OL、酔っぱらってやらかす
セルジオによって積み上げられたごろつきたちの横に、馬車から優雅に降り立つミヤビ。降り立った場所は最悪ではあったが、月夜に照らされた薄暗い通りに降り立ったその美しい姿は神秘的で、取り囲んでいた男たちどころかセルジオさえも息をのむ程であった。だがその実態はただの酔っぱらいであり、その蕾のような美しい唇から出た言葉はまさにミヤビだからというものだった。
「薄汚いのが集まってうっとおしいわね、折角のいい気分が台無しじゃない。もう手加減とか遠慮はしないから、残された時間神にでも祈ってなさい!」
その見かけからは想像できないほどの乱暴な言葉、さらに理不尽な事を言われたようだが、言われた側の男たちにしてみればようやく目当ての女にたどり着いたのだ。何を言われようと与えられた役目に従い女を確保するだけだ。たとえそれがどれだけ無謀な事であろうとも、まだ男たちはその事実を知らないのだから。さらに目の前の女の美しさは男たちの思考を完全の止めるほどのものだった、命令などどうでもよく目の前の女を手に入れようと必死で手を伸ばしてきたのだ。
「ほんとにクズばっかりね、派手に行くわよ! 轟雷!」
ミヤビが叫びながら天を指差す。そうすると突然真っ黒な雷雲が上空に出現し、真っ直ぐに男たちに向かい極太の雷が貫き、轟音と共に男たちどころか舗装されていた石畳も巻き込んで爆散する。爆散が収まった跡にはとっさに距離を取ったセルジオと、セルジオに引きずられながらも逃げおおせた御者以外には天を指差したままのミヤビしか残っていなかった。馬車も跡形なく吹き飛び、近隣の建物も一部崩落している。
轟音と共にこれだけの被害があったのだ、あちこちの屋敷に明かりが灯りだす。すぐに人が集まってくるのは避けようも無いだろう。だがミヤビは、そんなことを気にすることも無く皇帝の居城を振り向く。
「そもそも、あそこの奴らが元凶なのよね。いい加減うっとおしくなってきたし、もういいよね」
ミヤビは満面の笑みを浮かべると、居城に向かって腕を伸ばす。それを見ていたセルジオは慌ててミヤビを止めに駆け寄ろうとするが、先の轟雷の被害を逃れるために大きく距離を取ったのが仇になり間に合いそうにない。
ミヤビは桁違いのステータスに任せ魔力を練り上げると、先と同じ魔法で皇帝の居城を穿つ。
「轟雷!」
さっきとは比べものにならない程の真っ黒な雷雲が帝都を覆いつくす。月あかりで照らされていた帝都は、禍々しく雲の中で稲光る輝きと地の底から響くような雷音に包まれていく。そして稲光は皇帝の居城の真上に収束すると一気にそのエネルギーを直下に叩きつけるのだった。
ドォゥッ! と鼓膜が破れるかというほどの轟音が響き、皇帝の居城は雷光に包まれたのも一瞬で消失する。まさに神の怒りの一撃とも言えるその威力は、遅れてきた爆風だけでなく帝都全域揺らし多くの建物を倒壊させるのだった。
「はあ、すっきりしたぁ」
ミヤビは自身の魔法で引き起こされた結果など気にすることも無く、たまったストレスが解消できたのか大きく伸びをするだけであった。
「み、ミヤビ様っ!」
未だ震える地面に足元を取られつつもミヤビに駆け寄るセルジオは、自身の足が震えているのは地震のせいかミヤビに対する恐れからか判断できなかった。それでも何とかミヤビに声を掛ける。
「なんという威力でしょう…これがミヤビ様の全力なのですね…」
すでに影も形も無くなった皇帝の居城の方向を向きつつセルジオは呟く。
「えー、こんなの大したことないよ。いつもよりちょっとだけ魔力を込めただけだもん」
ミヤビの魔法の威力の呆然とするセルジオに対して、とどめを刺すかのような言葉をミヤビは口にする。
「まさか、これ以上の魔法が使えるという事でしょうか」
「あったり前でしょ、魔力はほとんど減ってないし一割も使ってないわよ」
「一割もですか…、ミヤビ様が全力を出されたら大陸ごと沈むかもしれませんな…」
「大陸ごと沈んじゃったら、お風呂に入れないじゃん」
「問題なのはそこなんですね…」
「お風呂とご飯は大事でしょ! あっ宿は大丈夫かな?」
「おそらくこの様子では宿も無事とは言えないかと。ただ貴賓向けの宿ですので造りはこの辺りの建物よりは遥かに丈夫と思いますので、多少の被害で済んでいる可能性が高いですな」
「そっか、ならそろそろ宿に戻るわ。夜更かしはお肌の大敵だし」
「それよりも、帝国がこのままでは滅ぶかもしれませんぞ…」
「そうなの? 別にわたしはどっちでもいいけど」
皇帝もろとも居城を一瞬で消し去り帝国を危機に陥れた当人にしては軽すぎる言葉に、セルジオは二の句が告げられなくなる。このまま会話するよりもステファンと今後の対応を検討する方が喫緊であると判断し、ミヤビとは酔いが醒めてから話せばよいと割り切って、一旦別れを告げる。
「申し訳ありませんが宿にはおひとりで戻って頂けますでしょうか。道がわからないなら御者を案内に付けますので」
「場所は覚えてるから大丈夫だよ。そっか馬車も壊しちゃったよね、ごめんね」
「この状況で馬車の一台ぐらいどうでもよろしいかと。それではお坊ちゃまの安否も心配ですので私は一旦屋敷に戻らせて頂きます。近いうちに改めてお伺いさせて頂きますので」
「はーい、了解! じゃあ私も帰るねえ」
未だに顔色の悪いセルジオは普段とは違い、力なく来た道を歩いて引き返していく。逆にミヤビはご機嫌な様子でその場を去るのであった。
夜の帝都を襲った災厄は、街を大混乱に陥れていた。夜とはいえまだ早い時間であった為起きている者も多く、皇帝の居城を襲った巨大な雷は帝都に住む多くの人々が目撃していた。さらにその後帝都全域を襲った地震により倒壊や一部では全壊する建物も多く、通りには避難のための人々で徐々に溢れていく。
だが避難を誘導するための衛兵や守備隊も、その上層部が皇帝の居城と共に消え去った為に大混乱を起こしまともに動きが取れない。さらに組織の末端に至るまで役職が付くものは全て無能貴族の縁者で締められていため、このような緊急事態に対応できる者も存在しない。そのことがさらに街の混乱に拍車をかけることになる。当てもなくただ帝都から脱出しようとする人々や、身内を心配して帝都内を探し回る者など皆好き勝手に行動しはじめている。だがそれを誘導するべき者は誰が指示を出すのか、勝手に動いて誰が責任を取るのかと、こちらはこちらで揉めているだけなのであった。
そんな人々の混乱などどうでもいいことのように、ミヤビは宿に向かい歩いていく。ミヤビにしてみれば赤の他人の事であるうえに、帝国に良い感情は持っていないためその中心である帝都に住む者たちがどうなろうと興味が無い。そもそもミヤビが絡まれている状況に居た者たちのひとりとしてミヤビに手を貸そうとした者など存在しなかったのだから。そういう意味ではミヤビにとって、ちょっかいをかけてきたものは当然として、止めようともしなかった者たちはすべて共犯なのだ。やられたからやり返しただけ、降りかかる火の粉を払っただけ程度にしか考えてはいなかった。
必死に逃げ惑う人々を無視して歩いていくと、ようやく宿に到着する。宿は外観的には特に被害はなかったように見える、セルジオの言った通り造りが違うのだろうか。無事であればいいかとミヤビは中に入って行くと問題などなかったように受け入れられた。多少の被害、といっても荷物が崩れたりした程度であったが、そのために少しバタバタしているのはご容赦くださいと言われただけでミヤビは自分の部屋に戻っていく。
余計な馬鹿のせいで埃っぽいので再び風呂につかると、窓の下に広がる帝都の混乱の状況を見ながらビールを片手に考える。
(なんなんだろ? この世界で本当に私に親切にしてくれたのってドルアーノのギルマスぐらいしかいないんじゃないかな。ステファンやセルジオさんも結局私の力が借りたいから近づいたんだろうし、教会も聖女がどうとかって理由だもんね。あ、ドルアーノの門番さんもいい人だったよな。こう考えたら、最初のドルアーノが一番まともだった気がするわね。まあ追い出されちゃったからどうでもいいけど。
なんか本当にどうでもよくなっちゃったなあ。自由に暮らせるっていうから期待してたけど、思ってたのと違うのよね。地位や名誉なんかどうでもいいから、美味しいものが食べれて、損得関係なく付き合える友人が居て、それで無能な上司がいないところで働けたら十分だったんだけどなあ)
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帝都が混乱の渦に巻き込まれている頃、ちょうど帝都に到着しようという一団があった。そうトカゲ男こと、クズ勇者の護送の一団である。
南部の街から護送用の馬車に詰め込まれて運ばれてきたトカゲ男と盗賊たち。護送任務に就いていた者達にとっては、さっさと息の根を止めてしまいたいほどの恨みのある相手である。当然道中も最低限の世話しかしておらず、食事もカチカチの腐りかけのパンとほぼ水のようなスープのみ、トイレ休憩などあるはずも無くすべて垂れ流しである。
盗賊たちはそれでも過去に似たような極貧生活を経験している者ばかりでまだましであったが、クズ勇者ツヨシは元の世界の生活からは想像すらできない劣悪な環境にすっかり大人しくなっていた。好き勝手な行動の罰であり完全に自業自得なのだが、ツヨシは自分のことは完全に棚に上げて逆恨みをつのらせていくのだった。
そして護送部隊が帝都に到着するが、いまだに混乱が収まる兆しすらない帝都では盗賊の引き渡しなどできそうも無く、護送部隊の面々はようやく解放されると思っていた任務はまだ続くのであった。
何しろ皇帝の居城が一夜にして消え去ったのだ、たかが盗賊の相手などしている余裕があるわけがない。そもそも皇帝が顔を見てみたいという思い付きで言った言葉の為だけに帝都まで護送してきたのだ。肝心の皇帝が居ない今となっては、盗賊になど誰も見向きもしない。
とはいえこの場に放置するというわけにもいかず、顔見知りの衛兵の伝手からむりやり城門そばの牢屋に受け入れさせることが出来たのは、帝都に到着して3日も経過したころだった。
城門では検査で不審な点があった程度の者たちが牢獄につながれたはいたが、そのような者達などどうでもよい程の混乱をきたしている。そのため牢獄の罪人の相手をする暇などないというのが衛兵たちの状況であった。帝都を捨てて逃げ出す住民たちに対してはもはやチェックなどする余裕も無く素通りさせるしかなく、街中で騒動を起こす者たちの対応だけで手いっぱいなのである。牢屋はとりあえず捕まえて放り込むだけで、ただ頭を冷やさせるためだけの場所となっていた。
そこに南部から護送された盗賊たちも放り込まれる。もちろんトカゲ男もだ。牢屋に放り込まれて居た輩はまた同類が来たと思っていたところに、トカゲの化け物が放り込まれ大騒ぎになる。
クズ勇者ツヨシにとって見た目で恐れられるなど日常茶飯事ではあったが、それでもいい気分がするものでは無い。衛兵の姿が消えると手下に拘束を解かせ、勇者の力で牢内をすぐに制圧してしまうのであった。腐りきっても勇者の力に一般人が敵うわけも無く、容赦なく殴り飛ばされ蹴り飛ばされした牢の先住民たちは、それ以降トカゲ男に逆らう事はなかった。
クズ勇者ツヨシは護送中よりははるかにましな食事を独り占めして体力の回復を図りつつ、自分に歯向かった女にどうやって仕返しをしようかと思案する。体力さえ戻ればこんな牢などすぐに逃げ出せる、仕返しもそうだが折角帝都まで来た以上は帝都の女でも遊びたい。勇者である自分に逆らうものは容赦する必要などなく、まずは金と女を手に入れようとそのために体力の回復に努めるのだった。
急に大人しくなった牢内の状況だったが、衛兵たちにしてみれば手間が省ける程度の認識でしかない。帝都内の治安維持に追われ、トカゲ男のことなどすぐに忘れ去られていくのだった。
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