことをしていたのは疑いようはないが、それでも実務の経験者であることには変わりない。
つまり帝国を動かすためのすべてが居城と共に消え去ったのである。今後の税の徴収ひとつをとっても、どれだけの額を納めさせればよいか一から調査が必要なのだ。これまで通りなどと言えば過少な金額しか納めないのは目に見えているため面倒でもやるしかない。
一事が万事その状況、零からとは言わないがほとんど白紙状態からの再興になるのは間違いない。そして面倒だと放置すれば碌でも無い輩が皇帝の座を狙って動き出すのも間違いない。現当主であったステファンの父親も皇帝の取り巻きで居城に居た以上ともに消え去ったのは疑いようがない事実である。全く尊敬できないどころか、貴族の嫌らしさだけを凝縮したような父親、顔を合わすのも嫌だったために家を飛び出したぐらいであるので、父親の死には心は動くことはなかったが、引継ぎも無いまま当主の座につかねばならない。こちらも分家の連中がおとなしく言う事を聞いてステファンの当主就任を簡単に認めるとも思えない。
ステファンは公爵家を早急に取りまとめて当主の座を認めさせた後に、次期皇帝の選出も行わねばならない。帝国における公爵家とはそれだけの責任を負う立場であるのだ。急ぎ動き出さねば、公爵家を役立たずと決めつけて動き出す下位貴族も現れるだろうから、そちらへの備えも必要である。
要するにミヤビの一撃により、ステファンは緊急かつ過剰な仕事を押し付けられた状態となったのだ。思わずため息のひとつも付きたくなるというものである。それでも家人に指示を出し情報を集めさせたり、必要な段取りの準備をさせたりと忙しく働いているのは流石と言っても良いだろう。ミヤビが見れば「似合わない!」と指をさして大笑いするのだろうが。
さらに帝都の治安維持にも力を入れる必要があるが、こちらは守備隊や残った騎士団たちに丸投げに近い状態である。無能貴族の縁故が持っていた指揮系統だけを奪い、まともなものを選ばせて指揮権を与える。それ以上のことまでは流石のステファンでも手が回らなかったのだ。
やるべきことは遅々として進まず、やらねばならないことが日々増え続ける。本来ならば手を借りるべき貴族や優秀な役人たちは、無能貴族達に全て追い落とされている。探し出して集めようとはしているがすぐには集まらず徐々に増えるのを待つしかなく、公爵家の名を使って無理やり頭数だけでも人を集めている状態なのだ。
そして最大の問題は、皇帝の選出である。帝位を空白にはしておけず、早急な選出が望ましいのだが、こんな不測の事態で亡くなったまだ若い皇帝が次期皇帝など指名しているわけがない。そうなると皇族の中からという事になるのだが、先の皇帝は自身の座を脅かす可能性のあるものを悉く処分していたため、まず候補が居ないのだ。複雑に絡まった家系図を辿れば数代前というレベルで見つかるかもしれないが、その家系図も居城と共に失われている。公開されている皇族の家系図には後ろ暗いものや存在ごと消し去られた、いわゆる皇室の闇の部分は記載されていないのだ。
公爵家にも存在するのかもしれないが、引継ぎもなく父親とは仲が良かったとは口が裂けても言えないような関係であったステファンには、公爵家の中も探させるよう指示を出す以外になかった。
やらねばならない作業に着手するたびに壁にぶち当たる。セルジオたちも休むことなく忙しく動いてくれてはいるが、この調子では立て直しにどれだけの時間がかかるのか、考えたくもないステファンであった。
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